本文へ移動
学び多きフィンランド 岩竹 美加子 連載

フィンランドの対話文化から日本が学べること
~対話を支える政治・教育・社会

 フィンランドでは4月、国政選挙があった。自治体の広場には、日時を決めて党のテントが建てられる。候補者や党首が、訪れる人や通りかかる人と話をする。テーブルには、大きなコーヒーポットやパウンドケーキ等が並べられ、立ち寄って言葉を交わすことを誘っている。日本で見られる選挙の時期の景色とはかなり異なる。

 また、テレビでは投票日に先立つ約3週間、連日連夜、 党首が医療や経済、エネルギー政策、安全保障、教育、移民、環境など時事問題について白熱した議論を戦わせた。これらは、国政選挙だけではなく地方選挙でも同様だ。

 日本で同じ4月にあった統一地方選挙では、候補者が走行する車の窓から手を振る、駅前で通りかかる人に挨拶する、主張を一方的に話す等が主流で、投票者との会話は少ない。また、テレビで候補者や党首がそれぞれの見解を語ることはあるが、候補者間や党首間の対話や議論はみられない。

 今回のテーマは「話し合うこと」である。話し合うことは会話であり、より深くは対話である。それは、議論や討論などに形を変えることもある。それらは、人と人が向かい合う形なのだが、選挙といった政治にかかわる場面に象徴されるように、日本とフィンランドを比べると違いが大きい。その違いについて述べていきたい。

岩竹 美加子 氏

東京生まれフィンランド在住。明治大学文学部卒業後、7年間の会社勤務を経て渡米。ペンシルべニア大学大学院民俗学部博士課程修了(Ph.D.)。早稲田大学客員准教授、ヘルシンキ大学教授等を経て、現在同大学非常勤教授(Dosentti)。著書に『フィンランドはなぜ「世界一幸せな国」になったのか』(幻冬舎新書)、『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮社)、『PTAという国家装置』(青弓社)、編訳書に『民俗学の政治性 アメリカ民俗学100年目の省察から』(未来社)

対話する姿勢を支える、メディアと教育

フィンランドの選挙風景。左:広場にはテントが並ぶ(フィンランド社民党HP) 右:多くの一般人が立候補するため、ポスターの顔写真が小さい(公共放送Yle. https://yle.fi/a/74-20035305別ウィンドウで開きます

 選挙時に限らず普段からメディアの役割にも、日本とは大きな違いが見られる。フィンランドでは、公共放送と民放の合計2局が毎朝7時から3時間前後、専門家(政治家、外交官、研究者、ジャーナリスト等)による、時事問題の話題とニュースを交互にした番組を放映している。ニュースは同じだが、時事問題のトピックと専門家は替わる。異なる見解を持つ人を招いての会話や議論で、中身も濃い。

 毎晩9時頃からは、公共放送が専門家による1時間弱の時事問題の番組を放映する。大臣や首相、国会議員、大統領、研究者など登場する顔ぶれも多様で、司会者は突っ込んだ質問を連発し、出演者はそれに答える。

 公共放送も民放も、全ての番組をリアルタイムでパソコンや携帯を通じて視聴でき、その後も数年間視聴できる。こうしたサービスは無料である。

 政治的な会話の多い環境は、政治や時事問題に対する関心を高める。また、政治や時事問題は自分とは関係のないことではなく、日々の生活と直結することとして意識されている。さらに公教育では、自分も参加し影響を与えることを小中学校の段階で教えている。その最終的な目的は民主主義を維持、発展させることで、そのためには話し合いや対話、議論が不可欠であることが強く意識されている。

夫婦問題へのカウンセリングにも違いが

 フィンランドは、政治に限らず個人の問題についても話し合いを重視する社会である。たとえば、夫婦やパートナー間で問題が生じ、解決できなくなることがある。そのためのカウンセリングには、自治体が用意するものと民間のものがあるが、どちらであっても当事者2人が一緒に受けるのが基本だ。

 カウンセリングでは相手の話を遮らずによく聞くことが求められ、話すこと以上に聞くことを意識するようになる。互いを理解するための異なる視点を得て、2人は逡巡しながら問題解決や関係修復を模索、或いは最終的に別れを選ぶ。必ずしもすぐに答えが出るわけではないが、そうしたプロセスの共有が大事なので、2人が同席しなければ意味がないと考えられている。

カウンセリングはパートナーと(イメージ)photo by iStock

 それに対し、日本では夫婦間の問題については、女性が1人でカウンセリングに行くことが多いようだ。同じような問題に悩む女性のグループカウンセリングもあって、互いの経験を聞き、語り合う。そこから、共感やサポートを得られる。また、男性を対象にしたカウンセリングもある。しかし、いずれにしても当事者2人の間の会話はなく、共有するプロセスもないことになる。

オープンダイアローグ – 患者の人権が尊重される精神科医療

 フィンランドは、オープンダイアローグ発祥の地でもある。オープンダイアローグは、その名の通り「オープンな対話」である。精神科医でユヴァスキュラ大学教授のヤーッコ・セイックラ(1953 – )が、1980年代からフィンランド北部の病院で発達させた、統合失調症など精神科医療のアプローチだ。

 オープンダイアローグは、症状を診断して入院治療や薬物治療を行う従来の治療法とは 全く異なり、患者と家族、医師、看護師、カウンセラー等、複数の人が同席して対話を進める療法である。患者がいない所では話を進めないことが特徴で、上下関係のない対等な立場で対話する。すべての情報を透明化し、患者を含めた関係者全員で共有。患者と家族も決定のプロセスに参加する。

 平等でオープンな関係での対話を続けること。患者の話をよく聞くこと。患者の人権や人格を尊重し、敬意を持って接すること。 症状を見るのではなく、全人的に捉えること。こうしたプロセスを共有しながら、状況の改善を図るアプローチである。さらにそれは、精神科医療に留まらず、ケアワークや教育、職場などでも幅広く応用できると考えられている。

フィンランドはオープンダイアローグを重視するphoto by iStock

 セイックラの著作は、日本語も含め16カ国語に翻訳されており、世界的に高い評価を得ている。最新の著書『対話で快方に向かう − しかし、なぜ』(2022年、未邦訳)は、これまでの著作の集大成でもある。

 オープンダイアローグは、最近、日本でも導入され始めているようだ。しかし、日本では長期にわたる精神病院への入院が常態化している。OECD(2021年)によると、精神病床数は33万床と世界一であり、1年以上の長期入院は16万人。特別な治療プログラムもなく、数十年にも及ぶ「社会的入院」も珍しくない。面会や日常生活の自由を奪われるケースも多い。対話だけではなく、患者の基本的人権も欠落していることが問題視されている。

ChatGPTは対話しているのか

 やや話が飛ぶが、最近日本ではChatGPTが「対話型AI(人工知能)」として話題になっている。ここで見てきたように、日本は対話の多い社会ではないのだが、AIに関しては「対話型」という表現が使われるのは興味深い。

 ChatGPTは昨年11月に公開された生成AIのサービスで、質問を入力すると自然で違和感のない文章で回答が返ってくる。文書生成能力が高いことが特徴とされる。

 ヘルシンキ大学の情報処理学教授ハンヌ・トイヴォネン(1967 – )によると、ChatGPTは人工知能とされているが、実は知能とは関係ないという。前もってインプットされた文書や情報に基づいて、次の言葉を予測する言語モデルであり、膨大な量のインプットがあるために文章が知的に見えるとしている。

 アラン・チューリング(1912〜1954)は「人工知能の父」とも呼ばれる、イギリスのコンピューターサイエンティストである。人と話しているのか、機械(電子計算機)と話しているのか、識別できなくなくなったら機械には知能(思考能力)があると言える、と1950年に論じた。トイヴォネンはそれに言及して、ChatGPTは初めから人工知能 として提示され、すまし顔で展開するもの、と評している。

 ChatGPTは、質問に即座に答えてはくるが、それだけでは対話とは呼べないだろう。また、回答に明らかな誤りがあったり、知識の不充分さが露呈されたりすることもある。

 ChatGPTによる文章は自然で人が書いたように見えるので、日本の教育現場では、それを丸写しにしたレポートや論文を学生が提出するのではないかと懸念されている。しかし、その一方で、政治の場での利用にはより寛容なようだ。

ChatGPTの可能性とは?photo by iStock

 例えば、西村康稔経済産業相は、4月の記者会見で対話型のChatGPTを将来的に国会答弁の作成に活用する可能性について、「プロセスを効率的にするにあたり、将来AIは有力な補助ツールになりうる」と述べた。

 また、河野太郎別ウィンドウで開きますデジタル相は6月のインタビューで、文章や画像などを自動作成する生成AIについて、「学習データの取り扱いに気を付ければ、霞が関の業務で使うメリットは大きい」とし、中央省庁で積極的に活用していく意向を示している。

 このように行政は積極的なようにも見えるが、生成AIや対話型AI、またIT化を進めるためには人権や平等、オープンな情報、データの民主化などが必要であることは心に留めておく必要がある。それらが不充分なまま進めようとしても無理がある。社会のあり方も、同時に変えていかなければならないだろう。

「人生観の知識」という科目

 フィンランドでは、学校教育においても対話が重視されている。それを最もよく示すのは、「人生観の知識」という科目である。聞き慣れない名前だが、日本の道徳に相当する選択科目で、小学校から高校まで提供されている。

 フィンランドの学校教育が目指す人間像は、自分自身の視点を持ち、批判的に思考し、同時に社会の一員として責任を持って行動する、良識と教養のある市民と要約できるだろう。「人生観の知識」は、そうした市民への成長をサポートする科目である。内容は分野横断的で、哲学や社会学、心理学、メディア研究、アートなどから幅広い知識と視点を提供している。

 ここでは、高校の「人生観の知識」のオンライン教科書(2022年)を見てみよう。たとえば、次のような対話のルールが挙げられている。

  • 相手を尊重する。ボディランゲージにも留意して話す
  • 自分とは反対の意見も聞き、理解に努める
  • 誰も孤立させない。意見が異なっていても全員が参加する
  • 違う意見を言う勇気を持つ
  • 個人やグループではなく、事柄や誤った行為を批判する
  • ユーモアを装った嫌がらせや差別をしない

 具体的な対話のルールとして、有用ではないだろうか。

 また、目指すのは「良い対話」である。良い対話は、「相手の話を聞くこと、相手を尊重する会話、自分の考えの根拠づけを必要とする」と説明している。さらに、人との良い対話を通じて自分は誰なのかを考え、アイデンティティを構築していくこと、さらに世界に対する知識を深めていくことが述べられている。

 ここで付け加えたいのは、フィンランドは1991年に 国連の子どもの権利条約を批准し、法律として発効していること、条約の内容を小学校でも教えていることだ。子どもの権利条約は18歳以下の子どもが持つ様々な権利と、それを守るための国家と保護者の義務を規定している。一方、日本はこの条約を1994年に批准はしたが、現実に発効しておらず、その存在も子どもに教えていない。

 自分の権利を知ることは、自己肯定感を高める。また、他人にも同じ権利があることを知り、それを尊重することが義務になる。良い対話は、そうした平等な関係の上に成立するのである。

日本の「対話的な学び」を推進するには

 日本では、文科省が「主体的・対話的で深い学び」を提唱している。「対話的な学び」については、中央教育審議会が2016年に次のような答申をしている。

 「子供同士の協働、教職員や地域の人との対話、先哲の考え方を手掛かりに考えること 等を通じ、自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているか。

 身に付けた知識や技能を定着させるとともに、物事の多面的で深い理解に至るためには、多様な表現を通じて、教職員と子供や、子供同士が対話し、それによって思考を広げ深めていくことが求められる。」

 しかし、「対話」と「対話的な学び」とは何か、そのために何が必要かは、具体的に説明されていない。

対話の多い社会に必要なもの

 以上見てきたように、現在のフィンランドは話し合いや対話の多い社会と言えるが、歴史的に常にそうだったわけではない。また一般的なレベルで、フィンランド人は話好き、おしゃべりというわけでもない。現在のような話し合いや対話の重視は、1980年代頃以降、政治や社会、教育などの分野で加速したと言えるようだ。それは、人権や平等、ウェルビーイングを求める大きな流れに伴うものであり、その一環でもあった。

対等な話し合いには何が必要かphoto by iStock

 一方、日本は話し合いや対話の多い社会とは言えない。「背中で語る」「あ、うんの呼吸」など非言語的なコミュニケーションが好まれる。言葉や人間関係も複雑だ。会話では敬語、丁寧語、謙遜語、女性語などを使い分ける必要がある。また、上下関係が強調され、幼稚園ですでに年長さんと年少さんに分けられる。大学や職場での先輩後輩関係は、一生意識される。こうした言語や社会のあり方は、対等な関係での話し合いや対話を難しくすることは否めない。

 また、フィンランドと比較して感じられるのは、人権や平等が進んでいないことだ。ここで見たように、精神科患者の権利や子どもの権利が弱い。日本弁護士連合会は、日本の人権状況は様々な分野において、国際人権(自由権)規約の求める国際人権保障の水準に達していないとし、改善を求めている。対等な話し合いや対話をするためにも、人権や平等が必要であることは、もっと認識されて良いだろう。

 話し合いや対話に関して、フィンランドから学べるのはこうしたことであると思われる。

【参照文献】

Jiji.com、霞が関でAI「利点大きい」 河野太郎デジタル相インタビュー、2023.6.23.
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023062200603&g=pol別ウィンドウで開きます

中央教育審議会、「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について」 (答申)、平成 28 年12 月21日。

日本弁護士連合会、国際人権規約の活用と個人申立制度の実現を求める宣言、1996.10.25.
https://www.nichibenren.or.jp/document/civil_liberties/year/1996/1996_4.html

日経新聞、国会答弁でチャットGPT「将来の補助ツールに」 経産相、2023.4.21.
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2110K0R20C23A4000000/

OECD、Health Statistics、2021.

Apell, Laula, Antti Kajas, et.al. eds. 2022. ET 1. Minä ja hyvä elämä (LOPS 2021). Studeo.
https://www.studeo.fi/product/et1-mina-ja-hyva-elama-lops-2021/

Seikkula, Jaakko. 2022. Dialogi parantaa – mutta miksi? Kuva ja mieli Oy.

Yle Uutiset. Mikä ihmeen Chat GPT? Nämä asiat jokaisen kannattaa ymmärtää tekoälystä, 2023.3.2.
https://yle.fi/a/74-20020160