本文へ移動

シビックテックとは?
注目される理由や取り組み事例を紹介

 少子高齢化や都市への人口集中、コロナ禍で深刻化する社会的孤立など、身近な社会問題を解決するための取り組みとして、シビックテックが注目されている。市民(Civic)自らがテクノロジー(Tech)を活用して、自治体サービスの改善や地域社会の課題解決に向けたソリューションを開発・提供していこうというこの動きが、日本各地で大きな潮流となりつつあるのだ。企業の経営者として、また市民という立場でもシビックテックに積極的にかかわるガッコム代表取締役、オープン川崎/Code for Kawasaki 副代表の山田洋志氏に、シビックテックの背景や事例、今後の官民共創の可能性を聞いた。

シビックテックとは?取り組みの背景

 社会環境が変化し、人々の生活スタイルも多様化する中で、地域社会が抱える課題はますます複雑化している。コロナ禍で一変した日常生活のあり方も含め、すべての課題解決を行政に頼るのは、もはや限界に達しつつあるといえるだろう。

 こうした中、身近になったデジタル技術や、国・自治体などが公開するオープンデータを活用し、市民の手で行政や企業と連携しながら地域のさまざまな課題を解決しようというシビックテックの取り組みが加速している。その理由を山田 洋志氏は大きく三つ挙げる。

 一つ目は「公共サービスへのニーズの拡大」だ。「例えば金融サービスですと、以前は時間内に直接窓口へ出向くのが当たり前でした。それが今ではインターネットやコンビニ、ATMで、いつでもどこでも取引が行えます。これまでは画一のサービスを提供して、市民がそれに合わせる形だったのが、多様化する市民の生活にサービスの方が合わせる形に変わってきているということです。同じニーズが行政サービスにも波及しています。ですが行政サービスは時間内に窓口へ赴くかたちがいまだに主流で、まだまだ民間サービスの変化には追い付いていません。こうしたギャップの是正に向け、シビックテックへの期待が高まっているのだと思います」。

株式会社ガッコム
代表取締役
オープン川崎/Code for Kawasaki 副代表
山田 洋志 氏

 二つ目は「既存サービスの補完」だ。「少子高齢化や都市部への人口集中に伴い、行政リソースに限界がある中で、従来通りのサービス提供が困難になっています。1つ目の理由が『新しいニーズへの対応』であったのに対し、こちらは『古くからあるニーズ』への対応ですね。そのため住民や民間の力でフォローしなければならない状況が生まれているのだと思います」。

 三つ目は、「社会のパラダイムシフト」だ。「2011年の東日本大震災では、機能不全に陥った行政を支援するため、エンジニアを中心とした全国のボランティアが立ち上がり、被害状況や支援物資の不足などを地図上にマッピングしたインターネットサイトを、わずか数日間で公開しました。これが日本でシビックテックの存在感が一気に高まった原点かもしれません。今回のコロナ禍でもオープンソースを活用した感染症対策サイトや、オンラインでの地域活性化サービスなどが全国で次々と開発されています。こうした大きな環境変化の中、“自分たちも地域社会に貢献したい”という意識の高まりが、シビックテックを加速させているのだと思います」。

地域社会の要請に応えるサービスを提供するガッコム

 山田氏はシビックテックに関するさまざまな活動を展開している。自らが代表を務める「ガッコム」もその一つだ。

 ガッコムは、全国の幼稚園・保育園・小学校・中学校の学校教育情報サイト「ガッコム」を運営しているベンチャー企業である。「ガッコム」では独自の手法・調査により、口コミや評判ではわからない、さまざまな客観的データを公開することで、子どもも保護者も安心して学校教育を受けられる各種サービスを提供している。

 「意識はしていませんでしたが、行政の手が届かない情報公開を民間の知恵とITで代替するという意味では、当初からシビックテックの方向性と合致するサービスになっていたのだと思います」(山田氏)

 ガッコムを運営していく中で保護者から多く寄せられたのは、周辺の治安状況も知りたいという意見だったという。そこで2016年から開始したのが、日本全国の自治体や警察署の情報を基に、地図上に痴漢・不審者・詐欺・声かけなどが発生した場所をアイコンやアバターで見やすく可視化するサイト「ガッコム安全ナビ」である。

 Web版からスタートした同サービスは、現在スマホアプリとしても公開されており、月間100万UU以上の利用者数を誇る。これもガッコム同様、地域社会の要請に応えるシビックテックの1つといえる。

 「少し前の時代なら、ご近所付き合いがもう少し密で、地域みんなで子育てや見守りができる土壌があったと思います。しかし都市部への人口集中や核家族化、生活の多様化が進む中では、地域の結びつきが希薄化され、なかなか子どもへの目が行き届かなくなります。行政や警察も不審者などの情報自体はメーリングリストなどで発信はしていますが、地域をまたいだエリアはフォローできませんし、テキストだけでは理解しにくい。そういった不満を解消する手段の1つとしてガッコム安全ナビが生まれたのです」(山田氏)

ガッコム安全ナビのイメージ
地域で安全・安心に暮らすために、どこで事件が起こっているか、どのような不審者がいるのか、誰でもわかりやすく確認できる「ガッコム安全ナビ」

 ガッコム安全ナビが発信する全国の安全情報は、PTAなどの見守りに活用されているほか、さまざまな団体や企業の活動とも連携している。

 例えば、ランニングをしながら地域の安全を見守る全国規模の防犯ボランティア活動「パトラン」。その東京チームである「パトラン東京」は、定期的に走るコースを設定する際、最近事件があった場所を重点的に見回れるよう、ガッコム安全ナビの情報を活用している。通常なら夕方から夜間、駅や塾周辺などの決まった経路を走りながら、塾帰りの子どもや帰宅途中の女性が被害に遭わないようあいさつをしたり、不法投棄や放置自転車、街灯切れを見つけたら行政や警察に連絡をしたりする。防犯とともに地域コミュニケーションの向上や、きれいで明るいまちづくりにも貢献している。

一市民としてもシビックテックで地域活性化を支援

 さらに山田氏は、神奈川県川崎市民としてもシビックテックに携わっている。

 川崎市を活性化することを目的とした市民参加型のコミュニティ「オープン川崎/Code for Kawasaki」の副代表として、ITやデータを使った地域活性化に奔走しているという。

 Code for Kawasakiはオープン川崎の分科会で、日本最大のシビックテック団体として有名なCode for JapanがネットワークをつくるCode forのブリゲード(各地域の課題解決に挑戦する地域団体)の1つにあたる。主にITやオープンデータを活用して地域の魅力を発信したり、地域課題の解決、新たな事業創造を支援したりする活動を行っているという。

 こうした活動を続ける中で、自治体や地域とのつながりも着実に深まりつつある。

 「地域コミュニティで活動していくことで、1人では実現の難しかったことが、より良く、より早く実現できるようになりました。我々のイベントに参加された市民や学生の皆さんからも、今後もぜひ手伝いたい、地域の課題を一緒に考えていきたいという声をいただいていますし、川崎市の職員の方々ともイベント開催や勉強会をするなど、連携する機会も増えてきました。これからも地元とのつながりをさらに密にして、住民が便利に楽しく暮らせるまちづくりを支援していきたいと思います」(山田氏)

シビックテックは官民の連携が重要

 シビックテックの活動をさらに加速させるためにも、行政は今以上にオープンデータの提供意義や標準化を、しっかり認識する必要があると山田氏は指摘する。

 「シビックテックにデータは非常に重要な要素です。そのデータをたくさん持っているのが行政。ですが現状はデータ自体が表に出ていない、出ていてもPDFや画像やHTMLなどの加工が必要な形式である場合が少なくありません。もちろん、市民がわかりやすく直接閲覧するためにも、PDFなどでの提供は非常に重要です。ですが、別の用途でデータを活用しようと思うと、必要な市民それぞれが別々に、非常に手間のかかる抜き出し作業が必要になります。行政が持つ資産をオープンデータ化するのは、限られたリソースの中で決して楽な作業でないことは私たちも理解しています。ですが、オープンデータ化することで調べやすく使いやすい民間サービスがどんどん増えて、行政への問い合わせが減り、結果的に情報公開にかかるコストも安くなるのではと思います」(山田氏)

 データとセットで提供される情報公開サイトにも課題があるという。従来のように各自治体が独自に開発していると、ベンダーロックインでムダなコストがかさむばかりか、財源の乏しい地方と都市部との情報格差も拡大してしまう。

 「東京都が新型コロナウイルス感染症対策サイトをオープンソースでつくって無償公開したことには大きな可能性を感じました。同じように、最初からほかの自治体も自由に活用でき、どのベンダーでも中身を見られるプログラムをつくれば、地域情報格差やベンダーロックインの問題はかなり解消します。住民の求めるニーズに行政がすべて対応するのは、もはや現実的ではありません。そこは我々シビックテックもうまく活用して欲しいです。その代わり行政は、まずはデータをオープンにする、さらに可能であればプログラムもオープンソースで。その際には推奨データセットなどの統一フォーマットに合わせることを強くお願いしたいです。そもそも市民のために、市民の税金で整備されたものですから、市民向けに公開することは至極当然な話ですよね。コロナ禍のいま、連日メディアで感染者数などの数字が踊り、毎日データを見て、考えて行動することが生活の一部となりました。住民も日々信頼できるデータに触れる機会が増えれば、情報活用のスキルが高まり、世の中の動きが正しく見えてきます。官民の連携で、誰にとってもメリットが生まれるデータ活用の土壌を育てていくことが何よりも重要だと思います」(山田氏)

シビックテックの今後に期待

 今回のコロナ禍では、テレワークやリモート授業などの普及によって、人々の働き方・学び方や、日常生活に対する意識が大きく変化した。自宅の周辺で過ごす時間が増える中で、家族との向き合い方、地域社会での暮らし方、コミュニティの大切さを再認識する機会も増えた。一方、地域経済の立て直しや、深刻化する社会的孤立への支援など、シビックテックへの期待が集まる新たな課題も急増している。

 今こそ、シビックテックや民間企業との連携を深め、オープンデータ/オープンソースを活用した官民連携のDXを加速させていく決断を迫られているといえるだろう。