次世代中国 一歩先の大市場を読む
「改革開放」から「共同富裕」へ
変わりゆく中国に日本はどう向き合うべきか
Text:田中 信彦
1978年から40年以上続いてきた改革開放政策によって、中国は世界第2位の経済大国に成長した。その一方、経済的な格差が広がり、成長は鈍化している。格差是正に向け、政府主導による秩序立った成長が重視されはじめている。いま中国で何が起きているのか。その中で何が歓迎され、何が歓迎されないのか。中国社会に詳しいブライトンヒューマンの田中 信彦氏に話を聞いた。
田中 信彦 氏
ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。
ハイレバレッジ経済が低迷し、所得格差は拡大したまま
鄧小平によって始められた改革開放政策は「成長がすべて」という国家戦略である。民営企業の育成を支援し、経済建設を推し進め、中国は世界第2位の経済大国になった。この成長の根底にあったのが中国の「トレード型社会」的体質である。価値の移動や交換によって利益を生む経済活動のことだ。安くつくり、物価の高いところで売れば、同じものでも高く売れる。いわば水平方向のビジネスである。
トレード型社会は、「技術の蓄積」より「短期的な経済成長」を優先する。売れるものを臨機応変にたくさんつくり、早く売る。技術や人材は外部から登用し、必要であれば積極的にM&Aも実施する。「これまでの中国における実業とは、効率よく資本を増やすこと。すなわちハイレバレッジ経済を重視してきました。これによって大企業が育ち、富める者がますます富む社会がかたちづくられました」と田中 信彦氏は話す。
2000年以降はトレード型社会の象徴である「不動産」「金融」「IT」の3本足が中国経済をけん引した。銀行の融資は不動産に集中し、国民資産の60%が不動産によって生み出された。土地売却代金は地方財政の30%を占める。大都市の住宅価格は20年で20倍に跳ね上がった。
そしてITは中国社会の骨格に深く入り込み、経済の成長とともに普及・発展していった。これには中国独自の事情が大きく影響している。日本やアメリカは社会のかたちが確立した後にインターネットやデジタル技術が普及していったが、中国は新幹線や高速道路といった社会インフラの整備とときを同じくして、インターネットやモバイルの利用が広がっていった。「この同時多発的な変化が、社会構造を根本から変えていった。この生い立ちは日本やアメリカの社会との根本的な違いです」と田中氏は述べる。
しかし、ここへきて投資・輸出・消費の「三大馬車(原動力)」に陰りが見えはじめてきた。投資効率は低下し、輸出製品は高付加価値化の立ち遅れから国際競争力が上がらない。しかもGDPは増えているのに消費が伸びない。
原因の一端が富の不均衡にある。上位1%の富裕層が全体の30%超の富を所有し、平均以下の所得で生活する人は全体の7割にのぼるという。中国は豊かになったが、同時に世界有数の経済格差の大きな国になった。「富める者は一部だけ。3本足経済が過度の集中と独占を促し、格差を助長した。一握りの企業を除き、技術の蓄積も乏しく、産業に厚みがない。ハイレバレッジ経済が限界に近づきつつある」と田中氏は指摘する。
「共同富裕」を目指し、インダストリー型社会へ転換
不均衡を是正するため、中国政府は大きな方針転換に舵を切った。2021年8月の習近平国家主席の次の発言が象徴的だ。「高すぎる所得を合理的に調節し、高所得層と企業が社会にさらに多く還元することを奨励しなければならない」。
対策が遅れれば、社会が不安定化する懸念がある。資本の分配方法を変えるため、中国は「共同富裕」というスローガンを打ち出した。これは、富める者だけが一層富む社会ではなく、中間層以下の可処分所得を増やし、社会全体を豊かにするというものだ(図1)。
重点的に取り組むのが人口の30%、約4億人を占める中間層予備軍の底上げだ。4万元から10万元(約72万円から180万円)の年間所得を2030年から35年までに倍増させる、いわば中国版の「所得倍増計画」である。広がる格差を是正するとともに、低迷している国内需要を拡大させるのが狙いだ。
この実現に向け、製造業の促進を奨励している。トレード型社会から「インダストリー型社会」への転換を目指すためだ。お手本とするのが、ドイツなどの工業立国である。「お金がお金を生む社会から、『働くこと』や『能力」を価値とする社会に変わろうとしている。個の技能を高め、技術やノウハウの蓄積を図る。国家の方針は改革開放から内需を拡大する独立自主へ移行し、無秩序な資本の拡大を抑制する方向に向かいつつあります」と田中氏は述べる(図2)。
職業高校への進学を促し、学歴より技能重視
インダストリー型社会の重要なキーワードの1つが「専精特新」である。専門的な技能を高め、イノベーションを起こすといった意味合いだ。
その一環として取り組むのが、特定分野で高い技術やシェアを持つ中小企業「小巨人」の育成支援である。中国国内の隠れたトップ企業5000社、省単位で4万社のリストを公開し、100億元(1800億から2000億円相当)の予算をつけて、こうした企業への投資・融資に力を入れている。
インダストリー型社会を目指す変革は教育にまで及ぶ。教育政策は学歴より「技能」重視にシフトしつつある。製造業を支える人材の育成を促進するためだ。普通科高校の定員を制限し、職業高校の定員を増やす。「職業高校への進学率を高めるため、学習塾への通塾や学校での宿題を禁止するといった極端な方法で過度の受験教育を抑え込んでいます」(田中氏)。
若い世代のマインドも明らかに変わってきている。お金がすべてではなく、社会のためになる仕事をする。この仕事が好きだからやる。そんなマインドを持つ若い人が増えているという。
技能を身につけ、新しいマインドを持った若い世代の活躍も目立ってきた。360度カメラ「Insta360」を開発・提供する深圳嵐ビジョンはその1つだ。機能強化や小型化、新しい撮影体験ができる新シリーズを次々と生み出し、瞬く間に360度カメラ世界市場の35%を占めるトップブランドの仲間入りを果たした。
「専門技術に特化し、その分野を極めようと技術・製品開発にまい進しています。会社の時価総額を高めて売り抜けようなどとは微塵も思っていない。こうした若い世代のマインドの変化と、新しい価値観を持つ会社の台頭は今後も注視していく必要がある」と田中氏は指摘する。
変革を進める中国に歓迎されるもの・されないものとは
技能重視の政策と併せて、中国産業界の“東高西低”を見直す動きも活発化している。これまで中国経済を牽引してきた大企業は北京、上海、深圳など東部沿岸部に多い。この偏りをなくすため、内陸や西南地方のインフラ整備を進めているのだ。仕事を求めて人口移動も顕著になってきた。
例えば、新彊ウイグル自治区のウルムチと欧州をつなぐ鉄道の輸送量はこの10年で数百倍と爆発的に増加した。ミャンマーのガス田をつなぐパイプラインも2013年に開通し、海路を使わず天然ガスを輸入できるようになった。このルートはパイプラインに続き、鉄道と道路の整備も進めている。南に目を向ければ、ラオス経由でタイのバンコク、シンガポールに伸びる鉄道輸送路が開通し、中国との陸路交易が活発になっている。
このように中国社会は共同富裕の実現に向け、大きく変わりつつある。「変革を進める中国が求めるのは、ものづくりの技術や技能、生産性向上や高付加価値化を実現する農業技術、中国企業との協力など産業基盤を強化するものです。外食・サービス・小売業、富裕層対象のサービスなど雇用を生む産業のニーズも高い。一方、社会的な影響力の強いインフラ系やメディア・芸能系産業はあまり歓迎されない」と田中氏は述べる。
インダストリー型社会を目指し、技能重視の教育で中間層の所得倍増を図る。「これはかつての日本が歩んだ経済成長の歴史と相通じるものがある。日本が協力できる部分は大きい」と話す田中氏。変革を進める中国が求めるもの・歓迎するものは何か。これを吟味し、中国との向き合い方を考えることがより重要になっている。
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