地方創生現場を徹底取材「IT風土記」
栃木発 開発のきっかけは都市伝説?高級・完熟イチゴを海外に 可能性広がる自動収穫ロボット
2017年04月28日
国際味覚審査機構から「3つ星」を獲得
スカイベリーに限らず、日本のイチゴには輸出は向かない独特の性質がある。海外のイチゴに比べ傷みやすく、日持ちがしないという点だ。日持ちができるように輸出できれば、輸出拡大の大きな足掛かりになる。その課題に取り組んだのが宇都宮大学でロボット工学を研究する尾崎功一教授だ。
「ヘタについているつる枝の部分が長いと傷みにくい。イチゴ農家には、そんな都市伝説のようなものがありました。でも、なぜか分からなかったのですが、どうも生物学的な理由はなくて、農家の人たちが茎をつかんで収穫すると、実のダメージが少ないというのが結論でした」
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日本のイチゴの特性は果実が何かに触れると、その部分から傷みが始まる。このため、なるべく実をさわらないよう扱えば、傷まなくなる。尾崎教授は県の産官学連携事業として、2004年にNECやダイヘンといった企業と組んで茎をつかんでイチゴを収穫する第一号の自動収穫ロボットを開発した。
水耕栽培のイチゴ農場内をプランターや障害物などにぶつからないように自走。プランターから垂れ下がったスカイベリーの実の完熟度をカメラで検知し、収穫時期を迎えた実をみつけると、はさみを伸ばし、実のついたつる枝の部分をカットする。切っても実は落ちずはさみの部分にとどまったままだ。収穫したイチゴは茎でぶら下がった状態で保管する仕組みだ。
農学部の柏嵜勝准教授と連携し、果実に触れないようにパッケージする専門の包装容器「フレシェル」を開発した。「フレシェル」は台座とイチゴを包み込むようにドーム状になったふたで構成されており、台座にイチゴのつる枝をくくりつけて固定。ドーム状のふたをしてパッケージする。しっかり固定されたイチゴは少々振ってもドーム状のふたに触れることはない。これで収穫から店頭に並ぶまで一切、イチゴにストレスを与えないシステムを完成させた。
「完熟状態のイチゴでも10日以上傷みません。条件がよければ1か月近く持つこともあります。通常のイチゴを収穫するときは日持ちさせるため、熟す前に出荷されます。このシステムでは通常では味わえない完熟イチゴが食べられるんです」と尾崎教授は胸を張る。
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尾崎教授らは2014年に大学発ベンチャー「アイ・イート」を設立。フレシェルの製造・販売を行うとともに自動収穫ロボットの実用化に取り組んでいる。2015年には、フレシェルで包装した完熟のスカイベリーを世界中の食品・飲料品の「味」の審査する国際味覚審査機構(本部・ベルギー・ブリュッセル)に出展し「2つ星」の優秀味覚賞を獲得。昨年はランクの高い「3つ星」を取得した。
「フレシェル」で包装すると、現状では1個当たり約数百円のコストがかかる。だが、フレシェルで包装したスカイベリーを東京都内の大手百貨店で販売すると、1個1728円という価格ながらもあっと言う間に売り切れてしまったという。「贈答用など富裕層向けなら販売のチャンスはあります。容器が普及し、量産化が実現すれば、容器の低価格化も期待できる」と尾崎教授は語る。
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農業が抱えるもう一つの課題を解決する可能性も
尾崎教授は現在、実用化に向けて現在、第三世代のロボット制作に着手している。これまで収穫、運搬、包装まで1つのロボットを完結していたが、複数のロボットに作業を分散させるという。こうすることで、ロボットのコスト削減につなげる狙いだ。「1台1000万円以上もするようなロボットではイチゴ農家は買えません。農家の手に届くロボットをつくることができて初めて完成なんです」と尾崎教授。数年後の実用化を目標にしている。
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さらにイチゴの自動収穫ロボットは、日本の農業が抱えるもう一つの課題解決につながることも期待されている。それは農家の高齢化と後継者難だ。
農林水産省の調査では、2015年の農業就業人口は209万人と5年前の調査に比べて2割も減少している。特に70歳以上の高齢者の離農が急速に増えており、今後も大幅な減少が予測されている。
栃木県も若者の新規就農を増やそうと、さまざまな支援策に取り組んでいるが、農政部経営技術課の伊村務課長補佐は自動収穫ロボットの可能性についてこう指摘する。
「ロボットなら夜間でも収穫作業をすることができ、農家の収入を増やすことが考えられます。農業経験がなくても、ロボットが経験不足を補ってくれるかもしれません。ロボットがあることで、農業をしてみようと飛び込んでくれる若者を増やしてくれるかもしれません」。自動収穫ロボットが日本の農業の危機を救う―。そんな日が来るのかもしれない。