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高校生が「火付け役」となった
地域を巻き込んだ次世代のまちづくり

 空き家問題、観光産業の低迷、地場産業の衰退――いずれも全国の多くの地域が直面している共通課題だが、これらの課題解決に高校生が取り組み、大きな成果を上げている地域がある。兵庫県加古川市――ここでは、高校生が火付け役となり、地域を巻き込んだまちづくりが行われている。加古川市では、高校生と自治体、企業が連携してどのような取り組みが行われ、地域をどのように変えつつあるのか。加古川東高校の教師・生徒と、サポート役を務めた加古川市やNECの担当者に話を聞いた。

高校生がデータを活用し、地域課題の解決策を提案

 今、兵庫県加古川市が、全国の自治体や高校から熱い注目を集めている。高校生が地域の課題と正面から向き合い、市や企業と共創しながら、独自の解決策を提案。国が主催する「地方創生 政策アイデアコンテスト」で入賞、「チャレンジ!!オープンガバナンス 2021別ウィンドウで開きます」では賞を総なめにし、そのアイデアは加古川市の政策にも採用された。まさに、高校生が火付け役となって地域を巻き込み、次世代に向けたまちづくりが始動しているのである。

 その発端となったのが、STEAM教育だ。STEAM教育とは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Art(芸術・教養)、Mathematics(数学)、Arts(リベラル・アーツ)を統合的に学ぶ教育手法のこと。最新の技術・工学やデザイン思考などの手法を採り入れ、課題解決型の探究活動をカリキュラムに組み込むことで、創造力の育成を狙ったものだ。

 兵庫県において、STEAM教育における実践モデル校の1つに指定されたのが、兵庫県立加古川東高校である。2020年度にSTEAM教育を導入して以来、同校は「人間的魅力」「挑戦する勇気」「批判的思考力」の育成を目標に掲げ、「加古川東高校 心のエンジン駆動プログラム」と銘打った特別講座を展開してきた。同校でSTEAM教育を担当する新 友一郎氏はこう語る。

 「本校は地域の進学校であることもあって、比較的、真面目でおとなしい生徒が多い。こうしたことから、新しいことに挑戦する勇気が不足していると感じる場面もありました。そこで、実践モデル校への指定を機に、『好奇心』『(社会への)関与力』『課題解決力』の3つに焦点を当て、本校のSTEAM教育の目標を定めたのです」

 同校のSTEAM教育の大きな特徴が、通常授業のカリキュラムだけではなく、希望者を対象とした「特別講座」を行っている点だ。こうした特別講座の1つが、今回紹介する「地域デザイン講座」だ。これは、データを活用して地域課題を発見し、住民へのインタビューを通じて生の声を集めながら、解決策を練り上げ、加古川市に政策提言を行うという探究的な取り組み。この講座を開設した狙いについて、新氏はこう語る。

加古川東高校
教育企画部SSH主任
新 友一郎氏

 「この講座で目指したのは、地域創生とデータサイエンスを組み合わせること。高校生が地域課題に取り組むとなると、夢見がちというか、根拠に乏しい提案になりがちです。そこで、内閣府が提供するRESAS(リーサス:地域経済分析システム)を活用して、データに基づいた課題発見や解決策の検討を行い、関係者にインタビューして生の声を集めれば、定量データと定性データを組み合わせた提案ができると考えました。それはSTEAM教育の目標にも合致すると考えたのです」

 この試みは初年度から成果を上げ、加古川市の政策にも提案された。だが、そのアイデアを実現可能なものにするには、地域や社会で活躍する大人の視点を取り入れ、アップデートしていく必要があった。そこで、同校は地域や企業との連携により、アイデアの社会実装を目指す取り組みをスタート。高校生たちの探究学習は、地域や企業も巻き込んだ取り組みへと、大きな広がりを見せることとなる。

高校生×市役所職員×企業担当者による異色の共創プロジェクトがスタート

 そのきっかけをつくったのは、1人の市職員だった。コロナ禍で特別定額給付金申請システムを1週間で立ち上げ、新型コロナワクチンWeb抽選申請システムも早々と構築。「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2021」に輝いた、加古川市役所の多田 功氏だ。

 多田氏は加古川市のスマートシティの推進を担当している。2021年3月に「加古川市スマートシティ構想」を策定。さらに、デジタルとリアルを融合させた市民参加型合意形成プラットフォーム「加古川市版Decidim(デシディム)」を、全国に先駆けて導入したことでも知られる。

加古川市
企画部
政策企画課
スマートシティ推進担当課長
多田 功氏

 「加古川市版Decidimを立ち上げたのは、スマートシティの主役である市民の意見やアイデアをできるだけ集めて、スマートシティ構想に反映できないか、と考えたのがきっかけでした」と多田氏は言う。加古川市が目指す「市民中心の課題解決型スマートシティ」を実現するためには、市庁舎の外に出て、市民の生の声を聞かなければならない。2020年に加古川東高校で開かれたSTEAM特別講座の発表会に参加したのも、そんな思いに背中を押されてのことだ。

 だが、ビッグデータ解析とインタビューを駆使した生徒たちの発表を聞いて、多田氏は大きな衝撃を受けた。そのあまりの完成度に驚いた多田氏は、すぐに加古川東高校に連絡を取り、生徒たちの取り組みをより高度化するために、企業と連携することを勧めた。

 こうして加古川東高校×加古川市×NECの3者による、異色の共創プロジェクトがスタートした。これは、高校生が考えた課題や解決策に対して、NEC社員がフィードバックや助言を行い、課題解決に一緒に取り組むというもの。プロジェクトはオンラインにより約2カ月間行われた。

 NECの大喜 恒甫は、本プロジェクトに参加した経緯をこう語る。

 「NECは、ICTによる地域貢献の経験を活かすべく、2010年からプロボノという活動に取り組んでいます。これは、全国の社員が培ったスキルを、地域のためにボランティアで提供するというもの。2020年度はNECプロボノ倶楽部が立ち上がり、延べ約340人が地域活性化のボランティアに取り組みました。このプロボノが加古川市での課題解決の活動を後押しできると考えました。とはいえ、『高校生のアイデアを形にする』支援は経験がなく、手探りの状態でした。そこで、ビジネスデザインやエンジニアリングのスキルを持つ社員に参加してもらい、プロジェクト型の共創活動を行うことにしたのです」

「放課後プロフェッショナル」で高校生のアイデアを具現化

 プロジェクト名は「放課後プロフェッショナル」。「地域デザイン講座」で取り組む3つの探究活動に対して支援が行われた。

地域デザイン講座に参加した高校生。左から加古川東高校 STEAM特講 地場産業PR班 小川 明莉さん、高田 楓子さん、加古川東高校 STEAM特講 空き家活用班 大西 拓斗さん、加古川東高校 STEAM特講 陰陽師ツーリズム班 櫻井 香織さん

 その1つが、「空き家解消」の研究だ。「空き家活用班」の大西 拓斗さんによれば、この研究の発端となったのは、「学習塾に通っていない生徒が、地域の人たちとふれあいながら勉強できる“学習スペース”をつくりたい」という思いだったという。

 当初は、商店街の空き店舗を学習スペースとして活用することを考えたが、空き店舗を利用するには複雑な権利関係をクリアしなければならず、研究は壁に突き当たった。

 「そのころ、加古川市の図書館に無料の自習室が設けられることになり、学習スペースの需要自体がなくなった。そこで、僕たちが次に着目したのが、空き家問題でした。加古川市には空き家が多く、全国的にも空き家問題が深刻化していることは、データからもわかっていました。それで、学習以外の目的でも、空き家をうまく活用できないかと考え、研究を進めました」(大西 拓斗さん)

 2つ目が、「観光活性化」の研究である。この研究を担当した「陰陽師ツーリズム班」は、当初、RESASのデータを使って、加古川市の課題を抽出。いくつか浮上した課題の中から、「加古川市を訪れる観光客が減少している」ことに注目し、「観光客を増やす」ことをテーマに設定した。

 「加古川にはよいところがたくさんあるのに、観光客が減っているのはもったいない。いろいろ調べてみると、今流行りの“陰陽師”にかかわる建物が加古川市にあることがわかりました。それで、『陰陽師をテーマにした“陰陽師ツーリズム”で加古川を盛り上げよう』と考えたのです」(櫻井 香織さん)

 3つ目は、地場産の靴下を活用した「産業振興」の研究だ。

 この研究に取り組んだ「地場産業PR班」は、加古川の伝統産業をテーマに選び、中国銀行で研究発表を行った。その際、銀行の担当者から、コットンの栽培・製品企画・販売を手掛ける地場企業を紹介され、加古川産の高級コットンの存在を知ったという。

 「このコットンを使った靴下があることを知り、加古川の靴下をテーマにしようと思い立ちました。小学校のころから、『加古川は靴下で有名だ』と教わってはいたものの、自分で購入したことはなかったので、加古川の靴下をPRするための方法を考えることにしました」(小川 明莉さん)

 「それで、加古川の靴下をブランド化することを考えたのですが、調べてみると、ほかの地域にも、鯖江眼鏡や今治タオルのような特産品のブランドがある。単にブランド化するだけでは埋もれてしまうので、ほかと差別化する意味でも、加古川の靴下を贈答品として売り出し、世間に広めていこうと考えました」(高田 楓子さん)

 その第一弾として、5月8日の母の日に向け、靴下のギフトセットを考案。オンラインショップ開設に向けて準備を進めているという。

高校生が描いたイラスト
高校生が描いたイラスト。自分たちが火付け役になって、産業振興を図っていくという意気込みを表現した ©高田 楓子さん

 「放課後プロフェッショナル」は、放課後や週末を利用して行われ、2カ月間で合計28回のオンライン会議を実施。NECのプロボノワーカー15人が参加して、3班のアイデアをブラッシュアップし、その具現化を支援した。

「放課後プロフェッショナル」のオンライン会議
「放課後プロフェッショナル」のオンライン会議。高校生がインタビューで聞き取った内容を基に議論しながら、NECプロボノ倶楽部のメンバーがアドバイスし、内容をブラッシュアップしていく

 「NECは事前にグランドルールを決めて、高校生の主体性を尊重し、アイデアを後押しすることを心掛けました。我々からも案を出したのですが、高校生はそれを鵜呑みにせず、あくまでも自分たちの思いや考えをベースにして提案を完成させていきました。それは自分たちが一から発見して取り組んできた課題だけに、それを解決したいという強い思いが伝わってきた。その熱意を感じて、NECのプロボノワーカーにも火がつき、両者が輝いていることが印象的でした」とNECの川本 文人は振り返る。

 こうして取り組んできた成果は高く評価され、前述したように「チャレンジ!!オープンガバナンス 2021」では、同校の「地域デザイン講座」3班が史上初の「総合賞」をはじめ、「学生賞」「ファイナリスト投票 金賞」「ファイナリスト投票 銀賞」「ポスター展示投票 金賞」を受賞するという快挙を成し遂げた。

高校生の熱意で人のつながりが生まれ周りの大人や社会を動かす

 このプロジェクトを経験したことは、生徒たちに大きな影響を与えたという。

 「最初のオンライン会議で、NECの方から『この提案で、誰の、どんな課題を解決したいのか?』と問われたときは、本当に衝撃を受けました。それなりに自信もあったのですが、自分たちのアイデアがいかに不明瞭で、想像の域を出ていなかったかを思い知らされました」と語るのは、空き家活用班の大西さん。「アイデアコンテストに応募するだけなら、それが実現可能かどうかはさほど問われませんが、放課後プロフェッショナルでは、運営面や効率性、合理性など、いろいろな面で『この提案が実現可能かどうか』を考える必要があった。それが、僕たちにとっては一番大きな収穫だったと思います」と感想を語る。

 一方、「NECの皆さんが新しい視点を与えてくれたことで、アイデアをより具体的で実現性を帯びたものにすることができました」と語るのは、地場産業PR班の小川さん。「皆さんから鋭い指摘をいただく中で、私たちのアイデアが、社会に通用するアイデアになっていくのを実感しました。自分たちの手で加古川を変える、その一歩手前まで来たと感じられて、とてもうれしかった」と陰陽師ツーリズム班の櫻井さんも笑顔を見せる。

 今回の共創プロジェクトは、教育面でも大きな成果をもたらしたという。「プロジェクトを続ける中で、生徒たちの自走力が、制止できないほど高まっていきました。私たちが『もう、いいんじゃないか』と思っても、生徒が『まだやれる』と言って、どんどん走り続けていくわけです。彼らが動くことによって、さまざまな人たちとつながり、学校と地域と企業が結びついて、有機的な動きが生まれていった。自分たちの行動が周りの大人や社会を動かしたことは、彼ら自身も実感しています。その中で、地域デザイン講座の受講生が自ら講座を立ち上げたり、卒業後に在校生向けの講座を開いたり、といった動きも始まっている。以前では考えられなかったようなことが、今、生まれようとしています」(新氏)。

「放課後プロフェッショナル」の振り返り会の様子。加古川東高校の生徒、加古川市役所の多田課長、NECプロボノ倶楽部のメンバーなど、関係者が一堂に会して行われた。写真のポーズは、「(川)=カッコカワ」と表現されることもある加古川の市章を表現

 共創プロジェクトは一応の区切りを迎えたが、生徒たちの心に点された灯が、細る気配はない。それは、より大きな炎を生み出すための灯芯となって、生徒たちの行く手を照らすことになるだろう。また高校生が火をつけた、地域のまちづくりの動きは、全国的に大きな波及効果をもたらしつつある。

 「加古川東高校の生徒たちが賞を総なめにしたことが刺激となったようで、今、浜松市や西会津町、豊中市でも、高校と大学、学校と企業のマッチングが始まっています」と多田氏は話す。これを受け、NECの永倉 賢二も「放課後プロフェッショナル」で得た知見を活かして、全国に価値を展開していきたい、と抱負を語る。

 「今回の成果の1つは、『高校生たちが地域のために活動した結果、彼らの中に成功体験が生まれた』ということだと思います。自分たちが考えた解決策を実行し、それが可視化される。この成功体験が市民のシビックプライドを高めるということを、今回実証できたと思っています」

 若いうちにシビックプライドを高める経験ができれば、高校卒業後、他地域に転出しても、加古川市と強い絆で結ばれ、それが関係人口の維持・拡大につながっていくだろう。

 「今回の取り組みを単発で終わらせず、継続・発展させることが重要だと考えています。当事者は次のステップに進み、それを見ていた周りの人たちも、どんどん巻き込まれていく。そんな好循環が生まれる仕組みを、デジタルの仕組みと掛け合わせることで発展させていきたい。こうした取り組みが各地で行われるようになれば、ノウハウやアセット、人材の共有が進み、価値は指数関数的に高まっていきます。そうした拡大施策も含めて、活動の輪を広げていきたいと考えています」(永倉)

共創プロジェクトに加わったNECのメンバー。左から、NEC 社会公共ソリューション開発部門 プロフェッショナル 永倉 賢二、NECプロボノ倶楽部 発起人 兼 代表 川本 文人、NEC 社会公共ソリューション開発部門 主任 大喜 恒甫

 加古川東高校の事例は、若年層を対象にした「産学官」の共創がいかに大きなポテンシャルを秘めているかを、全国に知らしめることとなった。社会が総力を結集して若い世代を育てることが、閉塞した日本社会に風穴を開け、イノベーションを生み出す。加古川市の事例は、日本の未来を考える上で、多くの示唆を与えてくれる。