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2017年01月31日

米大統領選のトランプ氏勝利に学ぶ、「ポスト真実」の時代を生き抜く力

 昨年6月のイギリスのEU離脱、そして11月の米大統領選挙でのドナルド・トランプ氏勝利など、2016年に行われた世界的な選挙では、当初の予想を大きく裏切る意外な結果がもたらされました。このように、客観的事実よりも感情的な訴えかけが世論形成に大きく影響を及ぼす状況を示す言葉として「ポスト真実」が注目されています。なぜこのような真実ではないものが選ばれるのでしょうか。『多数決を疑う』(岩波新書)の著者であり、慶應義塾大学経済学部 坂井豊貴教授に、トランプ氏が勝利した要因や、「ポスト真実」の時代にビジネスパーソンが生き抜くための力についてお聞きしました。

坂井 豊貴(さかい とよたか)氏
慶應義塾大学経済学部教授。1975年広島県生まれ。米国ロチェスター大学Ph.D.(経済学)。横浜市立大学、横浜国立大学、慶應義塾大学の准教授を経て、2014年より現職。著書に『多数決を疑う』(岩波新書、2016年新書大賞4位)、決め方の経済学(ダイヤモンド社、2016年週刊ダイヤモンド・ベスト経済書3位)ほか。2015年義塾賞。

多数決が常に人々の意思を正確に反映するとは限らない

──ブレグジットや米大統領選挙の結果を受けて、正義や真実とは違うものが勝ってしまう今の風潮をどのように見ていますか。

坂井氏:
 私は、社会的選択理論という「人々の意思をより良く反映できる決め方」について研究しています。選挙における「多数決」という決め方は人々の意思を適切に反映できるように思われがちですが、単純な一回だけの多数決は、人々の意思を正確に反映させることができないことがあります。

 たとえば、多数決は「票の割れ」にひどく弱いという側面があります。顕著な例が2000年の米大統領選挙です。当初の世論調査では民主党のアル・ゴア氏が勝つと予想されていましたが、結果はそうはならず、共和党のジョージ・W・ブッシュ氏が勝ちました。理由の一つは第3の候補として立候補したラルフ・ネーダー氏が政策的に近いゴア氏の票を奪ったことです。この結果はその後の世界情勢を決定的に変えてしまいました。

 ブッシュ氏は大統領就任後にアフガニスタン侵攻やイラク戦争を仕掛け勝利しますが、その後フセイン政権を支えたバース党の残党はイスラム国を結成して、ヨーロッパのテロの問題、難民の問題を引き起こしています。結果、2016年は排外主義が世界に渦巻き、その中でイギリスのEU離脱が起こり、米国ではトランプ氏が当選しました。

 「ポスト真実」といっても、要するに「嘘」です。私は研究者として、人々の意思をよりよく反映させる決め方を考えていますが、今回の米大統領選挙のように、そもそも人々の意思が真実でないものに踊らされているとき、意思をより良く反映させることに価値があるのかどうかは認めにくい、というのが正直な今の心境です。

──今回の米大統領選は、ブッシュ氏が当選した2000年の大統領選挙の時のように、当初の予想を裏切る結果になりました。トランプ氏の勝利は、本当に民意を正しく反映した結果なのでしょうか。

坂井氏:
 2000年の米大統領選挙は、ゴア氏の票がネーダー氏に食われたことをはじめブッシュ氏の勝利は運の要素が強かったと考えられています。一方で、トランプ氏の勝利は、予想外ではあれども、運任せではなかったように思います。その意味では確固たる勝利でしょう。

 しかし、この勝利が「民意」を反映できていたかというのは疑問です。民意という言葉を使う場合には注意が必要です。民意とはもともと英語の「the will of the people」ですが、ここでいう「the people」とは誰かというと「私たち」という一つの集団です。ルソー的にいうと「単一不可分の共同体」、それが人民です。ただの複数の人々ではなく、一つの人民という共同体が成立したうえで、その意思「the will」が、「the will of the people」と呼ばれます。これが「民意」です。

 つまり、トランプ氏のような「根も葉もない嘘」によって人々を社会的に分断させるような発言をすることは、そもそも「the people」を成立させないようにする行動です。なので、そもそも「the will of the people」は生じようがありません。つまり、いわゆる「民意」はなかったように思います。

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