本文へ移動

サイエンス作家 竹内薫氏が解説!
これからの時代の常識~「量子技術」を理解する~

 話題としてはよく耳にするようになった「量子」技術や、「量子」コンピュータ。もはやこの時代にはなくてはならないものとなっていますが、どのようなもので、どう役立つのか、――サイエンス作家の竹内薫氏に解説してもらいます。

竹内 薫 氏

サイエンス作家。

1960年生まれ。東京大学教養学部教養学科、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学専攻、理学博士)。

「たけしのコマ大数学科」(フジテレビ)、「サイエンスZERO」(NHK Eテレ)など、テレビでの科学コミュニケーションでもお馴染み。YES International School校長も務める。

主な著書に『ゼロから学ぶ量子力学』『「ファインマン物理学」を読む(普及版)』『ペンローズのねじれた四次元〈増補新版〉』『ホーキング 虚時間の宇宙』『超ひも理論とはなにか』(いずれもブルーバックス)、『99・9%は仮説』(光文社新書)、『子どもが主役の学校、作りました。』(KADOKAWA)などがある。

2022年度のノーベル物理学賞――量子とはなにか

ノーベル賞授賞式が行われる、ストックホルムのコンサートホール(画像:iStock)

 日常生活では、宇宙探査なども含めて、みなさんが学校で教わるニュートン力学が使われています。それに対して、量子力学は、主にミクロの世界を扱う力学です。量子は「エネルギーの最小単位」という意味です。ミクロの世界の住人である素粒子や小さな原子などのエネルギーは、この最小単位の整数倍、つまり連続していない、飛び飛びの数字になっているのです。

 量子力学はこれまで、半導体や病院のMRIなどに応用されてきましたが、今ひとつ、馴染みが薄い分野かもしれません。

 ミクロの世界では、われわれの常識に反する現象がたくさん起きます。たとえば、量子の一種である電子が、東京から大阪まで飛んで行ったとしましょう。これが人間の旅行であれば、新幹線に乗って、途中、名古屋や京都を通過したことがわかるでしょう。つまり、途中経路がはっきりと定まります。ところが、量子は、奇妙なことに、途中経路が定まらないのです。

 そんな馬鹿なと思われるかもしれません。実際、量子力学の黎明期には、かの有名なアルバート・アインシュタインですら、量子力学に異を唱えていたくらいですから。実は、日常生活の常識を重んじる、一部の物理学者たちは、量子力学に代わるミクロの世界の基礎理論として、「きちんと途中経路が定まるような理論」を提案しました。

 はたして、この宇宙の自然法則は、量子力学なのでしょうか、それとも、経路の定まる理論なのでしょうか。

 さて、2022年度のノーベル物理学賞は、量子力学・量子技術の発展に寄与した、アラン・アスペ、ジョン・クラウザー、そしてアントン・ツァイリンガーの3氏に授与されました。この3氏の主な業績をかいつまんで説明すると、「経路の定まらない量子力学と、経路の定まる理論のどちらが正しいか」を理論と実験で決定したのです。

 量子力学に不信感を抱く物理学者の多くは、この3氏の研究により、ようやく、量子力学が正しいことに納得したのです。

  • 注1: 極低温の液体ヘリウムなども量子的にふるまうので、量子力学は、ミクロの世界だけを扱うわけではありません。
  • 注2: ノーベル財団の公式ホームページに3氏の詳しい業績が書かれています。特に、アントン・ツァイリンガーの業績である量子テレポーテーションや量子もつれについては、リンク先をご覧ください。
    https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2022/summary/別ウィンドウで開きます

第四次産業革命と量子コンピュータ

 人類は過去に3度の産業革命を経験しています。第一次産業革命はイギリスから始まり、内燃機関が発明され、交通輸送も蒸気機関車や蒸気船が担うようになり、紡績機などもひろく使われるようになりました。第二次と第三次については、いろいろな捉え方があるのですが、第二次産業革命では、ドイツなどの鉄鋼業の発展も一つの特徴であり、第三次産業革命では、コンピュータの普及があげられるでしょう。

 そして現在進行中の第四次産業革命では、とりわけ、量子技術と人工知能という主役をあげることができると思います。そのうち、今回は量子技術について、数式を使わずにご紹介したいと思います。

第1次~第4次産業革命(画像:iStock)

 量子技術と言っても幅広いのですが、代表的なものに量子コンピュータがあります。その量子コンピュータにもおおまかに2種類あります。量子ゲート方式と量子アニーリング方式です。後ほど、主に後者について説明します。

量子技術の起源をたどる――量子は、粒子でもあり波でもある!?

 さて、量子の発見は、鉄鋼業における問題と関係していました。

 1800年代の後半、鉄鋼業が発展するとともに、溶鉱炉の温度を正確に知り、調整する必要が生まれました。たとえば波長の長い赤色は比較的温度が低く、波長が短くなると高温といった具合に、溶鉱炉に小さな穴をあけて中を覗き、その色から温度を経験的に推測していたのですが、もっと正確に理論的に推測したかったのです。

鉄鋼プラント(画像:iStock)

 当時、色と温度の関係をあらわす理論式は2つあったものの、完全な公式は、マックス・プランクが1900年に発見するまで存在しませんでした。

 プランクは、「光、すなわち電磁波のエネルギーには、最小単位があり、無限に小さいエネルギーは存在しない」という前提から出発し、あらゆる波長に適用できる公式を発見しました。すでに書きましたが、このエネルギーの最小単位を「量子」(quantum)と呼びます。

 それまで職人の勘に頼らざるを得なかった溶鉱炉の温度の問題をプランクが科学的に解決したわけですね。

 しかし、そもそも、なぜ、エネルギーに最小単位があるのかについては、1900年から1930年くらいまでの間に世界中の科学者により「量子力学」という学問が確立されるまで、謎のままだったのです。

 量子は不思議な性質を持っています。量子は粒子でもあり波でもあります。粒子なので(つぶつぶの)デジタルの性質を持っているかと思えば、波なので重ね合わせることができますし、波なので広がっており、どこにあるかを決めようとしても、不確定だったりします。

 そんな不思議な量子ですが、天才物理学者のリチャード・ファインマンが、「自然法則をシミュレーションするには、量子を使って計算しないといけない」というアイディアにたどり着きます。量子コンピュータの始まりです。

  • 注3: Feynman, “Simulating physics with computers”, International Journal of Theoretical Physics 21, 467

量子コンピュータ――応用範囲が格段に広がる

 さて、量子コンピュータにはおおまかに2種類あると書きました。今から振り返ると、ファインマンのアイディアは、量子ゲート方式の量子コンピュータだったのかなと思われます。この方式については、今回は触れません。

 もう一つの方式である量子アニーリングについて説明しましょう。

 量子アニーリングの「アニーリング」は日本語で「焼きなまし」。これは、適切な温度でゆっくり熱することで、プレスや切削などで金属を加工したときに生じる内部の歪みを取る工程です(焼きなましにも、いろいろな種類があります)。おおざっぱな説明で申し訳ありませんが、金属内部が安定した状態に落ち着く、というイメージです。ちなみに、日本刀の「焼き入れ」は、急に冷やして硬くする技術で、字面は似ていますが、焼きなましとは異なります。

 この焼きなましに「量子」がついているのが量子アニーリングなのですが、熱の代わりに「量子ゆらぎ」というものを用いて、安定した状態(=最適な状態)に落ち着かせる手法です。実際には計算なので、最適な解を探すのです。

最適解は日常生活でも(画像:iStock)

 われわれの生活には、最適な解を求めたい問題が目白押しです。たとえば、出張で何ヶ所もお客様の会社を回らなくてはいけないとき、どのような経路や順番で移動すればいいのでしょうか。あるいは、人工知能の機械学習で、必要とされるタスクをこなしてくれるように最適化するにはどうすればいいでしょうか。こうやって考えると、人間の社会活動の多くが最適化と関係していることがわかります。

 量子アニーリング方式のコンピュータは、実に応用範囲が広いのです。

量子技術の未来――日本が担うべき大切な役割

 量子アニーリング方式は、日本の西森秀稔と門脇正史が共同で提案しました。日本発の科学技術です。

 考えてみれば、日本のノーベル物理学賞の多くは、(素粒子物理学など、)量子力学にかかわる業績が評価されての授賞です。日本人初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹、そして朝永振一郎、江崎玲於奈、小柴昌俊、小林誠、益川敏英、南部陽一郎、梶田隆章…錚々たる面子ですが、「量子」は、日本のお家芸なのです。

 ここで触れなかった量子技術には、(もう一つの方式である)量子ゲート方式の量子コンピュータ、量子暗号、量子センサーなどがあり、日本だけでなく、世界中で実用化に向けた研究開発がおこなわれています。

 第四次産業革命において、日本が世界のトップ集団に居続け、科学技術で世界を牽引するためには、量子技術の研究開発が欠かせません。

 みなさんも、新聞、テレビ、SNSなどのニュースで「量子」という言葉で出てきたら、ぜひ、どんな進展があったのか、注目してみてくださいね。