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「パーパス都市経営」で実現するウェルビーイングの高いまち

 スマートシティの推進やまちづくりにウェルビーイングの視点を取り入れる動きが広がっている。そのような中、NECグループのシンクタンクである、株式会社国際社会経済研究所(以下、IISE)が提唱しているのが、「パーパス都市経営」だ。それはどのような手法で、それはまちの未来をどう変える可能性があるのか。幸福学やウェルビーイングの第一人者である慶應義塾大学大学院の前野 隆司氏と、前富山市長の森 雅志氏、IISEでスマートシティ研究に取り組む西岡 満代に話を聞いた。

SPEAKER 話し手

西岡 満代

NEC スマートシティスペシャリスト 兼
株式会社国際社会経済研究所(IISE)研究主幹

前野 隆司 氏

慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授
慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長
一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事
ウェルビーイング学会会長

森 雅志 氏

富山市 前市長
富山大学 客員教授
NEC エグゼクティブコンサルタント

1.新しく提唱する「パーパス都市経営」とは

 これからのまちづくりに重要なキーワードとなるという「パーパス都市経営」とは何か。IISEの西岡は次のように説明する。

 「『パーパス都市経営』とは、『パーパス経営』と『都市経営』という2つの意味を併せ持つ言葉で、我々が定義した新しい考え方です。その柱は、ウェルビーイングの向上を『まちのパーパス』(※)として設定し、民間企業が培ってきた『経営的マインド』を都市経営に取り入れること。さらに、自治体と、住民、企業、大学、教育機関などのさまざまなステークホルダーが連携して、データやデジタル技術を活用しながら持続的な仕組みをつくっていくという点にあります。この考え方を『パーパス都市経営』として提唱しています。

 この『パーパス都市経営』を実践することにより、まち全体の経済サイクルが加速・活性化し、まちのウェルビーイングを高めることができます。」

  • パーパス:根幹となる共通の目的、まちがまちであることの“存在意義”のこと
資料:まちの経済循環モデルとパーパス都市経営の関係性
まちのウェルビーイング向上を共通目的としてパーパス都市経営を実践することにより、まちの財政余力を増やし、社会基盤の維持を容易にし、雇用拡大や人口維持につながり、税収が増え、そしてまた新たな財源が確保できるという経済の好循環を生み出す

2.まちのパーパスとしてのウェルビーイング

 人口減少と超高齢化が加速する中、日本社会は大きな岐路に立たされていると言える。岐路の先にある未来の一つは、このまま何も手を打たない場合に訪れる、社会インフラや行政サービスが維持できず劣化し、人と人とのつながりまで希薄化するなどの「暗い未来」であり、もう一つは、デジタル技術やデータを住民中心の目線で取込むことで課題を解決し、人々がそのまちに住み続けたいと思えるような「明るい未来」である。目指したいのは「明るい未来」であり、これは「ウェルビーイングの高いまち」であるともいえる。

 「パーパス都市経営」では、この「ウェルビーイングの高いまち」を「まちのパーパス」として設定することを、1つ目のポイントとして挙げている。

 また、西岡はこう続けて語る。

 「まちは、そこに居住する人、勤務する人、観光で訪れる人など多様な人々によって構成されます。そのライフスタイルや価値観はさまざまですが、その人自身がウェルビーイングな状態でいられるには、本人のみならず、それを取り巻く『社会=まち』もまた満たされていることが必要です。個人のウェルビーイングにつながる要素には、行政サービス、社会インフラ、環境、産業、教育や医療機関、居住、交通、地域のコミュニティなど、まちが備えるさまざまな機能との関わりがあるからです。

 つまり、『個人のウェルビーイング』と『まちのウェルビーイング』は互いに影響しあう関係にあります。『まちのウェルビーイング』は、住民それぞれの評価の総合的な結果でもあるのです」

 「まちのウェルビーイング」について、ウェルビーイングの第一人者・前野氏はこう説明する。

 「ウェルビーイングとは、人々が健康で幸せで、社会の福祉が行き届いた“良い状態”のことです。幸せな人はそうでない人と比べて、生産性や創造性が3割高く、欠勤率や離職率も低く、健康長寿であることがさまざまな研究から明らかになっています。その意味では、『まちのパーパス』にウェルビーイングを据えることは、これからのまちづくりの中心になってくると思います」

 ここで1つ留意すべきは「まちのウェルビーイング」とは、「個々人のウェルビーイングの集合体である」という点だ。まちは、自治体や住民、企業、教育機関や団体といった多様なステークホルダーで成り立っている。マルチステークホルダーは複雑さもはらむが、これからは各ステークホルダーが、共通のパーパスを目指して知見を出し合い、一緒になってまちづくりを進めることが、重要となる。

 こうした多様なステークホルダーとつながりを持つこと自体も、ウェルビーイングとの間に密接な関係があるという。

 「ある研究によれば、知人の多様性が高い人は幸福度が高く、多様性が低い人は幸福度が低い傾向にあるという結果が出ています。つまり、多様な人とインクルーシブに付き合う人は幸福度が高いということです。多様な情報に触れられるので、困難な状況に対応して回復するレジリエンスも高いですし、イノベーションを起こして新しい世界をつくっていくこともできる。その意味で、多様性のある社会は非常にウェルビーイングが高いといえます」と前野氏は語る。

3.経営的マインドでまちの戦略を選定していく

 「パーパス都市経営」で提唱する2つ目のポイントは、まちづくりに経営的マインドを取り入れるという点だ。まちの特色に合わせた戦略を立て、施策を選択し、判断する――こうした「経営的マインド」を都市経営に導入することで、財政とシビックプライドの両面で成果を挙げたのが富山市だ。

 「人口が減っていくなかで、将来を見据え、税収を確保しないといけない、そのために投資をしていく、という経営的な考え方をしないと、これからは、都市そのものが成り立たなくなるのではないか、という危機感がありました」と話すのは富山市 前市長の森氏だ。

 そこで、富山市では森前市長のリーダーシップのもと、超高齢社会を見据えてコンパクトシティ政策を推進。「車がなくても楽しく暮らせるまちをつくる」という“戦略”を立て、まちの中心に公共交通などの投資を集中し、そこに自然に人が集まるようなまちづくりを実践してきた。その結果、通常多くの都市でも市税の半分程度を占める固定資産税と都市計画税の総額が、2020年までの10年間で13%増加。金額にして40億~50億の増収を達成。そのプラスになった税収を周辺も含めた全市民に還元するというサイクルを生みだした。

 「もう一つ、私がまちづくりの中で重視したのは、市民が『良いまちに住んでいる』と自覚できるよう、シビックプライドを上げることでした。そのために、『税収がこれだけ増えました』と伝えることと同時に、金銭では測れない成果も目指しました。

 例えば、『祖父母と孫が一緒に来館すれば、市の施設の入館料は無料』となれば、家族の絆が強まるだけでなく、おのずと地域の消費も拡大することで民間の投資が集まってきた。これを施設の利用料が減額したと近視眼的に発想するのではなく、全体を俯瞰して見ると『いいまちだな』と思ってもらえる。シビックプライドの醸成も、まちづくりに欠かせない要素だと考えています」(森氏)。

 こうした経営的マインドを持つことは、まちのウェルビーイングの向上にもつながる、と前野氏は指摘する。

 「幸せの条件を満たすような都市経営を実践する富山市の事例は、『パーパス都市経営』といえるでしょう。企業の間では、ウェルビーイングに着目したパーパス経営が広がってきましたが、まちにパーパスを取り入れる動きは、今まであまりなかったと思います。しかし、近年は、行政がリーダーシップを発揮して、まちでもパーパスを持ち、ウェルビーイングの向上を目指す動きが出てきました。 こうした手法が、これからのまちづくりに求められていると思います」(前野氏)。

4.データ活用でウェルビーイングを測り未来へつなげる

 こうしたまちづくりを進める上で、欠かすことができないウェルビーイングの指標化も進んでいる。「パーパス都市経営」の3つ目のポイントであるデータやデジタル技術を活用し持続的な仕組みをつくっていくという点だ。

 前野氏は、さまざまな大学と連携して、「地域生活のウェルビーイング指標」を開発。「データを活用していかにウェルビーイングを高めるか」という研究テーマに取り組んできた。

 「地域に住まう人が幸せかどうかを調べるためには、ウェルビーイングの状況を“健康診断”のように指標を用いてあきらかにし、必要な施策を打つことが重要です。といっても、『指標すべてを高めましょう』ということではなく、まちの特性に応じて対応は様々有り得るでしょう。各々のまちが自分たちの強みを生かしていくためのヒントになれば、と考えています」

IISE投影資料
出典:「地域生活のウェルビーイング指標」における8個の「幸せ要因」と2個の「不幸せ要因」の概要
(資料:一般社団法人スマートシティ・インスティテュート「Liveable Well-Being City指標」)

 ウェルビーイング指標では、客観的な指標(環境、雇用、人口分布など)に、主観的なデータ(住民が何に満足し、どこを改善したいと思っているか)を掛け合わせてデータ化するため、まちの特徴や課題がよりシャープに見えてくる。また、データを用いて可視化をすれば、すべてのステークホルダーと共有できる。「指標やデータを使いこなせば、未来のまちづくりに向けて得られるメリットは大きい」と、西岡は指摘する。

 「漠然と『皆が幸せになるといいな』と思っているだけでは、個々の取組みが本当に幸せにつながっているかどうかはわからない。しかし、主観的指標と客観的指標、政策の関係をデジタルの力で分析すれば、ウェルビーイングをパーパスとした都市経営が可能となる。そういう時代がついに来たわけで、それを楽しみながら享受する世界にしていきたい。

 戦争や新型コロナウイルス、社会の閉塞感をはねのける意味でも、地域や企業、家庭でウェルビーイングをパーパスとして取り組んでいくことが重要です。皆で力を合わせて創造性を発揮すれば、新しい世界をつくっていける。ぜひ、まちづくりに関わるすべてのひとで『パーパス都市経営』を実践していただきたいと思います」と、前野氏は今後への期待を語る。

 「パーパス都市経営」という考え方を皆が共有すれば、さまざまな立場の個人や団体が力を合わせ、地域をまたいで連携することができる。デジタル田園都市国家構想で、魅力的なまちづくりの機運が高まっている今こそ、ウェルビーイングの高い明るい未来を我々自身の力で選び取っていく絶好のタイミングだといえるだろう。

  • このコンテンツは「IISEフォーラム2023 ~知の共創で導く、新たな市場ビジョンと経済安全保障~」のスマートシティセッションと富山市 森前市長への取材を元に再編集したものです。