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2019年09月19日

“未来からの留学生”との交差。東京女子学園とNECが挑む、学校教育という「未来創造」
~NEC未来創造会議・共創レポート~

 東京都港区芝。東京タワーを臨み、屈指のビジネス街としても知られるこのエリアに、創立100年を超える東京女子学園 中学校・高等学校がある。ちょうどNEC本社の目の前に位置する同校は、明治時代に活躍した教育者・棚橋絢子が中心となって女子教育の推進を目指し、1903年に創立。中等教育(中学校、高校)を提供しながら、進学だけを見据えるのではなく、「ライフマネジメント」・「キャリアワークショップ」など新しい試みを通じ、いま必要な学校教育のあり方を常に模索してきた。

田町駅と三田駅にほど近い東京女子学園は、国際空港からのアクセスも容易。海外留学などのプログラムにも力を入れていることで知られる

 そんな同校には、2020年から「未来創造コース」が新設される。イノベーションが必要となる社会を前提に、新しい価値を生み出すために何が必要か、企業とのコラボレーションを通じて生徒に考える機会を提供する。実はこのコースの授業の一部を、NEC未来創造プロジェクトが提供する。2019年8月下旬、学校説明会と合わせて体験授業が開かれた。

東京女子学園で広報部長をつとめる立原寿亮氏。英語を教えながら、吹奏楽部の顧問も務める。今回の取り組みは立原氏がNEC未来創造会議のWebサイトに問い合わせたことからはじまった

教科書にないことを「学ぶ」「教えあう」ために

 そもそも、なぜ東京女子学園に「未来創造コース」なるものが生まれることになったのか。同校で英語教員として教鞭をとりながら広報部長も務め、NEC未来創造プロジェクトとともに今回の試みを企画する立原寿亮氏は、その背景をこう語る。「点数の上限が決まっているテストは、もはや現代に適しているとは思えないですよね。一通りの答えを覚えれば通用するような時代ではもはやない。ゼロからイチの価値を生み出し、それを大きく拡げる力こそが求められているはずです」

東京女子学園の教育理念は各教室に掲げられている。100年以上前の言葉が、いま新しい意味をもって生徒・教員の指針となっている

 劇的なスピードで変わっていく社会、そして予測不可能な未来にむけて、同校の「人の中なる人となれ」という教育理念の捉え方や、学校教育の在り方を見直す必要があるのだと立原氏は言う。「医者、弁護士になれば将来は安心」というような考え方や偏差値至上主義そのものが古くなりつつあるいま、「人間が生み出す価値とは何か?」という問いに向き合う必要がある。

 「これからの時代は、社会もネットワークのように複雑に繋がり合います。そのなかで価値を創造する人とは、さまざまな事に興味を持ち続け、困った時には知恵を組み合わせて困難を突破できる、“知的体力を備えた人材”です。そして真にライフキャリアを築くためには、『いい会社に入りさえすればよい』という就“社”の考え方ではとても実現できません。学生の頃からやりたい事を見つけて、真の意味での就“職”を行うことが大切です。常に未来や社会への繋がりを意識して、学生の頃から自律的に学ぶことで、自己“未来”肯定感を育んでいきたいと考えています」と続けた。

 そして、「人工知能(AI)が人間の職を奪うのではないか?」という議論がテレビなどのマスメディアでも盛んに取り上げられるようになった昨今の状況において、「大人がいまやっている仕事がなくなるとすると、子どもは不安ですよね。ロールモデルがなくなるわけですから。ただ、何かを目標にして学ぶこと自体が古くなっているのではないか?という仮説が本学のなかでは生まれつつあります。型をつくったり知識を得るために、何かを真似ることは大切ですが、新しい生き方をゼロから考えることの方が、これからの時代には重要になってくるかもしれない」と立原氏は語った。

東京女子学園は、SDGsなどの新しい社会課題を通じて生徒にライフ(人生)とキャリア(仕事)を考える試みを続けてきた

 ただ、単なる知識ではない「生き方」をどう生徒に伝えればいいのだろう? 「AIとどう向き合うべきか?」という問いには、唯一の答えなど存在しない。教師から生徒への一方通行のコミュニケーションでは、不十分だろう。今回NEC未来創造プロジェクトのメンバーと立原氏は、ゼロから設計し、グループワークを交えた体験授業を生み出した。そんな創造のための学校教育を目指す東京女子学園の試みは、「思い切った挑戦」であることを立原氏は隠さない。「どの教科書にも載っていないことを教えないといけないわけですよね。正直なところ、学校、教師ができることは多くはないかもしれません。それでも、卒業した生徒は一人で歩いていくわけです。スキルセットだけではなく、マインドセットを伝えるということが、学校教育の場には求められている。だからこそ、企業とのコラボレーションなどで外向きに世界を開いていかないといけないのです」

NECの未来創造プロジェクトメンバーが講師をつとめた体験授業の様子。白熱した議論のすえ、時間は延長された

AIが生みだす「笑顔」を想像する

 そんな東京女子学園による試みの第一歩となる体験授業は、NEC未来創造プロジェクトのメンバーにとっても新しいチャレンジとなった。今回の聞き手は、東京女子学園を志望する小学生、中学生。多くの参加者たちにとっては、AIと正面から向き合う初めての機会となっただろう。

 体験授業のテーマは『AIを使って、周りの人びとが笑顔になる世界を考える』。まずNECが、AIに関する基礎知識や、現在人類が直面する社会課題とそれを解決するための目標(SDGsなど)をレクチャー。その後、4~5人でテーブルごとにグループワークを実施。東京女子学園の在校生1名ずつが「先輩」としてテーブルでの議論をリードしながら、NEC未来創造プロジェクトのメンバーが各テーブルを回った。

体験授業の様子。生徒たちは、iPadや社会課題カードをつかいながら、AIについて学び、議論した

 例えば、レクチャーのなかで触れられたのは、フードロスの問題を解決するためにAIを活用する事例。「日本で捨てられている食事の量は、食べられている量の三分の一」という身の回りにある事実を通じて、社会課題の大きさを伝えながら、食料廃棄を減らすために、スーパーマーケットなどでの需要を予想するNECの取組みが紹介された。さらに、テーブルごとに配布されたタブレット型端末を利用して、AIが行なう食料需要予想をシュミレーションするゲームを体験。子どもたちは、楽しみながらAIがもつ可能性に触れた。

 社会課題とAIに関する理解を深めたのち、参加した生徒それぞれが取り組んだのは、「誰を笑顔にしたいか?」、「どんなAIが必要か?」を考えるグループワーク。すでにゲームなどを通じて打ち解けたテーブルでは、体験授業とは思えない活発な議論が巻き起こる。気候変動、医療福祉……。そんな現状の課題をいかにAIが解決してくれるのか? 「気候変動を予測するAIがもっと普及すれば、世の中の災害を防げるかもしれないと思った」、「ランニング中に健康状態を見守ってくれるAIがあればいい」。子どもたちの想像力は、これから生まれるべき未来のかたちを実にしなやかに描きだした。

質問に答えてくれた在校生。普段からiPadを活用するという

「効率化とハッピーは違う」 シンギュラリティにむけて、大人へのリクエスト

 体験授業を手伝ってくれた東京女子学園の生徒に話を聞くと、スマートフォンの存在が当たり前な時代を生きている生徒たちの意外な側面が見えてきた。デジタルネイティブと呼べる彼女たちにとって、インターネット上とリアルな体験には明らかな違いがあるという。例えば、「インターネットで調べた情報は、思い入れがないから心にはあまり残らない。だけど、リアルな体験から得たことは思い出と一緒にずっと心に残る」のだという。

 そして、NEC未来創造プロジェクトのメンバーが感じたことは、生徒たちのAIに対する価値観が多様だということだ。例えば「AIに決められると嫌なことは何か?」という問いを投げかけてみても、反応はさまざま。進路はAIが決めてほしいと考える生徒がいると思えば、「何を食べるか?」は自分で決めたいと思う生徒がいる。話を聞いたのは数名の生徒に留まるが、そこには一言では言い表せない多様さが伺える。「価値観がさまざまだからこそ、人の考えを知ることが大切」と語る生徒もいた。

 NEC未来創造プロジェクトのメンバーが「携帯電話がない自分たちの時代には、待ち合わせに人が来なかったら、自宅に電話して家を出ているか確認した」という思い出を語ると、生徒からこんな発言が飛び出した。「昔は時間通りに人と会うことが、当たり前だったわけですよね。いまは『1時間遅れる』とメッセージを送れば、それで済んでしまう。自分は、ちょっとイラッとしてしまいます。テクノロジーのせいで、人間がだらけてしまうのは嫌です」と語った。

 そして議論がシンギュラリティに及ぶと、その“期待”と“不安”が露わになった。「生活が便利になるのは良いけど、AIに勝手にあれこれ判断してほしくない。人間の感情を無視しないでほしいです」と口を揃えた。そして、「感情がない世界に、喜びや楽しさは感じられないと思うし、AIがしてくれる効率と、私たちの感じるハッピーは違います」と断言する生徒もいた。 「私たちの将来の夢を奪わないでほしい」 ―。生徒たちは、シンギュラリティ、そして、それを築く大人たちに、“AIと人間の良いバランスを保つこと”を切実に望んでいたのだ。

高校2年生(写真左)と中学2年生の2人も、AIについての質問に答えてくれた

「未来からの留学生」に学ぶこと

 AIが実現する「より豊かな未来」とは何なのか? そんな問いに向けて議論を重ねてきたNEC未来創造プロジェクトのメンバーは、今回の試みで生徒たちの考え方を知り、未来を担う次世代と向き合うこととなった。生徒が最後に語った、「AIは、恵まれている人だけではなく、恵まれていない人にも恩恵を与えるべきです。」という一言が印象に残る。すでに次世代の社会の担い手として、強い責任感を持っている証だろう。

 30年後の社会を考えるためには、その時代で活躍する世代のことを考える必要がある。生徒たちが感じている、AIに対する違和感を解消しながら、いま、NECは何を実現すべきかを改めて議論していかねばならない。ちなみに東京女子学園は、生徒のことを「未来からの留学生」と呼んでいるという。

NECの笑顔検出技術“Field Analyst Smile Face”を活用したゲームを体験する生徒

 同校の立原氏も、今回の取り組みへの興奮を隠そうとはしない。「生徒がもっているリアルな声がよりよい社会をつくる可能性があることは、忘れてはいけないと思います。そこには確かに未来があるんです。一方で、生徒たちには『時代が変わっている、これからは新しい価値観が求められる』と、直球で言っても意味がないと思っています。言っただけだと、知識になってしまいますから。言葉の表層的な単なる理解を越えて、腑に落ちてもらい、そのうえで、「学び」の結果、変容を行動に促すこと教師の仕事です。ただ、教室のなかだけでは限界がある。だからこそ、今回のような体験によって、生徒たちの思考を拡張させたいんですよ」

 いま必要な「学校教育」とは、教師と生徒、学校と社会という境界を軽やかに越えながら、それぞれがお互いに「学ぶ」・「教えあう」ことなのかもしれない。そんな新しい学校教育をゼロからつくりあげるべく、立原氏の覚悟は十分だ。「どんどんおもしろいことをやっていきたいですよね。学校というシステムのなかで、どこまでできるか。私立学校であるわれわれは、そこに挑戦していきますよ」。東京女子学園とNEC未来創造プロジェクトの試みは、2020年の春からスタートする。

今回の体験授業は8月下旬、夏の日差しのなか行われた

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