まちづくりの新たな「コモニング」を可能にする、 市民参加のためのタクティカル・アーバニズム
~NEC未来創造会議 2021年度第3回有識者会議レポート~
2050年の未来を見据えて人が豊かに生きる社会の実現を目指すプロジェクト「NEC未来創造会議」は今年、「ニュー・コモンズ」という概念をテーマに掲げて有識者との会議を重ねている。社会の発展や地球環境の持続性、人々のウェルビーイングを実現するためにコミュニティの価値を取り戻すことが重要だと考えた同プロジェクトは、共有資源や共同体のあり方を見直すことで、現代の情報環境に合わせて「コモンズ」の概念をアップデートしようと考えたのだ。
新たな共有資源の設定やコミュニティの形を検討するうえで、都市空間を無視することはできないだろう。道路や公園をはじめ「パブリックスペース」と呼ばれる空間は都市の共有資源でもあり、近年はデベロッパーや行政のトップダウンではなく「タクティカル・アーバニズム」のように市民のコミュニティベースの動きを通じて街づくりのコモニング=合意形成を実現するような動きも増えている。これからの都市を考えることは、これからのコモンズを考えることでもあるのかもしれない。
都市とコモンズの関係性を問うべく第3回有識者会議に参加したのは、一般社団法人ソトノバ共同代表の泉山塁威氏。同氏はソトノバで国内外のパブリックスペース活用について調査するとともに、日本におけるタクティカル・アーバニズムの第一人者としても知られている。『WIRED』日本版編集長・松島倫明がモデレーターを務め、NECフェロー・江村克己と、NEC未来創造プロジェクトに参加すると同時に武蔵小杉の街づくりに関わる岡本克彦とともに行われた議論は、これからの都市を支える合意形成のあり方を問うとともに、これからの企業の役割を浮き彫りにしていった。
パブリックスペースの中のコモンズ
近年、日本各地のパブリックスペースでまちづくりの実証実験が盛んに行われている。公園でイベントを行うものや使われていない空き地を活用するもの、道路を歩行者に開放するもの、飲食店がストリートに進出するもの――そのアプローチはさまざまだが、とりわけ注目されているのは「タクティカル・アーバニズム」と呼ばれる市民が主体となった取り組みだろう。個人の小さなアクションから都市全体を変えていこうとするこの取り組みは、行政やデベロッパー主体ではない新たなまちづくりの手法として注目されており、パブリックスペース活用の規制緩和やセンシングをはじめとするデジタル技術の発展に伴い、日本のみならず世界各国で多彩な実践が進んでいる。
タクティカル・アーバニズムは、NEC未来創造会議とも無関係ではない。「ニュー・コモンズ」という新たな概念を提唱し、新たな共有資源や共同体のあり方について考えようとする同プロジェクトにとって、都市のパブリックスペースは重要なフィールドとなりうるからだ。果たしてこれからのコモンズは都市とどうつながっていくのか。第3回有識者会議のゲストとして招かれた一般社団法人ソトノバ共同代表の泉山塁威氏は、まず「パブリック」の概念について次のように語った。
「公共とパブリックは同じ概念だと捉えられがちですが、必ずしも一致するわけではありません。パブリックには『オフィシャル』『オープン』『コモン』という3つの意味があると言われています。このうちオフィシャルは日本における公共という言葉のイメージのように行政が担うものですが、オープンやコモンといった要素はコモンズとも接続しうる部分ですよね」
日本では「公共空間」というと道路や公園など行政が管轄する空間が想起されやすいが、現代の都市では民間のビルやマンションが管理する公開空地の活用が期待されており、公共ではなくパブリックの概念を重視したほうがより豊かな可能性を考えられるだろう。泉山氏はパブリックスペースでの実践を重ねるなかで、タクティカル・アーバニズムの可能性に気付かされたのだと続ける。
「行政主導ではなく町内会や商店街の方々と対話を重ねていくプロジェクトに携わるなかで、空間をつくることで市民を巻き込む重要性を実感しました。まちづくりにあたって計画やビジョンをつくっても市民からするとわかりづらく受け入れてもらいにくいのですが、目の前の道路や空間が短期的に変わっていく社会実験は市民にとってもわかりやすいし、合意形成をつくりやすい。都市計画や地区計画とは異なる合意形成の可能性に気付かされました」
市民と都市をつなぐタクティカル・アーバニズム
タクティカル・アーバニズムの実践は短期的な成果をあげやすく行政から見ても好ましいかもしれないが、まちづくりを考えるうえでは長期的な視点が欠かせないことも事実だろう。泉山氏は市民発の取り組みを通じてライフスタイルを変えることが都市の変化につながると説く。
「日本には、広場文化がなくオープンカフェも少ないと言われます。しかしタクティカル・アーバニズムのような社会実験を通じて道路の活用が進み、子どもの頃から当たり前のようにオープンカフェがあるような世代が育てば、都市の文化も変わっていくでしょう。長期的に見れば小さな行動の変化が市民の生活空間に対する認識を変えていくはずです」
実際に泉山氏自身も、小さな社会実験を重ねていくうえでもその先にどんな街をつくりたいのか強く意識するようになったという。NECフェローの江村克己が「都市開発レベルの話になると行政だけでなくデベロッパーのような企業との連携も重要になりますね」と指摘すると、NEC未来創造プロジェクトの岡本克彦も「テクノロジーの活用が進んでいくなかで新たなプレイヤーも増えていきそうです」と頷く。たしかにAlphabetの「Sidewalk Tronto」をはじめ企業が主体となって技術を活用するまちづくりは進んでいるが、なかには志半ばにして頓挫してしまうものも珍しくない。松島が「企業主体のプロジェクトは住民が置き去りにされたり企業により囲い込みが生じたりする恐れもあります。市民のアクティブな参加を促すまちづくりが問われていますね」と言うと、泉山氏は次のように応答する。
「前例のない取組みは市民から受け入れられにくいからこそ、その先でどんな価値が実現されるのかきちんと伝えていく必要があります。たとえ企業や行政が計画したものであっても、市民を“主語”にしていくことが重要です。パブリックスペースにおいてはしばしばビジョンをつくる人と運営する人が乖離しがちですが、双方がともに議論することでより解像度の高いビジョンが生まれますし、誰かのために動くのではなく自分たちで主体的に地域を運営するコミュニティが生まれていくはずです」
企業が先端的なテクノロジーを都市に実装することで快適な生活が実現されるとしても、その価値が正しく市民に伝わらなければ意味はない。都市計画において企業や行政は必要不可欠の存在だが、同時にあくまでも市民を主体とした取り組みにならなければどこかで亀裂が生じてしまうのかもしれない。
市民を“主語”に変えなければいけない
「市民を主語にするうえでは規模感も重要になりそうです。小さな範囲ならタクティカル・アーバニズムのような実践を通じて市民間で変化を共有できますが、すべての市民や地域が同じように変化を体感できるわけではありませんよね」
モデレーターの『WIRED』日本版編集長・松島倫明がそう言って市民が都市の変化に関わる際の規模を問うと、泉山氏はソトノバがいくつかのスケールに分けて都市を捉えていることを明かす。
「ぼくたちは『都市』『エリア』『プレイス』という3つのスケールを設定しています。たとえば行政は千代田区や川崎市といった都市単位の運営を考えていますが、市民からすると武蔵小杉や川崎駅周辺のように半径1〜1.5キロ程度のエリアでなければ『自分の街』と感じづらい。都市の中にはいくつかのエリアがあり、さらにその中に拠点となるプレイスがある。都市全体を論じるのではなくエリアごとのネットワークをつくっていくことも重要です」
泉山氏の発言を受け、岡本も頷く。岡本はNEC未来創造プロジェクトで活動する傍ら、武蔵小杉の地域デザインに関わっており、近年は同地にNECが有する事業場を活用した地域連携にも取り組んでいる。「これまではエリアごとに活動が分断されていましたが、SNSが普及したことで市民同士が連絡を取り合い行政を介さずともネットワークが広がってきています」と岡本が語るように、バラバラなエリアの実践がつながることで市民の一体感も都市全体へと広がっていくのだろう。
もっとも、都市内のコミュニティ形成は想像以上に複雑だ。泉山氏は「ぶどうの房」のように数百メートル圏内の小さな取り組みがつながりあうことで1〜1.5キロのエリアが形成されているのではないかと語り、ソトノバでもタクティカル・アーバニズムの実践を進めるなかでどんな場所がハブとなっているのか調査を重ねていることを明かす。パブリックスペースだけではなく、ときには企業の敷地も人々のハブとなるはずだと泉山氏は続ける。岡本がNECの公開空地で進めているさまざまなプロジェクトも、まさに市民のハブとなる場所をつくっていくことにつながっているはずだ。
「これまでNECはテクノロジーで価値提供することが多かったのですが、公開空地も提供できる資産であり、かつ、コモンズとして開放していきたいと考えるようになりました。NEC会長の遠藤もこれからの企業は『カンパニー』から『コミュニティ』へ変わっていくと言っていますが、社員以外の方々も集まるような場を企業がつくっていく必要を感じます。コミュニティをつくり市民の方々と関係性をつくるからこそ、バイタルデータの活用などテクノロジーを使った社会実験も進めやすくなりますよね」
近年都市の中でもセンシングを使った取り組みは増えているが、ただメリットやビジョンを提示するだけではなく、自分の提供したデータがどのように活かされているか可視化することも重要だろう。テクノロジーだけでよりよい未来をつくれるわけではないのだ。
ビジョンを実現するために「戦術」を増やす
コモンズとは、つねに固有の地域や共同体と紐付いているものだ。だからこそパブリックスペースを考えるうえでも、その固有性を考える必要があるだろう。江村は「日本でもさまざまなスマートシティのプロジェクトが進んでいますが、エリアごとの特徴がなく金太郎飴のようなビジョンになってしまいがちな印象を受けます」と語る。
「以前NEC未来創造会議にご参加いただいた山崎満広さんはポートランドの都市開発に携わられていて、ポートランドの特徴やイメージがきちんと共有されているからこそその都市にあった人が集まるのだと仰っていました。NECも武蔵小杉で公開空地の活用を進めるのであれば、武蔵小杉らしさをつくっていく必要があるように思います」
パブリックスペースというコモンズを考えるためには、その地域の固有性と向き合わなければいけないのだろう。しかし街の個性はそう簡単に引き出せるものではない。さらに江村は「街の個性を考えるためには単に街の歴史を紐解くだけではなく新しい価値をつくっていく必要もあります」と続ける。それは都市空間におけるコモンズがもつ価値を最大限まで高めることだと言えるのかもしれない。
岡本はこの日の議論を振り返り、「タクティカル・アーバニズムの『戦術』というニュアンスに惹かれました」と語る。まちづくりや企業の取り組みのなかで戦略や計画という単語はよく使われるが、実際には戦術がなければその計画は実現しないのかもしれない。岡本の発言を受け泉山氏も頷き、戦術の重要性を説く。
「タクティカル・アーバニズムにおいても都市計画はあれどそれを実現するための戦術が足りないと言われます。戦略を実現するためにはスケジュールやロードマップだけでなく、人やプロジェクトを動かすための戦術がなければいけないでしょう」
同じことは、まちづくりだけではなくNEC未来創造会議にも言えるのかもしれない。これまで本プロジェクトは数多くの有識者との議論を通じて新たな社会像を提示してきたが、具体的な取り組みが少なかったことも事実だろう。岡本が「戦術を増やしながら臨機応変に動いていかなければいけないのだなと感じます」と言うとおり、ビジョンをつくるだけでもただ実践を重ねるだけでもなく、実践とビジョンをきちんとつないでいくための戦術を考えることが新たな価値の実践につながっていくのだ。NEC未来創造会議はこれからのコモンズを考えながら、企業と社会がつながるための、人々の意志を共鳴させるための、都市にコミュニティを回復するための、さまざまな戦術を生み出そうとしているのかもしれない。