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2020年03月19日

IoTとアプリで「歩行の質」を向上 デジタルが導くヘルスケア新時代

 人生100年時代を迎え、「いかに健康に長生きするか」が社会的に大きな関心を集めている。デジタル技術を活用して健康増進に役立てるサービスやアプリが登場し、ヘルスケア領域におけるデータ活用が加速しつつあるのはその一例だ。こうした中NECは、ヘルステック・ベンチャー、FiNC Technologiesとの共創をスタート。2019年11月には靴の中に入れるだけで、歩容(≒歩行の質)が計測できる、歩行センシングインソール「A-RROWG(アローグ)」の先行予約販売を開始した。共創の経緯や目的、今後の事業にかける思いについて話を聞いた。

ウォーキングをより効果的にする「歩容」にフォーカス

 少子高齢化の進行により、社会保障費の増大などさまざまな課題が生じている。年金受給開始年齢の段階的な引き上げで、「生涯現役時代」の到来も現実味を帯びてきた。そんな中、「治療から予防へ」と意識を変え、健康寿命の延伸に取り組むことが、国家的な課題となりつつある。

 こうした課題の解決に向け、NECはデータを活用した健康寿命の延伸を目指し、パートナー各社と協業しながら、新たなソリューション創出の可能性を模索してきた。その一環として、2017年4月、FiNC Technologies(以下、FiNC)との共創をスタート。「歩容(≒歩行の質)」を計測して美しい歩行姿勢へと導く、歩行センシングインソール「A-RROWG(アローグ)」の事業化に乗り出し、2019年11月にはクラウドファンディングによる先行予約販売を開始した。

歩行センシングインソール「A-RROWG」
NECの小型の歩行分析センサを搭載した専用インソールと、その人の歩容の状態をチェックしてアドバイスを行うスマホアプリにより構成される

 A-RROWGは、NECの先端IoT技術と、FiNCの法人向けウェルネスサービス「FiNC for BUSINESS」の融合によって生み出されたソリューション。NECの小型の歩行分析センサを搭載した専用インソール(靴の中敷き)と、人の歩容状態をチェックしてアドバイスを行うスマホアプリによって構成される。

 「歩容」とはあまり聞きなれない言葉だが、歩く時の姿勢や動作、歩幅などの特徴、つまり「歩き方」のこと。今回のプロジェクトで、なぜ両社は歩容に注目したのか。NECの中野 裕明はこう説明する。
「ウォーキングで健康増進効果を上げるためには、“歩き方”が重要だといわれています。左右の歩行バランスが悪いと、歩行姿勢の乱れや体の歪みの原因になりかねない。自分の歩幅や歩行速度などをしっかり意識すれば、より効果的なウォーキングが可能となるわけです。ところが、自分がどんな歩き方をしているのか、客観的に把握している人は少ない。そこをうまく手助けできるツールができないか、と考えたのがきっかけです。加えて、歩行というものは日常生活でごく当たり前に行われるものですから、無理なく継続できるのではと考えています」

※月城慶一, 山本澄子, 江原義弘, & 盆子原秀三. (2005). 観察による歩行分析.p17, p112,116,123,143-146,150,151 , 医学書院

NEC
コーポレート事業開発本部
スマートウェルネス事業開発チーム マネージャー
中野 裕明

 一方、FiNCはコンシューマ向けのヘルスケアアプリを提供しており、パーソナライズされたコンテンツ提供を得意としている。「歩数に加えて歩容のデータがとれるようになれば、より深いデータの収集・分析が可能になり、より精度の高い健康へのアドバイスを提供できるようになる。それも、今回のプロジェクトにポテンシャルを見出した理由の1つです」とFiNCでCEOを務める南野 充則氏は語る。

株式会社 FiNC Technologies
代表取締役CEO
南野 充則氏

 スポーツ科学の博士であり、専門知識を活かしてFiNCのサービス開発に携わる干場 拓真氏も「『歩行ができなくなると要介護になりやすい』というように、歩行は“生活の質”を測る指標となっています。このため、しっかり歩ける状態を維持することは大変重要です。インソールで収集した歩容データと、当社で収集している各種のデータを組み合わせれば、より包括的な評価が可能になると考えています」と説明を加える。

株式会社 FiNC Technologies
博士(スポーツ科学)
開発本部
ライフサイエンス部
干場 拓真氏

NECの高度なIoT技術とFiNCのスマホアプリを融合

 ヘルスケアアプリを提供する新進気鋭のスタートアップ企業と古くからある大企業のNECは一見、縁遠い存在のようにも思える。何が両社を結び付け、共創に至ったのか。

 「もともとNECでは、強みとするセンサ技術やAI技術を活かしてヘルスケアの新事業を創出するため、試行錯誤を重ねていました。しかし、データを収集・分析するだけでなく、具体的な解決策まで提示しなければ、本当の意味でお客様に価値を提供することはできない。例えば、定期健診で異常が発見された時、運動や食事などの生活習慣をどのように改善していけばよいのか。具体的なアドバイスを行うためには、専門的知見を持つパートナーとの協業が欠かせないと考えたのです」(中野)

 そこで、NECは、国内トップのダウンロード数を誇るヘルスケア/フィットネスアプリを開発したFiNCに注目。研究者や理学療法士、管理栄養士など多くの専門家を擁し、AI技術を駆使して、ユーザ個人に最適化した健康メニューを提供しているという点で、同社はまさに最適なパートナーだった。「FiNCは、コンシューマという千差万別で最も厳しいお客様を相手に、万人が使いやすいアプリを開発して強化し続けるという、難しい事業に取り組まれている。それは、NECにはない魅力でした」と、中野は振り返る。

 一方、FiNCにとっても、NECとの協業は、事業戦略において重要な意味を持っていた。というのも以前から、今後はさらに進化したソリューションを提供できなければ、顧客ニーズの変化に対応することはできないという危機感を感じていたからだ。

 近年、ヘルスケアアプリの世界では、リストバンドで歩数や心拍数を測ったり、食事の画像を解析してカロリーや栄養素を自動計算したりと、データ収集を自動化する動きが加速している。FiNCもヘルスケア・プラットフォームの運営会社として、業界トレンドにはいち早く対応していく必要があるが、自社ですべてをカバーすることはできない。このため、顧客へのサービス拡充を図る意味でも、高度なセンサ技術を持つメーカーとタッグを組みたいとの思いがあったという。

 「NECさんの研究所を見学に訪れた時、進行中のプロジェクトを紹介する説明会を開いていただいたのですが、特に興味を惹かれたのが、靴のインソールにセンサを付けて『歩行の深さを測る』プロジェクトでした。こういった時間軸の長い“研究”への投資は、スタートアップではなかなか難しいのです。センサによるデータ収集をNECさんに担当していただき、私たちがアプリ開発や運用を担えるのであれば、ビジネスのポテンシャルは一気に高まる。そこから、ぜひ一緒にやりましょう、ということになったのです」(南野氏)

 歩行センシングインソールA-RROWGの開発に当たって、プロジェクトメンバーを最も悩ませたのは、人間の身体が持つ多様性だった。

 「世の中にはさまざまな歩容の方がいて、歩行に独特の癖がある人もいれば、ケガや障害が歩き方に影響している人もいる。『これが正しい歩き方だ』とは、一概には言えないわけです。その特徴ある歩容を評価するには、どのような評価項目を設定するべきなのか。そのさじ加減が大変難しく、NECの研究所の方たちと協議しながら検討を重ねました」(干場氏)

クラウドファンディングでアーリーアダプターにアクセス

 2019年11月の先行予約販売に先立ち、NEC社内で実証実験を実施。社員の歩き方を計測し、その散らばり具合を確認しながら、百人百様ともいえる歩容データの分析に努めた。

 「座って足を動かしているだけの時や、階段を昇り降りしている時、車や鉄道で移動している時の動きなどの誤検知・誤計測をできるだけ防ぐために閾値を設けるわけですが、どの程度まで範囲を広げ、どのレベルまで精度を追求するべきなのか。その塩梅を決めるのが困難でした」と中野は振り返る。

 両社のノウハウを掛け合わせることで、ブレイクスルーも生まれた。その1つが、アプリのUX(ユーザエクスペリエンス)デザインだ。「アプリの使い勝手を左右する要素の1つに、センサと同期する通信のタイミングがあります。FiNCのアプリの初期画面には歩数が表示されるのですが、通信のタイミングが少しでも遅れると、歩数がリアルタイムに反映されない。コア体験の部分で何らかの不満があると、ユーザはたちまち離脱してしまいます。ユーザに『使いにくいね』と言われないよう、両社のメンバーが連携して議論を続けました」(南野氏)

「A-RROWG」の画面例(イメージ)
歩行センシングインソールを靴に入れるだけで、歩容を自動的に計測。専用アプリの画面から、歩行姿勢のチェックやトレーニングメニューの確認ができるほか、歩行改善のアドバイスも受けられる

 もう1つのブレイクスルーとなったのが、電池の持ち時間の改善である。当初はアプリで多くのデータを収集しようとするあまり、電池の持ち時間はわずか2週間。それではユーザの満足度が低下してしまうため、試行錯誤を重ねた結果、必要なデータを収集しつつ、1年は電池交換をせずに済むよう、徹底的に消費電力を抑えることに成功した。

 こうして2019年11月、NECとFiNCはA-RROWGの発表に漕ぎつけた。クラウドファンディングによる先行予約販売という“異例の”試みを行った目的は大きく2つあったという。

 「1つは、歩容という耳慣れない概念に特化したサービスが、世の中に受け容れられるかどうかを確認すること。もう1つは、実環境の中で計測できる歩容データのフィジビリティや有用性を検証するため、品質などに未成熟な部分が残る製品であることを理解してもらった上で、より完成度の高い製品に磨き上げるためのフィードバックを得ること。これらを、量産化の前に見極める必要があったのです」と中野は言う。

 続いて南野氏も「クラウドファンディングの賛同者は、ガジェット(目新しい道具)好きのコアなユーザなので、辛辣なフィードバックがもらえるのではないかという期待もありました。改善すべき点については早めに指摘していただいた方が、完成度を高められますから」と、胸の内を明かす。

 実際、クラウドファンディングのサポーターからは、さまざまな反響が寄せられた。
 「Webサイトに寄せられたコメントを見ると、歩き方に悩みや関心をお持ちの方が多いですね。理学療法士や個人トレーナー・整体師など“業界関係者”からの反響も大きく、『自分で使ってみて、良さそうならお客さんにも紹介したい』と言ってくださる方もいらっしゃり嬉しく思いました。また、センサ・データを使って、『自分が担当する患者さんにリハビリ効果をわかりやすく伝えたい』、『退院後の患者さんの生活ぶりを遠隔で見守る新しいサービスを一緒に考えてみたい』という声もありました」(中野)

スタートアップとの共創はスピード感を磨くチャンス

 先行予約販売分の納品は、2020年夏ごろを予定。今後は、両社共同でA-RROWGを個人ユーザ向けに提供しつつ、企業や病院・介護施設・学校向けのBtoBビジネスにも注力していくという。FiNCの法人顧客280社へのアプローチを強化しながら、「ロットを増やすことによって価格を下げ、少しでも多くの人にサービスをお届けしたい」と南野氏は意気込む。

 「介護施設や病院と連携しながら社会に必要とされる新しい仕組みを作りだすことも、この共創の大きな目的の1つ。NECさんと協力して新たなニーズを掘り起こしていきたいと考えています」(南野氏)

 一方、NECとしても「BtoBの領域では、ヘルスケア領域の専門家やサービスプロバイダとコラボした新しいサービスを作っていきたい」と中野は言う。「A-RROWGを知ったリハビリの専門家の方から、『退院後の患者さんの歩き方を遠隔で見守る新しいサービスを一緒に考えてみたい』という声もありました。現在のA-RROWGにはまだそのような機能はありませんが、クラウドファンディングを通じていろいろなアイデアをいただいているので、新たな可能性を模索していきたいと思います」。

 今回の成果は、大手メーカーとスタートアップの強みを融合することで、新機軸を生み出した好例といえる。「さらに言えば、FiNCとの協業は、老舗企業のNECにとって、スタートアップのスピード感を身につけるまたとないチャンスだとも考えています」と中野は語る。

 NECの先進IoT技術と、ヘルステック・ベンチャーとして時代のトップを走るFiNCのプラットフォーム。異質なDNAを持つ2つの企業の共創が、デジタルヘルスケアの世界に新たな変革を起こしつつある。

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