2017年01月13日
AIによる社会価値創造
脳の「ゆらぎ」を応用した超低消費電力のコンピュータで「おもろい社会」を実現
シンギュラリティをどう捉えるか
加納氏:
ところで昨今、AI関連ではシンギュラリティや2045年問題が話題ですが、これについて先生はどのように捉えていらっしゃいますか。
柳田氏:
研究者にとって、脳の原理が分かることは原子力を開発すること以上に怖い、責任あることなので、仮にすべてが解明できるとなったら身を引く人もいると思います。仮にAIが人間を超えて深刻な事態が見えてきたなら、研究者だけでなく、社会学の専門家や政治家など、あらゆる分野の人が入って議論していかなければいけない。それでも僕は、いわゆるシンギュラリティや2045年問題は起こらないと楽観視していますし、多くの脳研究者も信用していないんじゃないですかね。技術的側面ではなく、なんというか、メンタルな側面でですが。
加納氏:
AIの分野で世界トップを狙うNECでは、あえてシンギュラリティを起こそうというスタンスです。世界をリードするためには、予想されているものは前倒しで実現させていく姿勢が大切ですから、シンギュラリティを加速させるような技術を生み出したい。ムーアの法則に則って半導体が進化していく時代が終焉を迎えた今、新しいイノベーションを起こさない限り、ICTの進化はありません。
IoTによって1,000億台の「シングス」がつながると言われるなか、これらを従来の技術で把握するのは不可能です。そのためには、コンピュータそのもののパラダイムシフトが必要で、それを実現するまではシンギュラリティと言われようが、AIの技術の進化を止めるわけにはいきません。
先生がおっしゃったように、深刻な事態が見えてきた段階で何らかの制御を行う必要はありますが、その時代には人間を超えたAIが人間の作った規制を乗り越えるかもしれない。だとしたら、AIが暴走しないようなロードマップを、さまざまな分野の専門家と協力して作るべきだと思っています。
柳田氏:
何をもってシンギュラリティとするかですが、IoTなど1,000億のシングスをどうするかという目の前の課題を解決するのに、AIは1つの効果的な方法でしょう。世界のデジタル情報量は1.8ZB(ゼタバイト)、10年後にはその20倍にまで増えると言われてきた。現在、コンピュータ関連機器が使っているエネルギーが全消費電力の数%前後だと言われています。10年後には何十%ものエネルギーが必要になると試算されています。この深刻な事態を回避するヒントが、生命の原理にあるわけで、これを応用できれば、劇的にコンピュータが使うエネルギーは減らせるでしょう。我々とNECが共同で研究する意味は、そうした質的な変化に対応することにあると思っています。
加納氏:
確かにそうですね。私たちも、もう一度はちまきを締め直して勉強します。
「おもろい研究」から「おもろい社会」をつくる
加納氏:
最後に、柳田先生が普段からおっしゃっている「おもろい研究」について伺いたいのですが、先生はいつから「おもろい研究」と言い始めたのでしょうか。
柳田氏:
2001年に大阪大学生命機能研究科の研究科長になったときですかね。科学技術の発展とはいったい何なのかと、疑問に思ったことがきっかけです。20世紀は便利さを追究していればよかったのですが、21世紀は質や精神的豊かさが問われる時代になってきた。質や豊かさとは何かと考えると、大阪では「おもろい社会」という表現になるんです。
加納氏:
「おもろい」とはどういうニュアンスでしょうか。
柳田氏:
ひたすら科学技術レベルを高めて、生産性を向上させたり、省エネを推進したり、新しい薬を作ったりして社会に貢献することに対する疑念から生まれた考え方です。人々は本当に科学技術の進展に期待しているのか、ひょっとすると違和感を覚えている人の方が多いのではないか。うちの嫁さんも「研究はもうよろしい、これ以上便利にしたり、寿命を延ばしてもしゃあない」と言ってますし(笑)。それなら発想を変えて、科学技術でこうしましょうではなく、バックキャスティング的に「おもろい社会」ができれば、みんなが幸せになれるという思いを込めて「おもろい研究」と呼んでいます。大阪以外の人にはなかなか通じにくいのですが、体の底から沸いてくるようなものです。
加納氏:
ワクワクするような?
柳田氏:
そう、感動するようなおもしろさ。「インタレスティング」でも「スマート」でもない、血肉沸き立つ感じです。これからはみんなが「おもろいやんか」と無意識に感じる社会と科学技術を考えないといけないと思います。
加納氏:
私自身も、大阪大学との共同研究で異分野の先生方とお付き合いさせていただいていますが、お話をしていると一つひとつに感動があるんですね。そういうところが、先生の「おもろい研究」を支えている気がしました。
柳田氏:
おもろい研究をしていないと、おもろい社会はつくれないですからね。これからもNECと一緒に「おもろい研究」をしていきたいと思います。
加納氏:
先生には真面目な人しかいないと思われているNECですが、今回のようなオープンイノベーションを通してイノベーティブな発想を学び、「おもろい社会」をつくっていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。