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2022年02月25日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国の「柔軟な就業」は2億人
多様なワークスタイルの実現か、実質的な半失業状態か

 中国政府が最近発表した「国内の“柔軟な就業”が2億人を超えた」という統計の数字が議論を呼んでいる。

 「柔軟な就業(中国語は「灵活就业」、英文表記はFlexible Employment)とは、公的機関や企業などの固定した組織に雇用されて給料をもらうのではなく、個人として自らの力で所得を稼いでいる人たちの総称だ。そこには最近、注目を集めている中国版ユーチューバーやフードデリバリーの配達員などITの進化で生まれた新しい職種のほか、伝統的な個人営業の商店主や各種の職人仕事、短期アルバイトを主な収入源としている、いわゆるフリーターのような働き方も含む。

 この話題の何が「議論を呼んだ」のかといえば、この「柔軟な就業」の増加を政府が前向きに評価し、さらに積極的に推進したいとの意図が明らかにあるからだ。

 どこの国でもそうであるように、雇用の創出は政府の最も重要な仕事のひとつである。膨大な人口を抱える中国にとってはなおのことだ。中国政府もこれまで、雇用の創出を重要なテーマとして掲げてきた。

 それが、ここへきて「柔軟な就業」を打ち出すのはなぜか。国民がひっかかったのはここだ。「柔軟な」といえば聞こえはいいが、それは安定した職に就けないから、「柔軟にならざるを得ない」人が大半ではないのか。仮にやりたくもない仕事を仕方なくやっているのなら、それは実質的には半失業状態ではないのか――というわけだ。うがった見方をすれば、経済が下降線で雇用創出が難航し、対応に苦慮した政府が「自らの食いぶちは自ら解決せよ」とのメッセージを国民に出し始めたと見えなくもない。

 中国の「柔軟な就業2億人」は、果たして新しい多様なワークスタイルの実現なのか、それとも事実上の半失業状態なのか。今回はそんな視点で考えてみたい。

インフルエンサーの数は1年で3倍に

 2月上旬、中国国家統計局が発表したデータによると、中国の「柔軟な就業」に従事している人は、2021年末、2億人を突破した。特にデジタル化の進展で誕生した新たな産業で増加が目立つ。例えば、日本でいえばユーチューバーやインスタグラマーなどのように、中国のSNSで自らのコンテンツを発信したり、商品を販売したりして収入を得るインフルエンサーとして生活している人は160万人に達し、前年対比で3倍に増えた。

 また、スマホアプリによるフードデリバリーや買い物代行などの分野では、商品を購入者のもとに届ける配送員(「網絡配送員」「外売騎手」などと呼ばれる)は全国で1300万人に達する。これは従来型の宅配便の配達員とは別である。フードデリバリーに従事する人だけで日本の人口の10分の1に達しようというのだから、そのスケールの大きさは驚くべきものだ。

フードデリバリーサービス企業で働く配達員(饿了么サイトの掲載画像より)

 また他の政府機関の調査によると、中国の4年制大学の2021年の新卒学生の16.3%が自身での起業や上述のような「デジタル自由業」的な「柔軟な就業」の道に進んでいる。この比率は2020年には16.9%で、ほぼ横ばいではあるが、中国の新卒学生は2020年が874万人、2021年は909万人もいる。毎年150万人もの新卒学生がこうした「柔軟な就業」に進んでいることになる。

「柔軟な就業」の光と影

 中国共産党中央が発刊する有力紙の一つである「光明日報」は、こうした政府の発表を受けて2月9日、「若者の“柔軟な就業”の選択を過度に心配する必要はない」(訳は筆者、以下同)と題する評論を掲載した。

 それによれば「こうした新しい形態の働き方の出現は、情報技術の革新によってもたらされたものである。デジタル化にともなうマッチングの精度の高まりによって、労働者の就労のハードルが一段と低くなった。企業や組織にこだわる古い時代の考え方に固執するべきではない」(大意)などとして、「柔軟な就業」を積極的に肯定する姿勢を強調した。その他のメディアも、この論評のトーンを基軸に「柔軟な就業」を前向きに伝えるものが大半で、党や政府が「柔軟な就業」を促進したい意図があるのは間違いない。

 これに対して、ネット民の間から賛否両論、大きな議論が起きた。賛成派が主張するのは、前掲の論評も触れているように、「柔軟な就業」の拡大は技術革新に裏打ちされた社会の変容が背景にあるとの見方をとる。働き方の多様化は時代の趨勢であり、特に大学卒以上の高学歴層にとっては、「安定した雇用」にこだわる姿勢は、もはや時代に合わなくなりつつある――という立場だ。

 一方で、「“柔軟な就業”は“事実上の失業”を体裁よく言い換えたにすぎない」という厳しい意見も多い。その立場からすると、「誰だって収入の途は安定していたほうがいいに決まっている。それでも“柔軟な就業”をせざるを得ないのは、それしか収入を得る方法がないからだ。大学生だって、官公庁や大企業に入れるのなら、自ら進んで“柔軟な就業”をする人はいないだろう」ということになる。

フードデリバリーで変わる生活

 「柔軟な就業」による社会の変化を最もわかりやすく体現しているのが、フードデリバリーの配達員の働き方だ。日本でも昨今、フードデリバリーの利用は広まりつつあるが、中国の都市部でのその普及度の高さ、利用者の多さ、店やメニューの豊富さは日本の比ではない。

 大家族でも独身者でも、職場のランチでも、出張先のホテルの部屋でも、どこでも気軽にデリバリーをオーダーする。食べ物だけでなく、ドリンクやデザート、フルーツなどを届けてもらったり、ついでに日用品の買い物も依頼したりしてしまうことも少なくない。

 民間の市場調査会社のデータによると、スマホアプリによるフードデリバリーの市場規模は14兆3000億円(7490億人民元、1元18円換算、以下同、2021年)で、対前年比13.8%の伸び。最大手の「美団外売」のデリバリーアプリ登録者数は6億3000万人(2021年6月末時点)で、前年に比べて1億7000万人も増えている。

 フードデリバリーはすでに中国の外食産業全体の売上高の18%(2019年)占めるまでになっている。コロナ以降、会食に制約が多くなって外食全体の売上高は減っているので、デリバリーが占める比率はさらに高くなっている。配送員だけで1300万人というフードデリバリーの「柔軟な就業」の背景には、こうした巨大なマーケットが存在している。

フードデリバリーアプリ(饿了么)での注文ページ

デリバリー配達員の7%は新卒学生

 大手のフードデリバリー企業のひとつ、アリババグループの「饿了么(ウーラマ=「お腹へった?」の意味)」は、2021年の時点で全国に114万人の配送員を抱える。

 同社の報告書によると、フルタイムで配送員の仕事をしているのは全体の40%。残りの兼職配達員のうち、その40%は固定した本職を持っており、退勤後や休日、昼休みなどにデリバリーの仕事をしている。競合企業のフードデリバリーを並行してやっている人は30%。新卒学生など配達員が社会に出て初めての職である人は7%に達する。

 フードデリバリーの仕事がこれだけ多くの人を集めている背景には、以下のような事情がある。

①仕事を受けるか、受けないかは自由であること。働く時間や量を自ら調整できる
②その一方で、本気で稼ぎたいと思えば、労働時間と努力しだいで高給も狙える
③市場そのものが拡大しているので、本人が希望し、実力があれば、チームリーダーからエリアのマネージャー、都市の責任者など、安定したポジションにも道が開けている

 配達員の収入は、「饿了么」の場合、基本的には「固定給部分+歩合制」で、固定部分が2000~2500元程度、月間400回配達がベースで、そこまでは固定給のみ、400回を超えると、そこから「1回6元程度の歩合給」+「顧客の高評価1回あたり1元」、計7元程度が上乗せされる。あとは配達回数が増えるごとに歩合の比率が上がる。

 季節や曜日、天候、混雑度などによる割増部分などもあり、個人差は大きいが、ざっくりいえば、普通にやって月5000元前後、頑張れば8000元、1万元超えには相当の経験と努力が必要だが、不可能ではない――ぐらいの感じか。中には朝から晩までひたすら走り回って、1か月に1万5000~2万元もの収入をあげる配達員もいる。普通の文系の大学生が新卒で就職した場合、初任給は3000~5000元ほどなので、働き方の自由度なども考慮すると、収入的にはかなり魅力のある仕事といえる。

 こうした仕事が全国規模で1000万人の単位で拡大していることが、政府が「柔軟な就業」を前向きに評価していることの背景にある。

フードデリバリーサービス企業で働く配達員(饿了么サイトの掲載画像より)

増える「日雇い仕事」

 デジタル化によって生まれた、こうした新しい働き方が拡大する一方、中国各地の工場などで「日結工」と呼ばれる日払い賃金の労働者として働く人々も増えてきている。

 中国の工場では、農村部から都市部に働きに出てくる労働者を雇用する場合、基本的には1か月単位で雇用契約を結び、雇用主と労働者は「五険一金」と呼ばれる養老保険(年金)、医療(健康)保険、法定の住宅積立金などの社会保険料を分担納付することになっている。

 しかし、工場の中には、現場で発生する作業量に合わせて柔軟に労働力の投入を調整したいというニーズは常に存在する。特にコロナ発生以降、原材料や製品の輸送が滞ったり、急な注文のキャンセルや、逆に短納期の受注が増加したりするなど、生産の不安定要素が高まった。そのため賃金日払いで雇用する「日結工」の活用にメリットが増えている。

 現在、工場での軽作業や物流倉庫などでの物品の整理や運搬といった作業の場合、日給は地域にもよるが、170~250元(3000~4500円)程度が相場だ。月ぎめの固定給より20~30%程度高いが、日払いの場合、本来は納付すべき社会保険料を負担しないケースが多いので、全体的なコストとしてはあまり変わらなくなる。

 一方、働く側でも「消費者ローンの返済にお金が足りないので、1日だけ働きたい」「リストラにあって職探し中なので、生活費を稼ぎたい」といった切実な状況の人、なんらかの事情で固定した仕事ができない人は一定数いる。こうした双方のニーズに応えて、各地に日払い労働を専門に扱う仲介業者があり、SNSなどを活用して日払い仕事の働き手を募集している。日払い仕事が広がる背景には、多様なワークスタイルの実現とは異質の、「柔軟な就業」に頼らざるを得ない人々の存在がある。

厳しさ増す雇用。公務員試験の倍率は過去最高

 加えて、政府が「柔軟な就業」を促進せざるを得ない背景には、中国経済の減速がある。ここ数年の経済成長率の低下、不動産市況の天井感などに加え、コロナによる消費の減速、エネルギーや素材価格の上昇などで、中国国内には閉塞感が強い。私の周囲でも、勤務先でリストラにあった話や給与支払いの遅延といった話を聞くようになってきた。雇用情勢が厳しくなっていることは間違いない。

 そうした中で、収入が安定した職に就きたいと考える人が増えるのは当然の流れだ。昨年秋に行われた2022年度採用の国家公務員採用試験には、3万人強の採用枠に全国から212万人の受験者が集まり、倍率は過去最高を記録した。採用は68人に1人という超難関である。安定した職を求めても簡単に手が届く話ではないのが現実だ。

 では民間の大手企業はどうかというと、それもあまり魅力的に見えていない。特に1990年代以降生まれの若い層には民間の大企業に対する一種の失望感が広がっている。

「996」を拒否する若者たち

 数年前、中国で「996」問題が議論を呼んだのをご記憶の方もあると思う。「996」とは「朝9時から夜9時まで、週に6日間働く」という意味で、つまり1日12時間労働、休みは週1日、日曜日だけという勤務状況を指している。

 この連載の2019年4月「中国の「996 問題」とは?労働問題から見える遠ざかるチャイナドリーム」で触れたので、ご参照いただきたい。

 当時、アリババグループのジャック・マー(馬雲)や、中国のEコマース大手の京東(JD)の創業者、劉強東らの「IT企業家第一世代」が「若いうちはがむしゃらに仕事に打ち込むことも必要だ」といった趣旨の「996擁護論」を語ると、若い世代は強く反発した。

 私の友人の弟が中国の大手IT企業で働いていて、この旧正月休みに話を聞いたところ、確かに給与は高いが、仕事は本当にハードで、「996」どころか連日連夜、日付が変わってからの帰宅は当り前、週末の休みもほとんどなし――といった勤務が常態化しているという。中国でももちろん違法だが、改まる気配はないらしい。

 おまけに会社の人事担当者からは「この会社では君たちに35歳以降は期待していないから、それまでにお金を貯めて、スキルを身に着けて、他の道を探すように」と言われているという。ここまで率直だと逆に話はわかりやすいが、要は使い捨てである。昨今の若い人たちが「結局、自分の人生は自分でなんとかしないと」と考えるのは無理からぬことかもしれない。このような既存の会社、既存の組織に対する失望感が、「柔軟な就業」に向かう若い世代の意識の根底にある。

実質的な「半失業状態」の不安

 今後、中国の人件費がさらに上昇するにつれて、製造業の海外移転が増えるのは間違いないし、その流れはすでに起きている。生産ラインの自動化、ロボット化も進むだろう。Eコマースの成長で、すでにリアルの小売店は減少の一途だ。コロナはそこに追い打ちをかけている。さらには、大手不動産デベロッパーの経営破綻が取り沙汰されているように、不動産投資が冷え込んできている。大量の雇用を生んできた建設業、住宅関連産業が落ち込む状況になれば、自ら望まなくても「柔軟な就業」を迫られる人が増えるかもしれない。

 非自発的な「柔軟な就業」への転換が続出するようになれば、それは事実上、「半失業状態」の人が増えるだけになってしまう。政府がワークスタイルの多様化を掲げ、「柔軟な就業」の促進を高らかに打ち出すことに世論の反発があるのは、人々がそうした状態に陥ることに不安を感じているからだろう。

 「柔軟な就業2億人」を新しい時代のワークスタイルにするために、デジタル化の進展した中国社会はさまざまな強みを持っている。過剰な統制で民間企業の活力を削ぐことなく、個人を軸にした新しい社会の仕組みが育つかは、政府の手腕にかかっている。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

ブライトンヒューマン(BRH)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員
1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

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