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“いつも”が“もしも”の備えになる!?「フェーズフリー」なまちづくり

 日常時と非常時の2つのフェーズを融合させる「フェーズフリー」という考えが注目を集めている。災害の備えを特別なものと捉えるのではなく、日常の暮らしやビジネスの中に取り入れていくのだ。この考えに基づく商品開発やまちづくりが本格化している。NECも全国の自治体や企業と連携し、フェーズフリーなまちづくりに貢献している。この考えはコロナ禍によるNew Normal時代にも新しい価値をもたらすという。フェーズフリーなまちづくりの最前線に迫る。

日常と非常時の壁をなくす新しい「備え」

 地震や台風などの自然災害が頻発する中、災害発生時に備える「防災」の重要性が高まっている。

 しかし、いつ起きるかわからない災害にどれだけの人が十分な備えをしているだろうか。水や非常食を準備していても、それだけで安全・安心を確保できるわけではない。災害発生時は思いもしない事態が発生する。日常時において非常時を想像し、備えをし続けることは難しい。

 そこで注目されているのが「フェーズフリー」という考え方だ。普段使っている商品・サービスが非常時でも役立てば、自然と「備える」ことにつながる。「フェーズフリーとは『備えられない』を前提にした考え方。『防災』と『フェーズフリー』のミッションは同じでも、アプローチの仕方が違います」とフェーズフリーの普及と理解促進を担うフェーズフリー協会の佐藤 唯行氏は説明する。

一般社団法人フェーズフリー協会
代表理事
佐藤 唯行氏

 フェーズフリーの実現には5つの原則が重要になる(図1)。「身のまわりのさまざまなものがフェーズフリーになることによって、全体として解決を目指す。創発性・多様性を持つことも大切です」と佐藤氏は訴える。

図1 フェーズフリー5原則
フェーズフリーは日常時の要求と非常時の要求を満たすものでなければならない。商品・サービスだけでなく、社会インフラや公共サービスにもフェーズフリーが浸透することで、災害に強いまちづくりが可能になる

 日常で使えて非常時にも有効に機能するような、フェーズフリーな製品・サービスは既に数多く登場している。紙コップ メジャーメントはその1つだ。外側は色調を複数に分けた格子柄やドットプリントでデザイン性が高い。実はそのデザインの変化が目盛り代わりになり、計量カップとして使える。

 電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)はCO2排出量の削減に貢献し、非常時には蓄電した電源で一般家庭の電力消費を最大4日分まかなえるという。

 本田技研工業の「インターナビ」は独自のテレマティクス技術を活用した通信型カーナビ。インターナビ装着車の走行情報を集め、普通のカーナビでは把握できない渋滞情報、災害情報などを提供する。日常時はより正確な到着予想時間の把握やニーズに応じた多彩なルート選択が可能だ。非常時は混雑したルートを避けたり、最新の道路情報をいち早く知ることができたりする。

全国に広がりを見せる、まちや教育のフェーズフリー化

 フェーズフリーの思想をまちづくりに活かす取り組みも進んでいる。愛媛県今治市のごみ処理施設「今治市クリーンセンター」(愛称:バリクリーン)はその好例だ。フェーズフリーの概念を全国のごみ処理施設で初めて取り入れた。日常時は今治市民約16万人分のごみの安定的な処理を担い、同時に憩いの場を提供する。非常時は避難スペースとして開放し、ごみによる発電で避難所への電力も供給する。

 東京都豊島区が運営する電気バス「IKEBUS(イケバス)」も普段から「備え」を常備している。日常時は池袋周辺の循環バスとして利用され、非常時にはバスのバッテリーを非常用電源として供給する。1台でスマートフォンを2000台以上充電できるという。

 教育のフェーズフリー化に取り組む自治体もある。その“先駆者”ともいえるのが徳島県鳴門市教育委員会だ。南海トラフ地震による津波被害が想定される同市では、防災に役立つ知識や備えを学校教育の中に取り入れた。

 例えば、社会科の授業では徳島県の地図を広げ、山が多い、大きな川がある、海が近いなどの土地の特徴を気付かせる。「地図の見方を学ぶとともに、地域の特徴から起こり得る自然災害と適切な避難の仕方について考える機会としているのです」と佐藤氏は説明する。

 体育の授業で行う中距離走はラップを競うのではなく、学校から近隣の避難場所までの距離や津波到達予想時間を目標に変えた。津波到達予想時間が15分だった場合、その時間内でどこまで走れるか。これによって避難に必要となる体力や距離感、時間感覚を養うわけだ。「目標ができたことで、生徒たちは中距離走に意欲的に取り組むようになり、防災意識の向上にもつながっています」と佐藤氏は続ける。

 文部科学省もフェーズフリーの教育を「学校安全総合支援事業」と位置付け、具体的な検討を行っている。鳴門市教育委員会がまとめ上げた「学校のフェーズフリー」を1つのロールモデルとして、昨年度から教育のフェーズフリー化推進の取り組みが始まっている。

フェーズフリーで経済も回す、NECのまちづくり支援

 NECもフェーズフリーに通じるまちづくりに向けて、全国でその実現を支援している。熊本県阿蘇市の取り組みはその1つだ。県内有数の観光名所である阿蘇山中岳火口を「見える化」するプロジェクトを手がけた。

 阿蘇山の中心に位置する中岳は火口間近まで足を踏み入れることができる世界的にも珍しい火山だが、今も活発な火山活動が断続的に続いている。火口に立ち入りできるのは、火山ガス濃度が低い時に限られる。

 火山活動の活発化をいち早く察知するとともに、観光客にいつでもダイナミックな火山の魅力を伝えたい。そこでNECはITを活用し、取り組みを支援した。

 具体的には火口付近のセンサーやカメラ、ドローンのカメラなどで火山活動や火山ガス発生状況をリアルタイムに監視し、防災に役立てる。同時にその撮影映像はVR化し「火口VR」として阿蘇火山博物館で公開する。実際の火山見学以上に迫力ある映像が楽しめると好評だという。「ITを活用し防災と観光を融合させた『観光防災』という新しいチャレンジは多方面から注目を集めています」とNECの山本 啓一朗は述べる。

阿蘇山上火口VR体験サービスのイメージ

 東京・六本木の「スマート街路灯」もフェーズフリーの好例だ。スマート街路灯はLED照明で街路を照らすだけでなく、カメラやスピーカー、各種センサー、デジタルサイネージなどを搭載する。まちや来訪者のデータを収集し、AIを活用して通行量を計測できるほか、さまざまな情報提供も可能だ。

外苑東通りに設置されたスマート街路灯

 日常時には地域のイベントや店舗情報などを発信し、賑わいを創出する。客引きや路上飲酒などの注意喚起を行い、防犯にも役立てる。非常時にはエリアの混雑状況や人の流れを可視化し、帰宅困難者向けの情報を提供する。「賑わい創出、防犯、防災の“三役”を担っているのです」(山本)。

NEC
東京オリンピック・パラリンピック推進本部 集まろうぜ。グループ 部長
(兼)IMC本部 コーポレートマーケティングデザイングループ 部長
山本 啓一朗

New Normal時代に求められる“都市再考”の方向性

 新型コロナウイルスによるパンデミックは、人々の生命・健康を脅かし、社会・経済に大きなダメージをもたらした。その意味で、これは1つの災害である。コロナ禍と今後も続くNew Normal時代を生きる上で、フェーズフリーは重要なキーワードになる。

 都市とはさまざまな人々が出会い、新しい価値を生み出す「場」であり、豊かな生活をしたいという目的のための「手段の集合体」である。それが“3密”のリスクを高めるという脆弱性を生み、感染拡大の引き金になったといわれる。つまり、多様な人間が特定の空間・時間に集まるという従来の都市のあり方を見直す必要があるわけだ。

 「『多様な人間が、多様な空間、多様な時間の中で出会い、新しい価値を生み出す』という考え方に変えていく。これが都市のフェーズフリーを実現する1つの方向性になる」と佐藤氏は話す(図2)。そのためにはテクノロジーの活用が欠かせないが、それは必ずしも新しいテクノロジーである必要はない。

図2 New Normal時代におけるフェーズフリーの可能性と方向性 これからは規制や自粛による防災とは異なるアプローチが必要になる。テクノロジーの活用で時間・空間・人の多様性を高めていく。それが社会の脆弱性を極小化し、持続可能な社会の実現につながる

 実際、遅々として進まなかったテレワークはコロナ禍によって一気に普及した。テレワークを支えるテクノロジーは以前からあったものばかりだ。NECはフェーズフリーに通じるまちづくりの支援を既に始めているが、New Normal時代の価値創出はまだ開拓の余地が大きい。「NECの持つ多様な技術やアセットを活用し、新たな社会課題の発掘と解決につなげていきたい」と山本は前を向く。

 日常時と非常時の価値を有するフェーズフリーな製品・サービスは、不測の事態が発生してもマーケット拡大のための時間を大幅に圧縮し、連続的な成長が可能だ。「フェーズフリーというトレンドが大きなビジネスチャンスになり得るのです」と佐藤氏は期待を寄せる。

 コロナ禍という前例のない“災害”によって、New Normalな暮らしや働き方が浸透しつつある。都市の価値を再考し、日常時も非常時も人々に価値あるサービスを提供する。これからのまちづくりに「フェーズフリー」の視点がますます欠かせなくなっている。