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地方活性化の切り札に!データに基づいた政策立案「EBPM」が注目される理由とは

 子育て中の親が、孤立してしまう。火災や地震など、いざというときの防災・連絡の手段がない。見知らぬ人が増え、犯罪や事故に対する防犯機能が低下してしまう――。現在、過疎化や高齢化、核家族化や個人の価値観の多様化などを背景に、日本全国で地域を支える人材が不足し、さまざまな問題が顕在化している。こうした厳しい状況を乗り越え、元気な街をつくっていくためにはどうすればよいのか。行政が果たすべき役割や地域再生のポイント、またそこにおけるEBPM(Evidence-based Policy Making)の推進について、先進的な取組を行っているつくば市のキーパーソンに、NECで官公庁のデジタル・ガバメント推進を支援する岩田が話を聞いた。

SPEAKER 話し手

つくば市

家中 賢作 氏

政策イノベーション部
情報政策課
係長

NEC

岩田 孝一

デジタル・ガバメント推進本部 シニアエキスパート
兼 公共システム開発本部
兼 公共ソリューション事業部

地域における課題解決力の向上には、何が必要なのか

岩田:今、日本の地域社会は、少子高齢化や過疎化、インフラの老朽化など、さまざまな環境変化の真っ只中にあります。その課題解決を担う地方公共団体にも、ますます難しい舵取りが迫られていますね。

家中氏:これまで地域社会の課題解決は、行政を担う地方公共団体が主体となって進めてきました。しかし近年は、少子高齢化や労働人口の減少で税収が減り、財政的にも職員の数でも自治体運営は非常に厳しい状況になっています。その一方で公共サービスに対するニーズは多様化し、「公助」とは言いながら、全てを地方公共団体だけでは賄いきれなくなっているのが現状です。

岩田:確かに日本はこれからの5年、10年で団塊世代と団塊ジュニアの高齢化が一気に押し寄せ、2035年には人口の3人に1人が高齢者になると推計されています。公助はもちろん、医療や介護にかかる社会保障費の増大を考えると、限られた財源をどうバランスよく適正に配分していくかを今から真剣に考えなければなりませんね。

家中氏:そのような状況の中、住民の暮らしや地域経済を支えるためには、地域コミュニティを再生し、住民の方々にも積極的に地域課題の解決に参画していただくことが重要だと考えています。

 かつてはつくば市においても、子育てや介護は大家族の中で賄われ、街路樹の手入れなども近隣の住民が協力し合い、多くの問題を地域の中で解決していました。相互扶助や地域コミュニティがしっかり機能していたのです。

 しかし、工業化の進んだ高度成長期、特に人口流入と核家族化が進んだつくば市中心部では、それらの課題を地域コミュニティだけでは担うことができなくなり、その受け皿として行政が役割を拡大していきました。それが今後は少子高齢化や財政のひっ迫で、従来のやり方では対応することは難しくなっていくでしょう。再び地域住民に課題解決の担い手として、積極的かつ主体的に参画していただけるよう、地域コミュニティの再生が必要になっているのです。

岩田:それは、各地域の実情に根ざした多様な公共サービスを検討、展開していく上でも重要なテーマになりますね。

家中氏:つくば市の中央部には、子育て世代や研究者・学生を中心とした単身世帯、外国人の方々もたくさん住んでいらっしゃいます。一方、北や南の地域には、高齢者や大家族を中心とした農村地域がある。さまざまな世代や職業、多様な価値観を持つ住民が一緒に暮らしているわけです。

 多様な住民、研究者や企業、行政が一緒に「住みやすい街づくり」について議論することができれば、より住民目線の新しい施策や、イノベーションも創出できるかもしれません。

解決すべき政策課題を客観的な根拠に基づいて検証

岩田:住民と行政が相互に補完できる体制を構築できれば、質的にも量的にも課題解決力が向上すると思います。そうした地域コミュニティの再生に向けたアプローチの1つとして、客観的なデータに基づく政策、いわゆるEBPMという言葉をよく聞くようになりました。EBPMとこれまでの政策の違いはどこにあると思われますか。

家中氏:EBPMは、解決すべき政策課題を客観的な根拠(エビデンス)に基づいて検証し、政策の効果をより高めることを目指す取組です。こうしたデータに基づく政策の推進は、従来から普通にやってきたことなんですね。

 ただしこれまでは、時として“結論ありき”でデータを使い“根拠”を作り上げてしまったり、立案者の勘や経験に依拠して、実効性に欠けるような施策を立案してしまったりしたケースもあるように思います。当然、そういった政策は、住民の信用を失い、問題を何ら解決できないまま大切な予算を無駄遣いしてしまいます。

 現在のような厳しい財政状況の中で、地域や社会の持続可能性を保つには、そうした間違いが決して起こらないよう、しっかりと住民に納得してもらえる形で、分かりやすく証拠を示し、政策を立案・推進していくことが重要です。そうした背景から改めて、EBPMの考え方がクローズアップされてきたのだと思います。

岩田:政策に至るまでの現状や、政策の目的、手段、期待される効果などというアカウンタビリティの観点からも、住民の納得、理解を得るためにはエビデンスを示すことが大事になってきているわけですね。

家中氏:EBPMのいいところは、政策課題や目的、進め方の根拠を、数字やグラフで明確に示せる点です。数字は誰が見ても同じで、より分かりやすく住民の方々にそれらを伝えることができます。

岩田:多様な住民の声はもちろん、声なき多数派といわれるサイレントマジョリティの意見も、データの中からしっかり吸い上げて政策に活かしていくことができますね。今、つくば市ではEBPMに関してどのような取組をされているのでしょうか。

家中氏:2017年に、街づくりのアイデアや地域課題の解決法を広く募って市政に活かす「オープンデータ・アイデアソンin Tsukuba」というアイデアソンのイベントを、筑波大学との共催で3回開催しました。筑波大学公共イノベーション研究室の川島 宏一教授から、市民や職員だけでなく、他業種・異業種も含めて広く意見を募った方が新しい発想が生まれやすいというご意見をいただいたことで、毎回、企業や大学、研究者の方々、SNSの拡散によって市外や県外の方も集まっていただきました。

2018年からはイベント名を「Hack My Tsukuba」と変え、今年で3年目になりました。つくば市が保有するデータを活用して課題解決に取り組むアイデアソンを行っています。先日行ったプログラムでは、「誰もが取り残されず、自分らしく生きるまち」をテーマに、主に高齢者福祉にかかわる課題解決を話し合いました。

岩田:市政に関するアイデアソン、それもEBPMを全面に打ち出した催しというのは全国的にも珍しい取組です。NECも参加させていただいていますが、毎回いろんなアイデアが出てきますね。

家中氏:はい。前回は介護を必要としている人と、介護に協力しますという人を結びつけるマッチングアプリや、介護福祉にかかわる人たちがつながるプラットフォームを作ったらどうか、また一人暮らしの高齢者を見守るセンサー型サービスとの連携など、いろいろなアイデアが出ました。

岩田:センサーで高齢者を見守るサービスはすでに市場にもいろいろ出ていますが、いざという時に、地域で介護に協力しますと手を上げたボランティアが駆けつけるような仕組みにすれば、現実的な施策に結びつきますね。

 近年は地方創生の観点から、地方公共団体の持つビッグデータを官民連携のビジネスに利活用したいという企業が増えています。アイデアソンでも、そうした動きが活発になっているのではないでしょうか。

家中氏:地域貢献につながるいろいろなアイデアが出てくるのは、やはり多様な立場の参加者が自由に議論できる場があるからなんですね。企業から出されたデータ活用のアイデアで、住民や行政が新たな気付きを得たり、相互に刺激し合ったりすることはたくさんあります。出たアイデアは施策に活かすべく、市の職員が持ち帰り、マネタイズや現実性などを考慮しながらブラッシュアップしています。

 また、職員向けに、GIS(地理情報システム)※1を活用した課題解決型のワークショップの研修も実施しています。

  • ※1 :GIS(Geographic Information System):「地図」をベースとし、その上に「人」や「物」などの位置情報をプロットし、それらに付帯する情報(属性)を管理するシステム

岩田:そうですね。GISを使用した課題分析は、私も早くから着目していたところです。EBPMにおけるデータ活用の推進や、今後の人材育成を見据えた取組としても、最近、GISが注目されていますね。

家中氏:EBPMを推進するには、自治体保有データを職員自身が使ってみることが重要です。例えばGISなら、介護が必要な方の情報と福祉施設や診療所、AED(自動体外式除細動器)の設置箇所などを重ね合わせて可視化するだけで、このエリアに住んでいる人は将来の在宅医療で不安がある、この人は診療所やAEDから距離があるので注意が必要だ、ならばそのエリアに重点的に施策を展開しようといったように、新たな課題と解決策が直感的に発見できるようになります。職員研修では、そうした気付きの発見、データの受け止め方の素地を身につけることを重視したプログラムを組んでいます。

 データを扱うからといって、職員がデータサイエンティストになる必要はありません。最も身近に地域の課題に触れている職員が、本質的な課題を捉え、自ら仮説を立て、必要なデータを選択し、最良の施策を考えられるようにしていく。そういった自律的かつ総合的な判断力を育てることが必要であり、それが庁内で扱うデータの整備や、行政のノウハウを蓄積していく上でも重要になると思います。

岩田:EBPMにおけるエビデンスの形成には、現状を的確に捉える記述統計、政策効果の因果関係を推定する分析統計、この2つのデータが重要になります。記述統計は最初の問題の共有と目標設定において、また分析統計は一番効果が見込める政策を選ぶときや、評価結果を次の改善につなげるための手段の選択において重要です。まずは分析や可視化のツールありきではなく、これらEBPMのベースとなるデータの整備と改善を進めていくことが大前提になるでしょう。

 一方で住民には、エビデンスを分かりやすく伝えることが大切になります。先ほどGISの例がありましたが、地図上で複数のデータを見える化すれば、これまで気付かなかった課題や対策を容易に発見することができます。地域住民との関係や政策を実行した際の効果などを、言葉だけでなく視覚的にも深く理解していただくことは、住民参画を促す意味でも非常に重要なポイントだと思います。

家中氏:EBPMと親和性の高い政策手段の1つとして、ナッジ(Nudge)にも注目しています。本来は、「ひじで軽く突く」「背中を軽く押す」といった意味で、人々が強制ではなく自発的に望ましい行動を選択するように促すための理論ですが、イギリスでは税金の滞納者に通知を送る際、「早く払ってください」ではなく、「あなたが住んでいる地域のほとんどの人が期限内に納税を済ませています」という事実を伝える手紙を入れただけで、税金の納付率を68%から83%に上昇させた有名な例があります。

岩田:確かに、いくら分かりやすく正確な情報でも、住民が関心を持たれなければ、地域コミュニティの形成といった行動変容には結びつきません。住民に自発的な行動を促すようなエビデンスを積極的に出していくことを考える必要がありますね。

家中氏:河川の氾濫や土砂災害の際、地方公共団体からいくら避難勧告が出されても、“うちはまだ大丈夫”と過信して逃げ遅れてしまうケースも少なくありません。そういった場合、川の水位が1時間後にはここまで到達してしまうといった情報を地図上で可視化して配信すれば、住民が自分の意思で命を守ることができる。これもナッジの1つだと思います。

EBPMでは企業とも協業したテクノロジーの活用がカギに

家中氏:その意味でも、EBPMでは最新技術の有効活用が重要なポイントになります。NECさんも、さまざまな技術でEBPMの推進を支援されていますが、技術活用によるメリットとしては、どのようなものが挙げられるでしょう。

岩田:防災対策や都市計画図の作成、上下水道や道路の施設管理などで活用が進んでいるGISは、人やモノなどの位置あるいは場所をキーに、地図上でその所在や情報を容易に可視化できるツールです。地域住民からの多様な要望や庁内システムのデータを地図上で見える化すれば、エビデンスを基に地域特有の課題やニーズをより正しく把握できます。各地域の避難所数や避難経路の数は適正なのか、在宅療養者が多い地域で公共交通手段は足りているのかなど細かな課題の検証も、地図上に表現すれば住民理解の迅速化につながります。

 また、住民へのデータ公開や民間でのデータ活用には個人情報保護法に基づいて、特定の個人を識別することができないように加工する「匿名加工情報」の作成が必要となります。先ほどのアイデアソンで使う自治体保有データも安全に活用できるよう、NECで匿名加工を施すお手伝いをしています。地方公共団体が持つ住民データを、国のガイドラインに基づいたプライバシーリスク評価のもとでセキュアに匿名化すれば、ビッグデータを基に民間を交えての多様な課題分析ができますし、地域振興に向けた産業・サービスの創出やマーケティングなどに役立てることができます。

家中氏:やはりEBPMで一番大切なのはデータですね。すでに地方公共団体はたくさんのデータを持っていますが、それが使いやすい状態になっているかというと決してそうではありません。紙だけのアナログデータもあれば、システムごとに分散し、フォーマットが異なるデータもあります。最近オープンデータとよく言われますが、それは氷山の一角で、実はその下に、たくさんのデータが埋まっているわけです。これらを使いやすくデジタル化し、集約していくこともEBPMを推進するための大前提になります。

岩田:官民データ活用推進基本法により、地方公共団体が持つ個人情報や介護関連情報を匿名化して、企業が企画開発やマーケティングに活用する動きが活発化しています。その公民連携(Public-Private Partnership)※2の1つとして、匿名化とデジタル化を企業が肩代わりする方法もあるのではないでしょうか。地方公共団体の財政に負担をかけずデジタル化の推進に寄与できます。

  • ※2 :公民連携(Public-Private Partnership):行政と民間が協働で住民サービスの向上や事業効率のアップ、地域経済の活性化などに取り組むこと

家中氏:それはいい役割分担かもしれません。

岩田:今後も地域を取り巻く環境はさらに変化していくと予想されます。つくば市では今後の課題解決に向けて、どのような方向性で進めていくのでしょうか。

家中氏:今、日本政府は、信頼に基づく自由なデータ流通をイノベーションの源泉と捉える「Data Free Flow with Trust」というコンセプトを掲げ、生産性向上を通じた経済成長と社会課題の解決を目指す取組を進めています。同じようにつくば市でも、2022年までを計画期間とする「つくば市情報化推進計画」において、「持続可能都市を目指して誰一人取り残さない」という精神の下に、「多様な市民がデータを用いて自ら地域課題を解決できる社会(シビック・データ・イノベーション)」・「市民が必要な情報を適時・的確な形で受け取り活用できる社会(パーソナライズ&プッシュ)」という目指すべき社会像を掲げています。

 私たちは、今後もこの2つの柱を基本に、EBPMによって市民一人一人の思いに合わせたカスタムメイドのようなサービスを提供することで、地域の課題解決や市民生活の向上を目指していきたいと思います。

岩田:持続可能な街づくりや、住民とのエンゲージメント強化に向け、多角的なデータ活用がますます重要になってくるわけですね。これからもNECは、EBPMをはじめとする地域課題の解決に向けた取組に力を注いでいきます。本日は貴重なご意見をいただき、本当にありがとうございました。