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囲い込まれる「コモンズ」と、意志共鳴型社会へのステップ
~NEC未来創造会議講演レポート~

 2050年を見据えて、NECが国内外の有識者とともに「実現すべき未来像」と「解決すべき課題」、「その解決方法」を構想し、パートナーと実現にむけた活動を進めるプロジェクト「NEC未来創造会議」。今回は、2019年から本プロジェクトと併走し議論を重ねてきた『WIRED』日本版の「WIRED CONFERENCE 2021」にて出張開催された。

 「成長」と「持続可能性」の両立が重要なアジェンダとして意識されつつあるなかで、そうした社会にシフトするためには何が必要なのだろうか? 「成長と持続性の両立をめぐる、『コモニング』のステップ」というテーマで行われたセッションで語られたのは、コモンズに市民の意志を取り戻し、企業がよりよいかたちで組み込まれる「意志共鳴型社会」というキーワードだ。

いまこそ「コモンズ」を再考するとき

 デジタル空間の出現によって「コモンズのあり方」が多様化する一方で、コモンズとテクノロジーの共生関係を考えるうえで、経済思想家で大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平氏が言うところの「最大のジレンマ」をいかにして乗り越えられるのか? 「NEC未来創造会議」をリードしてきたNECフェローの江村克己は、まず社会が形成してきた共有財(コモンズ)のありかたの変遷、そして「コモンズ」がいまどのような拡がりをみせているか、その全体像をまず語った。

 「情報社会になる前は、小さなコミュニティで人が密にやりとりをして物理的なコモンを共有地として運営していました。それがデジタル時代ではいくつものコモンに参加可能となり、そのコモンの規模もありかたも非常に多様なものとなってきています」

 物理的空間からデジタル空間へと拡張され、テクノロジーが進歩したことにより、AIやロボット、今後生まれる新たなプラットフォームなど、多様なコモングラウンドとその担い手の関わり合いをいかにデザインしていくかが問われている。

 さらに、自然との共生をどのように考え、地球というコモンズを持続可能なかたちで守っていくか。いまさまざまな企業が「持続可能性」と「成長」の両立に真剣に向き合うようになってきているのも、こうした多様な論点がコモンズの背景にあり、地球の持続可能性と人が豊かに生きられる社会の両立が、「人と技術」を考える際に避けて通れることができないテーマとなっているからだろう。江村は、斎藤氏の著書『人新世の資本論』の一節を引用しながら、次のように続ける。

 「斎藤さんは著書のなかで『成長ではなく発展』とおっしゃいましたが、社会の豊かな発展と地球の持続可能性を踏まえた『新しい時代のコモンズ』の議論が求められていますし、企業が変化するチャンスでもあると感じます」

 こうした江村の指摘を受け、斎藤氏は「コモンズ」を取り巻く変化を次のように話す。

 「これまで『共有地』と呼ばれるものは小さなスケールで排他的な存在でしたが、テクノロジーによっていくつものコモンズにアクセスできるようになり、コモンズを移動し、かつ離れた場所の人たちとも共通の財産を管理できるようになりました。規模も本当にさまざまで、無数の可能性が出てきています」

 その変化を踏まえたうえで、いま「コモンズ再考」が求められている背景について、次のように言葉を続けた。

 「社会のありとあらゆるものにお金がないとアクセスできなくなってしまい、多くの人たちの生活が不安定化しているのが現在の社会です。そんな状況において、みんなが必要とするものに対して誰もがアクセスできるような富やコモンズを管理する仕組みを整備し、行き過ぎた格差を是正しながら持続可能な社会をつくろうとする声は高まっています。市民だけでなく、企業や政治家の間でもそうした意識が高まっていることが、『コモンズ』が改めて注目されている背景のひとつにあると感じます」

NEC未来創造会議からは、NECフェローの江村克己が登壇

デジタル空間における囲い込み

 一方で、新たなコモンズとテクノロジーの共生関係を考えるうえで、斎藤氏は「サイバー空間上では、プラットフォーム企業が新たなコモンズを囲い込む動きも続いている」と強調する。

 「デジタル空間におけるプラットフォーマーと市民の関係が、なかば封建制のような様相を呈しているなかで、それをどう打開していくかはテクノロジーとコモンズを考えるうえでは重要なテーマになります」

 これまでGoogleをはじめとしたテックジャイアントは、「無料」を免罪符に吸い上げた個人データやユーザーを囲い込みながら、「依存せざるを得ない」独占的なプラットフォームをかたちづくってきた。斎藤氏はこうしたテクノロジーのありかたを、コモンの発展を妨げる「閉鎖的技術」と著書のなかで批判しているが、現在新たに生まれているサイバー空間でのコモンズでも同様の動きを見せているという。

 「デジタルサービスやコンテンツの収益モデルがサブスクリプション型に移行しはじめている近年、乱立するサブスクリプションサービスと個々の独占配信によって、蓋を開けると月の支払いが膨れ上がっていますよね。今後、そうしたものもコモンズにおけるバトルフィールドのひとつになるでしょう。どうしてもそこに依存せざるを得ないのに、企業がそれを利用して囲い込む仕組みがセットになってしまうんです」

 斎藤氏は自身の研究対象であるマルクスの言葉を引用しながら、こうした課題を現代社会の「最大のジレンマ」だと表現する。

 「マルクスは『技術は真空のなかで使われるわけではない』と説きましたが、技術や情報は特定の社会のなかである目的のために使われますから、資本主義社会であればどうしても都合のよい方向に使われてしまうんです。そのせいで、テクノロジーのポテンシャルが十分に発揮されない。またデジタル技術を使ったコモンズとなると、技術投資が必要になり規模感が大きくなった結果、私企業が入ってきて資本の論理が混ざってしまう。こうした動きが、現代社会の最大のジレンマではないでしょうか。そしてこのジレンマをいかに打開するかが、意志共鳴型社会をかたちづくるための大きな課題になると思います」

 デジタルテクノロジーが重なる公共空間やコモンズの価値基準が、資本主義社会においては経済性に絡めとられてしまう現在の状況をふまえ、江村は『WIRED』創刊エグゼクティヴエディターであるケヴィン・ケリーの言葉を引用しながら、このように言及する。

 「ケヴィン・ケリーが提唱する概念でわたしたちがよく引用しているのが『コンバージェンスとダイバージェンス』です。マズローの欲求5段階説を引き合いに、人間にもっとも必要とされる低次の欲求においては誰もが同じものを欲するようになる(コンバージェンス)。一方で、高次の欲求では求めるものがより多様になり逆の現象が起きる(ダイバージェンス)がある。彼はこのもっとも低次元、現代の1番基本的な欲求はWi-Fiであると言っているんです。つまり、Wi-Fiやスマホを取り上げられるということは水道・電気などと同じく、普通の生活、人権を取り上げられるのと同じだとしています」

 こうした低次の欲求がGAFAMのようなテックジャイアントやプラットフォームによって占有されてしまったとき、それは新たなコモンズを築くうえでの大きなチャレンジである。さらに、江村は「その上(ダイバージェンス)に載せる、わたしたちの多様な幸福のありかたを市民の手によってリアルな社会との組み合わせでどう実現するか」こそが、コモニングの重要なステップにつながるとも強調した。

経済思想家で大阪市立大学大学院経済学研究科准教授の斎藤幸平氏が登壇

企業と市民の新しい関係性が求められる

 江村が強調したのは、情報の選択や合意形成の主体を市民のもとに取り戻し、市民の意志によって新たなコモンズが具現化していく「意志共鳴型の社会」だ。NECが未来創造会議で提唱してきた社会の未来像であり、江村はその実現にこそ技術は真価を発揮すると語る。

 「『どういう社会/コミュニティをつくりたいか』をまず決めると、何を共有財産とするかの論点が立ち上がってきます。その合意形成のイニシアチブは市民にあるべきで、単なる経済資源にとどまらない、多様な評価基準が埋め込まれたコモンの構造をつくりだす。これこそが、いまの時代の本質的なコモニングなのだと思います」

 江村によれば、インターネットやSNSの「いいね!」は意志の共鳴ではないという。そこにはコンテクストが欠けており、発信者の意志と受け手の相互理解は生まれない。そうしたコミュニケーションを前提にした技術は、斎藤氏によれば「受け手の脳の使い方を一方的に規定する」技術であり、彼がいうところの「資本主義に都合のよい」技術にほかならない。

 江村は現在のデジタル空間上のコミュニケーションのありかたについて、「いまのインターネットでは十分ではない」と表現し、自身が未来創造会議で提唱してきた「エクスペリエンスネット」のような、人の意志や体験・コンテクストが共鳴しあう技術が新たなコモンズの基盤となり、社会を前進させていくと考える。

 「テクノロジーを開発する企業が意図する範囲で、市民がいつの間にか技術を『使わされてしまっている』という構造から抜け出さなければなりません。いまのデジタル空間は膨大な情報がプラットフォームから与えられるわけですが、自分で自由に選択できているかといえばそうではない。その選択の権利がユーザー/市民の側にシフトし、それぞれの意志とコンテクストが相互作用しながら何が共有財産なのかを議論できる『意志共鳴型の社会』。テクノロジーは、その実現に対して使われるべきではないかと思います。

 やはりお互いにインタラクトすることが非常に重要で、我々の『エクスペリエンスネット』は、多感覚な情報も含めたコンテキストを伝えるための技術ですが、「情報の選択肢が自分側に来る」というパラダイムシフトに向けて、こうしたコンテクストを届ける技術の開発がこれからの技術的なチャレンジになると思っています」

 情報の選択、あるいはその意志を屹立させる主体をもう一度市民に取り戻し、そこでの共通基盤を築いていく。そんな「意志共鳴型社会」では、企業からユーザーへの一方通行のコミュニケーションは成立しえない。

 「企業は、主体となる市民やコモンの担い手の意志に対して、『わたしたちはこの技術・サービスを提供できます』と、一緒になってつくっていく。それにより地球の持続性、人の豊かさ、社会の発展がはじめて成り立つのだと思います」

 また斎藤氏は、企業と市民のよりよい共有地の可能性を示唆し、セッションを締めくくる。

 「わたしたちユーザー側も、企業に注文をつけていいと思うんですよ。企業や開発者の方々も、テクノロジーを活用し、よりよい社会をつくろうとしている。NEC未来創造会議が5年間も継続して行なわれ、このセッションが設けられていることからも、それはわかりますよね。対話を通じて、『GAFAMは耳を傾けてくれないけれどNECは聞いてくれる』といったように、企業もコモンのよきパートナーになれるのではないか。そう思っていますよ」

モデレーターは『WIRED』日本版 編集長・松島 倫明 氏。NEC未来創造会議でも数年にわたりモデレーターを務めてきた