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2017年02月28日

三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた

移動で地域の未来をつくる「あいあい自動車」

 中小・ベンチャー企業の市場創造研究で知られる気鋭の経営学者・三宅秀道氏(専修大学経営学部准教授)が、ユニークかつ継続的に事業を展開している企業にスポットを当て、「企業が身につけるべき新規事業を興す力」を探っていく当連載。今回は、リクルートホールディングスのMedia Technology Lab.が手がける「あいあい自動車」を取り上げる。「あいあい自動車」は、高齢者などを地域で運転できる地域住民とマッチングして、「移動」の課題を解決する新しい交通の仕組みだ。高齢者はタブレットを利用して送迎を予約することができる。さらに、運転手の都合が合わなかった場合には、高齢者同士でタクシーの相乗りを申し込める仕組みもある。

三宅 秀道 (みやけ ひでみち)氏
専修大学経営学部准教授

 高齢者は、「あいあい自動車」を利用することによって、安価な料金でDoor to Doorの移動ができる。一方、運転できる地域住民は、空いている時間で地域貢献ができるほか、たくさん送迎すると一定の報酬が受けられる。マイカーによる移動を前提に開発された地方都市が直面している問題の解決策として注目を集め、2016年2月からは三重県菰野(こもの)町で実証実験がスタートした。同事業はどのような「問い」から生まれ、どのような未来図を描いているのだろうか。三宅氏が、「あいあい自動車」開発責任者の金澤一行氏と中嶋圭吾氏に話を聞いた。

シンクタンクの研究員時代に感じた福祉の実態

三宅氏:
 「あいあい自動車」は、リクルートホールディングスの新規事業開発プログラム「Recruit Ventures」を通過して実現したサービスです。金澤さんはリクルートで同事業を立ち上げる前は、シンクタンクの研究員をされていました。まずは、リクルートに転職したきっかけを教えてください。

金澤氏:
 シンクタンクに在籍していたときは、厚生労働省や経済産業省、地方自治体などと一緒に公共領域、特に社会保障政策の分野について調査研究を行う仕事をしていました。たとえば、要介護認定の審査などに関する業務です。現在、要介護認定は、介護の手間がどれくらいかかるのかという尺度をもって測ることになっています。わかりやすくいうと、膝が曲がらない、手が挙がらないといった客観情報のほか、具体的にどのような介助が発生しているかという定性情報なども加味して決定される。審査する人は医師や介護職などといった専門職の方々です。その方々としては、自分が現場に向き合っている気持ちがあって、出来る限り多くのサービスを給付して生活をより充実させたいという思いがあるのですが、当然、自治体としては介護保険の財源も気になる。そうした状況を見てきた経験が、今の仕事をしている原点としてあります。

三宅氏:
 つまり、費用と社会的なニーズのジレンマに直面する仕事をしていたということですね。

金澤氏:
 そうです。それで、「サービスも犠牲にしないで、財政も犠牲にしない方法」を模索するようになりました。現場では、「要介護度を下げたら、生活を組み立てるだけのケアプランが立てられないだろうな」と懸念する人がいる一方で、残念ながら、それを「ケアマネージャーやサービス事業者の努力が足りない」と言う人もいる。そして、この議論には必ず、財政の問題がついてまわります。

三宅氏:
 シンクタンクには、どれくらい在籍していたのですか?

金澤 一行(かなざわ かずゆき)氏
株式会社リクルートホールディングス
Media Technology Lab.
あいあい自動車 開発責任者

金澤氏:
 7年いました。いろいろな仕事をやってみたのですが、社会保障の課題の多くは最終的に「お金」の問題に突き当たることがわかりました。そしてその経験から、商売で社会保障をし、経済的にも成立させなければ持続可能性はないと思うようになりました。それで商売を学ぼうと、リクルートに転職することにしました。転職してから、新規事業開発プログラムを使えば自分でビジネスを持てることがわかり、今に至るわけです。

三宅氏:
 福祉の分野で、社会課題を解決するような仕事をしたい。しかし、それをビジネスとしてまわさなければ、課題をきめ細かく持続的に解決できないし、大きく展開もできないと前職時代に身を以て実感したということですね。転職した時点では「あいあい自動車」の構想はあったんですか?

金澤氏:
 前職で介護の仕事をしていたときから、施設から在宅へという流れがありました。それにもかかわらず、介護保険のなかには、「移動」に関するサービスがほとんどないんです。私は地方出身なので身に沁みてわかるのですが、住みなれた地域で暮らし続けるには、移動がセットでなければいけない。しかし、移動は介護保険の適用外だし、民間のサービスも限られている。もう一つ移動に着目した理由は、介護保険は原則1割負担ですから、適用サービスを競合としてとらえたときに、9割割引されているのと同じになります。それでは、どうやっても保険適用外サービスに勝ち目はありません。そこで、介護保険の適用外となっている「移動」の領域でビジネスをするのがいいと思うようになりました。

 その一方で、「移動」の領域にもいくつか制約があって、例えば、民間の交通事業者は自由に値付けができません。さらに、一定のサービス水準を満たすために、コストの基準もある程度決められている業界なので、完全な自由市場ではないのです。「移動」のサービスが供給されにくい構造が、もともとありました。

「理屈」では売り上げは立たない。必要なのは「共感」

三宅氏:
 お話を聞いて、「福祉サービスを受ける人の『移動』の問題をどうすればいいのか」という“問い”が一番始めにあったということなんだと思いました。しかし、それにはいろいろな解決手段があると思うんです。そんななかで、「あいあい自動車」というかたち選んだプロセスを教えてください。

金澤氏:
 私たちのスタンスとして、「顧客の声を聞き、なにに困っているか理解する」というものがあり、そのうえで、「ソリューションの提供は顧客が考えている以上のものを出す」という姿勢を大切にしています。着想はマーケットインですが、ソリューションはプロダクトアウトでやってきたということです。顧客理解には、私自身が地方出身で移動に困る当事者だったという経験が大きく寄与しました。私は長野県の佐久市の出身です。新幹線の駅ができたのは長野オリンピックの時だったので、私が幼い頃には今よりもずっと不便でした

 そうした地方では、運転免許を持つまではずっと交通弱者なんですね。それこそ、「週刊少年ジャンプ」を買いにいくだけでも一苦労といった感じで(笑)。でも、今、あいあい自動車の営業をしていると、最寄りのお店まで車で30分以上かかるというような場所にもよく出向きます。

三宅氏:
 なるほど。もっと大変な地域も数多く存在している、と。

金澤氏:
 そして、そういった地域では、高齢者の方が困っていることが多いのです。私の地域でも、運転免許を取得していない高齢者が多く、幼い頃はうちの母が近所の人たちの送迎をしている姿を見て育ちました。しかし、他人に送迎してもらうというのは、どうしても遠慮してしまいがちなものです。

三宅氏:
 移動しなくても介護や医療を受けられたり、日常生活の用事を済ましたりできる場所に高齢者を移住させるという「スマートシティ」のような発想もあります。需要の密度を高めてサービスを成立させるという解決方法もあると思うのですが、それでは救えない部分があるんですか?

金澤氏:
 そういう方策もあると思います。しかし、先祖の代から住んでいるこの土地から離れたくないという方も多いのです。

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