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新たな社会価値を創造したい。NECのデザインチームが探求する新しい可能性とは

 製品開発からサービス設計、イノベーションの創出に至るまで、ビジネスにおいて「デザイン」がもたらすインパクトは日増しに大きくなりつつある。NECでも1950年代にデザイン部門を創設。近年では、新サービスの設計やビジネスの創出など、さまざまな領域でデザインを活用し、次々と新機軸を生み出している。そんな同社の取り組みを支えているのが、数々の受賞歴を誇る社内のデザインチームの存在だ。NECではデザイン部門がどのような形でビジネスにかかわり、成果を上げているのか。ここでは、具体的なプロジェクトをひも解きながら、その一端を紹介したい。

あらゆるビジネスに必要となりつつある「デザイン」の力

 海外旅行から帰国するとき、税関手続きに長い列を作りながら、順番を待った経験を持つ人も多いだろう。それが、今、劇的に変わりつつあるのをご存じだろうか。

 それを実現したのが「税関検査場電子申告ゲート」だ。パスポートにある顔データと、電子申告端末に設置したカメラで撮影した顔データを照合して本人確認を行う「Smart Airport」という新しいソリューションが用いられている。さらに、電子申告ゲート通過時には、設置されたカメラで撮影した顔と電子申告端末での顔を照合、立ち止まることなく、厳格かつスムーズな本人認証が可能になることから、混雑緩和につながっており、国内では成田空港第3ターミナルの税関検査場で運用が始まっている。

2019年4月15日から成田空港第3ターミナルで運用が始まった税関検査場電子申告ゲート

 Smart Airportの実現には、高度な技術が不可欠なのは言うまでもない。しかし、それと同様に大きな役割を果たしているものがある。それが「デザイン」だ。実際、このサービス設計にはNECのデザインチームが大きくかかわっているという。

 近年、このような形で新サービスやビジネスに「デザイン」が大きなポイントとなるケースが急速に増えつつある。その理由について、NEC シニアクリエイティブマネージャーの井手 裕紀はこう語る。「お客様の『これがやりたい』という意志が明確だった時代には、我々はそのために必要な機能をご提供すればよかった。しかし、今のような不確実性の時代には、従来のモデルではお客様の期待に応えられなくなっています。そんな中にあって、デザイナーは常に人間を中心に考え、統合的な価値創出のアプローチを行ってきました。そうしたデザインの手法が、既存ビジネスを活性化するために活用できるのではないか、と多くの企業が気付きはじめたのではないでしょうか」。

 現在、NECにおいてデザインの中心拠点となっているのが、「デザインセンター」だ。2015年、NECは、社会ソリューション事業の強化とグローバルな競争力の向上を目指して、デザインセンターを新設。デザイナーのクリエイティブな感性と専門性を活かし、社会課題の発掘やビジョンの創造、顧客価値起点のソリューション開発などに注力してきた。

 もちろん、デザイナーの活躍の場は、デザインセンターだけではない。事業部門などほかの部門でも、組織の枠を超えて、デザイン活用の動きが広がりつつある。以前は、事業部門からデザインを委託されるケースが多かったが、近年は、デザイナー自身が課題を発掘してプロジェクトを立ち上げる機会も増えた。その意味で、「NECはデザインドリブンの時代に入りつつあるといえるかもしれません」と井手は言う。

NEC
デザインセンター
シニアクリエイティブマネージャー
井手 裕紀
1999年NECのプロダクトデザイナーとして入社。主にPCを担当。一体型PCのカテゴリでは、製品企画、概要設計段階から参加し、外装から内蔵コンテンツなど網羅的にデザインディレクション。また2006年以降はUIデザイナーとして携帯電話や、業務向けシステムのUXデザインUIデザインを担当。2014年10月から新規事業創出に従事

人間心理の洞察なくしてイノベーションは成功しない

 その一例が、画像認識の技術を活用した認証鍵作成アプリだ。これは、社内のアイデアソンから生まれたもの。手書きのサインを、即座にデジタル情報として登録・認証し、特定のテキストや動画をユーザが参照できるようにする仕組みである。

手書きサインとデジタル情報をひも付けした認証鍵作成アプリ。エンタテインメント領域で新しい顧客体験を提供できるサービスとして、幅広い分野での活用が期待されている

 例えば、スポーツ選手にもらったサインを画像認証することにより、ユーザは手持ちのスマートフォンで、一般非公開の動画やテキストを見ることができる。コンテンツに手書きサインという「体験」を付与することで、エンタテインメント領域に新しい顧客体験を提供しようという試みだ。

 この仕掛人の1人、デザイナーの内藤 淑乃は語る。「想いやメッセージを形にして共有することは、SNSなどを通して日常的に行われています。それに“手書き”という切り口を加えれば、可能性はもっと広がるのではないか、と私たちは考えました。手書きというリアルでの体験を通して人とつながることができれば、ユーザ体験を拡張できると考えたのです」。

NECソリューションイノベータ
第二PFソフトウェア事業部
内藤 淑乃
2018年NECソリューションイノベータ入社。データ分析やAI搭載製品であるNEC the WISE製品の販促活動などを担当。そのかたわら教育分野や地域課題に取り組み、新規事業創出のためデータ分析やユーザインタビューなどを行う。また、WebアプリケーションのUIデザインなどの業務に取り組む

 試合会場に足を運んで好きな選手のサインをもらい、それをスキャンすれば、選手のオフショットや試合後の動画といった非公開コンテンツへのアクセスが可能となる。手書きサインをきっかけに、レアでプレミアムな体験を楽しんでもらうことで、ファンサービスの充実や集客効果の向上など、さまざまな効果が期待できるという。

 現在、芸能人・スポーツ選手のサインや、ブライダルのウェルカムボード、体験型リアル脱出ゲームなどのユースケースを想定しており、「今後は、NECの社会人クラブチームであるNECレッドロケッツ(バレーボール)やNECグリーンロケッツ(ラグビー)の試合や交流イベントで検証を始めたい」と内藤は語る。

 2つ目の事例は、においの認識技術を活かしたBreath Analysisプロジェクトだ。これは、研究所が開発した、においセンサーの解析技術を活用して、新たな事業開発につなげようというもの。人間の息には、健康の指標となる、さまざまな情報が含まれている。そこで、呼気を採取して、体内環境のデータを取得。そのデータに基づいて健康状態を分析する試みである。

Breath Analysisの概要図
においの認識技術とその分析を用いた試み。呼気を採取し、そこから得られた体内環境のデータ、つまり客観的な情報に基づき、健康状態を認識することを目指す

 こう聞くと画期的な試みに聞こえるが、実用化に向けては克服すべき課題は少なくない。このプロジェクトを発案した竹内 啓行はこう語る。

 「例えば、呼気を採取するためには、ビニール袋の中に息を吹き込んでもらう必要があります。そのひと手間が、本当に人々に受け入れられるのか。あるいは『あなたの呼気を分析したところ、あなたの健康状態はこうです。』と言われたとして、人々が果たしてそれを信じてくれるのか。要は、事業アイデアとは別の次元で、人間の感情や行動特性を解き明かさなければ、解決できない問題が山積しているわけです」

NEC
デザインセンター
クリエイティブマネージャー
竹内 啓行
2006年TOTOに入社し、住宅設備機器のプロダクトデザインに従事。市場調査やユーザビリティ調査、研究所技術の製品化などを担当。海外留学を経て2015年タカギに入社し、デザイン部門の立ち上げなどを担当。MBA取得後、2019年NECに入社し、新事業創出のディレクションに携わる

 呼気の採取に対する抵抗感を、どうしたら払しょくしてもらえるのか。分析結果をどのように提示したら、受け入れてもらえるのか――。壁を乗り越えるためには、「体験デモのシナリオを練り上げ、体験から健康状態の提示へと至る一連の流れを作り上げること」が必要になる。新しいサービスが世の中に受け入れられるためには、人間心理の洞察に基づいたヒューマンインタフェースの構築が欠かせない。「今回のプロジェクトでデザイナーがコミットしたのはまさにその部分でした」と竹内は語る。

 3つ目の事例は、生体情報を活かしたCODE(コード)プロジェクトだ。これは、一人ひとりの生体情報を転用して、ものづくりをパーソナライズする試み。目の虹彩から得られる生体情報をグラフィックパターンに変換し、世界で唯一のファッションアイテムやアクセサリーを創り出すことで、多様性がもたらす美と、生体情報が持つ可能性を表現しようというものだ。

人の生体情報を活用して、パーソナライズされたものづくりに転用する試み。2019年の「虹彩」に続き、2020年は「声」の活用に取り組む計画だ

 チーフデザイナーの松本 和也は、このプロジェクトを発案した経緯をこう語る。「NECにはさまざまな認証技術がありますが、これまではもっぱら『自分が自分であることを証明する』カギとして使われていました。ところが、いろいろ調べるうちに、生体情報の使い方はほかにもあるのではないかと思い始めた。そこで、今後の可能性が期待できる虹彩認証技術に注目し、生体認証と同じ仕組みを使って、デザインに置き換えられないかと妄想したのがきっかけです」。

NEC
デザインセンター
チーフデザイナー
松本 和也
1997年NEC入社。コンシューマー製品からB2B製品まで幅広くプロダクトデザインを手掛ける。2015年より新事業創出を担当。2019年にはデザイナー発信プロジェクト「CODE PROJECT」のディレクションを手掛け、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)へ出展。Red Dot Design賞やiFデザイン賞など受賞多数

 世の中の動きに目を転じると、ユーザが自分の好みにカスタマイズしたスニーカーを作れたり、肌の状態を分析し適切な化粧品を提供したりするパーソナライズサービスが大きなトレンドになっている。生体情報を活用すれば、よりパーソナライズされた、付加価値の高い商品を提供できるのではないか――。

 そう考えた松本は、デザインセンター内でプロジェクトを立ち上げ、染色やジュエリーブランド、耐熱ガラスメーカーの職人とコラボレーション。虹彩情報から作ったファッションアイテムと体験デモを引っ提げて、2019年米国テキサス州オースティンで開催された世界最大級のクリエイティブ・ビジネスのイベント「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)2019」に出展した。

 「虹彩の次は音声をデザインに転用する仕組みを作りたい。今は音声AIやスマートスピーカーの普及も進み、音声UIを使った操作が日常生活に溶け込みつつあります。これからの時代において、自分だけの“音声デザイン”がどのようなシーンで使われるかを模索しています」と、松本は思いを語る。

「デジタルありき」ではなく「顧客体験ありき」で取り組む

 このようにNECではさまざまな形で“デザインドリブン”なプロジェクトが立ち上がりつつある。これらの取り組みには、いくつか共通するポイントがある。

 1つ目は、「デジタルありき」の取り組みではない、という点だ。例えば、認証鍵作成アプリでは画像認証の技術を活用したが、「ユーザが価値を感じられるのであれば、どんな技術でもかまわなかった」と内藤は言う。

 「手書きには、デジタルにはない温かみや感情を表現できるという特徴があります。手書きの体験を通じて、ユーザに喜びを感じてもらうために、画像認識技術を使ってサービスを成立させる、というのが今回のプロジェクトの主眼でした」

 「デジタルありき」ではなく、「顧客体験ありき」でプロジェクトを進めること――それが、デザイン・オリエンテッドなプロジェクトに共通する特徴の1つといえる。

 次に、「人間中心設計」をベースとしている点も共通項だ。前述のように、Breath Analysisプロジェクトでは、呼気を吹き込む方法や、健康を改善するための提言を、「どうすれば人々に受け入れてもらえるか」が焦点となった。機能中心のサービス開発は、往々にして作り手からの押し付けになりかねず、人間の感情や行動特性に対する十分な配慮なくして、世の中に広く受け入れてもらうことは難しい。

 その意味では、「人間中心設計」による使いやすさの追求こそが、デザイン活用の最大のメリットだといえる。

 さらに、社内外のパートナーとの「共創」がカギになっていることも重要なポイントだ。Breath Diaryを形にするにあたっては、デザインチームと中央研究所に加えて、某健康食品メーカーがプロジェクトに参画したことも大きかった。「3者の共創により、デザインと技術、健康ノウハウを融合させ、『呼気センシング~分析~サプリメントの提案』という一連の流れを創り上げることができた」と竹内は言う。

 また、CODEプロジェクトでは、デザイナー4人で練り上げたアイデアを実現するため、虹彩認証技術を持つ事業部門に協力を仰いだという。

 「デザインセンターは、研究所やさまざまな事業部と一緒に仕事をするので、『今、事業部でどのようなビジネスが動いているのか』『どのような新しい技術があるのか』を、横断的に俯瞰することができる。このため、『AとBを組み合わせれば、新しいビジネスが生まれるのではないか』という発想が生まれやすい」と松本は言う。他部門を巻き込んで共創を起こせる環境にあることも、デザインドリブンの大きな強みといえるだろう。

デザインチームが起点となって社会価値創造を進めたい

 このように、さまざまな形でデザインの活用に取り組んでいるNEC。だが、NECのデザインへの取り組みは、今に始まった話ではない。高度経済成長真っ只中の1958年にデザイン室を開設して以来、NECは一貫してデザインを重視した製品開発を進めてきているのだ。

 2015年にはビジネスイノベーション統括ユニット内にデザインセンターを開設し、プロダクトデザイン、ユーザ体験のデザインに加えて、未来を描く「ビジョンデザイン」へと領域を拡大。2020年にはデザインセンターを本部に格上げし、デザイン経営へのシフトを鮮明にした。

 「ビジョンデザインとは、未来予測と、『こういう未来を創りたい』という内発的動機を組み合わせながら、NECの方向性を市場に対して発信することです。曖昧模糊として予測がつかない未来像を設計するために、デザイナーがファシリテーションすることによって課題を明確にし、わかりやすく言語化しながら未来への道筋を描く。それが、ビジョンデザインというプロセスです」と井手は説明する。

 「今後は、NECの中核事業の方向性をデザインドリブンで模索しながら、活動をどんどん広げていきたい。その萌芽ともいえるのが、今回ご紹介した3つのプロジェクトです。デザインチームが起点となって、社会価値創造につながるビジネスモデルを数多く生み出し、世の中に還元していきたい」(井手)。既にNECのデザインチームは、新しいミッションとビジョンを見据えつつあるようだ。

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