コンビニ交付サービスに学ぶ誰もがICTの恩恵を受ける社会の実現
住民票の写しや印鑑登録証明書などを身近なコンビニエンスストアのキオスク端末(マルチコピー機等)で取得できる「コンビニ交付サービス」。2010年2月のサービス開始から10年、参加市区町村は742団体に及び、対象人口は1億人を突破した。地方公共団体とコンビニ事業者をつないでこのサービスを提供しているのが、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)である。コンビニ交付サービスがデジタル・ガバメントの進展においてどのような意義をもつのか、今後進んでいくデジタル・ガバメントはどのように生活を便利にするのか、J-LISの吉本和彦理事長に、NECのデジタル・ガバメント推進本部長 小松正人が聞いた。
SPEAKER 話し手
地方公共団体情報システム機構
吉本 和彦 氏
理事長
NEC
小松 正人
デジタル・ガバメント推進本部長
便利さが実感できるからこそコンビニ交付サービスが拡大した
小松:コンビニ交付サービス10周年おめでとうございます。コンビニ交付サービスは、渋谷区、三鷹市、市川市の住民票の写しと印鑑登録証明書をセブン-イレブンのマルチコピー機で取得できるようになったところから始まりました。この10年で参加する地方公共団体、コンビニ事業者ともに拡大していますが、改めてサービスの現状およびJ-LISの役割について教えていただけますか。
吉本氏(以下、敬称略):コンビニ交付サービスを提供する地方公共団体は742団体、対象となる住民数は1億437万人(2020年3月16日時点)、参加するコンビニ事業者は40社です(2020年3月5日時点)。全国で唯一、高知県が空白地帯でしたが、2020年2月に大豊町、土佐町、仁淀川町に導入され、47都道府県でのサービス提供が実現しました。
我々がこのサービスを提供できるのは、住民基本台帳ネットワークシステムや総合行政ネットワーク(LGWAN)、公的個人認証サービスの運営などを担っているからです。すでに対応していたAndroidに加え、Appleと連携し、2019年11月からはiPhone7(iOS13.1)以降の機種でもマイナンバーカードを読み取れるようになったほか、 2021年3月から、マイナンバーカードが健康保険証としても利用できるようになり、今後、ナショナルインフラの一つとしてますます重要になります。J-LISとしても「誰もが使えるデジタル社会のパスポート」となるように、各システムの強化・運用に力を入れていきます。
小松:2016年にマイナンバーカードの交付が開始してから、コンビニ交付サービスも急速に拡大したように思いますが、交付前後で何が変わったのでしょうか。
吉本:マイナンバーカードに実装されている公的個人認証サービスの電子証明書を活用することで、地方公共団体や住民の皆さまにとってコンビニ交付サービスが非常に利用しやすくなったのが大きいですね。マイナンバーカードをマルチコピー機にかざせば、面倒な手続きなしで簡単にいつでも・どこでも各証明書を取得できます。その結果として、コンビニ交付サービスがマイナンバーカードの普及に貢献するコンテンツになりました。住民にとってもマイナンバーカードの便利さを一番実感できるのが、コンビニ交付サービスではないかと思います。
行政も銀行もデジタル化の目的やメリットは類似している
小松:コンビニ交付サービスと同様の仕組みを、地方公共団体が単独で各コンビニ事業者と交渉して、企画・システム整備をするのはとても難しい。J-LISが各地方公共団体とコンビニ事業者の間に入ることで、自治体職員の負担を低減できるのも魅力ですね。
吉本:その通りです。コンビニ事業者向け、および地方公共団体向けにJ-LISがインターフェース仕様を定め、行政サービスとして標準化できたことが1億人突破の理由の一つでしょう。
小松:コンビニ交付サービスが住民、地方公共団体、コンビニ事業者それぞれにもたらすメリットを教えていただけますか。
吉本:J-LISの理事長就任前、長年、銀行のシステム構築に携わっていましたが、銀行で起きてきたデジタル化の波と同じことが行政にも起こっていると感じます。かつて、銀行の窓口にはお客さまが殺到し、1~2時間も待たせていた。そこで、キャッシュカードの発行と店舗やコンビニエンスストアなどへのATMの設置を進め、お客さまは窓口に来なくても自由に入出金できるようになりました。コンビニ交付サービスも同じで、いまや住民は自治体窓口に行かなくても全国5万店以上のコンビニで、毎日朝6時30分から夜11時まで住民票の写しなどの証明書を受け取れるようになりました。これが住民にとって一番のメリットです。
また、銀行がキャッシュカードとATMを導入しなかったら、窓口のスタッフ数を何倍にもする必要があったでしょう。地方公共団体も職員を増やすことなく、窓口で住民を待たせずに行政サービスを提供できます。そして、コンビニ事業者にとっては集客のための有力ツールとなり、「ついで買い」が期待できます。
すべての国民に便利さを提供したい
小松:住民が利便性を身近に実感できることが核心ですね。このような行政サービスをどれだけ増やせるかがデジタル・ガバメントの課題の一つでしょう。紙の証明書をプリンタから出力するコンビニ交付サービスは、「行政サービスデジタル化」の思想からするとオールドファッションともいわれていますが、どんなに先進的でも、住民・官公庁・企業がそれぞれメリットを感じないと意味がない。これがコンビニ交付サービスでは実現できているのではないでしょうか。コンビニ交付は、J-LISが官民(地方公共団体とコンビニ事業者)をつなげる要となっていますが、この基盤を利用した今後の展開は予定されているのでしょうか。
吉本:J-LISは官民連携のハブの役割を果たしています。ただ、コンビニ交付サービスは行政サービスのデジタル化において、その工程の半分に過ぎません。住民が証明書の写しを紙で受け取るのは、発行元が電子データを持っているにも関わらず、提出先が紙を求めているからです。デジタル化の究極の姿は電子データのままで完結することです。
デジタル・ガバメント先進国のエストニアでは、発行も提出も電子データです。そこに到達するためには、ステップを踏む必要があります。銀行業界では現金をATMで入出金する第1段階から始まり、送金や口座振替など電子決済が進み、いまはキャッシュレス時代が到来しつつあります。キャッシュレス化までの長い道のりを考えれば、行政サービスのデジタル化はずっと速いテンポで進んでいます。コンビニ交付はまだ紙であり、データのやりとりも一方通行かもしれませんが、意義のあるステップであり、1億人が利用できるようになったのはすばらしい状況です。
小松:金融業界ではまず現金から電子マネー、そしてキャッシュレス決済に進んだように、行政も紙の証明書から電子データ交換に進展するというわけですね。J-LISがその推進の要となっていますが、全国に市区町村は全部で1,741あり、なかでも小規模自治体にとっては新サービスの導入は財政的にも負担になります。J-LISは、これら小規模自治体に対してどのような支援を考えていらっしゃいますか。
吉本:いまコンビニ交付サービスを提供している742団体で1億人を占めるということは、約2,600万人が残りの約1,000団体に属していることになります。この大半が小規模自治体であり、残念ながらその住民がコンビニ交付のメリットを受けていません。我々がコンビニ交付サービスのシステムを用意しても、地方公共団体が導入するには一定の資金と人材が必要になるからです。これを解消するために、J-LISは小規模自治体向けのクラウドサービスを始めました。従来型の(自前で管理・運用する)オンプレミスの場合、平均で初期投資が1,600万円かかりますが、クラウドサービスならばその3分の1程度の投資で実現できます。その結果、証明書1通あたりの発行コストも抑えることが可能です。
誰もが利便性を実感できる行政サービスを目指して
小松:小規模自治体向けのクラウドサービスには、J-LISが住民データのバックアップと被災者支援のシステムが組み込まれているとうかがいました。有事の際に必要となることは誰もがわかっているのですが、普段利用するわけではないので予算を確保しづらいという地方公共団体には有益ですね。
吉本:役場まで車で30分もかかるなど、地方であるがゆえのハンディキャップを背負っている地方公共団体に、もっとサービスを利用してもらいたいと考えています。こうしたハンデのある地域が被災したら、罹災証明の発行や取得にも苦労します。これらは現在、多くの地方公共団体が人力で発行していますが、災害時にはただでさえ人手不足になり、そのような対応は困難です。しかし、コンビニ交付サービスと共に被災者支援システムも組み込んだクラウドサービスを使っていただければ、コンビニでの各種証明書発行などにより被災者を支援でき、自治体職員も復旧対応等に専念できます。
新型コロナウィルスによる社会経済的な危機を迎えており、マイナンバーカードを持っておられる方々は、市区町村窓口に行かなくても家の中で子育て支援などのさまざまな行政手続きを、自分のパソコンやスマートフォンで実施できるようになっておりますので、ぜひマイナンバーカードを有効に使って頂きたい。
また、緊急時には、クラスターを発生させないためにも市区町村窓口への来庁者を減らすことが重要視されています。コンビニ交付サービスを利用することで、証明書交付の目的のみで来庁する住民の数を減らせます。さらにパンデミック対策にも被災者支援システムが活躍することでしょう。
災害はいつ起きるかわからないので予算を確保しづらく、また、日常的に使っている仕組みでないといざというときにオペレーションに戸惑います。その点、コンビニ交付サービスのシステムは投資しやすく、被災時でも容易に利用できる事業継続性のある仕組みです。この点は、政府機関の関係者も評価してくれています。
小松:住民データのバックアップ機能も重要です。実際、東日本大震災時は自庁設置のサーバーを流失した地方公共団体があった一方、データセンターで行政システムを管理していたところはすぐにサービスを復旧できました。
吉本:J-LISのクラウドサービスは、極めて高いセキュリティを確保しています。災害で地方公共団体の施設そのものが損害を受けない限り、すぐに被災者支援システムを動かすことが可能です。罹災証明の発行には被害の確認が必要ですが、その際は民間のクラウドサービスやAI(人工知能)とJ-LISのシステムを連携させ、利用できるようにしたいと考えています。例えば、Google マップの画像サービスを活用する手などが考えられます。
小松:民間のサービスがJ-LISのシステムと接続できれば、地方公共団体の使えるサービスがさらに増えることになります。それがデジタル・ガバメントの進展にもつながりますね。
吉本:政府機関とも頻繁に相談していますが、小規模自治体にはJ-LISのクラウドサービスを活用してもらえるように、行政的支援をお願いしたいと思います。地方公共団体も格差の時代になっており、住民の公平性から考えれば、地方の小規模自治体でも都市部と同じようなデジタル・ガバメントの恩恵を受けるべきだと思います。むしろ、さまざまな課題を抱えた地域を大事にしないといけません。それが日本の地域再生につながると思います。
小松:今後のデジタル・ガバメントへの対応を、J-LIS主導で実現していく方向性が見えてきたように思います。やはり、ポイントは「全国すべての住民が利便性を身近に実感できる行政サービス」。コンビニ交付サービスの知見が今後のデジタル・ガバメント政策にも活かされていくのだと確信しました。
吉本:特に被災者支援は、関係各省庁が横断的にコラボレーションすることが大事です。J-LISのシステムは社会インフラですから、政府機関の省庁縦割りなどは関係なく、住民や各地方公共団体の目線で連携していく必要があります。そのためにも政府CIO(内閣情報通信政策監)の調整力に期待しています。
小松:日本のデジタル・ガバメントの特徴は、行政機関内部のシステム化が進んでいる一方で、住民目線のサービス化が遅れていることだと感じています。コンビニ交付サービスのように誰もが利便性を感じる住民サービスがもっと増えれば、世界電子政府ランキング(国連経済社会局調査, 2018年)も現在の10位よりもさらに向上していくことが期待されます。我々も政府機関や地方公共団体のICTを支える主要なパートナーとして、デジタル・ガバメントの整備を力一杯サポートしていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。