大阪万博に向けて加速する、大阪の都市型MaaSと街づくり
2025年に開催される大阪・関西万博(以下、大阪万博)に向け、関西エリアでMaaS(Mobility as a Service)の取り組みが活発化している。そのキープレイヤーの1社が、地下鉄御堂筋線などを運営する大阪市高速電気軌道(以下、Osaka Metro)だ。既に自動運転化や顔認証によるチケットレス改札などの実証実験を進めている。さらにその先には、人々がより快適・安全に暮らせるスマートシティの実現を見据えているという。
シームレスな移動で街を活性化する「都市型MaaS」戦略
Osaka Metroは大阪の「大動脈」といわれる御堂筋線などの地下鉄および新交通システムを9路線(137.8km)運営する軌道・鉄道事業者であり、1日の乗降客数は平均約254万人にのぼる。2018年4月の民営化以降、民営化プランの趣旨に則り、自主自立の経営による継続的な事業成長に取り組んでいる。
しかし成長に向けては、乗り越えるべき課題もある。それは、急速に変化する社会環境への対応だ。少子高齢化を背景に日本の人口は減少しており、利用者の大幅な増加は見込めない。働き方改革の広がりにより、在宅勤務やサテライトオフィスでの勤務が増えれば、通勤利用も減少する。コロナ禍によってテレワークが普及したことで、この流れは一層進むことも予想されている。
「こうした中で、生き残りをかけて沿線の魅力を維持・向上させ、ICTやデジタル技術の活用でサービスの充実を図っていきます」。こう話すのはOsaka Metroの西野 肇氏だ。
そのために同社が注力するのが、MaaSである。これは、交通手段による移動を1つのサービスとして捉え、それらをシームレスにつなぐことで、移動を支えるトータルサービスを実現するものだ。
ただし、一口にMaaSと言ってもさまざまな形態がある。地域特性によって解決すべき課題が異なり、地域ごとに求めるMaaSのあり方も変わってくるからだ。例えば、観光地なら集客や周遊のアクセス向上、過疎地なら交通弱者対策がメインになる。
Osaka Metroが路線を展開する大阪市およびその周辺は大都市地域だ。「この特性を踏まえ、移動ニーズの多様化やストレスフリーな移動手段への対応を進め、それを街の賑わい創出につなげていく『都市型MaaS』の実現に取り組んでいます」と西野氏は語る。
この都市型MaaSを軸に、新しい街づくりも推進していく予定だ。例えば、公共交通へのアクセスが悪いエリアには、新しい交通手段・交通網を整備する。MaaSアプリによる交通のデジタルサービス化、あるいは多くの人が集まる場所を開発し、新しい顧客体験を軸にしたリテールサービス展開、といったことはその一例だ。
「こうした街づくりを実現するには、『交通』『安全・安心』『情報』がデジタル技術やデータ基盤の上でシームレスにつながる必要があります。この範囲を次第に広げていき、エリア全体で人・環境に優しい自律型エコシステムを構築する計画です」と西野氏は話す(図)。
交通インフラの大改革に向け、さまざまな実証実験が進行中
都市型MaaSを軸にした新しい街づくりにとって、2025年に開催される大阪万博は大きな節目となる。この成功を支えるため、Osaka Metroはグループ一丸となって、さまざまな改革を進めている。
まず鉄道については、中央線を延伸して大阪万博の会場となる人工島「夢洲」に新駅を建設し、輸送能力の増強を図る。関西鉄道7社と密接に連携し、接続・乗り換えをよりスムーズにすることで、エリア全体の移動のしやすさも向上させていく。
日本の鉄道としては初めてとなる、顔認証システムによる改札実験も開始した。チケットレスで改札を通過できるため、スムーズかつストレスフリーな乗車が可能になり、混雑緩和にもつながることが期待されている。さらに、顔認証だけでなく、二次元バーコードなどさまざまな認証システムにも対応していく予定だ。Osaka Metro社員を対象にした実証実験を進め、2024年度中にOsaka Metro全駅にチケットレス改札を導入するという。
都市型MaaSでは、バスも重要な移動サービスの1つとなる。実現に向け検討を進めているのが「オンデマンドバス」である。バス停を増やすことで、乗りやすさを高めるとともに、乗りたい時にMaaSアプリを利用してフレキシブルに予約できるようにする。「待ち時間なくすぐ乗れて、行きたい場所に効率的に行けるようになる。既存の路線バスとタクシーの中間的な乗り物を想定しています」と西野氏は説明する。
乗務員の負荷軽減と、より高度なサービス提供を目指し、バスの自動運転化に向けた実証実験も始めている。鉄道の自動運転化については、2024年度に中央線阿波座駅~夢洲新駅間での実証実験を実施する予定だという。
これに加え、デジタルツインによる駅・車内空間のデジタル化も進めている。「仮想空間に駅構内や車内環境を再現し、駅務や運転の効率化に向けた施策、工事や保守作業のシミュレーションを実施。その結果を反映した最適な計画を現実世界にフィードバックすることで、サービスや安全対策の向上に役立てていきます」(西野氏)。
駅は通過地点から“楽しむ場所”へ変わっていく
移動の拠点となる駅そのものの魅力も高めていく。その一環として進めるのが、地下空間のリニューアルだ。御堂筋線9駅・中央線6駅の大規模改革を進めている。「利便性・快適性の向上に加え、移動を楽しめる空間にしたい。駅ごとの地域性・歴史性を活かしたデザインを演出し、賑わいを創出することによって、地下空間の魅力度を向上させ、大阪のさらなる活性化に寄与していきます」と西野氏は展望を語る。
既に具現化された例もある。例えば、2020年2月にリニューアルが完了した「中津駅」は、インキュベータ発信地として生まれ変わった。構内随所に設置されたデジタルサイネージをプレゼンテーションスペースとして利用できるという。
一方、大阪を代表する繁華街の1つである「梅田駅」のコンセプトは“インフォメーションターミナル”。日本最大級のパノラマビジョンで大阪の情報を世界に発信していくという。
スマートフォンのMaaSアプリとデータの利活用で、デジタルマーケティングも加速していく。MaaSアプリでは既に交通機関の予約や支払い、駅構内や周辺施設の情報提供などを行っているが、今後はサービスをさらに拡充し、目的の店舗までの経路検索機能などを提供する予定だ。2020年10月には新たなポイントサービスも開始する。「グループ内の連携だけでなく、異業種も含めた企業間連携も進め、利用者の移動・行動データを基に、付加価値の高い顧客体験を数多く提供していきます」と西野氏は話す。
こうした取り組みにより、移動はさらに快適でスムーズなものになり、エリア全体が楽しく魅力溢れる空間に変わっていく。Osaka Metroは都市型MaaS戦略を推進し、大阪万博の成功に貢献するとともに、その先の未来につながるスマートシティの実現に向け、交通を核にした新しい街づくりのチャレンジを加速している。