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2024年01月09日

幸せ人口1000万!富山県が描くウェルビーイングを中心とした成長戦略とは
~AIによる因果分析を効果的な政策立案に活用~

 人口減少・少子高齢化や、新型コロナウイルス感染症による厳しい経済情勢などの課題に直面する中、富山県では、2022年2月、新たな発展に向けて成長戦略を策定。その中心コンセプトにとらえたのが、一人ひとりの幸せの実感=ウェルビーイングの向上だ。県民への意識調査で集めたデータを基に独自の指標を定め、県民に向けてきめ細かな施策を展開しようとしている。その一環として、ウェルビーイングを構成する多数の因子間の関係をAIで分析した。その結果から見えてきたものとは何か。キーパーソンたちに話を聞いた。

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社会課題を克服して「ウェルビーイング先進地域」を目指す

 「ウェルビーイング」とは、心身が健康であるだけではなく、社会とのかかわりも良好な状態にあることを示す概念だ。これまではもっぱらGDP(国内総生産) などの経済指標で国民の幸福度が測られてきたが、近年は個人の幸福感を包括的に示すウェルビーイングを指標とし、それを高めようとする動きが世界的に広がりつつある。日本政府も2021年7月に「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」を開設。本格的なウェルビーイング政策に乗り出そうとしている。

 そんな動きに先駆け、県民のウェルビーイング向上のため独自の施策を展開し始めた自治体がある。2022年2月に策定された「富山県成長戦略」において、「幸せ人口1000万~ウェルビーイング先進地域、富山~」のビジョンを打ち出した富山県だ。

 ほかの多くの地域と同様に富山県の人口も減少傾向にあり、1998年のピーク期に約112万だった県民は約101万人(2023年9月時点)と、この25年間でおよそ1割減となった。特に課題ととらえているのが、県外に転出する若い世代、特に女性の社会減が多いこと。それに加え、新型コロナウイルス感染症によって打撃を受けた経済の回復も喫緊の課題だ。

一人ひとりのウェルビーイング向上が県を活性化させる原動力となる

 そうした状況を打破する手立てを検討するために2021年2月に設置されたのが、県にゆかりの実業家や有識者などを委員とする「富山県成長戦略会議」である。

 「そこで議論を重ねる中でクローズアップされたのが『ウェルビーイング』で、県民一人ひとりのウェルビーイングの向上施策を展開することが、富山県を元気にする最良の方法との認識で一致しました」と話すのは、富山県 ウェルビーイング推進課長を務める牧山 貴英氏。同課は関係部局と連携しながらウェルビーイングを推進するため、2022年4月に新設された専門部署だ。

富山県知事政策局
成長戦略室
ウェルビーイング推進課長
牧山 貴英氏

 「富山県成長戦略」では、ウェルビーイングを「収入や健康といった外形的な価値だけでなく、キャリアなど社会的な立場、周囲の人間関係や社会とのつながりなども含めて、自分らしくいきいきと生きられること」と説明。全体を構成する6つの主な戦略には、いずれもこのウェルビーイングの概念が通底している。例えばその1つ「ブランディング戦略」について、富山県の清水 了真氏はこう説明する。

ウェルビーイングの向上を中核とした6つの戦略を立案。スピード感のある施策展開をしようとしている

 「県は『寿司と言えば富山』をキャッチフレーズにしたブランディングを推進しています。富山が誇る美味しい寿司は豊かな自然が育んだものであり、県民のウェルビーイングの源泉の1つだといえます。このような魅力ある資源をフックとして来訪者や関係人口を増やすことで県を活性化するのが目標です」(清水氏)。

富山県知事政策局
成長戦略室
ウェルビーイング推進課
主幹
清水 了真氏

 「富山県成長戦略」のビジョンで謳う「幸せ人口1000万」とは、人口約100万の県が関係人口をその10倍にしたいという思いの表れだ。県民と関係人口の交流によって産業にもイノベーションが起き、経済成長が促されることで県民のウェルビーイングがさらに向上する――富山県が目指すのは、そんな好循環の実現なのだという。

県民の意識調査から独自のウェルビーイング指標を策定

 県が「富山県成長戦略」の6つの戦略に即した具体的な政策を展開するにあたって迫られたのが、ウェルビーイング指標の策定である。県民のウェルビーイングがどういう状況にあるのか、また、県が施策に取り組んだ結果としてどれだけ向上したかを知るには、それを測る尺度が不可欠だ。近年はウェルビーイングの研究が活性化しているが、その状態を定量的に可視化するスタンダードな指標はまだ確立されていない。

 そこで富山県が実施したのが、心身の健康、経済的なゆとり、生きがい、自分らしさ、人とのつながり、将来への希望といった、生活の中での多様な実感を問う内容からなる県民意識調査だ。年齢に偏りが生じないよう県民を抽出して得た回答を基に、主観的なウェルビーイングを数値にして可視化。さらに、データを分析して関連性や共通する要素を整理し、ウェルビーイングを研究する専門家の助言も参考にしながら、独自のウェルビーイング指標を策定した。

 指標は個々の県民が自分にとって理想の生活をイメージしたときにどれだけ満たされているかでとらえる総合的な実感や、生活の調和とバランスに関する「総合指標」、心身の健康や経済的ゆとり、自分らしさ、自分時間の充実、生きがい・希望などに関する「分野別指標」、家族、友人、学校・職場、地域などとのつながりに関する「つながり指標」の3区分で構成される。

ウェルビーイングを花に見立てて可視化。それぞれの部位の大きさが数値の大きさを示し、現在の状態を一目でイメージすることができる

 「それぞれの数値をグラフやチャートで示すだけでは分かりづらいので、県民の皆さんにウェルビーイングやそのデータに親しんでいただけるよう、『総合指標』を花の中心や茎、『分野別指標』を花びら、『つながり指標』を葉や土に見立てて、花全体の大きさから指標の状況を直感的に把握できる工夫をしました」と富山県の武末 宏和氏は語る。その狙いどおり、花に見立てた指標は「今どんな状態にあるかをイメージしやすい」と好評だという。

富山県知事政策局
成長戦略室
ウェルビーイング推進課
副主幹
武末 宏和氏

因子同士の関係をAIで仔細に分析

 調査によって県民のウェルビーイングの現状を把握したウェルビーイング推進課は、基本属性と回答データによる組み合わせ分析を実施。例えば、数値の低い項目や県民層に着目した、きめ細かな施策を立案・展開しようと取り組んでいる。ただその道筋は容易ではない。ウェルビーイングはさまざまな要素が複合的に重なり合って成り立っており、特定の項目を手当てすれば高まるという単純なものではないからだ。

 ウェルビーイング推進課が直面するそうした状況を聞き知り、要因同士の因果関係をAIで分析することを提案したのが、NECだった。

 「NECには事象間の複雑な因果関係をAIで分析するノウハウがあります。県として自らウェルビーイング指標を策定されるという類を見ない先進的な取り組みをぜひ成功させて欲しいとの思いから、AIによる分析を提案しました」と話すのはNECの千葉 友希だ。

NEC
スマートシティ事業部門
国内スマートシティシステム統括部
都市経営グループ
プロフェッショナル
千葉 友希

 富山県との窓口役を果たしたNECの加藤 瑞希も「県民のウェルビーイング向上に懸ける熱量の大きさや、成長戦略を定めた直後にウェルビーイング推進課という専門部署を立ち上げられたスピード感に感銘を受け、是非お力になりたいと思いました」と振り返る。

NEC
スマートシティ事業部門
国内スマートシティ営業統括部
第三国内ソリューショングループ
主任
加藤 瑞希

 こうした提案を受け、県は、意識調査で得られたデータのAIによる因果分析について、NECとまず実証実験を行うこととした。

 「ウェルビーイング指標の状況から、若年層が地域とのつながりを感じられる取り組みや、県民がいきいきと働ける環境づくりに着目すべきと考えられたので、まずは『若者・こどもを取り巻くつながりの実感』、『働く人の生きがい・希望実感』の2テーマをピックアップし、影響を与える指標の抽出と因果関係の把握を分析することにしました(武末氏)。

 AIによる分析の結果、「若者のつながり実感」に関して浮き彫りになったのは、県民のウェルビーイングを形成する大切な要素の1つである「富山県とのつながり」を生み出すと思われる因子同士の関係の全体像だ。「県民意識調査の結果から、各因子の相関関係はつかめても、個々の因子が別の因子にどう影響を及ぼして最終的に『富山県とのつながり実感』に結びつくかまでの因果関係を詳しく突き止めるのは難しいと感じていました」と武末氏は振り返る。

ウェルビーイングの形成にとって重要な「富山県とのつながり」を生み出す因子同士の関係をAIで分析することで、より効果的な施策を立案するための多くの気づきが得られた

 しかしAIは、各因子の重要度と相互関係を青色の丸印とそれらを結ぶ矢印の大きさで明確に可視化。その分析結果から、若者の富山県とのつながり実感が「将来への期待やワクワク」を起点に、目標に向けた取り組みを主に学校や職場のサポートを受けることで向上するルートと、前向きなチャレンジや意見を主に家族や周囲の人から尊重してもらうことで向上するルートがあるとの想定に立ち、AIが示すそれぞれの道筋をNECの分析チームが肉付けした具体的なストーリーを付したレポートが提出された。

 「例えば若い世代の多くが『地域に前向きになれる場所や機会があまりない』と感じているからといって、単にそのような場所や機会を提供しようとするだけでは不十分だということがよく分かりました」と語るのは富山県の大澤 亘輝氏だ。関係人口創出につながるデジタルコミュニティの運営などに携わっている同氏は、「分析結果から得られた『ゴールにつながる道筋に沿った体系的な政策を行うことが重要』という気づきを、今後の取り組みにしっかり反映させたいですね」と意気込む。

富山県知事政策局
成長戦略室
ウェルビーイング推進課
主任
大澤 亘輝氏

求められるのは属性に応じたきめ細かな対応

 「働く人の生きがい・希望実感」では、働く人全体だけではなく、属性ごとの傾向を把握するために、男女、年齢層、正規雇用/非正規雇用などに細分化してのAI分析が実施された。浮かび上がったのは、「働く人の生きがい・希望実感」に影響する因子の重要度や因子同士の関係は、属性ごとに様相を異にするという事実だ。

 「男女の別だけでもはっきりとした違いがあり、男性の多くは『県の未来に期待が持てる』ことや、『富山で自分の価値観が尊重される』ことで前向きな気持ちが強まり、生きがいや希望実感が高まる傾向にあります。それに対して女性は『県とのつながり』より、日々の生活の中で前向きな気持ちになり、ありのままの自分でいられることで職場でもポジティブな姿勢を保て、それが生きがいや希望実感の向上をもたらす関係性があることが分かりました」と武末氏は話す。

 清水氏も、「生きがいや希望実感をもたらす要素が属性によって異なるからには『働く人』と一括りにせず、それぞれにとって最適なアプローチや施策を行うことが必要だということを痛感させられました」と語る。

 報告書には、具体的にどんな施策を展開すればどのようなアウトカムを得られるかを想定したロジックモデルも盛り込まれた。例えば、若者・こどもを対象にした地域との繋がりなら、「高等学校生によるビジネスプラングランプリの開催」「地場企業によるインターンの受け入れ」、「青年団などの地域活動による住民との交流」といった具合だ。

 「作成を要請されたわけではありませんが、分析結果の因果図を示すだけではなく、政策イメージを具体的に膨らませていただく参考になればと思いました」(千葉)。作成に際しては因果分析から導出された知見だけではなく、富山県やほかの自治体の先行施策、さらには学術文献なども広く参照したという。

 「より効果的な施策を模索する私たちに、因果分析とロジックモデルは進むべき方向性を示唆してくれたと思います」と、牧山氏は報告内容を高く評価する。

エビデンスに基づいた実効力ある施策を展開する

 富山県の取り組みは、意識調査の実施や指標の策定という準備段階を経て、いよいよ本格的な政策の立案・実行段階を迎えようとしている。

 「最近はEBPM(Evidence Based Policy Making=証拠に基づく政策立案)の重要性が叫ばれていますが、県民のウェルビーイング推進においては、指標のデータを活用して、エビデンスを明らかにした合目的的な施策設計をしながら積極的にトライ&エラーをして成果を実証していきたいと考えています。実際、2024年度の県の予算編成では、ウェルビーイング指標を活用した課題解決に係る経費は予算要求上限なしとして、財源制約を意識しない活発な議論を行うこととしています」と牧山氏は語る。

 これは、県民のウェルビーイング向上がいかに重要であるかを県が深く認識していることの表れだ。

 施策の実行フェーズにおいてもNECの幅広い知見やスキルの活用が可能であり、県の更なる意向があれば、千葉と加藤も「全力で期待に応えたい」と意気込みを示す。

 県のホームページには、ウェルビーイングの概念を周知するとともに、富山県が取り組むウェルビーイング関連施策を発信する特設サイトが設けられている。そこでは県民に限らず閲覧者がウェルビーイングのセルフチェックを行うことができ、設問に回答すると直ちに現在のウェルビーイングが花の大きさで可視化される。ユーザー登録をすれば、前回の結果と比べてウェルビーイングがどう変化したかを確認することも可能だ。

 サイト内には「今日のウェルビーイング開花状況」として、閲覧者の過去のウェルビーイングのセルフチェックや、富山県が定期的に実施する県民意識調査の結果を総合的に集計した、「みんなのウェルビーイングの花」も表示されている。近い将来、この花が大きく成長していくはずだ。

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