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人的資本経営の推進とファイナンシャル・ウェルビーイング
~NEC流 社員の自律的な資産形成支援に向けた取り組み~

 人材を大切な「資本」としてとらえる「人的資本経営」が注目されている。その実現に向け、重要なカギを握るのが、社員のウェルビーイングである。社員のウェルビーイングを高めつつ、企業としていかに持続的な成長を図っていくか――。これは多くの企業に共通した課題だといえるだろう。こうした観点からNECが注力するテーマの1つが、経済面から社員のエンゲージメントを支える「ファイナンシャル・ウェルビーイング」である。NECグループは、このほど社員の退職給付制度を改革するとともに、専門家によるファイナンシャルアドバイスの仕組みを導入した。ここではその背景や目的、実際の効果やポイントについて紹介する。

人・組織の力を最大限引き出す改革

 従来の経営では人を「資源」の1つとみなし、できるだけ低コストで効率よく活用することを追求してきた。それに対し「人的資本経営」では、人を消費する資源ではなく利益や価値を生む大切な「資本」としてとらえる。

 「経営陣が自社の中長期的な成長に資する人材戦略の策定を主導し、実践に移すとともに、その方針を投資家との対話や統合報告書等でステークホルダーに説明することは、持続的な企業価値の向上に欠かせない」として、経済産業省もこれを推奨するようになった。

 NECグループも「人」を最大の経営資源と位置付け、組織と人材の力を最大限に活かすための制度改革や環境整備を進めてきた。

 「人的資本経営によって企業を成長に導くには、個々の社員とチームの成長に向けた環境づくりが重要な点の1つです。そこでヘルスケアや自己実現のためのキャリアサポート、福利厚生メニューを自発的に選択できるプランなどに力を入れています。さらに近年では、ファイナンシャル・ウェルビーイングにも注力。社員の長期的なライフプランに影響の大きい退職給付制度を改定するとともに、資産形成をサポートする体制を拡充させています」と語るのはNECの横田 恵一だ。

NEC
人材組織開発統括部報酬&福利厚生グループ プロフェッショナル
NEC企業年金基金 企画グループ マネージャー
横田 恵一

 NECがこうした取り組みに注力するようになった背景には事業変遷の歴史がある。過去30年間に売上高ベースで事業の2分の1を整理し、新たな事業を4分の1まで成長させ継続的に利益の出せる会社へと変革させるとともに、人とカルチャーの変革に取り組んできた。2018年より社員の力を最大限引き出す実行力の改革「Project RISE(プロジェクトライズ)」を展開し、人事制度改革やコミュニケーション改革を実行。また、再びグローバルで勝てる強い会社を目指し、戦略を起点に、組織・ポジション設計をし、ベストな人材を適時適所適材に配置する「ジョブ型人材マネジメント」を推進。これらの取り組みにより、業績を大きく回復させた。

 それと歩調を合わせるようにして、株価や営業利益とともに社員のエンゲージメントスコアも大きく向上。従業員の力を最大限に引き出すための変革は現在もなお続いている。その一環として2024年度に行われた大きな変革が、退職給付制度の改定である。

ジョブ型人材マネジメントを構成する4要素のうち、「市場価値を反映した報酬体系とフェアの評価」と「ベストを尽くし挑戦・成長し続けられる環境」には退職給付や福利厚生制度密接に関係し、その拡充がファイナンシャル・ウェルビーイングの実現に結びつく

社員の主体性を重視した年金制度に

 新しい退職給付制度では市場価値を反映させた年収に一定率を乗じて、退職一時金と企業型確定拠出年金(DC年金)が積み立てられる。報酬水準の上昇が退職給付にも反映されることで、インフレーションにも対応している。一方で、年齢や勤続年数により処遇が決まるようなジョブ型人材マネジメントと矛盾する仕組みは止めることにした。象徴的なのは、確定給付企業年金(DB年金)のDC年金への移行である。DB年金は既に2020年に新規加入と積み立てを停止してDC年金移行しており、今回2024年10月に過去積立分もDC年金に移行した。

2024年度に改定されたNECの退職給付制度。年収の一定率を毎年積み立てる退職一時金とDC年金制度で構成。年齢や勤続年数により決まるようなジョブ型人材マネジメントと矛盾する旧制度はすべて廃止された

 NECではかつては給付内容があらかじめ定められるDB年金が退職給付制度の中心であったが、企業が決まった掛金を従業員のために拠出し、その資金を従業員自身の責任で運用するDC年金制度を2007年に導入し、段階的にDB年金からDC年金へシフトさせてきた。

 DB年金の前提にあるのは、新卒から同じ会社にずっと勤めて定年後にその会社から年金を受け取ることだ。かつての日本企業には、従業員が会社に従属する見返りとしてキャリアや報酬を与えられるという構図があった。しかし事業環境の変化に加え、社員のキャリアやライフプランが多様化している中において、資産形成においても従業員が自律的に考えることが重要になってきている。

 「そこでNECも、人とカルチャーの変革の一環としてDC年金への移行を進めてきただけでなく、社員がDC年金のメリットを最大限活用できるよう、労働組合とも協力体制を築き、DC年金の商品ラインアップや投資教育の仕組みを拡充してきました。その結果もあり、NECグループのDC年金はパフォーマンスや投資行動などのすべての観点で、競合他社の水準を上回っています。さらに、昨年実施したDB年金過去積立分のDC年金移行においても、資産規模の大きい45歳以上の社員にはDB年金制度を継続する選択肢も提供しましたが、結果として78%の社員がDC年金への移行を選択しました」(横田)。

 新たな退職給付制度では、退職一時金となる年額の積立金とDC年金の比率が2:8になるよう設計されている。以前は複数の積み立て制度が併用されるなどして構造が複雑だったが、現在は年金の積立額が「年収の○%」というかたちで明確になり、中途入社する人にもわかりやすい制度となっているのも特長だ。

一人ひとりの資産形成をきめ細かく支援

 DC年金制度では、会社が提供する金融商品の中から社員自らが適切だと判断したものを選んで運用する必要があるため、投資に関する知識を習得することも欠かせない。

 ただし、社員と一口にいっても年代や家族の在り方、保有資産、消費性向など、その属性はさまざまで金融リテラシーも千差万別となる。また資産形成についても、これまで貯蓄がメインだった社員も少なくない。退職後に向けた資産を長期的な視点で形成していくには、貯蓄と投資の違い、株式や債券、リートや投資信託といった金融商品の基本的な知識やリスクにいたるまできちんと理解することが必要となる。

 そこでNECは、入社からリタイアに至る全勤続期間をとおして、資産形成のためのリテラシーを向上させるための教育メニューを豊富に用意している。

 併せて、個々の社員からの相談に随時対応するとともに、必要に応じて専門家から的確なファイナンシャルアドバイスを受けられる環境も整えた。

NECが提供しているDC年金教育と相談サービス。資産形成について継続的に学習できる機会と、3種類の専門家相談サービスが用意されている

 社員の多様な相談には画一的な体制では十分に応じきれないことから、専門家相談サービスについては、独立系ファイナンシャルアドバイザー(IFA)、運営管理機関、福利厚生子会社の3つの機関が対応。その中で特に大きな役割を担うのが、一人ひとりの資産運用ニーズを独立系アドバイザーが中立の立場できめ細かに支援する資産形成サービス「Shines(シャインズ)」である。

資産経営サービスShinesは「専門家による相談サービス」と「自己学習向けの金融コンテンツ」の2つから構成される

 「ShinesのアドバイザーはNECグループの人事、退職金、年金、福利厚生制度を熟知しており、全従業員に的確な助言をすることができます。2024年1月のサービス提供開始から、1年間で2400人以上もの利用がありました。相談内容は『DC年金について詳しく知りたい』『NISAを始めるにはどうすればいいか』『定年が近づいてきたので退職金や年金を受け取る準備をしたい』など多種多様で、相談申込者は20代から60代まで幅広い年齢層に及びました」(横田)。

 利用した社員からは、「社内の福利厚生ということもあり気楽に話が聞けた」「プロの意見を聞きながら全体の投資計画を立てられるのがよい」「説明内容がわかりやすく素人でも安心して運用を始められた」といった声が寄せられており、「これまであまり関心を持てなかった社員が資産形成を始めるきっかけになっています」と横田は言う。

ファイナンシャルアドバイザー事業を推進し、社会に広く貢献したい

 Shinesには金融教育コンテンツも用意され、「NISA」「退職金」「投資信託」「税制優遇制度」など、テーマごとに専門のアドバイザーが解説するオンラインセミナーを開催。年間のセミナー参加者数は累計で約8600人に上った。ほかにイントラネット内での資産形成にまつわるコラムの配信や、自身のライフイベントと照らした資産シミュレーション結果をもとにしたファイナンシャルアドバイスなども行われている。

 「この資産形成サービスをより持続性のあるものにしたいとの思いから、Shinesを単なる社内施策にとどまらせず、正式に事業化しました。現在はそのNECの子会社であるPainterと、その子会社のJapan Asset Managementが共同で運営にあたっています」(横田)。

 センシティブなお金のことに関して気軽に相談できる、信頼のおけるアドバイザーを探すのは容易ではない。その点、会社が関与する中立的な機関に福利厚生の一環として相談できるメリットは非常に大きい。「DC年金を始め、社員が資産形成に主体的に取り組むことが重要ですが、それはすべてを1人でやるということではありません。Shinesのような信頼のおける専門家を活用することは社員にとって効果的なオプションですし、会社の福利厚生としての付加価値であると考えています」(横田)。

 今後、人的資本経営やジョブ型人材マネジメントはさらに多くの企業に浸透していくはずだ。それに伴い、自社の社員に向けた資産形成アドバイスを行うサービスへのニーズも高まっていくことが予想される。そこで、NECは新たなチャレンジとしてShinesをファイナンシャルアドバイザー事業として社外にも提供する意向だ。

 NECには、最先端のテクノロジーやサービスを手始めに社内で試して得られた経験をリファレンスとして顧客や社会に還元する“クライアントゼロ”の文化がある。Shinesも同じようにまず自社とグループ会社に提供し、そこで培った知見に基づいて内容をブラッシュアップ。今後は、そうした経験も活かした質の高い資産形成サービスを提供し、社会全体のファイナンシャル・ウェルビーイングの向上に貢献していきたい構えだ。