2017年02月28日
三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた
移動で地域の未来をつくる「あいあい自動車」
共感する能力が高い人材の重要さ
金澤氏:
「あいあい自動車」の一番の強みは、ユーザーの方々が熱心に協力をしてくれる点です。運営者である菰野町の社会福祉協議会の方から言われたのが、「『あいあい自動車』は、リクルートさんのものではなく、私たちの事業です」ということ。ありがたいことに、みなさんがそうした意識でサービスに関わってくださっています。実際に、運転手の方は月一度集まって、自主的に会議を開いてくださっている。私たちも学ばせていただく場として中嶋が毎回出席しています。
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三宅氏:
地域の方に自主的に考えてもらうようにするために、工夫した点はありますか?
金澤氏:
私たちは、社会の課題にきちんと向き合って仕事するスタンスを大切にしています。私たちの理屈でサービスを売ろうとするのではなく、皆が困っていることに貢献したいという思いがまずなければいけない。
そのうえで、なにができるのか。ITや複雑な事務作業があるものは地元の方だけだとなかなか導入が進まない部分だと思うので、そこに私たちの価値が提供できます。そして、地域の暮らしを良くするという目標を地域の方々と共有することが必要です。私がチームのメンバーに常々話しているのは、「企業の活動は付加価値を作ることであり、価値とは人の幸福のうえにしか成り立たないもの」ということです。さらに、私たちは、その幸福は、「困っていることを解決する」という方向の幸福でありたいと思っています。同じ思いを持つ地域の方と一緒にそこに対してコミットメントしていくのが私たちの仕事だと思っています。
そして、だからこそ継続的に事業を行える可能性があるのだと思っています。課題ときちんと向き合う姿勢を貫かなければ、地域の方から協力を得ることができません。「あいあい自動車」では、地域の方々が知恵をしぼって動いてくださいます。地域の方々が協力してくださることが、どれだけ事業継続の原動力になっていることか。
三宅氏:
中嶋さんは、いつからチームに参加されたんですか?
中嶋氏:
去年の7月です。
金澤氏:
今まで説明したとおり、共感する能力が高くないと事業は上手くいきません。そこで、中嶋にチームに加わってもらいました。中嶋は面接のとき、普通は緊張する場面でニコッて笑ったんです。その姿を見て、人を安心させて関係を作れる人だと感じました。さらに、これは偶然なんですが、中嶋は私と出身が同じなんです。ですから、地方における交通事情や、そこに住む人々の悩みを理解しやすいのではないかという推測もありました。
三宅氏:
なるほど。金澤さんは、「理屈」を作る能力に長けている。さらに、中島さんが気持ちをシンクロさせる部分を担い、チームとして力を発揮しているということですね。先ほど、なかなか「あいあい自動車」を気軽に使ってもらえないという話がありました。それを解決するために、どのような工夫を?
中嶋氏:
運転手さんからも、「娯楽にも使ってほしい」という要望があり、高齢者の方にも伝えているんですけど、なかなかそこの考えがほぐれない。そこで、最初は運転手さんと高齢者の方の共通意識を作るためにワークショップを開こうと思ったのですが、「そんな大仰なものではなく、もっと気軽なもので」というご意見がありましたので、最終的にはお茶とお菓子を用意した茶話会をすることにしました。そこでは、「あいあい自動車」のことではなく、日常的にどういうことをやっている人だとか、どういうことに悩んでいるだとかが伝わり、相互理解が進むような場にすることを心がけています。まずは、遠慮せずに気軽に頼み事ができる関係を築いてもらうことが大切だからです。たとえば、お風呂に行きたい時やお墓参りに使っていいのか、といった対話ベースで運転手さんと高齢者に交流してもらえる場が作れたらいいなと思っています。
やっぱり、運転手さんもいずれは送迎される側になるという意識がありますので、将来の自分を想定して高齢者の方々と接してくれるところが、私たちがとても助かっている部分です。また、私自身も高齢者の方々を茶話会に誘う時に、お宅に伺っていきなり呼び鈴を押すより、「ごめんくださーい」と声をかける方が打ち解けやすいとか、訪ねた家の方がお留守でもご近所の方が声をかけてくださるとかいったノウハウが、試行錯誤するなかで溜まっていきました。
三宅氏:
まず共感があり、共鳴があり、交流があると、コミュニティの底力が発揮されるということですね。
中嶋氏:
運転手さんたちも、「不特定多数の誰かを助けたい」というよりは、「具体的に顔が思い浮かぶ近くの誰かを助けたい」という思いがあるようです。それをつなげるのが、私の仕事だと思っています。なので私も、そこで暮らす「住民」と広くとらえずに、実際に接してきた一人ひとりの運転者さんや高齢者さんのことを考えながら、コミュニケーションをとるようにしています。
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株式会社リクルートホールディングス
Media Technology Lab.
あいあい自動車 担当
三宅氏:
地方の交通の問題をどのように解決するか。金澤さんの実感から「問い」が立てられ、具体的なシステムに落とし込んでいった。しかし、それをビジネスとして回すためには理屈だけではなく共感が必要であり、その部分を中嶋さんも含めたチームで下支えしているということがよくわかりました。金澤さんのように自身の実感やバックグランドから理論を抽出できる研ぎ澄まされた人と、中嶋さんのように実際に運営するにあたってセンサーのように振る舞える感度の高い人のどちらも必要なんだということだと思います。
新規事業につながるような新しい「問い」を立てるには、長くその問題について考えてきた人ならではの洞察が、問題意識を研ぐ砥石として不可欠でしょう。しかし、そのままでは言い分が抽象化されて、理屈っぽいばかりになりがちですね。だから、「まだ世の中にない新しい問い」について社会に思いを共有してもらうためには、問いの現場に生身で飛び込んで、泥臭い、五感をフル回転させたコミュニケーションで相手を説得し、時には自分のほうが説得されなければならない。これらのプロセスには、とびきりの理論派とベタベタな現場派の人材、両方のタイプが必要になります。よく見るようなぱっとしない事例では、二つの間の中途半端なスタンスに留まってしまっていることが多い気がします。しかし、このあいあい自動車の事例はとてもいいチームになっていると思いました。
こういうチームを作れたのは、問題意識を研ぎ澄ましてきた金澤さんが、自分の弱点を補う最適な人材として中嶋さんを選ぶ決断をし、その権限も持っていたことが大きい。単に今いる人材で、じり貧を避けるために、とりあえずなんでもいいから目新しくできそうなことを、というようなよくある泥縄式のやり方だと、問題意識もぬるくなるし、実践のための適材適所も得られない。結果、なかなかうまくはいきませんよね。自社の都合ばかりではなく、そこから一線を画するための人材は中途採用だろうがなんだろうが、鉦と太鼓で必死で探してくるべき時代だと思います。とても示唆に富んだお話が聞けました。本日はありがとうございました。
(文・構成=宮崎智之)