地方公共団体との共創 「みんなで育てる」AIチャットボット
全国の地方公共団体にとって、職員の業務効率化や生産性向上を図りつつ、住民サービスを向上することは常なる課題だ。そこで役立つテクノロジーとして注目されているのがAIチャットボットである。NECは、AIチャットボット活用のボトルネックになりがちな「QA・辞書の整備」のプロセスを効率化する方法として、複数の地方公共団体でFAQを共有する取り組みを展開している。プロジェクトを開始した背景や目指すものについて、担当者に話を聞くとともに、取り組みに参加している地方公共団体の事例を紹介する。
人手不足が深刻化し、地方公共団体業務の効率化が不可避に
日本中で進む「働き方改革」。特に地方公共団体では、その主たる目的の1つに「人手不足の解消」を掲げ、取り組みを進めている。
2018年までの6年間で、15歳~64歳の人口は約500万人減少。女性や高齢者など、多様な人材の活躍を推進しているとはいえ、全体の減少傾向が続く限り、人手不足は深刻な問題として残るだろう。限られた人員で住民サービスの高度化を図れる体制を構築することが、喫緊の課題となっている。
「スマートフォンが普及した現在、人々は、あらゆる情報に対していつでも好きな時にアクセスできる状態を当たり前だと感じるようになっています。この状況のもと、各種手続きの簡易化、迅速化など、地方公共団体様に寄せられる住民の要望は高度化しています。職員数が減る中、住民サービスを維持・向上していくためには、ICTを使って生産性を高めることが欠かせません」とNECの邱 騰箴は述べる。
そこで現在、多くの地方公共団体が検討しているのが「AIチャットボット」だ。
既にさまざまな企業サイトなどで導入されているため、利用したことがある人は多いだろう。テキストベースで対話できるAIが、顧客からの問い合わせや組織内部での業務上の問い合わせに回答する。これを住民/職員からの問い合わせの一次窓口に設置することで、煩雑な業務を効率化できるほか、住民にとっても必要なサービスが迅速に受けられる環境が実現できることになる。
複数の地方公共団体が力を合わせてチャットボットを育てる
ただ、AIチャットボットの本格導入には超えるべきハードルがある。それが、AIが回答するための大量のQAデータをどう用意するかということだ。
「問い合わせ対応の目的で活用する場合、地方公共団体様がそれまでためてきたFAQのデータをQAや辞書として登録するのが一般的です。しかし、すべての地方公共団体様が十分なFAQを持っているわけではありません。通常業務に追われFAQの整備まで手が回らないという地方公共団体様も多く、我々はこの点を解消する方法はないかと考えてきました。また、最近、地方公共団体様の間では、“デジタル・ガバメントの推進”や“共同利用”に関心が高まっています。そこに貢献することも重要だと感じていました」とNECの永倉 賢二は説明する。
こうしてスタートしたプロジェクトが「みんなで育てるチャットボット」である。
NECは、2019年5月からAIチャットボットを全国の地方公共団体向けに期間限定で無償提供。参加する団体がFAQを持ち寄ることで、文字通り、AIを「みんなで育てる」取り組みを開始している。複数団体のデータを共有・蓄積しながら、AIは日々賢くなっていく。個々の団体がQA・辞書の整備のプロセスにかける負荷を減らしつつ、高品質なAIチャットボットの迅速な利用開始につなげる試みである。
「トライアルは2017年ごろから始めていましたが、やはり単独では『FAQの数が足りない』『情報が古い』といった問題に直面します。一方、各地方公共団体様の業務や住民からの問い合わせには共通部分も多く、それらについてはFAQを共有できそうなことも見えてきました。そこで、複数の地方公共団体様のFAQとNECの知見を掛け合わせることで、共創によるAIチャットボット育成を実現したいと考えたのです」と邱は話す。いわばこれは、ハードウェアだけでなく、ノウハウや成果も地方公共団体同士で”共同利用”できるようにする仕組みといえるだろう。
LGWAN(総合行政ネットワーク)上で提供されるため、ひとまずアクセスできるのは職員のみの”お試し版”という位置付けだ。だが、ここで得たノウハウを基に住民向けサービスを立ち上げることも可能になっている※1。
人がする質問の「意味」を理解し、正しく回答できる
提供されるAIチャットボット「NEC 自動応答」の質も高い。例えば通常、実用可能レベルまで回答精度を上げるには、質問のバリエーションを増やす必要がある。人との対話では、たとえ同じ意図の質問でも使われる単語や接続詞が毎回変わるため、微妙に異なる言い回しを幾つも登録しておく必要があるからだ。
その点、NEC 自動応答は独自の最先端AI技術群「NEC the WISE」の1つ「テキスト含意認識技術」を搭載。文章によらず、言葉の意味を認識して回答するため、質問の登録数を抑えながら、精度の高い回答ができるという。
「例えば『突然エンジンがとまった』と『急にエンストした』は、一般のAIでは別の質問と認識されますが、NEC 自動応答は同じ質問だと理解できます。このテキスト含意認識技術は、NIST(米国国立標準技術研究所)主催のワークショップで第1位を獲得※2するなど、世界でも高く評価されています」と永倉は紹介する。
- ※1 本番サービスについては有償
- ※2 米国国立標準技術研究所(NIST)主催の評価ワークショップ TAC 2011 RTE7
全国50以上の地方公共団体でAIチャットボットの実証が進む
「みんなで育てるチャットボット」には、これまで50以上の地方公共団体が参加しており、それぞれ実証を進めている。AIチャットボットの無償提供期間は2020年9月までを予定しているという※3。
取り組みを通じてNECが目指すのは、AIチャットボットのより一層の普及、そして住民にとって暮らしやすい社会の実現だ。現在、住民からの問い合わせは、圧倒的に「電話」「来庁」が多いという。AIチャットボットが広く一般的なものになれば、住民は今よりも時間・場所の制約を受けずに暮らしに必要な手続きを行ったり、疑問を解決することが可能になるはずだ。
「AIチャットボットと聞くと、『ICTに詳しくない人には難しい』というイメージを持つ方がいます。しかし、AIチャットボットの自然言語のデータベースが充実してくれば、例えば音声認識と組み合わせて、AIチャットボットに話しかけるだけで回答が得られるなど、むしろICTに詳しくない人やお年寄りに優しいツールになると我々は考えています。さまざまな手続きのデジタル化ニーズが高まる現在、AIチャットボットは、地方公共団体様における住民サービス向上のドライバーになるものと信じています」と永倉は強調する。
また、電話や対面と異なり、問い合わせ内容はすべてデータで自動的に残る。そのため、それを分析・活用することで新たなサービスにつなげられる可能性も出てくる。問い合わせが多い質問から、住民の潜在的な不安・不満を抽出し、必要なサービスを先回りして提供するといったことを実現できるようになるだろう。「もちろん、住民向けだけではなく職員向けにも使えます。ベテラン職員の知見やノウハウをFAQ化してAIに覚えさせれば、業務上で不明点が出た際の確認や、新人職員の教育などに役立てることができるでしょう。ほかにもさまざまな活用方法が考えられます」と邱は語る。
得られた知見やノウハウを、社会課題の解決につなぐ
さらに、取り組みはNECにとっても大きな意義を持つ。例えば、複数の地方公共団体のFAQを蓄積・共有化する事でAIの精度が向上し、サービスの高度化が図れることはその1つだ。将来的にはAIを多様なソリューションと連携させることで、より新しい価値を顧客に提供していきたいと考えている。
「ソリューション連携の一例が『マイナポータル連携問い合わせ自動応答ソリューション』です。政府のオンラインサービス『マイナポータル』が提供するAPIと連携し、AIチャットボットが住民の個人情報を参照することで、よりパーソナルな問い合わせ対応を実現します。一般的な回答だけではなく、“私の場合はどうなるの?”といった個別の質問にも回答できるようになります。このようなサービスを、実証実験を進めて実用化したいと考えています」(永倉)。このソリューションは、国内のSaaS/IoTサービスを評価する「ASPIC IoT・AI・クラウドアワード2019」で総務大臣賞、およびAI部門総合グランプリを受賞した。
今後、私たちが直面する社会課題は、複合的な要因を含み、1つの地方公共団体、企業で解決策を探るのはますます難しくなっていくだろう。重要なのは共創だ。「みんなで育てるチャットボット」は、そんな未来社会を予見させる試みの1つといえるかもしれない。
- ※3 2020年3月現在。状況により延長の可能性あり
USECASE 1:横浜市政策局
新しい気付きも得ながら業務の効率化へ
横浜市政策局は、その役割の1つとして、公共施設の管理運営を民間に委ねる「指定管理者制度」の業務取りまとめを担っている。「個別の公共施設を所管する庁内の約70の関係課からは、日々さまざまな問い合わせが寄せられます。それらの問い合わせ対応を効率化するため、本プロジェクトでNECと共にAIチャットボットの効果を検証することにしました」と横浜市政策局 共創推進室共創推進課の藤原 一也氏は話す。
活用開始から現在までに、頻発していた類似質問への対応をAIチャットボットが行うことによる職員の負担軽減、対応品質の平準化といった効果を得ている。また、問い合わせした職員からは「当たり前で人には質問しにくいことも、AIチャットボット相手だと気軽に質問できる」といった声が聞こえているという。
さらにNEC 自動応答は、問い合わせデータが閲覧できるため、回答できなかった質問も把握できる。そこには、これまで電話・メールの問い合わせでは見かけなかったものも含まれており、各部署の潜在的な不満、疑問を抽出できているという。
「FAQの整備は、普段何気なく回答していたものも、改めて対応する制度運用に対する考え方の整理が必要な場合もあり、苦労する部分はありました。しかし、それは業務水準の継続的な確保という点で本来なされているべきであり、今回の取り組みに当たり、その部分をクリアにした点が副次的な効果であったと感じます。もし今後、住民向けのサービスとして運用する場合、日中働いている方も夜間や休日に問い合わせができますし、電話で問い合わせすることに心理的なハードルがある方も気兼ねなくお問い合わせいただけるようになります。これは住民・地方公共団体双方にとってのメリットになると思います」と藤原氏は語った。
USECASE 2:地方公共団体A
住民向けサービスへの展開を目指し、第一歩を踏み出す
もう1つのユースケースを紹介する。地方公共団体Aでは、住民から問い合わせを受ける業務のある部門が、住民サービス向上の一環としてAIチャットボットに注目。混雑時のサービス低下防止、たらい回しや案内漏れの削減、的確かつ総合的なサービス提供、365日24時間対応などを実現したいと考え、その第一歩として今回のプロジェクトへの参加を決めた。
FAQの整備・拡充については、住民からの問い合わせを想定して、入力者の所属する部門以外の職員が積極的に評価するなどの工夫をしながら行った。NEC 自動応答を使った感想は、「今後、FAQが整備されていけば有効」というものだ。一般的な検索エンジンでは抽出できないような質問のあぶり出しも可能と考えているという。現在まで約1カ月半の試行の結果、正答率は84%、充足率(問い合わせに対する質問が存在している率)は69%。まだサンプル数が少ないため、試行を重ねることでどう変わっていくのか、今後も見守っていくという。
将来的に住民向けサービスにAIチャットボットを適用した暁には、先に掲げた課題の解決はもちろん、「一致率の高い質問の自動提示」といった、AIによる的確かつ効率的なサービス提供、多言語対応、ホームページやSNSとの連携による利便性の向上など、より先進的なサービスにも期待しているという。