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アメリカで台頭するオープンバンキングとBaaSとは?
~金融業界のDXイベント「Finovate Fall Digital」レポート~

 2020年9月14から18日にかけてオンラインで開催されたフィンテックと金融業界のデジタルトランスフォーメーションのイベント「Finovate」に今年も参加した。新しいトレンドや最新のフィンテックスタートアップ企業にどのようなものがあるのかを解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

Finovate Fall Digital 2020

 Finovateは北米、ヨーロッパ、アジアで年4回開催されるフィンテックに焦点を当てたカンファレンスだ。1300人以上が参加し、5日間にわたって120以上のフィンテック・金融業界リーダーが業界動向について語り、25社程度のフィンテックスタートアップが金融業界関係者の前で10分程度のピッチを実施した。前回(参照:『北米フィンテック最新動向、注目を集めるAI活用企業とネオバンク』)は当然のことながらリアルの会場で行われたが、今回はすべてバーチャルで開催された。

「オープンバンキング」と「BaaS」

 今回のセッションで大部分をしめたテーマが「オープンバンキング」と「BaaS(Bank as a Service)」である。

 「オープンバンキング」は、イギリスをはじめヨーロッパで銀行とフィンテック企業が同じ土俵で競争できるように新たなデータ共有規制がはじまったこと、コロナ禍で金融企業のデジタルトランスフォーメーションが急務となり金融企業とフィンテック企業の提携が加速していることから、現在金融業界で非常に注目されている概念である。

Feature Focus:Leveraging Banking as a Serviceのパネル。JP Morgan、Bank of America、Solarisbankなどからパネリストが参加した(撮影:筆者)

 「Feature Focus:Leveraging Banking as a Service」というパネルディスカッションに参加した、JP MorganのJenny Mustazza氏が「オープンバンキング」と「BaaS」の違いについて解説している。

 「オープンバンキング」はヨーロッパと北米では定義が異なり、ヨーロッパでは銀行が公開したAPIを通して銀行の顧客データをフィンテック企業が利用し、自社サービスを銀行顧客に対して提供するというものである。例えば、経費管理アプリが銀行やクレジットカードのデータを統合させ、経費レポートを自動生成し、それを利用する企業は税務処理も自動化できるというような機能を提供するものである。

 それに対して、アメリカでの「オープンバンキング」の概念は、銀行データにアクセスすると同時にサーバ側の機能にもアクセスすることから、BaaS(Bank as a Service)と同じものであると考えられるとJenny Mustazza氏は語った。

 BaaSが実現できると、銀行ライセンスを持たない企業がクレジットカードを発行するなど金融サービスを自社の顧客へ提供できる。例えば、銀行ライセンスを持たないアップルがゴールドマン・サックスと協力してアップル・カードを発行するような業務提携が可能であることを示している。

「Mastermind Keynote - Open Banking: Ignore at Your Own Peril」。Silicon Valley BankとNinth Wave担当者がオープンバンキングについて語った(撮影:筆者)

 別のキーノートセッション「Mastermind Keynote - Open Banking: Ignore at Your Own Peril」ではさらにオープンバンキングについての説明が行われた。

 パネリストの一人Silicon Valley Bankプラットフォーム戦略担当マネージングディレクターのJason Kobus氏は、今まで銀行の窓口や電話で行ってきた業務をオンラインで実施できるようにすることをオープンバンキングと呼び、気に入ったツールやアプリの体験で、どのチャネルでもデバイスでも、銀行口座にアクセスして金融処理を自動化していくことを述べた。

 同社の顧客データ共有APIはトップフィンテック企業の78%と統合を実現しており、同社顧客17000社がこれらのフィンテック企業のサービスを利用し、より高い体験や自動化を顧客企業に提供できていると言う。

 今までは規制へのコンプライアンスが主要な理由であったが、市場が変革しつつあり、銀行とフィンテック企業で共同開発案件が多数動くなど、コロナ禍がデジタル化を加速させ非常にエキサイティングな状況であるという。

 「Feature Focus:Leveraging Banking as a Service」のパネリストの一人はSalarisbankの担当者であったが、同社は2016年独ベルリン設立のBaaSプラットフォーム提供企業で、銀行ライセンスを持つが店舗やATMなどは持たず、デジタルバンキングやローン、ペイメントサービスなどを一般企業や金融企業に提供している。

 例えばSamsungがSamsung Payのサービスをドイツで提供する際に、バーチャルVisaカードやローン、個人認証などの機能をSalarisbankがSamsungに提供することで、短時間でサービスをローンチできたという。

Finovate Best of Show 2020

 Finovateでは毎回フィンテックスタートアップ企業がピッチを行うセッションがあり、今回も25社が参加している。そして参加者からの投票によって5社のBest of Showと最高のスタートアップが選ばれる。下図が今回選ばれたものだが各社とサービスについて解説しよう。

Q2

 銀行がオープンバンキングの概念を導入するのに、パートナーであるフィンテック企業を一つひとつ調査して評価し、交渉し・・・というプロセスに時間をかける必要があるが、それを簡便にするためにパートナーマーケットプレイスを提供するのがQ2である。

 2004年に設立、2014年にニューヨーク株式市場に上場し、今では1500人の従業員を抱え、3億1550万ドルを売り上げる企業になっている。

 同社は、1700万人の顧客と450銀行を顧客に持ち、これらの銀行にフィンテックテクノロジー企業からのサービスをマーケットプレイスとして提供する。

 銀行のサイト、あるいはアプリの中にフィンテックサービスがリストされ、その銀行の顧客は必要とするフィンテックサービスを選んで、定期課金などに同意し、銀行のアプリの中で利用するという形である。

 同社のプレゼンでは、マーケットプレイスに参加する中小企業向けのオンライン金融ツール「Autobooks」が、いかにQ2を利用して新規顧客を獲得しているかが説明された。Q2は銀行の顧客の属性やオンライン行動を分析して、フィンテックサービスをレコメンデーションすることでコンバージョンを向上させている。銀行からすれば、自社の顧客データを使いながら、自社の新しいデジタルサービスを顧客に提供でき、フィンテック企業からすると自社サービスを多数の銀行の顧客に向けて配信するためのマーケティングプラットフォームとして利用できる。顧客は主に多数のデジタル機能を自社アプリに設置することを急ぐ地方銀行である。

Q2のパートナーマーケットプレイス。フィンテックサービスをエンドユーザーが選べる形となっている(撮影:筆者)
フィンテックを選ぶと、機能や料金などが表示され、アプリストアと同様にサービスを購買する(撮影:筆者)

Horizn

 コロナ禍が始まって6ヶ月のアメリカで、銀行はデジタルバンキングへの移行が急務であるが、顧客であるHSBC、Bank of America、Wells Fargoなどの大手銀行に、顧客のデジタル移行を助ける機能を提供するのがHoriznだ。

 例えば下図のWells Fargoでは、アプリでのパスワードリセット機能をオンラインデモで見せたものである。これは公開から30日間で10万人が利用した。顧客がコールセンターに問い合わせる手間を減らすことができ、銀行としてはその問い合わせ対応に関するコスト削減に役立つわけである。また銀行として新たなデジタルサービスの利用を高めることで、追加収益を得ることが可能になる。

Wells Fargoでのパスワーリセットの説明(撮影:筆者)

 銀行のコールセンタースタッフからのアシスト機能も提供している。下図は遠隔で自社アプリの機能のデモや説明を行うもので、それまでその機能を利用できなかった人たちの20%が30日後も機能を利用するようになったという。

HBSCの遠隔デモ。平均で通話を45秒短くできる(撮影:筆者)

 さらに、社員向けに自社のアプリ機能の理解を高めるゲーミフィケーションを利用したアプリを提供しており、86%の社員が6-8週間でデジタルリテラシーを修得する結果を出しているという。

 同社は2011年設立で従業員70人ほどになっているが、特に2020年に入り従業員を大きく増やしている。

Monit

 AIを使った中小企業でのキャッシュフロー予測分析を銀行アプリに提供するのがMonitである。2019年に設立、まだ10人ほどの企業である。

 会計ソフトや銀行口座からデータや買掛金、売掛金などの情報を入力し、いくつか必要な質問を行うとキャッシュフローの予測を下図のように上限、下限で表示する。

 また、「Insights」という行動推奨機能があり、買掛金で締め切りが迫っているもので支払いを伸ばした方がいいものについては待ってもらうように先方への依頼メールを自動生成したり、売掛金の取り立てのタイミングなども表示される。また、新規開店や機器の購買など大型の資金が必要になりそうだと入力すると、キャッシュフローからシナリオプランニングも可能となる。

キャッシュフローの上限、下限を予測するUI(撮影:筆者)

 Monitは銀行のアプリ機能として提供されるが、これにより銀行は中小企業顧客とより長い関係構築が可能で、同時にMonitが下図のような企業顧客の状況を可視化するダッシュボードを用意し、キャッシュフローを守るためのローン販売などの機会を掴むことができるという。

銀行向けダッシュボード(撮影:筆者)

Lendsmart

 ローン担当者や顧客の業務を簡素化するために銀行のローン部門へAIツールを提供するのがLendsmartだ。

 2018年に設立され、まだ従業員16人ほどのスタートアップである。ローン顧客へのサービスは彼らのクライアントである銀行サイト内で展開され、ローンに申し込む顧客たちは、そこに自分の資産や収入などの書類をアップロードするだけで、その中から様々な要素がAIにより取り出され、必要なフォームに自動入力される。

 また通常のローン審査が手作業で行われる200以上の条件評価を、書類をアップロードするにしたがって行い、ローン担当者の業務を短縮化できるという。結果的に彼らのクライアントでは担当者一人当たり週30件だったローン処理を90件まで増やすことが可能となり、同時に住宅ローンの申込みをする人たちは平均で13分の作業をするだけでローン申込みが終わり、顧客体験も大きく向上したという。

ローン顧客向けダッシュボード。指示される書類をアップロードし、いくつかの質問に答えるだけで申込みが終わる(撮影:筆者)

finzly

 地方銀行などがデジタルバンキングサービスでマイクロサービスを付け加えていくために、「bankOS」を提供するのがfinzlyである。いわば、銀行向けのアプリストアという感じのサービスである。

 2012年設立の同社は、現在従業員40人ほどで、さらに増えつつある。下図のように銀行が様々な分野でデジタル機能を提供するためのfinzlyがアプリ提供を行うなど、外部フィンテック企業からのサービスを導入できる仕組みで、銀行のIT担当者は様々な機能を素早くローンチすることが可能となる。

口座開設・管理、ローン、海外為替、ACH管理、アプリストア、コンプライアンス、CRM、店舗キオスク端末管理などの分野でのフィンテック機能を導入できる(撮影:筆者)
上記のLendsmartも自社サービスの配信方法の一つとしてfinzlyを使っている(撮影:筆者)

 コロナ禍が金融業界のデジタル化を大きく加速させており、デジタルトランスフォーメーションは待ったなしの状況になっている。多くの金融企業がスタートアップ企業と提携して、オープンバンキングやBaaSを加速させていることが感じられるカンファレンスだった。

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