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フェロー鼎談 with ABEJA×アッペンジャパン
生成AIブーム到来で日本のAIはどう変わるのか
AIビジネスを支える3社が見据える現状と未来
生成AIの登場により、AI活用は新時代を迎えつつある。その一方、日本におけるAIの普及はグローバルと比較すると進んでおらず、AI市場が活性化しているとはいいがたいのが現状だ。日本のAI産業が抱える課題とは何か。生成AIブームは、こうした状況をどう変えるのか。ミッションクリティカル業務へのAI導入支援を推進するABEJAの岡田 陽介CEOと、AIアノテーション事業をグローバルに展開するアッペンジャパンの多賀 太代表をゲストに迎え、今岡フェローがAIの最新動向と日本が抱える課題、今後進むべき方向性について語り合った。
SPEAKER 話し手
株式会社ABEJA
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岡田 陽介氏
代表取締役CEO
10歳でプログラミングを始め、高校からコンピュータグラフィックス(CG)を専攻し、文部科学大臣賞を受賞。その後、ITベンチャー企業を経て2012年9月株式会社ABEJAを起業。2017年一般社団法人日本ディープラーニング協会(JDLA)理事に就任。経産省・総務省・IPA主導の政府有識者委員会にて委員を歴任。ディープラーニングやAIに関する著書多数。「AI白書2022」(KADOKAWA)編集委員。
アッペンジャパン株式会社
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多賀 太氏
代表
2006年よりSAPジャパンに16年在籍し、コンサルタント、プロジェクトマネジャー、ライセンスセールスエグゼクティブとして100社以上のIT構築を支援した。2021年7月アッペンに入社。営業本部のシニアセールスマネジャーとして主に自動車業界を担当し、ADASや自律走行に必要な学習データを提案。プラットフォームや翻訳ビジネスでも価値を提供してきた。2023年10月日本法人の代表に就任。
NEC
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今岡 仁
NECフェロー
1997年NEC入社、2019年NECフェロー就任。入社後、脳視覚情報処理の研究開発に従事。2002年に顔認証技術の研究開発を開始。世界70カ国以上での生体認証製品の事業化に貢献するとともに、NIST(米国国立標準技術研究所)の顔認証ベンチマークテストで世界No.1評価を6回獲得。令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞(開発部門)」受賞。令和5年春の褒章「紫綬褒章」受章。東北大学特任教授(客員)、筑波大学客員教授。
顔認証の黎明期は、目の「特徴点」を自分で打っていた
今岡(NEC):今日は、生成AIブーム到来で日本のAIはどう変わるか、というテーマでお話しできればと思います。まずはITとAIとの出会いを中心に自己紹介をお願いします。
岡田氏(ABEJA):実は、10歳の時に初めて買ったコンピュータがNECのPC-98なんです。常にコンピュータを触っているオタク少年で、高校のころからプログラミングを体系的に学び始め、コンピュータグラフィックス(CG)を使って物理法則を検証する研究に取り組んでいました。
大学に進学して、2010年ごろにInstagramのようなサービスをつくったのですが、莫大なサーバ費用がかかるので全く儲からない。そのサービスは一旦閉じて、お付き合いのあったベンチャー企業に入社し、2011年シリコンバレーに赴任しました。
ちょうどそのころ、Googleがディープニューラルネットワークを構築してAIにYouTubeの画像を学習させたところ、AIが自力で「猫」を認識したという話を聞いたんです。これは面白いと思い、日本に帰国してABEJAを立ち上げました。2012年9月のことです。
会社設立後はディープラーニングを活用してさまざまな事業を手掛けましたが、2018年ごろのLLM(大規模言語モデル)登場タイミングでLLMの研究開発に着手し、今に至っています。
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代表取締役CEO
岡田 陽介氏
多賀氏(アッペンジャパン):僕がITと出会ったのは7、8歳のころでした。1つ年上の兄がコンピュータ好きで、図書館で借りた本を見ながらPCにソースコードを打ち込み、最後にはそれが「ブロック崩し」のゲームになった。「本を見て入力するだけで、こんなゲームができるんだ」と感動したのが、僕にとっての原点ですね。
大学進学後はCOBOLのゼミを受講し、ERPやシックスシグマ、品質管理などを学びました。卒業後は富士通の開発子会社を経て、2006年にERP業界最大手のSAPジャパンに入社しました。ただ、SAPジャパンでの16年間はプロジェクトマネジメントや会計系コンサルティング、ハイタッチセールスなどをしていたので、AIに触れる機会はほとんどなかったんです。
42歳の時、企業の経営に携わりたいと思い、転職先を探していた時に出会ったのが、AIの教師データの業界最大手アッペンでした。2021年アッペンに入社し、2023年秋から日本法人の代表を務めています。SAPジャパン時代に企業の業務改革やデジタルトランスフォーメーションを数多く経験し、経営・マーケティングの手法や経営層の意識、利益率重視の姿勢などを学んだことが、今の仕事に役立っています。
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代表
多賀 太氏
今岡:アッペンはアノテーション(データにラベルを付け、データを整備すること)を事業として行っていますが、アノテーションを内製化している会社も多いですよね。僕も2002年に顔認証を始めたときから、目の「特徴点」を自分で打っていたんです。研究所にはアノテーションを代わりにやってくれる人がいないので、自分でツールをつくり、1000~2000枚の顔画像の特徴点をひたすら打っていた。それをきちんとやらないことには性能が出ないからです。それで、アノテーションの専門部隊が欲しいと思い、10人ほど派遣の方に外注したんです。
日本にはまだAIの時代は来ていない?
今岡:僕は、研究者1人に対してアノテーション部隊が5人は必要だと思っています。それほどアノテーションは重要な仕事だと思うのですが、大量のデータとなると手作業だけではカバーしきれないので、システマティックにやらないといけない。だから、アッペンという会社に注目していたんです。
にもかかわらず、日本ではアッペンのサービスが思っているより浸透していない。ということは、大量のデータを使ったディープラーニングやAIを本格的に活用している会社が、日本には少ないのではないかという仮説が成り立ちます。それを裏付けるかのようにビッグデータの利活用に関して「日本は67カ国中64位」との調査結果もある。日本はチャットGPTで大騒ぎしているだけで、まだAIの時代は来ていないのではないでしょうか。
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フェロー
今岡 仁
岡田氏:実際、AIへの感度が鈍いという実感はあります。これまでは我々もお客様に寄り添ってコンサルティングしていたのですが、最近は業界ごとに仮説を立てて物量作戦を展開し、1社でも刺さればラッキー、刺さらなければ即撤退、という形で進めています。
今岡:逆に、経営層の感度が高い会社ではAI活用がどんどん広がっていく。そうなると、企業間格差が一層広がっていく可能性がありますね。
岡田氏:おっしゃる通りだと思います。感度が高い方や決断が早い方が上層部にいると、AI活用は大抵うまくいきます。ただし、そういう会社は内製化に走る傾向があるので、AIのスタートアップに発注がこないという悩みが生まれます。
多賀氏:今後、AI関連企業へのメリットがあるとしたら、RAG(Retrieval-Augmented Generation:ラグ)の仕組みではないかと思います。RAGとは、LLMによる生成に、独自の外部情報、例えば企業専門のデータベースなどを組み合わせて回答精度を向上させる技術のことです。
ある製造業では、技術者が手書きで「不具合調査表」に記入しているのですが、フォーマットがバラバラなデータが何10万件もあるので、RAGに入れてもLLMで認識できないんですね。このデータを、アッペンのクラウドワーカーを使って整備したのですが、ほかにも同じような話が出てきている。来年以降、LLMは企業の間で一気に普及するのではないかと思います。
その際、企業の中に眠っている“バラバラなフォーマットのドキュメント”を、RAGに入れて認識させるためには、データの構造化やデータ整備をやらざるをえない。そこで解像度がもう一段階上がれば、我々の仕事も増えていくのではないかと思います。
今岡:日本人には、データの整備を外注するという発想があまりないですよね。社内で、しかも手作業でやらなくてはならないと思い込んでいる。なぜかというと、予算がないからなんですよね。
多賀氏:確かにその通りかもしれません。アッペンでは今、アメリカと中国の売上が非常に伸びています。日本は今年で設立3年目、中国は6年目ですが、日本は従業員5人なのに、中国では2500人ぐらいになっているんです。中国では国策としてAIと宇宙開発を進めていて、企業も予算をとっているので、データ整備にバンバンお金を使っているという印象です。
どうすれば日本企業・社会でAI活用は進んでいくのか
今岡:その意味では、日本は米中のはるか後塵を拝している。データ整備が進めばAIの学習が始まり、AIの進化が加速するということを、まず皆さんに理解していただきたいですね。それでは、今後どうすれば日本企業・社会でAIの技術開発や活用が進んでいくと思われますか。
岡田氏:日本のカルチャーに合った形で、AIの利用を進めることが重要だと思います。
我々は、最初にアノテーションをしてAIに学習させるのではなく、最初からAIシステムを導入して、AIが勝手に賢くなっていける環境をつくり、最後に人が手を加えるという形をとっています。つまり、判断や制御の一部を人間が行う“人とAIの協調(Human in the Loop)”前提のプラットフォームにするのですが、これが意外に企業の方には刺さるんですよね。
この方法であれば、事前のデータ整備が不要で、PoCをやる必要もないですし、いきなり本番システムを組むので、本番と同時並行でアノテーションができる。例えば、工場の製造現場で日々生まれるデータが、アノテーションされるような仕組みにすればいい。要は、オペレーションのプロセスとアノテーションのプロセスを分離させるのではなく、一致させた方がうまくいくと考えたわけです。
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今岡:では、最初に「データを集めるぞ」とハードランディング的に始めるのではなく、ソフトに立ち上げて、徐々に質を高めていくというイメージですか。
岡田氏:その通りです。最初に、データ精度10%以下のAIができます。そこから40%、50%、70%と右肩上がりで精度が向上し、2年も経てば80%を超えていくはずなので、頑張りましょう。そんな温度感が日本の市場には合っていると思ったので、このフローで特許を申請したんです。
それと生成AIが登場して、コモディティは一気に市場を奪われることがわかったので、コモディティは一切やらないというスタンスをとったわけです。顧客企業におけるミッションクリティカルな業務にAIを組み込んで、人とAIがコラボレートして精度を担保し、システムとしてオペレーションが成立するところ以外はやらないと決めました。その領域は超ニッチですが、非常に需要があるんです。
今岡:例えば、どういった領域ですか。
岡田氏:例えば、プラントの腐食検知や、損害保険のアンダーライティング(保険引き受けの可否判断などを行う業務)、介護システムの服薬管理といった領域です。こうした領域では、わずかなミスが爆発事故を引き起こしたり、赤字を垂れ流したり、薬の飲み忘れで人命が失われたりする。企業として絶対にミスが許されない、クリティカルな仕組みのところに特化しようと決めたわけです。
今岡:ナイス・トゥ・ハブの領域はやらず、マスト・ハブの領域だけをやるということですね。
AIの成長は指数関数的に加速する
多賀氏:その切り分けは、とてもいいと思います。データ精度10%から始まって、2年後3年後に80%になっていくというのは、まさにその通りだなと思います。
AIは現段階ではそれほど完璧なものではなくて、「正解が出てくるもの」というより「ヒントがもらえるもの」だと思っています。ですから、「どうすれば日本でAIが発展するか」という問いに対しては、「AIに対する社会の認識を変える」というのが僕の答えです。
AIとは正解ではなくヒントを提供するもので、AIが提供するヒントを活用すれば、効率が向上してコスト削減ができるので、AI投資に予算を回すことができる。そうなれば、ビジネススキームがどんどん回り出して、AI市場が成長拡大していく。そのためにも、まずは日本社会のAIに対する期待値を下げることが重要だと思います。
もう1つ大事なことは、日本がグローバルにAI領域で存在感を発揮できるよう、AI立国に向けて国が先導していくこと。それも、日本のAIがより発展するための起爆剤になると思います。
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今岡:AIは学習型のテクノロジーなので、完成形に至るまで時間がかかるんですよね。最初は100点満点の10点からスタートするので、「こんなことをやって何の意味がある」と思われるかもしれない。でも、AIは成長速度が異様に速くて、ある一線を越えた瞬間、誰も追いつけなくなるんです。
岡田氏:指数関数的に上がりますよね。
今岡:今、僕らは一線を越えた後のチャットGPTを見ているから「すごい」と思うわけですが、AIのシステムを自社で構築するときは、一から始めなくてはならない。AIを活用するということは、「一から始めて、過程を楽しみながら育てる」ということです。そして、学習によって成長するスピードの加速感がすごいのも、AIの特徴です。そこが理解できるかどうかで、会社が成長できるかどうかが決まるといっても過言ではない気がします。
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多賀氏:今は猫も杓子もAIですが、経営層の間ではまだまだAIに対する解像度が低い。ほかの基幹システムプロジェクトには十億円を投資するのに、AIのPoCには500万円すら出そうとしない企業が多いのが現実です。AIの効果が見えにくいのはたしかですが、これまで経験したことがない成長につながる可能性があるという点に目を向けてほしい。競合他社より一歩先んじて、将来の自社の発展を目指し、ぜひチャレンジしてほしいと思います。
“日本品質”のAIがグローバル市場を席巻する日
岡田氏:日本人はよくも悪くも真面目なんですよね。よく「AIに仕事を奪われる」という話を聞きますが、「生成AIが寝ている間に仕事を片付けてくれるなら、それでいいじゃないか」と私は素直に思っています。数千円のAIエージェントが仕事を肩代わりしてくれるなら、AIに任せて自分は寝ていればいい。
欧米はそういう思考が強くて、給料以上の仕事をする気などさらさらないし、できるものならサボりたいという空気感がある。ところが日本では「がんばらなきゃいけない」「最大限できることをやらなければ」という感じで、思考回路が微妙に違うんですよね。
逆に、「いかに自分がサボれるシステムを設計できるか」という独特の感覚がないと、AIシステムの構築は難しい。「本当に面白いところだけ俺にやらせろ」という感覚でいた方が、AIは使い勝手がいいわけです。
日本社会の根底に流れる“真面目カルチャー”が、AIの普及を一部阻害しているとはいえ、それが日本のいいところでもある。日本の厳格な品質要求をクリアした“日本品質”のAIが実現すれば、日本のAIがグローバル市場を席巻するチャンスはあると思います。
今岡:日本人の真面目さを活かして、AIの性能を頑張って上げていく。僕自身もそうやって20年頑張ってきたから、顔認証でここまで来れたと思っています。いいものをつくることに真面目さを発揮して、愚直にいいものをつくり続ける。それが日本人の生きる道だという気がします。今、AIの領域をリードしているのはベンチャーや外資系企業ですが、NECのような日系の大手も含めてさまざまなタイプの会社がうまく協働すれば、日本のAIは大きく花開くのではないかと思います。その第一歩が今日の鼎談だと思っています。本日はありがとうございました。
編集後記~対談を振り返って
今日の鼎談では、皆さんの言葉の端々に、面白いノウハウがたくさん入っていたと思います。この記事を読んで、行間に散りばめられた細かいノウハウを汲み取っていただければと思います。
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NECフェローが語る新時代の道標