2019年10月24日
「シムシティ」で生まれ変わる。ゲームと高校生が示すまちづくり
~NEC未来創造会議・共創レポート~
宮崎県小林市では、「高校生」がシミュレーションゲーム「シムシティ」を使って「まちづくり」に取り組んでいる。前代未聞のこの取り組みは、じつはNECが2017年度から始めた「NEC未来創造会議」と大きく共鳴している部分がある。今回、同市の取り組みに迫るため、NECの未来創造プロジェクトは小林市と宮崎県立小林秀峰高等学校を訪問。それぞれの取り組みを紹介しあうだけでなく、高校生と共創ワークショップを実施することで「NEC未来創造会議」の新たな可能性も見えてきた。
「ゲーム」という名の「未来デザインツール」
観光資源の開発や企業誘致、インバウンドマーケティングにふるさと納税の推進。あるいは高齢者への手厚い福祉や未来を見据えた自然保護。地方自治体の「まちづくり」は近年ますます多様化が進んでいるが、いま「高校生」が「ゲーム」でまちづくりに携わったことで注目されている地方都市がある。
それが宮崎県南西部、小林市だ。霧島山のふもとに位置し豊かな自然に囲まれた同市は、宮崎県立小林秀峰高等学校と連携し2018年から「シムシティ課」なるプロジェクトを開始した。これはプレイヤーが市長となって都市の運営を行なうスマートフォン向けゲーム「シムシティ ビルドイット」を”高校の授業”で活用するという全国初の取り組みである。
「シムシティ課」は一見突飛な取り組みにも思えるが、NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」ともその姿勢は共通している。「シムシティ」によって仮想空間を活用しながらまちづくりを行なうこのプロジェクトは、まさに「NEC未来創造会議」がこれからの社会をつくるうえで重要だと捉えている「複合現実による未来デザイン」というアプローチの実践例にほかならないからだ。
さらに、シムシティシリーズの開発者のひとりであるダニエル・ゴールドマン氏は2018年度の「NEC未来創造会議」参加メンバーでもある。同氏が2018年度の有識者会議で「(シムシティシリーズは)市民のための街をプログラムしている」と語ってもいるように、シムシティは単なる「ゲーム」にあらず、これからの社会をつくる「未来デザインツール」といえるはずだ。
やらない理由ではなく、できる理由
「もちろん最初は、なぜ行政が”ゲーム”を使う必要があるのか疑問でした。シムシティの存在は知っていましたが、未来のまちづくりとこのゲームがなぜつながるかもわからなかった。ゲームは”バーチャル”でまちづくりは”リアル”、まったくの別物に思えたんです」
小林市で同事業を担当する吉丸 典宏氏は、本プロジェクトの立ち上げを振り返りそう語る。近年ゲームは多様化しているとはいえ、まだまだ「ゲーム=遊び」と考えられることが多いのも事実。シムシティシリーズを開発するアメリカのエレクトロニック・アーツ社から提案を受けた小林市が困惑したのも無理はないだろう。しかし、同市はそこで固定観念に縛られなかった。
「ただ否定するのではなく、高校生とこの企画に取り組むならどんな目的が設定できるのか考えてみました。何より、楽しそうな取り組みでしたから」と吉丸氏は語り、まず3つの目的を設定したことを明かした。まちづくりに対する関心を高めること、小林市への愛着を育むこと、そして社会人と触れ合う機会を提供すること──この3つの目的を果たすべく、「シムシティ課」は誕生したのだという。
とはいえ、行政機関や教育機関が「ゲーム」を施策に取り入れるハードルは高い。秀峰高校で同プロジェクトを担当した教員の瀧口 尚志氏は「スマートフォンを授業で活用するのは初めてでした」と語るように、そもそもスマートフォンの校内への持ち込み自体が普段は禁じられているのだ。しかし、思いのほかプロジェクトの実施はスムーズに決まったのだと吉丸氏は語る。
「まず挑戦しようという空気が市役所のなかにあったんです。なにより、進学や就職で小林市を離れる多くの高校生に自分たちが住んでいるまちと向き合ってもらいたくて、”やらない理由”ではなく”できる理由”を探したかった。じつは複数の自治体に声がかかっていたらしいのですが、ぼくらの回答が一番早かったそうです」
かくして、人口45,000人の地方都市に日本一先進的といえるプロジェクトが誕生したのであった。
ゲームは「生徒」と「リアル」を変える
「シムシティ課」において、秀峰高校の生徒たちは授業の一環としてシムシティで「理想の小林市」をデザインしていく。単に理想の未来を描くだけではない。そこで想定される課題を検証し、解決方法まで生徒たち自身が考えなければならない。こうしたプロセスを通じて、生徒たちは「まちづくり」を身近なものと感じ、小林市への愛着を確かなものにする。
「ゲーム」を活用した効果は、想像以上に大きかった。「子どもたちにとってすごくいい”入り口”になったと思います」と吉丸氏が振り返るとおり、ゲームにすることでまちづくりが「楽しい」ものになったのだ。瀧口氏も「普通の授業で生徒たちに小林市のまちづくりを呼びかけてもなかなか進まない。でもシムシティならみんな進んで考えるようになる」と語る。なかには自分のスマートフォンにゲームをインストールし、教員の”レベル”をすぐに追い抜いてしまうほど「まちづくり」を楽しんだ生徒もいたという。
さらには、シムシティを使っていくなかで生徒がまちを見る「目線」も変わっていった。これまでは見落としていたであろうまちのディテールに生徒たちが目を向けるようになったのだ。
「生徒たちは、普段の生活のなかでも街をよく見るようになりました。『マンホールにはコスモスの絵が描いてあるんですね』と言ってくる生徒もいて。生まれてからずっとこの街に住んでいたら見落としていたような部分まで意識するようになっていったんです」
瀧口氏がそう語ると、吉丸氏もうなずき「潜在的に意識していたものが顕在化したのだと思います」と語る。シムシティのようなゲームは、しばしばバーチャル空間上のシミュレーションばかり注目されがちだが、むしろリアルな空間との向き合い方を変えてしまうことにこそ真価があるのかもしれない。こうした変化を通じて、生徒たちの思い描く「小林市の未来」「理想の小林市」も変化していったことは言うまでもないだろう。
未来の「想像」から「創造」へ
「どうすれば小林市が賑わうのか考えさせると、以前は『大きなショッピングセンターをつくればすべて解決する』と答える生徒が少なくなかったんです。でもシムシティを使うようになってからは、小林市の魅力を引き出すには”田舎”の魅力を活用すべきなど、以前より建設的なアイデアが生徒から出てくるようになりました」
そう瀧口氏が語るように、シムシティ課はバーチャル空間を通じてリアル空間の解像度を高め、風景のみならず社会の仕組みや小林市の置かれている状況を生徒たちに再認識させた。吉丸氏も「自分がまちの”長”になることで、初めてまちの仕組みが見えたのかもしれません」と語る。シムシティでは市民からさまざまな苦情が寄せられ、市民の”満足度”が下がると税収も下がる。生徒のなかにはでたらめなまちづくりを行なって苦労した者もいるという。何度も挑戦と失敗と繰り返せるゲームだからこそ可能な「教育」があることを、シムシティ課は教えてくれる。
もちろん、小林市と秀峰高校が豊かな関係を育んできたからこそ今回の成功が生まれていることを忘れてはならない。5年前から二者がさまざまな取り組みに挑戦してきたからこそ、「シムシティ課」という従来の常識やルールに捉われない取り組みが実現したのだ。その実行力の根底にあるのは二者に共通した「楽しい」という感情を重視する姿勢だろう。吉丸氏も瀧口氏も、プロジェクトについて語るときは幾度となく「楽しそうだから」「楽しかった」と口にする。経験がないことをいとわず未知の楽しさを重視してきたからこそ、魅力的なプロジェクトが実現したのかもしれない。
今回の訪問を通じて明らかになったのは「未来シミュレーションツール」の有効性だけではない。単にゲームをまちづくりに取り入れる先進性ではなく、こうした前代未聞の挑戦さえも”楽しめる”教育機関と行政の「豊かさ」こそが小林市のもつ価値であることが明らかにされたといえよう。”ウェルビーイング”そのものを体現する雰囲気が、確かにそこにはあった。
高校生が考える未来の豊かさ ~有識者発言カードを用いたワークショップ~
今回の共創ワークショップは、秀峰高校の生徒たちと授業形式で行なわれた。これまでのNEC未来創造会議のなかから生まれた有識者の考えやアイデアを引用してまとめた「有識者発言カード」をもとに「未来の豊かさ(ウェルビーイング)」を考え、おのおのが理想とする未来の実現のために不可欠な体験・経験について生徒同士で議論した。
授業を終えた生徒からは「有識者発言カードの言葉は難しかったけど、身近なことが書かれているカードもあって楽しく考えることができた」など有識者発言カードへの”共感”や”感化”の声が多くあがり、議論は途切れることなく白熱。生徒たちは有識者の考えを柔軟に取り入れ、未来を自分事として捉え、自身の思考を発展させていった。授業を終えた瀧口氏は「予想以上の盛り上がりでした。じつは難しくてみんな黙ってしまうんじゃないかなと心配していたんです」と安堵の表情を浮かべた。
どんなカードが印象に残ったか尋ねられた生徒のひとりは、次のように答えた。「『AIと人の役割分担、非効率こそが創造性か』と書かれていたカードです。人間は自分たちの力だけではできないことがたくさんある。一方で、不備が出ないAIもありえないと思う。人間とAIがお互いに協力していけば、よりよい未来になっていくのだと思いました」。もしかすると、10代の高校生の方が大人よりも柔軟に未来を捉えていけるのかもしれない。
大人の心配をよそに、シンギュラリティの時代を第一線で担う彼らは、来たる未来を柔和に受け入れ、AIと人が協調した未来を思い描いていた。議論中もつねに明るく輝いている生徒の表情は、「NEC未来創造会議は、大人だけのものではない」と、教えてくれているかのようだった。
新たな関係が新たなチャレンジを生む
今回の共創ワークショップの最後には、NECの未来創造プロジェクトが「スポーツ指導におけるデジタル技術の活用」という新たなアクションの構想を提示し、意見交換も行なわれた。
NECは2020年の国際的なスポーツイベントにむけてさまざまな取り組みを進めており、この構想もそのひとつ。従来スポーツは選手と指導者が同じ場所にいなければ指導が難しかった。
しかし、この取り組みはIoT技術を活用した姿勢やフォームセンシングなどにより、属人的な経験やノウハウに依存しないスポーツ技術の指導やケガの予防を目指している。それはスポーツ界における慢性的な指導者不足、部活動による教諭の負担軽減、アスリートのセカンドキャリアといった社会課題の解決に向けにNECの技術を活用する取り組みでもある。
この構想を聞いた瀧口氏は、「面白い。うちの学校でもぜひ広めたいです」と強い興味を示す。とくに地方都市の学校では人材に限りがあるため、自身が経験のないスポーツの部活動に携わらねばならない教員も少なくないのだという。こうした問題は今までほかの学校と合同練習を開くようなかたちでしかこれまでは解決できなかった。しかしこの構想が実現すれば、新たな部活動のあり方も提起されうるだろう。デジタル技術を活用すれば、プロ指導者のように高い水準の教育を生徒たちが受けられる可能性もある。
これまでの小林市と秀峰高校の実践が「シムシティ課」という新たな実践を可能にしたように、ひとつのアクションを起こすことは新たなアクションを呼び込んでいく。吉丸氏は「NECとの共創ワークショップも当初はまったく予想していなかったことです」と笑うが、それは小林市が新たな挑戦によって新たな可能性を切り開いている証左でもある。
新しい計画を実行に移せば、新しい関係が生まれる。新しい関係が生まれれば、新しい価値が生まれる。3年目を迎えた「NEC未来創造会議」も、業種や世代を超えた共創を加速させ、未来を「想像」する会議から、未来を「創造」する活動へ大きく変わろうとしている。