プロセスの共有が引き出す創造性
「OPBL」が生む次世代教育
NECが2017年から開始したNEC未来創造会議は、2020年度から「次世代教育/多世代交流」をテーマに多くの高校と共創プログラムを展開している。今年度のプログラムは、同会議がこれまで有識者との議論のなかで培ってきた知見をもとにスペキュラティブデザインの手法を活用し作成した4つの未来像「THINK & ACT2050」を活用するもの。NEC未来創造会議が議論してきたさまざまな未来の可能性や技術のあり方を教育へと展開することは、同会議のもつ知見や知識をより多くの人々へ開くものであり、同時に新たな教育の可能性を切り開くものでもあった。
現在ではなく未来を考える授業
2021年度にNEC未来創造プロジェクトが「未来創造授業」と題して北海道・札幌新陽高等学校と愛知県・名城大学附属高等学校へ提供したオンラインプログラムは、これまでの教育とは異なる形で学生の可能性を引き出すものだ。NECが開発するオンライン探究学習のためのツール「Online PBL Platform」(以下、OPBL)を全面的に活用した本プログラムでは、ふたつの高校の学生が距離を越えてワークショップと議論に参加し、一人ひとりがつくりたい未来について対話を重ねていった。
「今企業が考えていることを教育現場へ導入するケースはあまりないですし、未来について考えるというテーマも非常に興味深いものでした。高校生はこれからの社会を担うはずなのに、最近は未来について考える機会が少なかった。OPBLという新しいシステムに慣れていく過程も含め、実際に生徒たちも楽しんでいましたし、GIGAスクール構想などを通じて教育のオンライン化が進むなかで、先んじてこうした取り組みに参加できてよかったと感じます」
名城大学附属高校の教員、吉川靖浩氏はそう言って授業を振り返る。札幌新陽高校の石川雄美子氏も頷きながら「まずTHINK & ACT2050のテーマが魅力的だったので、もし今回のプログラムに参加できなくても自主的に授業で使おうと思っていました」と言い、本プログラムが従来の授業ではつくりづらかったつながりを生み出していたことを明かす。
「とくに北海道の学生は道内にとどまってしまいがちなので、道外の学校と交流できる機会はとても貴重でした。生徒が企業の方と直接話せる機会もあまりありませんし、オンラインだからこそ多くの方々と議論する機会を設けられたのかなと思います。生徒のなかには今回のプログラムを通じて自分の意見を伝えることの大切さを学んだ子や自信がついたと言っている子もいて、また機会があればぜひ参加したいです」
現在ではなく未来を考える授業
他方で、プログラムを体験した生徒たちは現場で何を感じていたのだろうか。2050年の未来を考える「THINK & ACT2050」というコンテンツはもちろん、OPBLという新たなプラットフォームがあったからこそ、生徒にも従来の授業にはない刺激が与えられていたようだ。
「未来について話そうとするとさまざまな意見が出てくるので、対面して話さないと議論をまとめきれないと思っていたのですが、OPBLは新鮮でした。ブレインストーミングやみんなの話をまとめる作業を行いやすく、対面と同じような感覚で話せたような気がします」
名城大学附属高校一年生の林青空氏がそう言うと、札幌新陽高校一年生の河内美優氏も「オンラインとオフラインであまり差を感じなかった」と頷く。
「以前オンライン授業を受けたときはみんな喋らなくてあまりいいイメージがなかったんですが、今回はOPBLを使うことで喋りやすくなったし自分も発言できました。最初はプログラムの内容も難しくてわからなさそうだなと思っていたんですけど、一歩踏み出して人と話してみると面白いんだなとわかって嬉しかったです」
ビデオチャットツールがあるだけで授業やコミュニケーションが成立するわけではない。OPBLというツールがあるからこそ、生徒たちもこれまでと異なる姿勢で授業に臨めるのだ。事実、名城大学附属高校一年の服部花菜氏は現在開発段階にあるツールを使うことに意義を感じたと述べる。
「普段は先生方が提供してくれたツールや教材をそのまま受け入れていましたが、今回は開発中のツールということで、どうすればもっと使いやすくなるのか、どうやって使うと議論しやすくなるのか考えながら取り組んでいました。もちろん議論も楽しかったんですが、もっとこうなればいいのにと考えながらツールを使うことがすごく楽しかったんです」
他方で札幌新陽高校一年の髙橋健劉氏は、未来の考え方が変わったと語る。本プログラムは単に未来について考えさせるだけではなく、生徒たちの新たな挑戦を引き出してもいるのだろう。
「これまで自分は環境に適応していくことを考えていたんですが、今回は未来をつくる立場から議論に参加できて面白かったです。ビッグテックのような有名企業の将来について議論し、これからの社会の変化やその問題について考えることで、未来の道標ができたような気がします。個人的にも今回の授業を経てプログラミングに興味をもち、講習に通って勉強するようになりました」
2050年の未来について考えるといっても、単に技術やテック企業の知識を得るだけでは不十分だ。OPBLが“未完成”だったからこそ、生徒たちは主体的に取り組むことで未来を変えられるという実感を得られたのかもしれない。
「プロセス」に参加するからこそ見えてくるもの
「最初にNECのみなさんが『生徒たちがアジャイル開発の一端を担うことが重要なんです』と仰っていたのですが、私自身は開発にあまり興味がなかったんです。しかし生徒たちの話を聞いていると、開発に参加できることで火がついて積極的に取り組んでいった子も多いのだなと気付かされました。教員同士でもこの知見を共有しながら活かしていきたいですね」
生徒たちの反応を受けて吉川氏がそう語ると、石川氏も「私はNECのプラットフォーム開発に携わるきっかけなんて一生に一回しかないからやったほうがいいよと生徒たちに伝えていました」と笑った。ふたりの発言を受け、OPBLの開発サイドから本プログラムを担当したNEC コーポレート事業開発本部の山浦莉代は次のように応答する。
「普通に生活していると高校生は“完成品”しか見る機会がないと思うのですが、実際はどんなサービスやプロダクトもさまざまな試行錯誤を経てつくられています。加えて近年は結果だけではなくプロセスも重視され、物事がつくられていく過程を見せることが誠実だと考えられるようになっていますよね。NECのようなIT企業こそがそんなプロセスを示していくべきだと思って、アジャイル開発の重要性を推したんです。実際に高校生の反応を見ていると、本来は議論用の機能を使ってイラストを描くなど、最初からみんなOPBLを使って遊んでいたのが印象的でした。学びと遊びは近づいているし、好きから学びを得ていくことも少なくありません。高校生たちが遊びながらOPBLの使い方を模索してくれていたのは嬉しかったですね」
NEC未来創造プロジェクトの立場から本プログラムを担当した福田浩一も「今回のプログラムはふたつの価値を実証できたように思います」と語る。ひとつはOPBLという新たなツールを使うことで議論を活性させ高校生たちの創造性を促すこと、もうひとつは開発中のツールに対して高校生がアドバイスすることで、サービスに生徒自身がコミットしていくこと。「メリットとデメリットがはっきりしている未来像をこちらで提供したからこそいろいろな意見が出るし、複数拠点をオンラインでつなぐからこそ同調圧力も生まれづらく人の意見に耳を傾けられるようになったのかもしれません。これまでNEC未来創造会議がつくってきたコンテンツを無駄なく活用できたことが嬉しいですね」と福田が続けるように、NEC未来創造会議が2050年の未来というあらゆる可能性に開かれたテーマに対してさまざまなビジョンをつくっていたがゆえに、掛け算のようにしてOPBLとNEC未来創造会議が生み出す価値も高まったのだろう。
未来をつくるために必要な主体性
OPBLは2022年10月の正式リリースに向け、現在も開発が進んでいる。今回のプログラムから得たフィードバックはもちろんのこと、開発には多くの人々の意見が取り入れられていくようだ。山浦によれば、今後は企業のコンテンツと生徒主体のコンテンツ双方を充実させていくという。金融を扱うものやプログラミングを扱うものなど、そのテーマもさまざまだ。さらには地方部の高校などひとつの学校の中で仲間を見つけられない学生たちがOPBL上で公募をかけてプロジェクトを立ち上げるような企画も進んでおり、時空間を越えてともに学べる場をつくるOPBLは企業も教員も学生もつなぐ大きなプラットフォームへと成長していきそうだ。山浦の話を受け、両校の教員と生徒も、OPBLにはもっと豊かな可能性があるはずだと語る。
「OPBLのプラットフォームは今の時代に合っていると思います。今回参加したのは2校だけでしたが、今後はもっとたくさんの学校が参加し、生徒たちが企業や大人とも関われる機会になるといいですよね。私自身も勉強になりましたし、課外活動を中心に今後も活用していきたいです」
石川氏がそう語ると、生徒たちもOPBLへの期待を口にする。「スクラップノート機能はいろいろな使い方ができて面白い」「タブレットやスマホで使えたらもっと幅が広がると思います」「参加できなかった子に置き手紙のようなメモを残せるようにしたい」「今回は社会的なテーマについて議論したけれど、離れた地域の学校と連携して科学的な調査も行ってみたい」――今回のプログラムはわずか2ヶ月間6回の授業を通じて行われたものだが、短い期間にも関わらず生徒たちはすっかりOPBLを自分たちのツールとして考えるようになっていた。
完成品を提示するのではなく「プロセス」を共有するからこそ、生徒たちは主体的な姿勢をとるようになっていったのだろう。それはサービスやプロダクトをつくることだけではなく、未来について考えるうえでも重要だ。未来とは待っていれば自動的に訪れるものではなく、常に自らが主体的につくっていくものなのだから。NEC未来創造会議がもたらす「次世代教育/多世代交流」とは、ただテクノロジーによって新たな学習機会をつくるものではなく、よりよい未来をつくるプロセスの中に自身がいることを生徒一人ひとりに実感させるものなのかもしれない。