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次世代中国 田中 信彦 連載

中国で巨大蓄電池を生産するテスラ
「新エネルギー」の主戦場はEVから蓄電システムへ

 テスラのイーロン・マスクCEOが5月末、約3年ぶりに中国を訪問した。最大の狙いはテスラが大型蓄電池システムを生産するため上海に建設を予定している第2の「ギガファクトリー」への協力要請にあったとみられる。

 中国では今、EV(電気自動車)に続く投資の重点として大型蓄電システムに注目が集まっている。政府の強力な推進策によってEV産業が飛躍的に成長、競争力の中核をなすバッテリー技術は世界をリードする水準に達した。この技術力を活かし、「新エネルギー政策」の第2段階として進められているのが、全国的な蓄電ネットワークシステムの構築である(中国ではEVを「新エネルギー車」と称していることを思い出してほしい)。

 太陽光や風力など再生可能エネルギーによる発電で中国はすでに世界最大の能力を持つ。しかし、これらは季節や気象条件などによる出力の変動が大きく、電力の有効活用を可能にする蓄電システムの整備が重要なカギを握る。中国が「脱化石燃料」を実現し、国際的な自立度を高める戦略を実現するうえで、いま最も重視し、巨額の投資を進めているのが大型蓄電システムである。

 EVを「自動車」という括りでなく、総合的な再生可能エネルギー戦略の一手段として捉える発想は、中国政府とテスラに共通する。過去10年にわたる国を挙げてのEVへの大胆な投資が、国家的な「新エネルギー」戦略実現のためのステップのひとつであったことが明らかになりつつある。

 今回はこんな話をしたい。

田中 信彦 氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

テスラが開発した「持ち運び可能な“発電所”」

 イーロン・マスクCEOが中国に到着し、政府要人との会見に先立って最初に会ったのが世界最先端のバッテリー製造企業、CATL(寧徳時代新能源科技)董事長の曽毓群氏だった。会談の内容は明らかにされていないが、テスラは今年4月、上海に大型蓄電池システム「メガパック(Megapack)」を生産する新たな「ギガファクトリー」の建設計画を発表しており、それに関する議論がなされたことは間違いない。

※Megapack (テスラのウェブサイトにより)

 「メガパック」とは、一言でいえばコンテナ型の超巨大なバッテリーだ(テスラジャパンのウェブサイトhttps://www.tesla.com/ja_jp/megapack別ウィンドウで開きます。そこに大量の電気を一時的に蓄えておき、必要に応じて臨機応変に電力を供給する一種の電力供給ステーションである。あくまで電気を一時的に蓄えておくもので自ら発電はしないものの、一般家庭や事業所など需要側から見れば、機能としては従来の発電所と同じである。中国国内の報道によれば、コンテナ状のワンセットで一般家庭3600戸の1時間の電力消費がまかなえるという。

 この種の蓄電池の発想はテスラ独自のものではなく、同種の機器やシステムは従来から存在する。しかし「メガパック」の独自性は、その発想にある。電力の蓄電(外部から電力供給を受け、電気を貯める)および放電(需要家に電力を供給する)に必要な機器やソフトウェアをすべて1つのコンテナにまとめ、工場から出荷した後はそのままどこにでも運べて、どこでも簡単に設置できる。大容量が必要ならハコをたくさん並べればいい。そういう考え方でつくられている。

 すでに米国内では生産されており、多くの設置例がある。日本国内でも2021年から導入が始まっている。これを中国・上海でも生産し、世界各地への輸出拠点とするとともに、中国国内でも販売したいというのがテスラの目論見だ。商品の企画、設計、開発は米国で行い、生産は高い能力を持つ中国のリソースを活用する。EVで成功したのと同じ構図である。

再生可能エネルギー発電を全体の3分の1に

 政治の荒波をものともせず、中国の生産力を利用し、巨大市場に突入していくテスラの大胆さはすごいが、テスラがそこまでして中国と「組もう」とする、その背景にあるのが、中国政府の「新エネルギー」戦略の進化である。

 前述したように、石油や天然ガスの多くを輸入に頼る中国にとって、太陽光や風力など再生可能エネルギーの利用拡大は重要度の高い国家戦略だ。中国は国土が広く、日照時間の長い土地や長時間強い風の吹く地域もあり、再生可能エネルギーの普及には適した条件を有している。中国政府の統計によれば、2021年末の段階で再生可能エネルギーによる発電量は、国内総消費電力の13.8%に達している。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 昨年6月、中国政府が発表した「第14次5カ年再生可能エネルギー発展計画」では、2025年までに同エネルギーによる年間発電量を3兆3000億kWhに増やし、国内消費電力に占める比率を33%に引き上げる目標を掲げている。ちなみに日本の年間発電量(2021年)は8635億 kWhで、中国の計画が実現すれば、再生可能エネルギーだけで日本の総発電量の4倍近くという恐るべき規模に達する。

 この目標の達成のためには、再生可能エネルギーの発電適地が多い西北部から全国に送電するネットワークの整備が必要だ。加えて発電量が自然条件に左右される再生可能エネルギーの弱点をカバーするための大規模な蓄電設備の普及が大きなカギを握っている。現状は太陽光の強い日中に発電された大量の電気が有効に使われないまま空費されており、大型蓄電システムが広く普及すれば、大きな効果が見込める。

 蓄電システムの必要性は中国では早い時期から認識されており、2000年に決議された「第10次5カ年計画」から「南水北調(長江以南の水資源を北部へ)」、「西気東輸(内陸部の天然ガスを沿海部へ)」と並んで「東電西送(西部の電気を東部地域へ)」の各プロジェクトが続けられてきた。大規模な蓄電設備の開発や設置も、中国の国有電力会社、電機系の大型国有企業などを中心に積極的に早い時期から行われ、すでに一定の成果は出ている。

いま大規模蓄電システムが注目される理由

 それが何故いま改めて大規模蓄電システムに注目が集まり、テスラが参入する(中国政府が参入を歓迎する)状況が現出したのか。そこには、①電力需要の伸びに供給が追いつかず、電力が恒常的な逼迫状況になっている、②米中対立やウクライナ戦争などに象徴される国際環境の変化で、中国がエネルギーの自立をより急がねばならなくなった――といった状況の変化がある。

 加えて、蓄電の経済性が増したことも大きい。中国では電力需要の集中を防ぐため、電力の使用量が最も多いピーク時間帯に需要家の電力購入量の削減(ピークカット)を目指す政策を導入している。そのため多くの都市で昼と夜の電力料金の価格差が非常に大きい。地域によって異なるが、例えば広東省の珠江デルタ主要5都市の電力料金は、昼間最高が1.6652元/kWh、夜間最低が0.3206元/kWhと昼と夜で5倍もの差がある。

 そのため需要家が大型の蓄電バッテリーを設置し、料金の安い時間帯に充電した電力を料金の高い時間帯に使えば、そこに大きな経済的メリットが生まれる。これは電力会社にとっても需要のピークを削る効果があるので大歓迎というわけだ。

EVの進化が可能にした大型蓄電システム

 しかし、今回の変化が起きた最大の理由は、大型蓄電池に使われるバッテリーの価格が近年劇的に安くなったことである。その原因はEVの成長にある。過去10年あまり、事実上の「国策」によって中国ではEVの関連産業に莫大な資金が投下され、EV市場が急成長し、バッテリー関連の技術力は飛躍的に高まった。それによって過去には夢物語だった巨大な蓄電システムの普及が可能になった。

 中国政府が「新エネルギー車」の販売補助金制度を導入し、EVの本格的な普及を進め始めたのは2009年。それをきっかけに、創業時はバッテリー専業からスタートし、いまや日本でも知られる自動車メーカーの1社となったBYD(比亜迪)、世界No.1のシェアを持つ動力用バッテリー企業のCATL、欧州などで積極的な事業を展開する国軒高科(Gotion High-Tech)などの企業が育ち、中国はまたたく間に圧倒的な世界の「バッテリー大国」となった。

 この間、動力用バッテリーの性能は飛躍的に高まり、みるみるうちにサイズは小さく、航続距離は長くなり、価格は安くなって、電池の寿命は伸びた。テスラの「メガパック」もそうだが、大規模蓄電システムに使われる蓄電池とEVの車載バッテリーの原理は基本的に同じである。両者の性能要求は異なるので、例えばテスラは独自のAIを活用したインテリジェントな蓄電池用エネルギー管理システムを開発、電力需要と供給をリアルタイムで最適化するといった工夫はしているが、要は高性能なリチウムイオン電池の巨大な集合体であることに変わりはない。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 リチウムイオン電池の性能対価格比が劇的に向上したことで、従来に比べてはるかに低い価格で大型の蓄電用電池が生産できるようになった。このことは前述したように再生可能エネルギーの普及に大きなメリットとなる。加えて近年、EVの販売台数の伸びがやや減速してきたことで、バッテリー企業の生産キャパシティに余裕が出てきている。このことが動力用だけでなく大規模蓄電池向けのバッテリーを生産する動機にもなっている。

 巨大な中国国内市場に加え、中国の生産能力をベースにした世界各国への輸出も加えれば、大型蓄電システム向けのバッテリー市場規模はEV向けを大きく上回るとみられている。

ファーウェイはサウジ、トルコに世界最大級の蓄電システムを構築

 テスラが上海に「メガパック」の工場を建設し、大規模蓄電システムの本格的なグローバル展開のバネにしようとしているのに対し、中国企業のファーウェイ(華為科技、Huawei Technologies)も同様の構想を持ってすでに世界各地で事業を進めている。テスラの「メガパック」に相当するのが同社の「FusionSolar」で、高性能な大型バッテリーと高度な制御技術を活用し、蓄電システムを各地で構築している。

 ファーウェイはサウジアラビアで、中国の建設会社と組んで世界最大級の蓄電設備を受注した。サウジ政府は同国西部タブック州の「紅海ニューシティ」プロジェクトで、100%カーボンニュートラルを実現する「中東の未来都市」の建設を計画。その一環で大規模な蓄電システムの導入を決定した。そこで採用されたのがファーウェイの蓄電システムである(ファーウェイ公式YouTube、https://youtu.be/OBLeVJHMeuQ別ウィンドウで開きます)。2021年10月、アラブ首長国連邦のドバイで正式調印された。同社が手がけるのは出力400MW、蓄電容量1300MWhの超大型リチウムイオン蓄電池で、この種の蓄電システムとしては世界最大クラスという。

 また今年2月には同社はトルコでさらに大きい蓄電容量2000MWhの大規模蓄電システムの構築を受注したと報道されている。世界各地で大型の蓄電システムの構築が次々と進んでいることがうかがえる。

実は似ている?テスラとファーウェイ

 日本ではファーウェイはスマートフォンや通信機器企業のイメージが強く、大規模蓄電システムには意外感があるかもしれない。実は同社のバッテリー技術は、基幹事業である携帯基地局を安定稼働させる電源として培われてきたものだ。同社は2000年代から3G、4G、5Gと携帯基地局を中核とする通信インフラ事業を世界中で展開してきた。今も世界有数のシェアを持つ。

 ファーウェイの強みは、総合的なシステムの統合力と運用力にある。高速な5G回線で億単位のユーザーをつなぎ、豊富なデータをもとに自前のクラウドコンピューティングを基盤に、顧客に最適なサービスを提供。自動車メーカーと協業し、自社開発のインテリジェント運転支援システムを搭載したEVも発売しており、早くから自前の自動運転技術にも取り組んでいる。そして携帯電話の基地局事業の技術を活かし、都市の情報通信インフラ建設にも豊富な実績があり、大規模蓄電システムはその延長線上にある。

 こうしてみると、ファーウェイの事業構造はテスラと似ていると言えなくもない。テスラはEVのイメージが強いが、イーロン・マスクCEOは「テスラの事業目的は持続可能なエネルギーへの移行を促進することにある」という趣旨のことをしばしば語っている。社会的な課題の解決を掲げ、その実現のために、豊富なユーザーのデータを基盤に多種多様なソリューションを繰り出していくという点で両社には相通じるところがある。EVも蓄電池も目的達成のための方法論のひとつということだ。そして再生可能エネルギーの普及という全地球的な課題の解決に向けて、ともにグローバルな規模で動き始めている。

EVは「新エネルギー政策」の前奏曲

 このように、中国の「新エネルギー政策」はEVの普及という第一段階をクリアし、主戦場は大規模な蓄電システムの構築を中心とした再生可能エネルギーの本格的な導入に移りつつある。中国におけるEVは、さしずめ「新エネルギー政策」の前奏曲といった位置づけだろうか。

※資料画像。本文の内容とは関係ありません

 日本では「EVかガソリン車か」という枠組みでEVのメリット、デメリットを論じる傾向が強い。しかし、日本国内で「EVの是非」を論じているうちに、中国はEVの進化をバネに、さっさと次のフェイズに行ってしまった感がある。

 中国政府のEV普及政策には確かに強引な面があり、中国国内でも議論がないわけではない。しかし、そうした力ずくの産業政策、そしてそれに呼応する民間の旺盛な参入と激しい競争が、結果として技術の急速な進化を産み、中国社会、さらにはグローバル経済に新たな局面を切り開きつつあることは否定できない。

「とにかく行動する」ことの意味

 中国政府にしても、最初から今のような成果が出ることを読んで政策を実行したわけではないだろう。しかし、官民ががむしゃらになってEVに取り組むうち、さまざまな知識や経験が蓄積され、革新的な大型の蓄電池という新たな地平が現れてきた。

 そこで改めて感じるのは、「行動すること」の重要性だ。「やるべきかどうか」「どうやるべきか」。その種の議論の持つ意義は否定しないが、ものごとの是非を延々と議論するより、とにかく行動する。やってみる。それで事態は初めて前に進む。行動してみなければ「カイゼン」は不可能だ。EVやバッテリー関連技術の領域で中国と日本の成長力の差を産んだのは「失敗や無駄を恐れず、とにかく行動するかどうか」だと思う。

 EVにせよ、再生可能エネルギーの活用にせよ、世界的にみても早い時期から「やるべきだ」と考え、先進的な取り組みを始めながら、遅々として導入が進まない日本の状況を思う時、中国の政府と民間が生み出すダイナミズムに感嘆を禁じえない。