FinTechの新概念を提示したFinovateFall2021
~ハイブリッド店舗体験、NFT、エンベデッド・ファイナンスなど多彩~
Text:織田 浩一
FinTech関連のスタートアップや従来企業が最先端のテクノロジーサービスをお披露目し、同業界の新たな動向を知る上で非常に参考になるカンファレンスがFinovateである。9月半ばに開催された、FinovateFall2021で見た内容をまとめてみたい。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
コロナ禍でハイブリッド店舗化が進む金融業界
この秋も9月13-15日にかけて開催された、アメリカのFinTechカンファレンスFinovateFall2021に参加した。同カンファレンスは、金融業界のテクノロジー動向を知る上で非常に参考になる。70以上のFinTechスタートアップがデモを行い、業界アナリストや金融企業の担当者、成長を遂げつつあるFinTech企業の担当者などが一堂に会し、業界のテクノロジートレンドや大手金融業界の新規テクノロジーサービスについて語り合った。今回はニューヨーク市の規制に従い、コロナワクチン接種者のみがリアルの会場に参加でき、同時にバーチャル参加のオプションを用意したハイブリッド型イベントとして実施された。筆者はバーチャルで参加。
Finovateのカバーするテーマは今非常に注目度の高い分野である。コロナ禍で銀行が支店を閉店する動きが加速し、これがすべての業界のデジタル変革の推進に一役買ったことは間違いない。だが、金融業界がデジタルアクセスのリーダー的存在である一方、デジタル化が進んでいない銀行が市場シェアを失いつつあることが鮮明になってきた。
金融業界アナリストが独自の業界トレンド分析を行うセッションでは、AiteNovaricaのシニアアナリストであるTiffani Montez氏が、支店のDX化のために金融業界が「ハイブリッド店舗体験」の概念を導入する必要性について解説した。下図に見られるように、従来は支店(Branch)が中心となってコンタクトセンターと業務運営を行っており、アプリやWebを利用したデジタルチャネルは、全く別の部門が担当する形になっていた。だが、ネオバングなどデジタルネイティブ企業に対しての競争力を付けるためには、デジタルセルフサービスを中心として、そこから必要に応じてすぐに繋ぐことのできるコンタクトセンター業務や業務運営を統合し、そのサービスを支店で展開、さらに地域でのコミュニティを構築するなどしてエンゲージメントを高めることが必要であると、Montez氏は語る。このためには、顧客サポート担当者が顧客と一緒にサイト・アプリを閲覧しながらサポートをしたり、ビデオチャットなどで対応したりするような、新たなデジタル機能導入が必要となっているという。
ギグエコノミー、クリエーターエコノミーとNFT
スタートアップ投資家のパネルセッションでは、金融業界が注目すべき新しい市場について話し合った。ミレニアル、Z世代は今までと全く違った働き方を求めており、好きな時間に自分がパッション(熱意)を感じられる分野の仕事を自分で選択して行っていきたいと考えている。これがUberやDoorDashといった自由な働き方を指向するサービスを成長させ、YouTube、Twitch、TikTokなどによるビデオ配信が人気を集める理由だ。しかし、数百万のフォロワーを獲得しても、金融機関はその価値を評価することができておらず、またギグワーカーやYouTuberなどの老後用貯蓄などの商品を開発できていないのが実態である。これが今後大きく拡大していく市場であるとしている。
そこで注目されるのがNFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)と呼ばれるコンテンツ売買、所有の仕組みである。ブロックチェーン技術を使うもので、アートや音楽などのコンテンツを制作・販売するクリエーターが、将来に渡って再販などの際にメリットを受けられる仕組みが用意されている。これまでは、音楽販売の利益の多くはレコードレーベルが享受し、ミュージシャンはコンサートなどから収益を上げるという構造だった。コロナ禍で多くのミュージシャンが苦境にあるのはこのためである。パネルでは、NFTがこのレーベルとミュージシャンの力関係を大きく変えることになりそうだと話し合われた。
BaaSが進みエンベデッド・ファイナンスへ
さらにこのパネルで語られたのは、Bank as a Service(BaaS:バンキング機能をサービスとして提供すること)が進み、すべての顧客ジャーニーのタッチポイントにAPIを利用した金融サービスが用意されるエンベデッド・ファイナンス(組込型金融サービス)が注目されるという予測である。例えば、Eコマースサイトで新しいTVを買うときに、そのTVで利用する新たなサブスクリプションサービスを組み合わせて安く購買したり、今話題のBuy Now Pay Later(後払いサービス)やTVの故障保険などを購買ページで提供したりするようなことだと言う。
小売向けのデジタルクレジットカードサービスであるBrimは、自社のエンベデッド・ファイナンス機能を下図のように説明する。小売チェーンが同社のクレジットカードサービスを使って、ロイヤリティの向上を含め、柔軟な支払い機能の利用や特定地域でのオファー、プリペイドクレジットカードやバーチャルクレジットカードの発行・停止などの様々な金融サービスを、個々のニーズに合わせて提供することを可能にしている。
Best of Show
Finovateでは70を超えるFinTechスタートアップがデモを行い、その中から参加者の投票で選ばれた最も優れたスタートアップ、Best of Showが発表される。今回は9社が選ばれた。どのようなサービスに注目が集まっているかを知っていただく意味で紹介してみたい。
Array――与信・クレジットスコアの詳細を提供するプラットフォーム
https://www.array.com/
アメリカでは大きく3つの与信提供サービスがあるが、通常は住宅・車のローンなどの場面で固定的なスコアが使われるだけである。これをもっと動的なサービスにすることで金融機関をサポートしようとする企業がArrayである。どの要素で与信スコアが上下しているのか?今までのスコアの傾向は?どのような活動を消費者がするとそれがさらに上がるのか?――といったことをシミュレーションする機能も提供している。
金融機関は、この機能と自社のサービスをAPI連携で統合させることができる。与信スコアに基づき、承認を受けやすいクレジットカードやローン製品のみを選択できるようにすることで、顧客満足度を高めることが可能となる。また、リアルタイムで与信スコアの上下をモニターしているので、特定のスコアに達した段階でメールや広告によって新規商品を推奨することもできる。
Autobooks――銀行サイトの会計ツール化
https://www.autobooks.co/
金融機関のサイトを中小企業向けの会計ツールにしてしまうというSaaSプラットフォームを提供するのがAutobooksである。下図のデモではTD Bankのサイトで、中小企業の担当者が自社の口座で請求書を作成し、それを支払いリンクと共にメールで送付して同銀行から支払いを受けるというワークフローを示している。さらに、これらをまとめて会計レポートや確定申告などに利用することができる。こうして中小企業は売掛金を早く回収することができ、財務を安定させ、銀行側はその中小企業とより深い関係を構築することができるというものである。
Bambu――金融機関向けのAIロボアドバイザー提供
従来型の金融機関はAIロボアドバイザーデジタル金融企業との競争に晒されている。それなら従来型の金融機関にその機能を提供することで、顧客の離反を防止しようというのがBambuだ。パブリックおよびプライベートのクラウドを利用して提供され、金融企業は自社のスタイルやパラメーターでロボアドバイザーを構築し提供することができる。HSBC、Franklin Templetonなどの企業がすでに利用を始めている。
Dreams――お金を貯める目標設定アプリ
https://www.getdreams.com/ (スウェーデン語サイト)
ミレニアル、Z世代向けにお金を貯める目標設定を行うアプリである。毎日目標を確認するための画像が表示され、日常的に買っているコーヒーや外食などの出費を思いとどまるきっかけを与えてくれる。お金が貯まっていく様子を可視化し、ユーザーの行動変容を促す。同社はスウェーデン企業であり、北欧ですでに100万人のユーザーがいるという。
Horizn――顧客銀行のデジタルシフトを支援
2020年のFinovateFall DigitalでのBest of Showに続いて今カンファレンスでも選出された、金融機関のデジタルサービス利用を高めるためのサービスを提供する企業である。2020年の記事で紹介したので参照してもらいたい。
Infocorp――銀行アプリ体験向上プラットフォーム https://www.infocorpbanking.com/en/
ウルグアイ企業で、南米の40以上の金融機関が利用する金融アプリプラットフォームである。目的によりユーザーインターフェースを変え、必要な情報をリアルタイムにパーソナル化して表示できる。
Long Game――貯蓄習慣などをつけるためのゲームアプリ
ミレニアル世代、Z世代に金融知識を学ばせたり貯蓄の習慣を付けさせたり、暗号通貨や現金が当たるゲームアプリを提供するのがLong Gameである。貯蓄を増やしていったりゲームに勝ったりすることでより多くのポイントが集められる。アプリ内では銀行サービスのアフィリエイトマーケティングのセクションもあり、銀行が提供するサービスの利用を始めるとさらにポイントが与えられる仕組みになっている。
Ocrolus――ローンの自動化APIプラットフォーム https://www.ocrolus.com/
企業や個人の顧客がローンの申し込み書や運転免許書、給与明細、税金関連書類などの必要な書類をアップロードし、画像認識によりデータ取得やデータ確認、詐欺検知を行い、ローン認証を自動処理するプラットフォームを提供する。すでに250万の中小企業のローンの処理をしており、精度は99%以上であるという。LendingClubやPaypal、Squareなどが利用している。
PwC Customer Link――地域顧客データプラットフォーム https://www.pwc.com/us/en/products/customer-link.html
アメリカの2億7000万人の個人、2600万の企業に関するデータを集め、例えば銀行の支店周辺に住む人たちの年収、特定の商品への興味、利用銀行タイプ、マーケティングメッセージを受け取るチャネルの好みなどに渡る6万の属性をまとめた情報提供プラットフォーム。コンサルティング会社PwCが開発している。金融企業はこれらのデータを使って、新しいサービスやマーケティングアプローチが、その地域でどれだけの層に受け入れられそうかを想定してからローンチすることができる。
デジタル変革が大きく進みつつある金融業界で、FinTechの変化には終わりがなく、次々と新しいサービスやテクノロジーが生まれている様子を見ていただけたのではないだろうか。そして、PwCや、ここでは触れなかったがMastercard、US Bankなど従来企業も新しいデジタルサービスをローンチし、Finovateの場でスタートアップ企業と並んでデモをしていたことも付け加えておきたいと思う。大手企業と言えども、自己変革に終わりがないことを示していると言えるだろう。
北米トレンド