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あらゆる企業人に向けたデジタルエシックスの入門書

 2024年2月、『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ』が刊行された。著者は、顔認証技術の第一人者として知られる、NECフェローの今岡仁氏。DX成功の鍵を握るのはデジタルエシックスであるという氏に、その真意を聞いた。

今岡 仁 Hitoshi Imaoka

NECフェロー。1997年NEC入社。脳視覚情報処理の研究開発の後、2002年に顔認証技術の研究開発を開始。世界70カ国以上での生体認証製品の事業化に貢献するとともに、NIST(米国国立標準技術研究所)の顔認証ベンチマークテストで世界No.1評価を6回獲得。令和4年度科学技術分野の文部科学大臣表彰「科学技術賞(開発部門)」受賞。令和5年春の褒章「紫綬褒章」受章。

──本書はデジタル社会を題材としながら、テクノロジーではなく、エシックスに焦点を当てています。

 テクノロジーとエシックスは切っても切り離せない関係にあります。ところが、この2つを関連づけた本はまだ少ない。そこで、倫理の歴史からデジタル社会適用までを総合的に解説したいと考えました。

──デジタルエシックスが必要とされる背景を教えてください。

 生産年齢人口(16~65歳未満)が減少し続ける中、デジタル化は待ったなしの状況です。にもかかわらず、日本のデジタル競争力は64カ国中32位*1と低いまま。それはデータの利活用が進んでいないからです。価値あるデータの拠出を促すためにも、納得できるエシックスの確立は急務の課題といえます。

──倫理にまつわるリスク懸念が、デジタル化にブレーキをかけてしまうことはないのでしょうか。

 むしろその逆で、デジタルエシックスは足踏み状態を解消して、前に進ませるアクセルの役割を果たすものだと考えています。ただ、明文化された法やルール、ガイドラインと違い、行動規範であるエシックスは目に見えません。だからこそ、多くの人との対話により、社会的合意を得る必要があるのです。

氷山の水面下で人間社会を支えるエシックス

──本書では、デジタルエシックスの先進国である、デンマークの事例も多く取り上げられています。

 デンマークは、世界デジタル政府ランキングで3年連続1位*2を獲得しています。デジタル化の出発点となったのは、1968年に導入されたCPR番号。日本のマイナンバーにあたるものです。もともとは公的機関の効率化を目的としていましたが、2001年より市民や民間企業と協働するIT政策へと転換。今では行政サービスや医療に加え、銀行口座の開設、就職、起業、賃貸物件や電力・ガスの契約などさまざまな局面で個人IDとして利用されています。

──デジタル化が普及した理由はどこにあるのでしょう。

 デンマーク人にとって大切なのは「どうすれば幸せになれるか」であって、デジタル化はそれを実現する手段に過ぎません。あらゆる立場の人との対話を通じてよりよい社会を目指した結果、必然的に今のシステムに帰結したのだと思います。

何ごとにも対話を重視するデンマーク。さまざまな立場の人が話し合うことで社会的合意を形成し、行動規範を育む

──一方で、日本の現状をどうご覧になっていますか。

 日本は交通ICTシステムが整い、何でもできる便利なコンビニエンスストアも数多くあるなど、日常生活に便利な社会システムが確立されています。こうした強みを活かし、日本流のデジタル化を目指すべきでしょう。そのためにも、エシカルでロジカルな議論を積極的に進めていきたいと考えています。

──企業はデジタルエシックスにどう取り組んでいけばいいのでしょう。

 デジタルエシックスは最終確認に用いるのではなく、プロジェクトの初期段階から運用することが重要です。それにはメンバー全員が自分ごととして捉える必要があります。まずは本書でデジタルエシックスの理解を深め、前向きな対話と変革に取り組んでいただければ幸いです。NECではワークショップも用意していますので、ぜひご活用ください。

  • *1 IMD World Digital Competitiveness Ranking 2023より
  • *2 早稲田大学総合研究機構電子政府・自治体研究所「世界デジタル政府ランキング2023年度版」より
  • NECでデジタルエシックスのワークショップを開催

     NECでは、企業や自治体に向けたデジタルエシックスのワークショップを開催している。一つは、組織のデジタル戦略やDX推進を支援する「デジタルエシックス・サクセスプログラム」。デジタルエシックスを組織として理解・浸透させ、戦略策定から行動指針、プロセス/ロードマップの設計、デジタルエシックスの実践と適用評価までをトータルに伴走して行う、NEC独自のプログラムだ。

     もう一つは、デジタルエシックスの理念とツールの活用方法を演習で学ぶ「デジタルエシックスコンパスワークショップ」。デンマークデザインセンターのデジタルエシックスコン パスを用い、新規事業のサービス設計を考える。自社のデジタル競争力や企業価値向上を目指す企業は、ぜひ活用してみたい。

    デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ
    対話が導く本気のデジタル社会の実現
    今岡 仁 松本 真和 井出 昌浩  伊藤 宏比古 島村 聡也 著 ダイヤモンド社/1,980円(ISBN 978-4-478-11869-6)
    デジタルやDXの推進に欠かせない「デジタルエシックス」の定義や歴史から、先進国の事例、ツールの活用方法までを網羅した初の指南書。

    デジタルエシックスとは?

     デジタル技術の進展に伴って生じる多様な問題に対し、倫理的に正しい行動規範を問うこと。そのためにはプライバシーや公平性、セキュリティなどデジタルが社会に与える影響を理解する必要がある。デジタルエシックスはこのように多角的視点で技術が人間社会や地球全体に及ぼす影響を捉え、責任ある方法で技術を開発・導入・利用するための考え方を提供するものである。