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来たるべき「AI on Things」社会に向けて
~高性能な超低電力AIチップの実現~

2017年03月21日

 第3次AI(人工知能)ブームの中心となったディープラーニング(深層学習)を高速に実行させるために、数々の企業がディープラーニングAIチップ(1)の研究開発に取り組み、製品化に邁進しています。今後、AIチップの開発競争は激化すると予想されている中で、「AI on Things」という斬新なアプローチで研究開発に挑む東京理科大学 工学部 電気工学科 教授の河原尊之氏にお話をお聞きしました。

河原 尊之(かわはら たかゆき)氏
東京理科大学 工学部 電気工学科
教授

AI on Thingsでモノ自身が賢くなる世界とは?

──最初にAI on Thingsとは何かについて教えていただけますでしょうか。

河原氏:
 モノをより賢くすることをAI on Thingsとして提唱しています。AIは単なるツールに過ぎませんが、近い将来にモノとAIが融合する社会が来ると予測しています。

──モノとAIの融合ですか。なぜそのような社会が来るとお考えでしょうか。

河原氏:
 今後のIoT(Internet of Things)には、二つの進化があると考えています。一つは、センサーが高度化していくことです。今は温湿度センサーや加速度センサーなどが使われていますが、これからは個々のセンサーが動画を取り込むような高度化したセンサーが使われると思います。しかし、センサーが取り込んだデータをそのままインターネット回線に入れるとパンクしてしまいます。IoTの電力消費量を調べると、70%くらいがサーバーなどの通信インフラであることが分かります。私たちは、便利な社会を作るために電力消費量をさらに増やしていくべきなのでしょうか。何らかの手段を使って末端でデータを絞り、必要な情報だけをIoTに向けることが、今後のIoTが発展していく上で必要なことだと考えています。

 もう一つは、センサー自身が賢くなっていくことです。近い将来、年間1兆個のセンサーを使用する「トリリオン・センサー」市場が立ち上がると言われていますが、何でもセンサーを付けて楽しいですか(笑)。例えば、部屋の中の状態をセンシングするくらいであれば、センサーは1個で良いと思っています。何にでもセンサーを付けるのではなく、1個のセンサーでセンシングできる仕掛けが必要だと考えています。

 これら二つの進化を加速させる上で、AIは強力なツールとなります。高度化するセンサーのデータをAIで必要な情報のみに圧縮し、インターネット回線へ流すことができるようになります。つまり、AIを搭載することで、センサーをセンシングする側とそれを送り出す側の両方に賢さを持たせることができるようになります。モノ側でAIと融合するAI on Thingsは、IoTがよりサステナブルに進化する上で必然の方向性と見ています。

次世代IoTへ向けて(モノ側でのAIとの融合)

──モノにAIを搭載する場合、AIのチップ化が必要になると思います。既存のAIチップと河原教授が目指すAIチップとでは何が違うのでしょうか。

河原氏:
 現在のAIチップの潮流には、ニューロチップ(2)とイジングチップ(3)があります。イジングチップはD-Wave Systems社(カナダ)の量子コンピュータや日立製作所のCMOSイジングマシン、国立情報学研究所のレーザーイジングマシンなどで使われています。これらのイジングチップは、サーバー側に焦点が当てられ、データセンターでどのようにデータを処理していくかというアプローチです。ビジネスでは、クラウド側の事業をベースに、フォグコンピューティング(4)やエッジコンピューティング(5)のようなデバイスに近い領域まで取り込んでいこうという発想です。

 一方、私はフォグコンピューティングやエッジコンピューティングのようなクラウド側の延長ではなく、モノ自身が賢くなってセンシングし、情報を送り出すことに注力した方がより良い未来が開けるのではないかと考えています。既存のAIチップがクラウド側からのトップダウン的な発想であるのに対し、私たちのAIチップではモノ側からのボトムアップ的な発想であるため、研究開発の視座やアプローチ方法が異なります。私たちの研究室では、サブ1ボルトで動く世界で初めてのイジングLSIの完成を目指しています。どちらのアプローチが良いか悪いかではなく、将来的には適用するアプリケーションに応じて判断し、両方のアプローチから良い技術を社会で利用していくことが必要になると考えています。

──なるほど。センサーのような小さなモノにAIチップを搭載して動かすには、どのような課題があるのでしょうか。

河原氏:
 既存のAIチップは主にクラウド側に搭載されています。クラウドサーバーでは電源管理がしっかりしていて冷却装置もあります。つまりAIチップが使いやすい環境が整っています。一方、モノ側にAIチップを搭載する場合、供給する電力源、電力から生じる熱、低電力化など、電力に関する課題は避けられません。さらに、すべての情報をAI自身が処理するので汎用性が無いと困ります。最近、既存のイジングチップでは、特定の組み合わせ最適化問題(6)しか解けないことが分かりました。私たちの研究室でも以前にこの課題に直面していました。卒業研究の学生に既存のイジングモデル(7)で解くように指示を出したのですが、学生から「既存のイジングモデルでは絶対に解けません」と言われてしまいました。それから様々な議論を繰り返すうちに、解き方を発見したのです。

──すごいですね。どうやって発見したのでしょうか。他の人たちはまだ誰も気付いていないのでしょうか。

河原氏:
 一般的に数学や物理などの難解な問題を解くときには、問題を要素分解することによって解を求めますが、今回は逆に次元を一つ高くすることによって解を見つけることができました。つまり、二次元の問題を三次元の観点から眺めることによって、単純明快な解法を導き出したのです。

 最近の発表を聞くと、他の研究者たちも課題を捉えてその解き方に気付いたようです。ただ、私たちの研究室では他に先駆けてこの課題を解決できたことにより、高性能で超低電力な理科大独自のイジングチップが完成できました。さらに、現在ではイジングチップだけでなく、ニューロチップの研究開発にも取り組んでいます。ちょうどFPGA(8)の開発が終わったところです。モノをより賢くすることに一歩近付けたと思っています。

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