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脱炭素で企業価値は向上するのか?
日本企業がめざすべき脱炭素への道筋を考える

エグゼクティブシンポジウム

 2050年までのカーボンニュートラルをめざすと宣言した日本政府。各企業も、脱炭素への積極的な取り組みを始めている。

 NECでは9月27日に「エネルギーで企業価値を考える “Energy Transition”の進展から“Net Zero”へ」と題した企業の経営層向けシンポジウムを開催。カーボンニュートラル実現に向けた日本の政策をリードする資源エネルギー庁の山本氏のほか、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」の委員として活躍する東京海上日動の長村氏、日本のESG投資やSDGsビジネスをリードする吉高氏を迎え、講演とディスカッションが行われた。

 カーボンニュートラルにどう取り組み、企業の価値をどう高めていくのか。新しい施策やビジネスを生み出すきっかけになるような活発な意見交換が行われた。

蓄電池 x アグリゲーション x マイクログリッドで再生可能エネルギーを有効活用

 国は2050年のカーボンニュートラル実現に向けて本格的な歩みを始めている。資源エネルギー庁の山本氏からは分散型エネルギーリソース(DER)活用に焦点を当てた話が展開された。分散型エネルギーリソースとは企業や家庭などの需要家側で使用される電源だ。太陽光パネルやコージェネレーションなどの発電設備、蓄電池がそれに当たる。大規模発電所から一方向的に送られてくるこれまでの電力とは異なり、それぞれが需要家の近くで小中規模に電気を生産したり蓄えたりすることができる。

経済産業省 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 新エネルギーシステム課
課長補佐
山本 宜行 氏

 「私たちがいま中心的に携わっているのは、蓄電池などの分散型エネルギーリソースの有効活用です。これらの電源を活用したアグリゲーションビジネスを推進していきます。また、マイクログリッドを構築することによって、エネルギーの地産地消も進めていきたいと考えています。」

 山本氏はそう語り、「蓄電池」「アグリゲーション」「マイクログリッド」という3つのキーワードを挙げた。

 実は、日本は世界のなかでも蓄電池の普及が進んでいる国だ。導入実績の単純比較では世界トップの地位にあり、市場規模も大きい。再生可能エネルギーで発電した電気を、国が決めた価格で買い取るFIT制度が2012年に創設されたことも影響しているだろう。ただ、蓄電池の活用には課題も残る。

 「システム価格が海外に比べてまだ高いということは事実です。また、蓄電池を活用して事業性をどう確保するかなど、価値を上手く創り出せていない現状もあります。」

 しかし、山本氏は同時に対応も進めていると言う。

 「現在、2030年に向けて蓄電システムの目標価格を設定し、この数値に従った補助金を整備しています。また、事業の予見性を高めるために、蓄電システムの導入見通しを立てました。この見通しでは、2030年には2019年の約10倍の発電量になると試算しています。加えて、電気自動車の活用も一つの策です。電気自動車は、いわば動く蓄電池ですから、うまく活用すれば分散型エネルギーリソースとして転用できます。さらに、事業化を進めるために、さまざまなかたちで蓄電池を活用した新しいビジネスモデルの実証にも取り組んでいます。」

 そして、こうした分散型エネルギーリソースを束ねるのが「アグリゲーション」だ。各地に点在しているエネルギー源をまとめあげ、需要にあわせて供給していく。不安定さが短所と指摘されてきた再生可能エネルギーであっても、安定的な供給ができると期待される仕組みだ。いわば、電気の需給における「調整力」を担うことになる。2022年度4月から開始されるFIP制度(注1)に伴い、アグリゲーターはいよいよ電気事業法のなかで正式に位置づけられる。山本氏もその働きに期待を寄せる。

 「FIP制度によって、再生エネルギーから生まれた電力も市場連動価格になっていきますから、そのなかで発電計画の達成が求められます。アグリゲーターさんには、さまざまなリソースを組み合わせながら発電計画を達成していただきたいと思っています。」

 三つ目のキーワードである「マイクログリッド」は、大規模発電に頼らずコミュニティ内の分散型エネルギーリソースだけで電力をまかなおうとする小規模なエネルギーのネットワークを指す。いわばエネルギーの地産地消を目指す考え方だ。大規模発電所への過度な依存を脱し、災害時のリスクを分散することもできる。

 「2018年には北海道でブラックアウトがありましたが、マイクログリッドの推進はこうした事態へのレジリエンス強化という面でも機能すると考えています。」

 実際、国は2018年から企業と自治体と連携しながら多数の実証事業を進めている。法律的な整備も整えられ、実運用を加速させているところだ。

 脱炭素へ向けて社会が一歩を踏み出したいま、企業も対応が迫られている。

  • 注1: Feed-in Premium制度。卸電力取引市場や相対取引で再エネ発電事業者が市場に売電した場合に、基準価格(FIP価格)と市場価格の差額がプレミアムとして交付される。

企業に求められる気候変動関連の情報開示

 では、企業は脱炭素化に向けてどのように取り組めば良いのか。そのための指針となり得るものがTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の提言だ。TCFDは世界各国の中央銀行や金融当局が参加するFSB(Financial Stability Board)が主導するタスクフォースであり、2017年6月に公表された最終報告書では、企業に対して気候変動に関わる情報開示を提言している。開示が推奨される情報は「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4カテゴリーで構成され、それぞれに複数の推奨開示項目が提示されている(図1)。

図1:TCFDにおける提言と推奨される情報開示

 東京海上日動 フェローの長村氏は、現在TCFDの委員を務める人物だ。TCFD創設時にも参画し、報告書の策定に努めてきた。氏は「TCFDの重要性は、ますます増している」と語る。

「TCFDはもともと任意開示の枠組みでしたが、これを強制化しようという動きが世界中で起きています。さらに現在FSBでは、TCFDをベースにした国際統一標準策定を後押ししています。」

 世界的なスタンダードとして設定されれば、さらなる注目が集まることは必至だ。

 また、金融機関や投資家の間では既に”Net-Zero(温室効果ガス排出量実質ゼロ)”に向けた動きが活発化している。国連機関を母体とし、700都市、3000企業、170投資家が賛同する「Race to Zero」や160もの金融機関が連合した「Glasgow Financial Alliance for Net Zero(GFANZ)」など、大規模なイニシアチブが次々に生まれている。いまや気候関連問題の情報開示は、こうした世界的なトレンドに対応するために必要不可欠な存在となった。

東京海上日動火災保険株式会社
フェロー(国際機関対応)
長村 政明 氏

 実は、日本はTCFDに賛同する機関数で世界トップを誇っている。UKでは370、アメリカでは327であるのに対して、日本では468もの機関が賛同しているという。気候変動問題への理解は世界でもトップクラスであると言えるだろう。しかし、課題となるのは、その開示内容であり、まとめ方だ。長村氏も「着実に向上は図られてきているものの、まだ開示の質は発展途上」と述べ、「さらに、今後開示にあたって注意しなければならないのが『Scope 3』」であると指摘する。

 Scope 3とは、2011年にGHG(温室効果ガス)プロトコルが策定した基準だ。Scope 1は直接排出、Scope 2は電気購入などによる間接排出を指す。Scope 3はこれに対して「その他間接排出量」を指し、調達に伴う排出や消費者が製品を使用する際の排出を指すものだ。これまでは事業者からも定量的な測定が難しいとされてきた領域であり、データが提示されることは少なかった。しかし、現在TCFDではこのScope 3の開示要請にまで踏み込んだ内容を検討しているという。長村氏はその理由について説明する。

 「Net-Zero by 2050を達成するためには、もはや個の企業の対応だけでは不十分です。バリューチェーンを含んだ全ての当事者の排出削減が重要になってきます。だからこそ、Scope 3の開示強化はどうしても取り組んでいかなければならないものでした。投資家はフォワードルッキングな財務インパクトをもった情報開示を求めていますから、こうした情報開示を積極的に進めることによって、世界で大規模に展開されるESG投資の獲得につなげていきましょう。」

  • 注2: 国際財務報告基準を運営する財団

世界の金融市場を席巻するESG投資

 従来の財務指標に加え、Environment、Social、Governanceという要素を考慮するESG投資は、いま空前の盛り上がりを見せている。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト
吉高 まり 氏

 「コロナ禍によって各国は積極的な金融緩和政策を図っており、株式市場には莫大な資本が流入してきています。そのなかでも、将来性や透明性のあるESG経営をする企業にお金が集まっているという状況です。2020年のESG投資額は約3900兆円とも言われています。」

 金融業界においていち早く環境ビジネスに取り組んできた三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社の吉高氏はそう語り、現在のESG投資の活況について説明する。

 「EUでは、コロナ以前とは異なる産業や社会をつくって経済を立て直そうとする『グリーンリカバリー』という考え方のもとで、電力貯蔵や水素、電気自動車を中心に大規模な財政出動を行っています。アメリカも同様です。バイデン大統領はクリーン・エネルギーやインフラ、電気自動車に対し、今後10年間の間に5兆ドル規模の投資を行うという公約を出しています。

 さらに、コロナ禍にあっても国連の責任投資原則(PRI)に署名する金融機関の数は増え続ける一方です。しかも、署名機関は運用資産総額の50%超をカバーするESG投資ポリシーを制定するなどの最低履行要件に従わなければ、除名の対象になってしまいます。ですからESGの基準を満たし、明確な資金使途をもった金融商品には非常に感度が高くなっている。たとえば、いま日本の地方自治体がグリーンボンドを(注3)発行すると、すぐに売れてしまうという状況です。」

 ESG投資市場は、環境対策がコストと考えられていた時代とはまるっきり異なる様相を呈している。気候変動対策は、いまや株価や投資に影響する重要な指標だ。6月に実施された東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード改訂でも、ESGに関わる項目について高度な情報開示が求められている。プライム市場上場企業においては、TCFDもしくはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動対策の開示が求められるようになった。

 「これまでグリーンやソーシャルというと、CSRという文脈でとらえられることが多かったのではないかと思います。しかし、CSRとESG投資は異なります。この図は、ESG、SDGs、CSRの関係を示すときによく使うのですが(図2)、CSRというのは基本的にはリスクマネジメントであり、ネガティブスクリーニングとして機能するものでした。それに対して、ESG投資はポジティブなインパクトをもつものです。ESG投資家が求める成長戦略、持続可能な経営モデルを提示していくことがESG投資を活性化していきます。」

図2:企業とESG投資とSDGsの関係

 投資家に向けた情報開示をいかに実現するか。そこがESG投資を呼び込むための鍵となる。しかし、長村氏も述べたように、情報開示の質が日本の多くの企業が抱える課題だ。いかに定量的で、効果的な情報開示を実現できるかが問われようとしている。

  • 注3: 企業や地方自治体が、環境に関するプロジェクト資金を調達するために発行する債券

イノベーションで、価値を生み出す情報を可視化する

 情報開示において注目されるのはイノベーションだろう。AIやIoT技術は、効果を効率的に可視化する糸口になり得る。シンポジウムの最後には、長村氏、吉高氏に加えて、NEC 執行役員の白石も登壇して意見交換が行われた。

 白石は、自社が10月から事業を開始したリソースアグリゲーション事業を例に、まずはグループ内で実証を行い、データを収集してきたと語る。

NEC
執行役員
都市インフラ事業領域担当
白石 一彦

 「NECではいま、グループの工場や事業所を対象としたアグリゲーションを展開しています。AIやIoT技術を活かしてデジタルでリモート制御するVPP(Virtual Power Plant)システムを順次拡大しているところです。」

 本システムは効果の可視化にも役立つという。CO2の削減量は、使用するはずであった化石燃料の量と比較すればよいので可視化しやすいが、Scope 2、Scope 3になると難しくなると言われている。定量的な提示が期待される領域だ。

 「CO2の削減量をいかに定量化していくか。私たちはNECグループ内での実証をつづけていきます。 データの蓄積と、それをもとにした可視化を進めることこそが、IT企業の一番重要な役割だと考えていますから、ツール開発なども含め、これからさらなる検証を進めていきます。」

 効果の可視化ができれば、NECのVPPに参加するお客様(リソースパートナー)にも有益な情報をフィードバックできる。それによって、お客様は企業価値を高めることが可能になり、さらに再生可能エネルギーへの投資を拡大しようとする好循環も生まれていくだろう。白石は次のように強調する。

 「CO2の削減や再生可能エネルギーの整備は、実はもうさまざまな企業様の間では、ずっと取り組んでこられたことだと思います。私たちがリソースアグリゲーションとして提案しているビジネスは、その実績を社会価値に転換しようというものです。お客様の持っている分散型リソースを需給調整市場に提供し、電力調整力の価値化を行っていきます。市場では収益を得ることができますし、価値が定量的に可視化されるので、企業価値の向上にまでつなげていくことができるでしょう。私たちはいま、こうしたサイクルを構築しようとしています。」

NECが考えるリソースアグリゲーションによる循環型事業モデル

 また、ESGに関連する事業は2030年、2050年を見据えた長期プロジェクトだ。そのぶん、ロードマップをいかに描くかが重要となる。吉高氏もさまざまな人からロードマップ策定に関する相談を受けると話す。

 「再生可能エネルギー100%という目標は、すぐに達成できるものではありません。金融機関もそのことはよくわかっているので、いかに移行していくかというトランジションシナリオに注目しています。ところが、リニアでもないロードマップを構築するのは非常に難しい。実は私たち金融機関であっても容易ではないと思っています。」

 長村氏はそれに対して「明確な答えではないかもしれないが」と応じ、一つのヒントを提示した。

 「よく言われるように、5年ごとのマイルストーンを設けることは一つの基準となり得るのではないかと思います。地域脱炭素化ロードマップでも2025年、2030年という区切りが設けられていますし、2030年はエネルギー基本計画で示されたマイルストーンでもあります。こうした政府の示したマイルストーンに向けて取り組んでいくことは重要です。政策の方向性が確認できないまま思い切った投資をすることも難しいですから。国の指針に従ったシナリオを書くことは重要であると思います。

 そうした意味でも、やはりカーボンニュートラル実現に向けては官民間の情報疎通、情報流通を意識しながらいっしょに取り組んでいくという道筋をつくることが大切なのではないかと思っています。特定セクターだけが走るというよりも、国全体でシナリオを作っていくことも必要かもしれません。」

 2050年に向けて、国が一丸となってカーボンニュートラルに取り組んでいく。そのなかで生まれる連携が新しいアイデアやビジネスを生み出し得るのかもしれない。