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次学び多きフィンランド 岩竹 美加子 連載

フィンランドの地下小型原子炉
~多様で持続可能なエネルギー政策のあり方~

 今年4月に、ドイツが稼働していた最後の3基の原子炉を停止したことは、日本で大きな関心を持って受け止められた。世界的に見て、原発には大きく2つの方向がある。1つはドイツのような脱原発である。

 2つ目は、フィンランドのように原発促進の立場である。現在、2箇所の原子力発電所で5基が稼働しているが、新しい原発の形として地下の小型原子炉 (SMR) の実現を急いでいる。

 原子力に加え、フィンランドでは風力や地熱などの再生可能なエネルギーの利用も進められている。ここではフィンランドの原発と、より広いエネルギー政策を概観し、そこから日本の状況を振り返ってみたい。

岩竹 美加子 氏

東京生まれフィンランド在住。明治大学文学部卒業後、7年間の会社勤務を経て渡米。ペンシルべニア大学大学院民俗学部博士課程修了(Ph.D.)。早稲田大学客員准教授、ヘルシンキ大学教授等を経て、現在同大学非常勤教授(Dosentti)。著書に『フィンランドはなぜ「世界一幸せな国」になったのか』(幻冬舎新書)、『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』(新潮社)、『PTAという国家装置』(青弓社)、編訳書に『民俗学の政治性 アメリカ民俗学100年目の省察から』(未来社)

地球温暖化への危機感とエネルギー

 フィンランドで、原発による発電が始められたのは1977年。当初から2000年代初め頃に至るまでは、反原発の声が高かった。しかし、様々な議論を経て、現在原発は肯定的に評価されている。

 その理由の1つは、急速に進む地球温暖化への危機感の共有である。石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料を燃して作られる電力は、二酸化炭素と亜酸化窒素を発生させる。それは、地球を覆って太陽の熱を閉じ込め、温室効果ガスになる。最近の世界各地での夏の猛暑は、その影響を受けたものと考えられる。一方、風力、水力、太陽光などの再生可能なエネルギー源、また原子力発電では温室効果ガスの排出がほぼゼロである。

さまざまなエネルギー技術 (画像:iStock)

 国連は、各国に対して気候温暖化に抗する具体的な対策を求めている。現在、フィンランドの発電の80%は低炭素化されているが、さらに2035年までに温室効果ガス排出をゼロにすることが目指されている。こうした中、原子力発電は安定し信頼できるエネルギー供給源であり、エネルギー自給率を効果的に高めるためにも必要とする意見が優勢になった。

 また、地下の小型原子炉 (SMR)1基で1つの市が必要とする電気をほぼ賄うことができるということもあり、都市の近くに建設するための認可手続きを軽減し、早ければ2020年代の実現を目指している。首都ヘルシンキの地下の岩窟に建設される可能性もある。

反原発から原発推進の流れ

 原発推進に変わった2つ目の理由は、何が危険かという問題である。1986年のチェルノブイリの原発爆発事故は原発の危険性を印象づけた。チェルノブイリは事故当時ソ連領だったが、現在はウクライナに位置している。ヘルシンキからは、直線にして約1300キロ。フィンランド南部は、チェルノブイリの放射能によって汚染された。

 原発事故は極めて危険だが、しっかりした安全管理と運営によって事故は予防できる。また、単発的な事故による放射能汚染の危険よりも、長期的な地球温暖化の危険の方が問題とされるようになった。長年、反原発の立場をとってきた「緑の党」も、現在は、クリーンなエネルギー源として原発を認めている。政治と世論に大きな変化が起きたのだ。

 さらに、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻と、2023年4月のフィンランドNATO加盟は、エネルギー政策の変換とロシアからの決別を加速した。フィンランドのエネルギー会社フォルタムは、60年以上にわたってソ連・ロシアから発電用の石炭や木材、天然ガス、その他のバイオマスや核燃料のウラニウムを購入し、また投資や開発などの電力事業を行ってきた。しかし、ロシアのウクライナ攻撃を受けて、2022年に一部を残してロシアから撤退した。

エネルギーの自給率、日本との違い

 原発推進の3つ目の理由は、エネルギー自給である。エネルギー自給ができると、「有事」の際にも市民生活の安全を守ることができる。それは人間の安全保障の一環として重要であることが強く意識されており、効率的にエネルギーを生産できる原発を進めるものになる。

 2020年には、国内で使う電力の53%をロシアから買っていたが、2023年1月から6月には、98%を自給することができた。また、2023年6月の電気生産量の内、55%を原子力発電から得たという。

 翻って日本の状況を見ると、地球温暖化の危機感が共有されているとは言えず、二酸化炭素排出量を減らす努力もあまり進んでいないようだ。また、エネルギー自給率は低く、2021年の自給率は13.4%である。政府は、毎年軍事費を増額しているが、有事になった際の生活のためのエネルギー供給や人々の安全についての考慮はしているだろうか。

心配な、日本のエネルギー政策 (画像:iStock)

小型原子炉 (SMR)とは

 小型原子炉は、小規模な工業プラント程の大きさで、出力が300MW未満の原発を指す。発電能力は、現在フィンランドで稼働している原発の約10%だが、電気、熱、またはその両方を生産することができる。

 小型原子炉には、いくつか特徴がある。1つは、設置場所である。発電所で電力のみを生産する場合は、電線を使った送電距離の長さは問題ではないので、居住地から離れた場所に設置できる。しかし、熱を生産する場合は、熱を損失することなく地域暖房ネットワークに繋げるために、発電所は居住地の近くになければならない。その場合、発電所を地下に置くことで、放射能からの安全性を高めることができる。

 地域暖房ネットワークは、1つの市や自治体全体のエネルギーのネットワークで、工業用と家庭用に提供され、安全で快適な生活のためのインフラとして構想されている。フィンランドでは、市や自治体全体の規模での地域暖房ネットワークはまだ進んでいないが、新築の集合住宅では実現されている。

 小型原子炉の2つ目の特徴は、工場でプレハブ工法によって生産し、出来上がった形で現場に搬入できることだ。工場での連続生産によって、発電所建設のコストを下げられるだけではなく、原子炉をそのままトラックの荷台に載せて建設現場に運べるので、建設も迅速になる。

 小型原子炉の電気出力は小さいが、必要な場合は、複数の小型原子炉を同じタービンに接続することによって、従来の原発と同様の出力を得ることもできる。もちろん、安全性には万全の注意を払う必要がある。確固とした安全・防護システムが必要であり、従来の原発と同じ法的規制を受ける。

日本で小型原子炉は作れないのか

 小型原子炉は、国内に新たなビジネスを生み出すだけでなく、新たな輸出製品にもなると考えられており、その経済的な意味も認識されている。現在、中国やフランスがその開発におけるライバルとされているが、フィンランドが地下の小型原子炉実現を急ぐのは、国際的な競争を意識しているからだろう。2020年代に実現するか、地域暖房ネットワークを構築していけるか、危険性をどうコントロールしていくか等、興味深い。

 日本も小型原子炉に関心を持ってきたが、日本が100億円以上出資したアメリカでの小型原子炉の計画が中止になったことが、 2023年11月に報じられた。小型原子炉に対する懐疑や否定的意見もあるようだ。

 また、2023年5月には老朽化した原発の運転期間を60年以上に延長する改正法が成立している。古い原発を現状のまま継続させることを選んだ日本。新しい開発に消極的な姿勢が浮かび上がる。

放射性廃棄物の処理

 小型であっても大型であっても、原発の大きな課題として放射性廃棄物がある。現在、フィンランドは地下450メートルの洞窟に放射性廃棄物の最終処分施設「オンカロ」を建設中で、2025年に完成する予定だ。オンカロは、国内2箇所にある原子力発電所の1つ、フィンランド南西部の島オルキルオトに建設中で、10万年の廃棄物保管が可能とも言われる。世界初の試みであり、新しいことに挑戦しようとする意欲が感じられる。

問題が多い放射性廃棄物の処理 (画像:iStock)

 原発にしっかりした放射性廃棄物の処理施設が必要なのは、当然のことだろう。次の世代や地球環境に配慮した持続可能な開発のためには、最後まで責任を持つ必要がある。

 一方、日本の放射性廃棄物の処理には問題が多い。2023年8月には、福島原発事故で発生した「処理水」の海洋放出が始められた。また、福島の中間貯蔵施設には、膨大な量の汚染土が保管されている。その4分の3を再利用し、残りは2045年までに県外の最終処分場に搬出する予定だが、その場所は未定だ。汚染土の一部は神奈川県に搬出され、約300の保育園や市立小中学校の庭、地表10から15センチのところに埋められている。2019年に、市民団体がその移転を求めたことが報じられた。また、2023年1月には、東京・新宿御苑の花壇に汚染土を埋める計画に対し、市民団体が環境省などに中止を求めた。

 こうした核のゴミ処理のあり方も、原発への不信感や不安、反対につながるのは、当然ではないだろうか。日本は地震国であり、巨大地震への不安も大きい。また、福島第1原発事故、東海村での原発事故(1999年)に加え、2度の原爆投下を経験している。こうした歴史的な背景からも、日本では市民の間で反原発や脱原発の意見が強いことは理解できるのだ。

風力、地熱、水素

 フィンランドは、エネルギーの完全自給のために、原発に加えて風力発電の開発にも力を入れている。現在、風力発電は電力生産量全体の10%だが、2030年までに25%に上昇させることを目指している。

 地熱が家庭のエネルギー源として普及していることは、後述したい。

 最近、よく耳にするのは水素や水素経済という言葉だ。水素 は匂いのないガスで、湖や川、海、氷河に存在する。フィンランドには天然ガス、原油、石炭などの資源はないが、水素は豊富だ。また、電気分解によって製造することもできる。水素は、それ自体がエネルギー源ではないが、原料、燃料、エネルギーキャリア、エネルギー貯蔵などに利用できる。

二酸化炭素をおさえるために、水素の利用が注目されている (画像:iStock)

 水素は二酸化炭素を排出しないので、温室効果ガス排出量をゼロにするために欧州連合が注目している。現在、欧州連合のエネルギー政策で、水素の使用量は2%弱だが、2050年までに14%に引き上げることを目標にしている。

 水素経済というのは、水素を使って回る経済・産業システムのことである。化石燃料の代わりに水素を使用することで、環境汚染の少ない社会システムを構築していくことが構想されている。

 こうしてみると、環境に配慮しつつ新しく開発、活用できるエネルギーは多様であり、フィンランドは、イノベーションや新しい開発に積極的だ。一方、日本では石油や石炭、天然ガスなどの化石燃料がエネルギーの主流であり続けている。

日常生活の中のエネルギー

 

具体的に、フィンランドの日常生活で電力やエネルギーはどう使われているのだろうか。興味深いのは、その多様性である。例えば、ヘルシンキ市などの自治体が所有する電力会社の他に複数の民間電力会社があって、異なる契約プランで競争している。ウクライナ戦争の影響で、2022年は電気代が高騰したのだが、民間企業と2年間一定の値段で契約をしていたような場合は、その影響を受けなかった。

 

また、最近「株式市場電気」という言葉をよく聞く。それは、 需要と供給の関係で価格が変動する電気を指す。リアルタイムでの電気の価格の変動は、オンラインで追うことができるので、消費者は電気会社と契約を結び、価格が下がった時に電気を使うことで電気代を節約するシステムである。

 

付け加えると、フィンランドでは自宅で使用した電気量とその値段を1時間、1日、1月、1年単位でオンラインで見ることができる。また統計局は1時間、1日、1月、1年単位で全国の電気消費量を公表している。こうした様々な情報の中から、自分の消費スタイルを選ぶことになる。

 

さらに2000年代以降は、地熱エネルギーが急速に普及した。新築の家や集合住宅では、ほぼ地熱エネルギーが使われている。また、既存の家に地熱エネルギーを引くこともできる。その工事費は、当初とても高かったのだが、最近はずっと安くなった。自宅の庭や集合住宅の共通スペースを100 〜 300メートル掘り、そこから得た地熱エネルギーを使う、または従来の電気と併用することで、長期的に電気代が安くなる。地熱エネルギーは、クリーンなエネルギーでもある。

 

自宅の屋根や庭に太陽光パネルを置いて電気を作る人もいる。余った電気は、電力会社に売ることもできる。ただし、夏は大量に電気を得られるが、冬は日照時間が少ないので、年間を通じて安定した電力は得られないが、夏の電気代を減らすことはできる。

暖炉なども使って、部屋が暖かく保たれている (画像:iStock)

 フィンランドの冬は寒いが、家の中はどこも暖かく、日本のように部屋の中は暖かくても廊下が寒いというようなことはない。薪の暖炉を併用して、視覚的な暖かさを楽しむ人も多い。また、集合住宅はセントラルヒーティングである。日本の家は寒く、屋内での凍死者も多いが、フィンランドで屋内の暖かさはウェルビーイング(健やかに生きること)の一部になっている。

 以上見てきたことから、フィンランドと日本のエネルギー政策の違いが浮かび上がる。温室効果ガス排出を減らす、地球温暖化に配慮する、持続可能な成長に転換するなどの配慮に加え、自給率を高め、人々の生活の安全や快適さにも配慮する政策が、日本でも必要ではないだろうか。

【参照文献】

朝日新聞、原発の運転期間が60年超へ 改正法が成立、福島事故後のルール変更、2023年5月31日、
https://www.asahi.com/articles/ASR5Z76JZR5TULFA010.html別ウィンドウで開きます

カナコロ、保育園・学校に埋めた放射能汚染土、移設を 横浜市に要請、2019年5月27日、
https://www.kanaloco.jp/news/social/entry-170517.html別ウィンドウで開きます

日本原子力文化財団、エネルギーの安定供給の確保、
https://www.jaero.or.jp/sogo/detail/cat-01-05.html別ウィンドウで開きます

Fortum. Pienreaktorit – ydinvoiman uusi joustava sukupolvi,
https://www.fortum.fi/tietoa-meista/energiantuotantomme/ydinvoima/pienreaktorit別ウィンドウで開きます

Kauppalehti. Suomesta tuli yllättävän nopeasti sähköomavarainen ja se alkaa viimein näkyä myös sähkön hinnassa. 2023.7.31.
https://www.kauppalehti.fi/uutiset/suomesta-tuli-yllattavan-nopeasti-sahkoomavarainen-ja-se-alkaa-viimein-nakya-myos-sahkon-hinnassa/e0094784-cf25-43bf-978d-02045df7c76e別ウィンドウで開きます