2017年03月21日
来たるべき「AI on Things」社会に向けて ~高性能な超低電力AIチップの実現~
賢くなったモノが見守る安全な暮らし
──最後に、実用化に向けた取り組みと他分野への展開についてお聞かせください。
河原氏:
アプリケーションの一つとして、木造建築の柱への適用を考えています。これは社会的問題となっている空き家の放置が背景にあります。空き家では人の出入りがないため老朽化が速く、倒壊や建材の飛散などのリスクが高まります。空き家内部にある柱の状態を検査しようとすると、現状では大掛かりな作業になります。建築の専門家に聞くと、正しく柱の状態を検査するには家を破壊して内部を見るしかないとも言われています。
そこで私たちは、高性能な圧電センサー技術を保有する大学内の他の研究室と共同で、柱の損傷の箇所や程度を特定する研究開発を開始しました。まさにこれはイジングチップと圧電センサーを組み合わせたAI on Thingsの事例です。柱に多数のセンサーを散りばめれば容易にセンシングはできますが、私たちは少数のセンサーで柱の状態を見える化させることに成功しました。現在では1本の柱にたった1個のセンサーでAIおよびセンシングを行う実験に取り組み、幸いなことに基礎実験は良好な結果が得られています。また、このセンサーは家の自然振動(環境発電)によって発電とセンシングを同時に行います。空き家における柱の劣化や損傷を早く、確実に、簡便に計測して診断できる手法の一つとして実用化したいと考えています。

他分野への展開では、地震や水害などの災害や宇宙ゴミの問題など社会的課題をAI on Thingsで解決したいと思っています。そのためには、積極的に企業とコラボレーションを行い、サステナブルな技術をいち早く社会へ提供していきたいと願っています。
──本日は貴重なお話をありがとうございました。

(1) AIチップ:AIの演算処理を担う目的として開発された半導体チップ
(2) ニューロチップ:脳の神経回路網をモデルにした概念が組み込まれた半導体チップ
(3) イジングチップ:イジングモデル(7)の振る舞いを擬似的に再現した半導体チップ
(4) フォグコンピューティング:データ処理をIoTデバイスのあるLAN内に置き、負荷の分散と通信の低遅延化を図ること。クラウド(雲)よりも、デバイスに近いためフォグ(霧)と呼ばれている。
(5) エッジコンピューティング:データ処理をフォグコンピューティングよりもさらに利用者に近い場所に多数のサーバーを配置し、負荷の分散と通信の低遅延化を図ること。
(6) 組み合わせ最適化問題:与えられた条件の中で、いろいろな組み合わせの中から一番良いものを選ぶ問題の総称
(7) イジングモデル:結晶を構成する原子の磁石(スピン)の向きを計算する簡易的なモデル
(8) FPGA:field-programmable gate array、製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路
(企画=有限会社ラウンドテーブルコム Active IP Media Labo、インタビュー・文章=清水康太郎、写真撮影=今井紀彰)