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金融は「AIを使う段階」から「AIを前提に作り直す段階」へ - Money20/20 Europeに見る、金融業界を動かす3つの大潮流

 金融業界のデジタルトランスフォーメーションは、今、歴史的な転換点を迎えています。オランダのアムステルダムで開催された世界最大級のFinTechカンファレンス「Money20/20 Europe」の中で多く語られたのは、AIが単なる「効率化ツール」ではなく、銀行のDNAを根本から書き換える力を持っているという事実でした。金融業界はいま、単なるデジタル化の延長線上にとどまりません。銀行、FinTech、決済、デジタル資産、政策、テクノロジーの各領域が、ひとつの大きな問いに向かって収束していることが分かります。それは、「AI時代に、金融機関はどういった役割を担うべきか」という問いです。

 本稿では、長年Money20/20 USAに参加し業界のトレンドを追っている筆者からみた、金融業界を動かす潮流を「3つの主要テーマ」に絞り考察します。

参考:Money20/20 USA 2025のイベントレポートはこちら

山口 博司 氏

NEC Corporation
Director

システムエンジニアとして金融機関向け業務アプリケーション開発・システム企画を経て、2016年から2025年3月までシリコンバレーとシンガポールで新技術・サービスの調査、活用の企画・推進に従事。2025年4月から顔認証決済、サプライチェーンファイナンスなどの事業開発および海外展開をリード。マサチューセッツ州立大学MBA修了。BΓΣ(Beta Gamma Sigma)会員。

Money20/20 Europe

 Money20/20は決済・FinTech・金融サービス分野における次なる潮流に焦点を当てたカンファレンスで、毎年米国、中東、アジアでも開催されており、金融業界における世界的なプラットフォームの1つとなっています。ヨーロッパでの開催は今回で10回目という重要な節目を迎え、105カ国以上から7,500名以上の参加者が集まり、業界の未来に向けた新たな洞察・視点を提供しました。

写真:会場の様子(筆者撮影)

 計450名以上のスピーカーが登場した各種セッションでは、AIの台頭と「エージェント時代」、欧州の競争力の未来、国境を越えた決済、デジタルID、サイバーセキュリティ、組み込み型金融、金融インフラの進化、などトピックは多岐にわたりました。

 AIはイベント全体を通じて主要なトピックであり続け、講演者たちはAIが顧客体験、不正防止、コンプライアンス、リスク管理、業務効率の各分野ですでに実験段階から実用化への移行が進んでいることを共有しました。同様に多くの講演者が重要なキーワードとして挙げていたのが信頼です。信頼は、これからの金融業界やAI時代における最大の価値・競争優位性、ビジネスの根幹であるとしてその重要性が強く語られました。

 以下では、筆者が聴講したセッションの中から特に重要であったポイントを3つに絞り、業界の方向性を形作る議論を深掘りしていきます。

AIは「効率化ツール」ではなく、銀行のOSになる

 最も大きな潮流は、AIの位置づけが変わったことです。これまでAIは、コールセンター対応、与信審査、不正検知、コンプライアンス業務などを効率化する技術として多く語られてきました。しかし多くの登壇者は、AIはもはや業務を改善する道具ではなく、金融機関の業務、組織、顧客接点を再設計する中核能力として扱っていました。

 昨年のMoney20/20 USA 2025と比較すると、同イベントではAIを導入する前提としてデータ品質、キュレーション、文化変革が重視されており、特にデータは豊富でも洞察に変えられていないことが共通の課題でした。一方、Money20/20 Europe 2026ではさらに踏み込み、AIを既存業務に後付けするのではなく、IT基盤・データ・プロセスを三位一体でAIネイティブに最適化する段階に議論が進んでいると感じました。つまり、昨年は「AIを正しく、安全に使うための土台づくり」が中心だった一方で、今年は「AIネイティブな銀行へどう変わるか、AI前提で銀行を再設計すること」へと、議論の重心が移っていると捉えることができます。

 この変化は「AIを既存プロセスに組み込む」発想に限界が来ていることを示唆しています。オランダ最大手銀行のひとつであるABN AMROのCEO、Marguerite Berard氏は“悪いプロセスに優れたAIを当てはめても、結局は悪いプロセスのまま。当行ではエンドツーエンドのプロセス最適化に注力し、プロセスをAIネイティブなものにしている” と述べたほか、スペイン最大手銀行SantanderのVice President, Global AI TransformationのConny Ploth氏も“プロセスを修正する前にAIを導入するのは、ぼろぼろのケーキにアイシングを塗るようなものだ”と例え、AIのレイヤーを重ねる前に、まず優れた効率的なプロセスへの修正の必要性を訴えました。

写真:Marguerite Berard CEO(筆者撮影)

 これは金融機関にとって、かなり厳しいメッセージです。なぜなら、多くの金融機関は過去十数年、店舗での手続きや紙の書類をスマホアプリやWebに置き換える「デジタル化」に多額の投資をしてきたからです。そしてそれはまだ「既存業務のデジタル移植」に近いケースが少なくありません。この議論が示すのはその次の段階、つまり「最初からAIを前提に業務と顧客体験を設計する」段階への移行です。銀行がサービスをデジタル化してきたDX(デジタルトランスフォーメーション)の段階から、AIを前提とするAX(AIトランスフォーメーション)へ比重が移っていることを表しています。

 この潮流の本質は、AIを「部品・ツール」として導入するか、「設計思想、事業のOS」として取り込むかの違いにあります。前者では、既存業務の延長で改善するだけですが、後者では、金融機関のあり方そのものが変わります。

顧客体験は「操作」から「意図の理解」へ

 2つ目の潮流は、顧客体験の再発明です。たとえば、これまでのデジタルバンキングは、顧客がアプリを開き、残高を確認し、送金先を選び、金額を入力し、何度かクリックして取引を完了するのが一般的でした。便利にはなりましたが、顧客が自分で操作し、自分で判断し、自分で手続きを進める構造は大きく変わっていません。この点について、スペイン系グローバル大手銀行BBVAのCEO、Onur Genç氏は同行の顧客8,100万人に同じデザイン・インターフェースを提供している現状を不自然ととらえ、将来的に銀行アプリは“対話型のツールとなる。はるかに能動的になるため、顧客インターフェースは再び一変することになるだろう”と述べました。

 ここで重要なのは、アプリの操作が「クリック中心」から「会話・音声中心」へ移ることは単なるUI改善ではないことです。送金を一言で処理できるようにすることは、音声入力による操作の時間・手間の短縮にとどまらず、ユーザーの意図に基づく金融サービスへのパラダイムシフトだと捉えることができます。たとえば、口座残高が少ない顧客にローンや短期の個人融資を無理にすすめるのは従来型のプロダクトプッシュです。一方で、AIが顧客の「支払いを遅らせたくない」「無駄な利息を払いたくない」という意図を理解すれば、支払い日変更や請求処理の先送りなどにより支払いを分散させ顧客の完済を支援するといった、より顧客の目的に沿った提案が可能になります。AIに期待される役割が、「機能(What)の提供から、ユーザーの目的(Why)の理解へ」移っているのです。これは、金融機関の競争軸が「商品・サービスをどれだけ多く持っているか」から、「顧客の文脈をどれだけ深く理解できるか」へ移ることを意味します。

 この流れは、金融機関にとって機会であると同時に大きな課題でもあります。顧客の意図を理解するためには、取引履歴、ライフイベント、資金繰り、購買行動など、多様なデータを横断的に読み解く必要があるため、顧客体験の差別化は、表面的なアプリのデザインなどではなく、データとAIの成熟度で決まるのです。OracleのSovan Shatpathy氏は“銀行が直面している課題は、彼らがすでに熟達している「取引ベースのバンキング」を、いかにして「インテント(意図)ベースのバンキング」へと進化させていくか”であると強調しました。金融機関が顧客の「操作」を待つ状態から、顧客の「意図」を理解して先回りする存在へ変われるかどうかが、次の競争を分けるといえるでしょう。

写真:(左)Sovan Shatpathy氏(筆者撮影)

信頼、主権、ガバナンスが新しい競争力になる

 3つ目の潮流は、信頼とガバナンスです。AI、デジタルID、ステーブルコイン、デジタル資産、クロスボーダー決済が進展するほど、金融の根幹にある「信頼」の重要性は増しています。いずれのテーマを議論する場合でも、企業と金融機関の間、国や地域の間、そして消費者との間の信頼が上記テーマの導入と成長に不可欠だといえるからです。Money20/20 Europeでは競争が激化するグローバル環境のなかで、欧州が金融インフラを強化し、イノベーションを加速させ、戦略的自律性を維持する方法が随所で議論されました。また、デジタル資産もこれまでのような周辺テーマではなくなってきています。ステーブルコイン、トークン化資産、ブロックチェーンベースの金融インフラ、伝統的金融とDeFiの融合などが、議論の主題として位置づけられました。

 ただし、信頼の問題はデジタル資産や決済インフラだけに限られません。AIエージェントが商取引や金融取引を代行する時代には、「誰が責任を負うのか」という問いがより複雑になります。AIにお金を使わせるなら、AIがお金について正しく理解していなければならず、AI時代の新しい責任の所在をどう標準化し、公平なルールを作るかが金融・商取引全体における大きな課題となります。「AIがお金について正しく理解する」、という点についてSnowflakeのAditi Subbarao氏とNVIDIAのGeorgios Kolovos氏の講演では、“「大規模言語モデル(LLM)」はあくまでも言葉に基づいたモデルであり英語しか読めない人に、他の言語で書かれた歴史の本を渡して数学、英語、地理の試験を受けさせても、まったく意味が通じない。 考えてみれば、まさにそれこそが、これまで私たちが金融分野においてAIモデルに要求してきたこと” と説明。つまり、言葉に特化したAI(LLM)をそのまま持ち込むのではなく、複雑なお金の動き(取引データ)そのものを学習するAIでなければ、金融の世界の真の文脈は読み解けない、ということです。お金について正しく学習したAIと言葉に特化したAI(LLM)双方を組み合わせることで、ユーザーの意図を理解し、理想的な体験を提供できるようになるでしょう。

 AIエージェントのIDや権限をどう証明するかも重要になってきます。動的に生成され数秒で消滅するようなAIエージェントのIDをリアルタイムで証明することは困難であり、店舗側が検証できない場合、受け入れ自体が困難になります。

 どのAIに、どの権限を委譲し、どの範囲で取引を許可し、ミスが起きた時に誰が責任を負うのか。これらを説明できる金融機関が、AI時代の金融インフラを担うことができ、信頼は単なるブランドイメージではなく、金融機関の競争力そのものになってくるでしょう。

写真:Georgios Kolovos氏とAditi Subbarao氏(筆者撮影)

金融機関の次の勝負は「便利さ」ではなく「再設計力」

 Money20/20 Europeの講演を通じて見えてきたのは、金融業界が「デジタル化の第2幕」に入ったということです。第1幕は、紙や店舗で行っていた業務をスマホやクラウドへ移すことでした。第2幕は、AI、データ、デジタルID、決済インフラ、デジタル資産を前提に、金融機関そのものを再設計することです。

 この変化の中で、選ばれ続ける金融機関は単に優れたAIモデルを導入した組織ではありません。データの質を磨き、古いプロセスを疑い、顧客の意図を理解し、AIエージェントの権限と責任を管理し、なおかつ人間が判断と信頼の最後の担い手であり続ける組織だといえるでしょう。

 金融の未来は、アプリの画面の中だけで決まるのではありません。むしろ、画面の裏側にあるデータ、AI、ガバナンス、信頼設計の総合力で決まります。金融サービスが「便利なデジタル商品」から、「顧客の意図を理解し、社会的信頼の上で自律的に価値を届けるインフラ」へ進化しつつあることを、Money20/20 Europe は示しています。