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【DX の“一歩先”】Vol.3
ポスト DX 時代に見えてくる 技術と未来社会とは

 もはや「ビジネスのこれから」を見通す上で、テクノロジーの活用は不可欠なものになりつつある。しかし、デジタル変革を一歩先に進め、具体的な戦略やアクションに役立てる、あるいは社会やビジネスの課題を解決したり、新たな価値を創造していくにはどうすれば良いのだろうか。このヒントを探るべくwisdomでは「DXの“一歩先”」と銘打ち、ビービットCCOの藤井 保文氏をモデレーターとする3回にわたる連載対談を企画。第3弾では、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」の生みの親・吉藤 オリィ氏と、顔認証の第1人者であるNECフェローの今岡 仁が登場。テクノロジーは社会をどう変えていくのか。3人の実践者による熱い議論が交わされた。

SPEAKER 話し手

吉藤 オリィ氏

株式会社オリィ研究所
所長

藤井 保文氏

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)

今岡 仁

NECフェロー

人工知能の研究を始めたのは友達をつくりたかったから

藤井氏:今日は、「技術が社会をどう変えていくか」というテーマで、お話を聞いていきたいと思います。まずはこれまで研究してきたテーマも含め、自己紹介をお願いします。

吉藤氏:私は「OriHime(オリヒメ)」という分身ロボットをつくっています。子どものころは体が弱くて、3年半ほど自宅療養と不登校を経験しました。それが私の原点となり、高校時代は体が弱い人通学できるようにと、車椅子の研究開発に取り組みました。

 車椅子を自作するほど社会に出たいと思ったのは、とても孤独だったからです。私は人とのコミュニケーションが苦手で、人間が怖かった。でも一方で友達をつくりたくて、高専では人工知能の研究に取り組みました。1年ほど研究を続けたのですが、人工知能を友達にすることに限界を感じ、コミュニケーションテクノロジー、通称「リレーションテック」の研究を始めました。OriHimeをつくり始めたのは21歳のころ。以来、人類の孤独の解消のために、寝たきりの方たちと一緒に分身ロボットの研究開発をしたり、さまざまな理由で外出が難しい移動困難者が分身ロボットを遠隔操作して働ける「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」の運営をしたりしています。

株式会社オリィ研究所 所長
吉藤 オリィ氏

小学5年~中学3年まで不登校を経験。高校時代に電動車椅子の新機構の発明を行い、世界最大の科学コンテストISEFにてGrand Award3rd を受賞。早稲田大学在学中、孤独の解消を目的とした分身ロボット「OriHime」を開発し、2012年株式会社オリィ研究所を設立。分身ロボット「OriHime」、ALS等の患者さん向けの意思伝達装置「OriHime eye+switch」、全国の車椅子ユーザに利用される車椅子アプリ「WheeLog!」、寝たきりでも働けるカフェ「分身ロボットカフェ」等を開発。たとえ入院や家から出られなくとも社会参加できる世界を推進している。

今岡:私は1997年NECに入社し、2002年から顔認証の研究開発を始めました。一時は研究員が2人となり、風前の灯火の状態に陥ったこともありましたが、2009年にNISTのベンチマークテストで世界No.1の精度を実証できたことを皮切りに、合計6回トップを取ることができ(2024年時点)、今に至るまで顔認証の研究をしています。

 2023年に、紫綬褒章をいただいたので、ちょっと新しい研究をやろうと思いまして、今は顔認証を活用したバイタルヘルスの研究をしています。また、顔認証を社会的にどう使っていくかという観点から、エシックス(倫理・道徳)も含めたさまざまな活動をしています。

NECフェロー
今岡 仁

1997年NEC入社。入社後は脳視覚情報処理に関する研究に従事。2002年マルチメディア研究所に異動。顔認証技術に関する研究開発に従事し、NECの顔認証技術を応用した製品「NeoFace」の事業化に貢献。2009年より顔認証技術に関する米国国立標準技術研究所主催のベンチマークテストに参加し、世界No.1評価を6回獲得。2019年、史上最年少でNECフェローに就任。2021年4月よりデジタルビジネスプラットフォームユニット及びグローバルイノベーションユニット担当、生体認証にとどまらず、AI・デジタルヘルスケアを含むデジタルビジネスに関する技術を統括。東北大学特任教授(客員)、筑波大学客員教授として研究者教育に従事。

孤独を解消するための3つのポイントとは

藤井氏:オリィさんと初めてお会いしたのは2019年ですが、そのころから、リレーションテックで「孤独の解消」を目指すという話をされていましたよね。

株式会社ビービット
執行役員CCO(Chief Communication Officer)
藤井 保文(ふじい やすふみ)氏

東京大学大学院修了。上海・台北・東京を拠点に活動。国内外のUX思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。AIやスマートシティ、メディアや文化の専門家とも意見を交わし、人と社会の新しい在り方を模索し続けている。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部。最新作『ジャーニーシフト』では、東南アジアのOMO、地方創生、Web3など最新事例を紐解き、アフターデジタル以降の「提供価値」の変質について解説している。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」では、UXやビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中。
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吉藤氏:「孤独の解消」は私の根幹的なテーマで、ポイントを3つに分類しています。1つは「移動」についての課題を解決すること。もう1つは話すことが苦手、もしくは障害があって話せないというような、「対話」についての課題を解決すること。そしてもう1つは「役割」についての課題を解決することです。

 寝たきりの方、例えばALSの患者さんの中には、呼吸器が使えて、移動ができて、バリアフリーの環境があったとしても、呼吸器をつけることを選ばず死を選んでしまう人もいる。今まで積み上げてきた尊厳を切り崩しながら生きていくのが嫌だから、今まで「立派な人だ」といわれてきた自分が、社会のお荷物になることに耐えられないから、あるいは、家族に介護してもらうことがつらいからなど、理由はさまざまです。

 「役割」とは、やはり「自分が生きていて喜ばれる」ことだと思うんですね。今後、孤独な人はますます増えると思いますし、自分を肯定して生きていくためには「役割」を持つことが必要になる。「移動」「対話」「役割」という3つの課題を解決することが、「孤独の解消」につながると考えています。

今岡:「孤独の解消」とコミュニケーションは不可分の関係にあると思いますが、コロナ禍を境に、コミュニケーションのあり方が少し変わってきたと感じています。コロナ禍前までは「リアルで会うこと」が重要でしたが、オンライン化が進み自宅でバーチャルでの対話やAIとの会話を楽しむような世界になりつつある。そうした中で、吉藤さんは何が一番、孤独の解消につながるとお考えですか。

吉藤氏:実は私も、高専時代はチャットGPTのような、対話型人工知能による「孤独の解消」を志していたんです。自分の話し相手になってくれて、時には喧嘩もできるような人工知能をつくりたい、と。人間は「二次元に恋する」ことができるような拡張性を持っていて、想像の力でそういう世界をつくることは可能かもしれない。ところが、「このロボットは人工知能ではなく、人がロボットを操作しているんですよ」といわれた瞬間、心を開いてくれるお客さんがとても多いんですね。

 人はまだ人を必要としているし、人に必要とされたいと願っている。寝たきりの患者さんを見ていて思うのは、「自分が必要とされているかどうか」が、「生きたい」という思いを支えていること。だからこそ、「人である自分が、誰に対して何ができるのか」を考えることが、今の時代に合わせたアプローチだと考えています。

十人十色の価値観に合わせてテクノロジーを提供する

藤井氏:先ほど今岡さんからもエシックスのお話がありましたが、人がより自由になるためには、価値観と技術がともに進化する必要があると思います。たとえオンラインが普及しても、会社がリモートワークやワーケーションを認めなければ働き方は変わらない。逆に、価値観だけが変化してもテクノロジーが追いつかなければ、リモートワークは普及しない。両方のバリアを破壊して、両方が一緒に進化することが重要だと思うのです。お二人は新しいテクノロジーを開発する立場として、この点をどうお考えですか。

吉藤氏:世の中の価値観を変えるということを、あまりテクノロジードリブンで考えない方がいいと思います。例えば、リモコンなどのボタン操作に慣れているお年寄りに、「iPadの方が便利だよ」といいたい気持ちはわかるのですが、ご本人は慣れたやり方でストレスなくやりたいと思っているわけです。誰しも右手が使えなくなったら左手で必死に書くでしょうし、英語しか通じない世界に行ったら、必死で英語を勉強するはずです。

 代替手段を使いこなしている人からそれを取り上げて、「新しいことをやりなさい」と強いるのはストレスでしかない。その意味で、価値観や生活様式はあまり変えずに、裏の部分をどうDX化していくかを考えています。

藤井氏:価値観を無理に変えさせたり、今の生活に馴染んでいるものを変えさせたりする必要はないということですね。

吉藤氏:世の中の価値観ってなかなか変わらないと思うんです。コロナ禍でコミュニケーションが全部Zoomになって、障がいを持つ人もひきこもりの人も「あのときは働きやすかった」というわけです。ところが、コロナ禍後は結局、元の働き方に戻りつつあります。価値観というものはそう簡単には変わらないので、私は「リアルというインターフェースにテクノロジーをどう当てはめるか」というアプローチをしています。

今岡:価値観というのは十人十色だと思うんですね。コロナ禍のときは「在宅ワークで楽になった」という人がいる一方で、「寂しいから会社で仕事をさせてください」という人もいた。テクノロジーというものは人が主体で、その人に合ったテクノロジーを提供していくことが大事だと思います。

 それから、「AIが普及すると仕事がなくなる」というような大雑把な議論をする人が多いのですが、スマートフォンも使い勝手が悪ければ普及しなかったでしょうし、顔認証も反応速度がちょっと遅いだけで使われなくなったりする。要は賛成派もいれば反対派もいるわけですから、テクノロジーのディテールをどうつくり込むかということも含めて、丁寧に議論をしていく必要があると思います。

顔認証技術が人間とロボットとのギャップを埋める

藤井氏:今回は「DXの“一歩先”」がテーマですが、テクノロジーの進化も含めこれから先の未来をどう描いていますか。

今岡:僕は顔認証をやってきたわけですが、顔認証って「入口」なんです。要するに、顔認証で本人を特定した後に何をするか。例えば、その人の顔色や表情から、「元気そうだね」「体調悪そう」ということが判断できるといいですよね。「今、目の前にいるこの人がどういう状態か」がわかれば、対話のきっかけにすることもできますから。今取り組んでいるバイタルヘルスの研究はまさにそこにフォーカスしたもので、より簡便に自分や身近な人たちが元気に暮らしていくための一助になれれば良いなと思っています。そこで顔認証の技術を活用すれば、離れた所に住んでいるおじいちゃん・おばあちゃんとかの様子を見ながらどういう状態かもわかる、といったようなことも可能になるわけです。

藤井氏:それは面白いですね。ゆくゆく人工知能の普及が進んで、ロボットとサイボーグとヒューマノイドが共存するような社会になれば、「いかに外界を認知するか」が重要なテーマになる。人間は雰囲気で、「オリィさん、今日はいつもより元気がないな」と感じたりするわけですが、機械だとなかなかそうはいきませんから。

 身体性の議論を置き去りにしてロボット化を進めていくと、人間とAIやロボットとのギャップが変な形で生まれてしまう。人間なら相手の雰囲気や機微を読み取れるのに、ロボットにはそれができない。そのギャップを、顔認証の先にある技術が埋めてくれるような気がします。

今岡:おっしゃる通りで、ロボットだけでも、顔認証だけでも、チャットGPTだけでもダメなんです。それがわかっているから、画像とマルチモーダルも一緒に研究しているわけで、20、30年後には面白い世界が見られるのではないかと思っています。

 ちょっと前まではテレビが王様でしたが、今はスマホが王様ですよね。次に来るのはAR/VRだといわれていますが、ゴーグルやグラスをつけるのはわずらわしい。そんなものを付けなくても、家の壁すべてをVRのディスプレイにする、なんてことも考えられるわけです。

 僕は(VRに搭載する)センサーもつくっているので、1つお聞きしたいのですが、吉藤さんは今後どんなセンサーが欲しいですか。

吉藤氏:私はリレーションテックを研究しているので、それに関連したセンサーが欲しいですね。

 人が仲良くなるにはいくつかの要素があって、その1つが「何かを一緒にやる」ことだと思うんです。今日はどんな人と出会えるかなと期待してパーティーに出かけたら、めちゃくちゃ気の合う人間と出会い、それが仕事に発展することもある。そういうリアルでの出会い方については、まだ解明されていないことも多い。それは探求しがいがあるテーマだと思うわけです。

 起業家のマッチング交流会に行くと、「いい人を紹介してあげる」といって仲を取り持ってくださる方がいるじゃないですか。独自のセンサーを働かせて「この人とあの人を会わせたら何か起こりそうだ」と感じとる。あれは一体何なのかというのが、すごく気になっているんです。

藤井氏:「ご縁をセンシングして、ご縁をパラメーター化する」ということですかね。出会いをハックするという意味では、バーやスナックの改良もできるかもしれませんね。あるスナックには90歳のママがいて、料理もせず、カウンターの向こうに座っているだけなんです。常連が勝手に皿を出して、「お金、ここに置いておくよ」といって帰っていく。

 そういう維持のされ方というのは、将来、我々が寝たきりになったときの生き方の1つとしてあり得るかもしれません。要は「スナック2.0」のようなもの。これならママが体を動かせなくなっても、ママを中心としたコミュニティが形成され、自分が存在することで人が集まってくるという社会的役割を得ることができるでしょう。

今岡:ママの意思や感情で働くお手伝いロボットが一緒にいてくれるイメージですね。

藤井氏:そのイメージです。スナック2.0では、寝たきりのママが分身ロボットを遠隔操作しながら指令を飛ばすわけです。

吉藤氏:「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、今まさにその社会実験が行われています。よろしければ一度、ぜひ私たちのカフェにお越しください。

藤井氏:ぜひ伺いたいと思います。今日はありがとうございました。