2017年05月25日
“スーパーコンピュータ・シェアリング”による世界初のリアルタイム津波浸水被害推計システム
2011年3月に発生した東日本大震災は、津波による甚大な被害をもたらした。同エリアの余震活動は、6年を経過した現在も継続している。また将来、同様なメカニズムによる巨大地震は、静岡県沖から宮崎県沖へと延びる「南海トラフ」でも高い確率で発生する危険性が指摘されている。わが国の津波災害に対する防災体制の確立は急務だ。
NECは東北大学と国際航業株式会社と共同で総務省「G空間シティ構築事業」において、世界で初めて、津波による浸水被害をリアルタイムで推計できるシステムの構築・実証に成功した。本システムは、内閣府が運用する「総合防災情報システム」の一機能として採用され、2017年下期に運用を開始する予定だ。地震国の日本において、防災の要ともいえる津波被害の即時推定の成果を導いた技術などについて、開発のキーマンとなったNEC第一官公ソリューション事業部 主席システム主幹 撫佐昭裕に聞いた。
地震検知から30分以内に津波浸水被害を推定して配信する全自動システム
──どのような経緯で、NECが今回の津波研究にかかわることになったのですか?
撫佐:
発端は2012年の文部科学省のプロジェクト「将来のHPCI(High Performance Computing Infrastructure)システムのあり方の調査研究」でした。同プロジェクトはハイパフォーマンスコンピューティング、つまりスーパーコンピュータを、将来どのように活用していくべきかを探る研究で、NECは東北大学サイバーサイエンスセンターの小林広明センター長(当時)がリーダをつとめていたグループに参加しました。東北大学は、NEC製のスーパーコンピュータ「SX-ACE」を所有しており、さらにサイバーサイエンスセンターはNECと高性能計算技術に関する共同研究部門を開設しているというご縁もありました。
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主席システム主幹
撫佐 昭裕
同プロジェクトでは最終的に、スーパーコンピュータの有効活用法として「防災・減災のための科学的予測」を答申したのですが、メンバーの一人、東北大学災害科学国際研究所の越村俊一教授が津波研究の専門家であり、同プロジェクト終了後も越村教授と共に津波被害の予測研究を継続していました。
2015年に実施された総務省「G空間シティ構築事業」の一プロジェクトである「G空間情報と耐災害性ICTを活用した津波減災力強化―リアルタイム津波浸水・被害予測・災害情報配信による自治体の減災力強化の実証事業」では「津波浸水被害推計プログラムの高速化」に成功し、今回の実装システムの開発に至ったのです。NECは東北大学をリーダとした「津波浸水被害推計システム整備業務コンソーシアム」のメンバーとして内閣府向けのシステムの開発に臨みます。コンソーシアムのメンバーは、東北大学災害科学国際研究所(代表:越村俊一教授)、東北大学サイバーサイエンスセンター(小林広明センター長特別補佐・教授)、東北大学大学院理学研究科(日野亮太教授、太田雄策准教授)、大阪大学サイバーメディアセンター(下條真司センター長・教授、伊達進准教授)、国際航業株式会社、株式会社エイツーです。
──津波の予測システムやシミュレーションはすでに存在しますが、それらとはどこが違うのでしょうか?
撫佐:
現在、津波の予報では気象庁の地震活動等総合監視システム(EPOS: Earthquake Phenomena Observation System)が地震発生後3分前後で津波に関する注意報や警報を出しています。このシステムもNECが開発を担当しています。このEPOSでは、日本全国の海岸線に対する津波の高さと到達時刻を予測しています。津波は陸上を遡上しますので、東日本大震災では、海岸線での津波の高さが10mでも標高40m以上の陸地まで津波が到達しています。私たちのシステムは予報ではなく、津波が陸地を遡上した場合の浸水範囲、建築物・ライフライン・交通網の浸水状況、被災者の発生エリア・規模などを地震発生後20分以内という短時間で推計します。スーパーコンピュータを活用して膨大な演算を処理することができるので、南海トラフ地震発生時には、約6000Kmの沿岸を30m四方ごとのきめ細かい状況で推計できます。
津波のリスクがあるエリアでは「地震発生、即避難」が原則です。そして避難同様、地震発生直後に重要となるアクションは、被害状況の把握と避難民の救援体制の緊急確立であり、今回のシステムで得られる浸水推計情報は、これらに大きく寄与します。東日本大震災では、津波による浸水被害の状況把握に時間がかかったため、迅速な救援を行うことができずに多くの人命が失われています。