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「未来想像」から見えてきた新たな教育のかたち
――NEC未来創造会議・共創レポート

 NECが2017年に開始したNEC未来創造プロジェクトが、高校で“授業”を受け持つことになった。今秋に東京女子学園の「未来創造コース・国際教養コース」に向けて行われたその授業は、生徒たちが自分たちの求める未来を構想するもの。いわゆる高校の授業とは異なる形式からなるこのプログラムは生徒たちを強く刺激すると同時に、教員やNEC未来創造プロジェクトメンバーをも刺激した。その実践からは、これからのあるべき教育の形が見えてきた。

全6回の新たな授業

 「教師も生徒もふだんは目の前の仕事や勉強に意識が向きがちですが、今回の授業を通じて一歩立ち止まって未来を考えることができるのはいい経験でした。学校で学んだことが社会に出たときにどう活きてくるのか、これまで以上に学校教育のなかで意識する必要があるなと感じます」

 NECが東京女子学園「未来創造コース・国際教養コース」に向けて行なった授業を振り返り、同校の教員を務める立原寿亮氏はそう語った。2020年から同校に新設された未来創造コースは、イノベーションが必要となる社会を前提に、新しい価値を生み出すために何が必要か生徒に考える機会を提供するもの。NEC未来創造プロジェクトは設立前から同コースに携わっており、今秋には「未来想像(Imagination)」をテーマとして講義やワークショップなどさまざまな形式からなる全6回の授業を実施した。

 今回の授業は、6回を通じて生徒自身がみずからの進む未来を構想する力を身につけることを目的としている。各回ではNEC未来創造プロジェクトメンバーが中心となって授業を進め、未来を考えることはいかなることなのか生徒に語っていった。第1回では「自分の思考の枠を外して考えること」を実践する手法を説明し、第2回では「社会課題に対する人の取り組み」を紹介、第3回では「デジタルは強力だが、議題解決手段の1つ」というメッセージのもと、AIをはじめとする先端的な技術の可能性のみならず危険性についても説明する。

一人ひとりが黙々と課題に向き合っている

 なかでも第4回〜第6回に行なわれたワークショップ形式の授業は、生徒のみならず教員を刺激するとともに、NEC未来創造プロジェクトへも大きなフィードバックをもたらした。第4回では2017年から始まったNEC未来創造会議の議論を経て生まれたアイデアや気づきをカード形式でまとめた「HiNT for 2050」を使い、生徒たちが「なっていてほしい3枚」と「なっていてほしくない3枚」を選出。ありえるかもしれない未来を描いたHiNT for 2050には、「遠隔でも「五感」を共有できる時代」(松島倫明)や「世界中のAIがつながりコラボするネットワーク」(ケヴィン・ケリー)など、直接的に先端技術にかかわるものからそうでないものまで、さまざまな未来像がまとめられている。生徒たちは自分がどのような未来を選んだのか発表し、そこから何を感じたのか一人ひとり語っていった。

今回の授業全体の設計を担当したプロジェクトメンバーの福田 裕希

 続く第5回では、第4回のワークショップをもとにグループに分かれ、自分たちにとってのありたい未来が他者へどう働きかけるのかを議論した。次世代型ライブ配信システムからフードロスのなくなる社会、電子民主主義など、生徒たちの議論からは高校1年生とは思えぬほど多様なアイデアが飛び出す。最後の第6回では、ここまでのグループワークを踏まえて、「こうなっていてほしい未来と、その未来に向けて自分がやっていきたいこと」をそれぞれが考え発表。経済成長やSDGs、先端テクノロジーといった既存の視点にしばられず生徒たちが自由に未来を構想することで授業は締めくくられた。

コロナ禍もあり実際に学生たちが会えるようになったのは最近のことだという

想像することで変わること

 全6回の授業を通じて生徒たちが考え出した“未来”は実に多彩だ。テクノロジーによって彩られた便利で快適な未来を喧伝する企業も少なくないなか、学生たちは「豊かな森の多い未来」や「誰もがアーティストとして生きる未来」、「あらゆる病気が根絶された未来」など、必ずしも技術開発を加速させるだけではたどり着けない未来像を提示する。

 しかし、必ずしもそれらは自由で夢に満ち溢れたものばかりではない。「No偏差値社会」を目指そうとする一方でいまの社会が偏差値を重視することをいったん受け入れようとする生徒もいれば、新たな体験を生み出す次世代型デバイスの登場を期待すると同時に、自分がその実現に対して何ができるかはわからないと語る生徒もいる。生徒たちはこうありたい未来を夢想しつつも、現実との間で揺れ動いてもいる。こうして、生徒たちは授業を経て少なからず変化したようだ。

 「中学生のころからSDGsに関する授業があってAIとの共存について調べていたのですが、これまでは知識も経験もなく深いところまで考えていませんでした。NECさんとの授業でAIの知識を得られたのはもちろんのこと、どう共存するかについてみんなで話すことができるような機会がもらえたことは刺激的な経験でした」

 とある学生はそう語り、新たな知識を得られたことでより一層技術への理解が深まったことを明かす。別の生徒は、授業を通じて他者との関係性も変わっていったと語った。

グループワークでは各グループにプロジェクトメンバーも同席した

 「中学生から高校生に変わるときは考え方が変わる時期でもありますが、コロナウイルスによって会えない時間が長かったのでみんながどんな考えをもっているのかわからなくて。でも今回の授業は与えられたテーマについて調べてまとめるだけでなく、それぞれが考えたことを発表する場があったことでみんなの考え方を知れました。昔から知っている子の変化もわかり、知らない子との接し方もわかるようになりました」

 どのような未来になっていてほしいか語り合うことは、自分がどう変わりたいか語ることであり、他者や世界にどう変わってほしいか語ることでもある。それは日ごろのおしゃべり以上にそれぞれの人となりについて教えてくれるだろう。また別の学生は、「授業を通じていろいろなことを考えるようになり、家族とのコミュニケーションも増えた気がします」と語る。未来を考えることで、自分との、友人との、家族との向き合い方が変わっていく。それは、NEC未来創造プロジェクトによる授業が単に先端的な技術や未来的なアイデアを紹介するだけでなく、学生たちの変化を促すものでもあったことを示している。今回の授業は「未来想像(Imagination)」がテーマとして掲げられていたが、想像するだけで十分に現実は変わっていくのだ。

「HiNT for 2050」を使った授業を担当したプロジェクトメンバーの福田 浩一

教える/教えられるの外側へ

 授業を通じて変わったのは、生徒だけではない。NEC未来創造プロジェクトメンバーの一人は次のように語り、生徒たちから教わる/学ぶことが多かったことを明かす。

 「わたしたちからしても、想像以上の驚きがありました。生徒さんは自分たちにない視点をもっていて、こちらで議論するだけでは出てこなかった意見が飛び出してくる。わたしたちはテクノロジーで人々の生活を便利にすることを考えてきたけれど、『“おふくろの味”を忘れてはいけない』とか、むしろいまの若い人々は何かが失われていくことを危惧しているような気がします」

生徒たちは、この授業を経てさまざまな変化が生まれたと語る

 また別のメンバーは「高校1年生とか社会人とか立場なんて関係ないんだなと。教育って一方的に教師が生徒に教えるものではなくて、フラットな関係のなかで行われるものなのだと気付かされました」と語る。受験勉強をはじめしばしば学校教育とは、与えられた知識を自分のなかに詰め込んでいくものだと考えられがちだが、本来は双方向的なものだ。教える/教えられるという関係の外側に出ることでこそ、教育の真価が発揮されるともいえる。この授業の展望を問われた立原氏は、次のように語った。

 「さまざまな面で可能性を感じました。まず第一に、授業を通じて生徒の“言葉”が増えたと思います。結局は自分の言葉で語れるようにならないと何かを学んだとは言えないわけで、6回の授業を通じて発表したりポートフォリオを書いたりするなかで生徒たちに多くのフィードバックがあったのかなと。前半は“想像”をテーマにしていたとおり、考える方法を身につけていけたように思います」

 同時に、立原氏は教員をはじめとする大人が果たすべき責任も可視化されたのではないかと続ける。生徒たちが未来について考えるなかで見つかった現代社会の課題を解決するのは、いまの時代を生きる大人たちの役目でもあるからだ。

東京女子学園の立原 寿亮 氏は、昨年から引き続き本プロジェクトを牽引している

 「社会に出ていくうえで、生徒たちはアクションをおこすための方法も学ばねばなりません。その結果、生徒たちが大人になったときに新しい価値を社会に生み出していくことができると、持続可能な世界も実現できるように思います。ただ、今回のプレゼンを通じて生徒たちの意思を聴いてしまった以上、大人たちはその可能性や展望の芽を潰すことなく社会へ実装していかねばなりません。われわれは生徒たちよりも少し早く社会のことを知ってしまったからこそ、われわれが社会にメッセージを発信したり課題を具体的に解決したりすることが今後の目標・責任にもなってくるはずです」

 NEC未来創造プロジェクトによる授業は今後も継続予定だ。次年度においては「未来想像(Imagination)」ではなく「未来創造(Creation)」をテーマに、より具体的に社会へ働きかけていく方法を学べるプログラムを準備しているという。NEC未来創造プロジェクトが何か決まった未来の“正解”を探すのではなく、むしろさまざまな立場の人々との議論を通じてお互いの未来像や社会像に変化を促すようなものだったように、この授業もまた、学生はもちろんのこと、そこに携わる人々すべてに学びと変化を促す装置として、これからも機能していくのかもしれない。