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2021年08月11日

海の生態系を破壊するマイクロプラスチック その実態を探る挑戦が始まった

 近年、海洋プラスチックごみの問題が地球規模で深刻化している。なかでも、5mm以下の微細なマイクロプラスチックは、海流に乗って世界中の海に拡散し、海洋生物のみならず、人体にも悪影響をもたらすことが懸念されている。この実態を解明していくには、各海域におけるマイクロプラスチックの数・大きさ・種類を分析し、流出源を推定。流出経路・到達地を予測する必要がある。ただし、その調査にはさまざまなハードルが残されており、特に外洋や深海の究明は困難を極めるという。そこで国立研究開発法人海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)はNECと共に、AIを活用し、そうした調査の一部を簡便化する挑戦を始めている。その概要について、JAMSTECの土屋 正史氏とNECの平 陽介に話を聞いた。

海の生態系に甚大な影響を及ぼすマイクロプラスチック

 現在、年間1000万トンを超えるプラスチックごみが海洋に流入し続けているといわれ、SDGsのターゲット14-1でも、海洋ごみなどによる海洋汚染の防止と削減がうたわれている。

 なかでも近年、地球環境への悪影響が懸念されているのが、マイクロプラスチックの急速な増加だ。マイクロプラスチックとは、5mm以下の微細なプラスチック粒子のこと(写真1)。プラスチックの生産段階で発生するものと、プラスチックが紫外線や風雨にさらされて劣化し、粒子状になったものの2つに大別される。このマイクロプラスチックが厄介なのは、微細なため回収が難しく、海流に乗って世界中の海に広がっていくことだ。しかも、プラスチックは分解されないため、長きにわたって海を漂い、海の生態系に甚大な影響を及ぼすこととなる。

マイクロプラスチックは、海流に乗って世界中に拡散し、半永久的に自然界に残存して、生態系に甚大な影響を及ぼす

 そもそも、プラスチックが大量に海洋に流入すると、どのような問題が起こるのか。それには大きく2つのケースがあるとJAMSTECの土屋 正史氏は語る。

 「1つは、海洋生物がプラスチックを餌と間違えて食べ、死に至るケースが多いという点です。例えば、ウミガメやクジラがプラスチックを誤食すると、プラスチックを消化できないため満腹感が持続して、餌を食べられなくなる。あるいは、飲み込んだプラスチックの尖った部分が消化器官に損傷を与え、餌を消化できなくなってしまうのです。また、プラスチックの誤食は繁殖率の低下にもつながるといわれています。例えば、マガキにマイクロプラスチックを与えると、卵細胞の減少や精子の運動能力の低下、幼生数の減少や成長速度の鈍化が起こることが知られています」

 もう1つの問題は、プラスチックに含まれる有害な化学物質が、海洋生物の生存を脅かすという点だ。例えば、PBDE(ポリ臭化ジフェニルエーテル)などの難燃剤や紫外線吸収剤などプラスチックに含まれる添加剤が海水中に溶け出したり、PCB(ポリ塩化ビフェニル)など海洋中の有害な化学物質をプラスチックが吸着したりして、海洋生物に悪影響を及ぼす可能性がある。食物連鎖によって生物濃縮する化学物質も存在し、最近ではそれらが人体に影響を及ぼすことも懸念されており、世界各国で研究が進められているところだ。

国立研究開発法人海洋研究開発機構
地球環境部門 海洋生物環境影響研究センター
海洋プラスチック動態研究グループ
グループリーダー代理
土屋 正史氏

手作業の工程と巨額のコストが研究のネックに

 こうした中、JAMSTECでもマイクロとマクロプラスチックの海洋プラスチックごみに関する研究が進められており、土屋氏らのグループでは、以下の3つの方法で海洋調査を行っている。

 1つ目は、プランクトンネットと呼ばれる網を使って、海洋の表層を浮遊するマイクロプラスチックをすくいとる方法(写真2)。2つ目は、有人潜水調査船「しんかい6500」や無人探査機で深海に潜り、プラスチックの分布状況を目視や採集によって調べる方法だ(写真3)。そして3つ目(写真4)は、有人潜水調査船や無人探査機あるいは船上から観測機器・採取機器を用いて海底の堆積物にコアチューブを差し込み、堆積物に含まれるマイクロプラスチックを採取する方法である。

写真2
©JAMSTEC
写真3
©JAMSTEC
写真4
JAMSTECによる海洋マイクロプラスチックの採集方法。表層をすくいとったり、深海や海底を調べたりと、多面的な調査方法を行っている
©JAMSTEC

 JAMSTECでは、プラスチックごみの一大流出源である東アジアや東南アジアに端を発し、世界有数の流量と流速を持つ「黒潮流域」に注目。2019年9月、房総半島の約500km沖・水深6000m付近の深海平原で調査を行い、海底に大量のプラスチックごみが集積していることを突き止めた(図1)。

図1
毎年、膨大な量のプラスチックごみが世界の海に流入している。その約半分が東アジア・東南アジア諸国から流出しており、一部は黒潮に乗って日本近海を北上する
©JAMSTEC

 「これまで、マイクロプラスチックは海面を浮遊するだけでなく、沈降して海底にもたまっているといわれていましたが、深海での実態は表層に比べて情報不足でした。しかし、今回の調査によって、日本近海の深海底にもマイクロプラスチックの存在が確認され、おそらくマクロプラスチックごみと連動するように集積している可能性が考えられます」(土屋氏)

 一方で、マイクロプラスチックの分析については、さまざまな課題が山積している。最大の課題は、マイクロプラスチックの分析を手作業で行っているため、膨大な手間と時間がかかるという点だ。

 従来の調査分析手法では、採集した海水や堆積物を顕微鏡でのぞきながら、マイクロプラスチックを1粒ずつ手作業で拾い出す必要があった。

 「例えば、堆積物の試料を分析するためには、堆積物の中にある有機物を取り除いたり、炭酸カルシウムを溶かしたりといった前処理が必要になり、50ccの試料を前処理するだけで数日間を要します。マイクロプラスチックを検出する際も、マイクロプラスチックを分離した後、フィルタで捕集し、目で判別して、顕微鏡のソフトウェアでサイズを測定するという工程が発生します。このため、検出だけで1試料当たり1時間以上かかっていました」と土屋氏は話す。

 悩みの種となっていたのは、それだけではない。手作業で分析をしていると、拾い出せる試料のサイズにも限界がある上、誤判別も発生しやすくなってしまう。もう1つ頭の痛い問題だったのは、分析に使用する機械が大変高額であることだ。

 「マイクロプラスチックを肉眼で観察した後、赤外線を使って材質を判別するのですが、この機械は大変高額なので、すべての研究機関が導入できるわけではない。これも、マイクロプラスチックの分析が進まない要因の1つとなっていました」(土屋氏)

 もう少し簡単に、マイクロプラスチックを分析できる方法はないか――そう考え始めた土屋氏の脳裏に、ふとNECのエンジニアの顔が浮かんだ。以前、土屋氏の研究仲間が、画像解析の技術を使って放散虫(海洋性動物プランクトンの1種)の研究を行い、論文を発表した。その研究支援をIT技術面から行っていたのが、NECのエンジニアである平 陽介だったのだ。

AIの画像解析により自動化と分析コスト削減を実現

 実をいうと平は大学時代に海洋科学を専攻しており、この分野に知識もあった。

NEC
第一官公ソリューション事業部
シニアマネージャー
平 陽介

 「当時は、ひたすら暗室で顕微鏡をのぞきながら、微生物をカウントしてノートにデータを記録する日々を送っていました。でも、研究者の本来の仕事はその先にあるはずです。対象物の判別をITの力で早く簡単にできるようになったら研究が進むのではないか、とその当時から感じていました」(平)

 研究者と企業のエンジニア。立場こそ違うものの、海洋科学への関心という点では一脈通じるものがある。「企業の方に開発をお願いするというより、研究者同士の議論をするような感じで、平さんと相談しながらシステムの検討を進めることができました。話を進める中、高額な分析機を使わなくとも、AIで処理すれば、マイクロプラスチックの粒子状や繊維状の形の違いを自動的に判別してデータ化できるのではないか――対話する中で、今回のシステムの発想が生まれたのです」(土屋氏)。

 それでは、今回開発した「AIを活用した海洋マイクロプラスチック計測システム」とは、どのようなものなのか。

 これは、AI技術群「NEC the WISE」のディープラーニング技術を搭載した画像解析技術により、マイクロプラスチックを高速・高精度で検出し、分類を行うもの。その仕組みはおおよそ以下の通りだ(図2)。

 まずは、海水や堆積物などの試料に対して前処理を行い、試料の中のマイクロプラスチックを蛍光色素で染色。これをポンプを使用して流しながら、蛍光顕微鏡下で動画を撮影する。

 次に、今回NECが開発したソフトウェアにより、動画からマイクロプラスチックを1片ずつ画像データとして自動抽出。さらに、AIの画像解析技術を活用して、マイクロプラスチックのサイズクラス(任意のサイズクラスに設定可能)と形状(粒子状か繊維状か)を、毎分60個のスピードで自動的に分類・集計していく。

図2
AIによる画像解析技術を活用した、海洋マイクロプラスチック計測・検出の流れ。毎分60個の処理速度で、マイクロプラスチックのサイズや形状を自動的に分類・集計することが可能となった

 とはいえ、システム開発に当たっては、さまざまな壁も立ちはだかった。最初に直面したのは、「蛍光顕微鏡で撮影した動画を、どのように加工してAIに渡すか」という点だった。「AIに解析させる画像を、動画からどうやって切り出すか。それが最大の肝だったのです」と平は言う。

 試行錯誤の末、動画の中に赤いエリアを設定。マイクロプラスチックがそのエリアを通過する瞬間、画像として切り出すことにした。とはいえ、蛍光顕微鏡は露光時間が長くなるため、試料の中を流れるマイクロプラスチックの動きが速すぎると、蛍光の粒子が彗星のような尾を引き、検知に支障をきたすことがある。マイクロプラスチックの流速や露光のパターンを工夫しながら、最適な条件の組み合わせを割り出すため、1年間にわたって試行錯誤を繰り返したという。

 その解決のカギとなったのは、意外にも「ポンプ」だった。「マイクロプラスチックを流すためにポンプを使っていたのですが、ポンプが脈動するたびに、一瞬、マイクロプラスチックの動きが止まる。『ポンプが止まったところで画像を切り出す』というタイミングを見つけ出したことが、今回のシステム開発が成功した1つの要因だと感じています」(平)。

IT技術も活用しながら海洋汚染問題の解決に貢献したい

 2020年7月に本システムのプレス発表が行われ、2021年5月末にプロジェクトは終了。現在、JAMSTECでは人工マイクロプラスチックを用いてテストを行いながら、検出技術の確立に努めているという。その結果を研究論文にまとめた後、海洋調査で実地に活用する計画だ。

 今回のシステム導入効果については現在も検証中だが、導入前と比べると、マイクロプラスチックのカウントから検出までの所要時間が、数時間から数十分へと大幅に短縮できる可能性が見えてきたと土屋氏は言う。

 「この技術が確立されれば、2つのメリットが期待できると考えています。1つは、調査観測しながらマイクロプラスチックを検出できる体制が整えば、航海中にマイクロプラスチックの濃度が高い場所を見つけ、その場所に行って詳細調査をすることができる。これは、一次情報を迅速に取得するという意味では、非常に重要です。もう1つは、今後、このシステムがさまざまなセクターで活用されれば、世界中の海から膨大な量のサンプルを集めることができる。そのデータを蓄積すれば、マイクロプラスチックの分布状況を事前に把握できるので、『どの海域を分析対象とするか』を決めるための指標になると考えています」(土屋氏)

 一方、NECは、今後、この領域でどのような取り組みを行っていくのだろうか。

 「2020年7月にプレス発表をしたのですが、その反響は大きく、多くの企業や公共機関から問い合わせをいただきました。マイクロプラスチックの問題は世界的に注目されているので、できるだけ多くの方々に使っていただけるような技術やシステムをつくっていきたい。また、観測研究の手法は、ITの力で劇的に変わりつつあります。我々も『研究DX』に取り組むことで、日本の科学研究力のより一層の底上げをお手伝いしたいですね」と平は抱負を語る。

 一方、土屋氏もマイクロプラスチックの実態を解明する挑戦を続けていく考えだ。

 「プラスチックは海洋汚染の元凶としてやり玉に挙げられています。ただその一方では、軽くて衛生的で、素材として非常に優れた面があるのも事実です。軽量のプラスチックを使うことで輸送負荷が減り、環境汚染が減少するという側面もあるため、プラスチックを全く使わなくなるということはあり得ません。排出管理やリサイクルの体制を整え、プラスチックとどう付き合うかを考えながら、これまでとは違う豊かさ、新しい価値を再定義していくことが重要ではないでしょうか」(土屋氏)

 SDGsの14-1(あらゆる海洋汚染の防止と削減)、さらには持続可能な社会に向け、JAMSTECとNECの挑戦はさらに大きな意味を持つことになるはずだ。

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