2017年05月26日
三宅秀道のイノベーター巡礼 新しい問いのつくりかた
モザンビークで”お金の新ストーリー”を作る日本植物燃料
欲望の薪に火をつけたのは誰?
三宅氏:
銀行がない地域に価値の貯蓄という概念が生まれただけでも、経済的な可能性が広がりそうです。
合田氏:
貯蓄もそうですけど、大きいのは為替ですよね。お金を送金するときに、これまでは半日かけて銀行がある町まで自分で移動するか、そこに行く知り合いにお願いするか、乗り合いバスの運転手に預けて送金を依頼するかしかなかったんですね。そうすると、紛失や盗難のリスクがつきまとう。しかし、電子マネーならば、自分の村のキオスクで簡単に貯蓄も送金もできます。
さらに、お金は、情報の上に乗っているアプリケーションの一つだと思っていますので、タブレットやスマホを決済エージェントを通じて村に導入することによって、土台となる情報のプラットフォームを作ろうとしているわけです。物流などの問題はありますが、当然、キオスクでAmazonの買い物をするなんてことまで行き得る。いろいろな可能性が広がっていくことを期待しています。
三宅氏:
これまで習慣がなかった人たちに、新しい仕組みを使ってもらうのは大変だと思います。もちろん、電子マネーの決済システムなど、ミクロな部分での技術的なソリューションは重要です。しかし、それ以上に、「この人たちの提案に乗ってみよう」と思ってもらうこと、新しい暮らし方、つまり魅力的な文化を提案して人々を魅了することが大切になると思います。そうしなければ、いくら素晴らしい技術があっても、誰も使ってくれませんから。
合田氏:
先ほど、ケニアで普及した送金システム「エムペサ」の話を少ししましたけど、考えてみるとこれは、技術的には誰にでもできたことです。しかし、あそこまで広がったのは、法律や人々の物語が変わったからなんですね。すべての村々に電気が行き渡ってから銀行が進出するなんてことを待っていたらいつまで経っても達成できなかったことを、短期間で実現してしまった。
三宅氏:
価値を貯蔵できなかった時代には、勤勉になる意味があまりなかったと思う。でも農村コミュニティで、努力の成果を保存することができるようになり、資本として蓄積され、信用として展開できるようになると、豊かになるための生き方が具体的に見えてきて、人々がそのために協力することが合理的になる。ですから、商習慣が変化するだけではなく、これから新しいモラルが生まれる可能性があります。
合田氏:
そうなってほしいですね。
三宅氏:
つまり、テクノロジーの力により現実が変わって、はじめて人々が勤勉であることの意味に気づくことになるということですよね。文化は放っておいてはなかなか変わるものではないですが、変えるつもりのある人が戦略的に変えれば、案外ものすごくはやく変化する。だけど、日本の技術者は、「文化は変わらない」と思っているから、それを変える図面を描く人がなかなか現れないのが問題だと思います。テクノロジーの使い方によっては、文化は変わり得るものだということに気づくべきですよね。
合田氏:
僕は確かに、文化の変化に関与しているとは思っています。しかし、それがどういう文化に育っていくのということについては、「ここに持っていく」という目標があるというよりは、興味深く眺めているといった感じでしょうか。ハードランディングにならない路線にいってほしいと思いますが、最終的には現地の人がどうなりたいかという気持ちが優先されるべきですから。
三宅氏:
先に人間の期待があり、その後に社会のインフラが整備されていくということはあると思います。その最初の「期待」を作るのが大変なのですが、合田さんたちはそれに成功したということなんだと思いました。もしかしたら、世界史的、経済史的な大事件に立ち会っているのかもしれません。人々の欲望に火がつき、それによって社会が整備され、人々の生活や文化まで変わっていく。
合田氏:
電子マネーだって、もともとはこちらの都合で導入したものです。しかし、彼らが自ら銀行的な使い方を見つけ出した。その背景には、「困っている」という現状があった。そういう意味では薪はすでに用意されていて、火をつけたのも彼ら。僕らは、そのきっかけを作っただけです。
三宅氏:
合田さんのお仕事は、まだまだ始まったばかりなんだと思います。モザンビークにヤトロファを持ち込み、電子マネーを導入して、社会インフラを整えていく。それは経営学の言葉でいえば企業家の典型で、シュンペーターが生きていれば真っ先に合田さんを取材したがるでしょう。
そしてまた、合田さんは人類学でいう文化英雄でもあります。ネイティブアメリカンにトウモロコシを与えたコヨーテとか、ギリシャ人に火を教えたプロメテウスとか、四国に溜め池掘った弘法大師とか、そういうキャラクターです。もちろん、だからといって相手を思い通りにデザインできるということではなく、現地の人たちの思わぬ反応で予想外のハプニングがたくさん起きる。それを悪いアクシデントにするか、よいチャンスにするかは、合田さん側に文明史的ヴィジョンがあるか、異文化の異境の戸惑いの中でも向かうべき方向がぶれずに見えているかにかかっています。合田さんにはそれがあるからこそ、黒魔術師の操る妖精にも勝てる(笑)。それがなければ、どれだけハイテクを磨いても、それは社会に浸透しにくいと思います。
合田さんがお持ちのネタはまだまだたくさんありそうですね。いろいろな事業が、これからどう展開、発展していくのか。お話を直接うかがって、ますます楽しみになりました。今日は本当にありがとうございました。
(文・構成=宮崎智之)