

【価値創造ビッグバン 〜本物のDXが導く新しい企業経営】Vol.1
テクノロジーが再定義する企業戦略と人の役割
破壊的なテクノロジーの進化が、企業経営の根幹を揺さぶっている。クラウドやAIなどの技術は、業務効率化の域を超え、企業の価値創造の源泉となりつつある。DXはもはや「成果を出してこそ意味がある」時代に突入したといえるだろう。単なるDXの推進のみでは、競争優位性を獲得することは難しい。経営戦略の再構築ととらえ、新たな価値創造に結びつけるには何が必要となるのか――。本特集の第1弾では、「日本企業が直面する人材不足やグローバル競争の中で、どのように独自の強みを発揮し、未来を切り拓いていくべきか」というテーマのもと、DXに精通する2人のキーパーソンが語り合った。
SPEAKER 話し手

塩野 誠氏
株式会社 経営共創基盤
マネージングディレクター
M&Aアドバイザリーグループ統括責任者
IGPIグループ共同経営者CLO

棈木 琢己
NEC
デジタルデリバリーサービスビジネスユニット
コンサルティングサービス事業部門
事業部門長
今後、世界でDXが一番進むのは日本である可能性も
塩野氏:世界に類を見ないスピードで進む少子高齢化、それに伴う労働人口の減少は日本の産業全体に影響をもたらす大きな社会課題となっています。仕事柄、多くの経営層の方とお話ししますが、皆さん人手不足に悩んでいて、若年層に至っては取り合いになっている。こうした課題の解消に向け、期待されているのがDXです。これまでは「DXによって行き場がなくなってしまう人をどうするのか」という議論がありました。しかし、ここまで人手不足が深刻化していると話は変わってくる。日本はデジタル技術でどんなに生産性を上げても、批判されない状況に入ったのではないかと思います。

マネージングディレクター
M&Aアドバイザリーグループ統括責任者
IGPIグループ共同経営者CLO
塩野 誠氏
テクノロジー領域を中心に20年以上の国内外での投資、コンサルティング経験を持つ。地経学研究所では技術が国際政治に与える影響について研究と発信を行っている。著書『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』ゴールドマン・サックス証券、ベインアンドカンパニー、ライブドア等を経て現職。慶大法卒、ワシントン大学ロースクール法学修士
棈木:日本のデジタル競争力は、世界的に見て後れを取っているといわれます。実際、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表している「世界デジタル競争力ランキング2024」では、67カ国中、日本の順位は31位でした。その一方で全米アジア研究所のレポートでは、今後DXがグローバルで一番進むのは日本ではないかという予測を立てている(※)。人が足りなくて、DXは待ったなし。AIも含めデジタル技術を積極的に活用しないと成り立たないからです。課題先進国でもあるので、もし日本が最初に解決策を見出したら、それを海外にパッケージ化して提供することだって可能になるかもしれません。
- ※ 出典:全米アジア研究所 Japan’s Lucky Moment “Business Model Reinvention and the Digital Transformation”

デジタルデリバリーサービスビジネスユニット
コンサルティングサービス事業部門
事業部門長
棈木 琢己
コンサルティング企業において、主にハイテク、消費財などの製造業、旅客・通信、ウェブサービスなどのサービス業の企業に対して新規事業立案、CX・マーケティング変革、BPRなどのコンサルティングサービスを提供。現在、NECにて製造業・サービス業を中心にクライアントのデジタルトランスフォーメーションの推進を支援
塩野氏:ただDXといっても、リソースは限られているので、「協調領域」と「競争領域」を明確に切り分けるアプローチが必要です。協調領域に関してはシェアリングし、実際の付加価値部分は競争領域でつくっていくのです。どちらにせよ、自社のみで実現することは難しく、共創がカギを握ることは間違いない。クラウド上で複数の企業が設計開発を分担する取り組みは、既に製造業で実例が見られます。
棈木:いわゆるプラットフォームのように、多くのプレイヤーが参加できる器を用意して、そこで利用できる多様なアプリ(道具)や情報(データ)を提供する、というのは、今の時代に一番合っている気がします。
塩野氏:企業戦略としてはグローバルニッチを狙うのが有効ではないでしょうか。半導体などはその一例です。半導体そのものではなく、半導体の製造装置や検査装置、素材などでオンリーワンのものをバリューチェーンの中で提供していくわけです。
棈木:確かに最終製品で戦うより、最終製品の中の重要コンポーネントなど、日本企業の製品・素材がないとつくれない状況を狙っていくというアプローチは有効だと思います。
塩野氏:日本企業は、“すり合わせ文化”の中で複雑かつ繊細な工程が求められる製品を創出しており、それが実はグローバルなサプライチェーンの中で不可欠なアイテムとなっているケースが多い。課題解決という観点では、GX(グリーン・トランスフォーメーション)など、まだ標準が定まっていない領域で強みを発揮できるのではないでしょうか。そういう意味で日本流のDXを確立していくことは、日本企業が海外展開していく上で大きなアセットになるはずです。
棈木:海外展開を成功させたある企業によると、欧米の企業がM&Aとして進める場合と、日本の企業がM&Aとして進める場合は大きな違いがあるそうです。欧米はやはりお仕着せで「このモデルで『やれ』」という風潮が強い。それに対して日本は買収した側ながら「このモデルが『いいよ』」と推奨モデルを示し、相手側の意見を取り入れた上で、カスタマイズ(改良)していく。その方が長い目で見ると、より信頼関係も強固になり、その後のビジネスもうまくいく。相手に寄り添う日本流のDXも、新しい成功モデルにつながる可能性が大いにあると思います。
NECが挑んだDXの壁――突破のカギは「共創」と「現場起点」
塩野氏:いざDXを進めようとした時、それぞれの企業にはこれまで培ってきた業務や事業、それにひも付いたプロセスがあり、それを抜本的に変えていくことは、容易なことではないですよね。
棈木:確かに業務に深く根付いたプロセスや古くから続く事業がある場合、いきなり「デジタルで変革せよ」というのは無理があります。まずは、既存業務をAIや技術でどう「改善」できるかを考えることが肝心です。既に自力で実践している企業もあるでしょう。ただし、最終的にプロセス全体や事業そのものを見直したり、新しいビジネスモデルを創出したりする「抜本的な改革」はハードルが高く、多くの企業の方が共通して悩んでいらっしゃいます。こうした際は、財務や営業といった共通業務から着手するように提案しています。最初に財務領域が共通化されていなければ、会社全体でビジネスの構想を描くことは困難だからです。
塩野氏:DXの手前にある全体プロセスの最適化や事業ポートフォリオの見直しですよね。これは経営層の関与が不可欠となる戦略の話だと思いますが、NECではそうした提言もしているのですか。

棈木:そうしたケースも増えています。当社は2010年代に事業ポートフォリオを取捨選択しなければ、先がないという大変な時代がありました。そこで、変革への強い意識をトップマネジメント層で共有し、縦割りだったお互いの事業を理解しあい、企業としてどう変革していくべきかという議論を徹底的に繰り返しました。その後に野心的なコンセプトをつくり、企業インフラを変え、クイックウィン(短期的に達成可能な小さな成果)を連続して、結果として変革することができました。
塩野氏:そうした経験で得た知見に期待して、相談が来るイメージですか。
棈木:お客様によりますが、IT部門の方は、クイックウィンを永続させるための仕組みだったり、変革を支えるシステムに関心を持たれたりします。もう少しコーポレート寄りになってくると、変革意識の醸成や事業部間の連携などに興味を持たれる方が多い。例えば、今後の成長が難しくなっている事業があって、その事業部だけで立ち直ることが難しい場合、パーパスに立ち返って、どういう組み合わせや方法があるのかを一緒に考えて欲しい、といった具合です。

塩野氏:企業のパーパスにまでかかわるような話だと、トップマネジメントの思想から事業を再定義して、最終的にシステムを実装するといった流れになると思うのですが、NECではどんなチーム編成で一連の変革を支援するのですか。
棈木:これもお客様によって変わってくるのですが、共通しているのはNECが自らの経験を基にお客様に寄り添う姿勢です。これまでシステム提供のように「成果物が何か」という形ではなく、お客様と同じ視点になって「ペインポイントはどこなのか」「なぜ変革が必要なのか」「それに向けた構想や施策は何か」を丁寧に読み解き、「うちの会社のことを理解してくれる」「一緒に汗をかいてくれる」という信頼を得て、そこから変革の解像度を少しずつ上げていきます。こうしたアプローチの場合は、課題設定や計画策定などの「上流コンサルティング」「技術・ノウハウ」「組織・人材」の3つをひとまとめで提供できる体制で臨みます(※)。
- ※ NECは自社の改革を通じて培ったノウハウとグローバルパートナーの最先端テクノロジーを活かし、顧客企業の変革を成功へ導く価値創造モデル「BluStellar(ブルーステラ)」を推進している
塩野氏:NECでは最初に自社で実践し、そこで得たノウハウや知見を基に顧客企業へ展開するといった手法を採っていると聞いたのですが、AIをはじめとした最新技術でもそうしたことを率先して行っているのですか。
棈木:「クライアントゼロ」のことですね。もちろんAIでもさまざまな試行錯誤を積極的に行っています。コーディング支援やナレッジマネジメント、役員同士の課題整理やアイディエーションへのAI活用などはその一例です。ただ、クライアントゼロで実践したものが、そのままお客様に適合するかは別の話です。ある程度のシナリオはありますが、そこはお客様の状況だとか、ケーパビリティや優先事項を含めて、アレンジを加えます。
とはいえAIについていえば、まず「体感すること」が非常に大事だと思います。もちろん、いきなりすべての機能を全社員が使うわけではなく、ポリシーをつくり、セキュリティを担保した上で、使える環境を実現していく。一度体感すると、現場で上手く使う人や部署が出てきて、そこから大きな波が広がっていくケースが多いですね。特に営業やマーケティングなど、適用しやすい領域はかなり活用が進んでいるお客様も少なくありません。
塩野氏:取締役会で「今AIでここまでできるんです」というイメージを最初に見せたり、現場だとChatGPTやLLM(大規模言語モデル)を、まずは使わせてみて活動量を見る、という手もありますよね。いずれにしても最新技術をNECが自ら活用しているわけなので、顧客企業から見るとフィジビリティ(実現可能性)も含め、リアリティが違って聞こえるでしょうね。

AIの可能性と限界――人間の役割はどう変わるのか
塩野氏:生成AIやAIエージェントという文脈では「どこからどこまでAIがやって、どこからどこまで人間がやるか」といった役割分担に関する議論が高まっていますが、その点はどう見ていますか。
棈木:確かに要約やコードの生成など論理的な思考を伴うようなタスクにおいては生成AIが圧倒的に強い。ただ、その一方で新しいものをつくり出すことは不得手ですし、「AIと人間が協調したほうがいい答えが出るテーマ」もあります。また、アウトプットの意味を理解し、活用するのはあくまでも人間の役割。AIから出てきた答えが仮に正しいとしても「なぜそう言えるのか」の裏付けを人間が理解できるようにする必要があると思います。
塩野氏: AIシステムに人間の判断を組み込んでいく「ヒューマン・イン・ザ・ループ」の考え方ですね。これで精度と信頼性を高められる領域も多いので、人間の役割はなくならないと思います。例えば生産計画などでは、知識の中には言語化や数値化が難しい部分もあって、人間とAIの協働が求められるケースも少なくありませんから。
棈木:特にコミュニケーションが濃い部分は、AIが取って変わるのは難しい。先ほど出た「すり合わせ」もその1つですが、会話している中でアイコンタクトしたり、表情や心情を汲み取りながら進めていくのは、やはり人間が得意な領域です。AIを活用していくにしても、AIに任せる領域/人間が担う領域/協調する領域 という区分は考えておいた方が良いでしょう。
塩野氏:こう考えていくと、AI活用ひとつ取っても、技術理解、戦略構築、フィジビリティ判断、適応領域など、トップマネジメント層が考えるべき必須科目が増えているなと感じます。またそれを全社で推進するには、好奇心や実践力が重要な原動力になる気がします。ただその一方で、デジタルはあくまでもツールに過ぎないので、うまく進まない時は「何を本当にやりたいのか」という目的に立ち返ることが大事なのでしょうね。
棈木:企業として3年後、5年後の絵姿を描き、そこからバックキャストで現在行うべき施策を練っていくことはもはや不可欠です。ただし、その絵姿に向けた過程は、世の中の情勢に合わせて継続的かつ大胆に見直していく必要があります。その都度修正しながらも、先を見据えた挑戦を止めないこと。これがDXには重要ではないでしょうか。
