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インバウンド時代、ITがホテルを変える
──ICT、IoTが両立させる「省力化」と「新サービス」

 インバウンド需要を背景に、高稼働率が続くホテル業界。2013年度からの5年間で、ホテルは593軒、8万289室、宿泊特化型の簡易宿所は6891軒も増加した(厚生労働省「衛生行政報告例」)。一方で、ネット予約の普及を除けば、ホテル運営の労働集約的な側面は、大きくは変わっていない。人材難やコスト高騰が経営課題となる中、ICT、IoT技術の活用で業務の省力化・効率化と、顧客満足度の向上との両立を目指す動きが出てきた。

能勢 剛(のせ・たけし) 氏

日経BP社『日経トレンディ』『日経おとなのOFF』など、市販3誌の編集長を経て、日経BPコンサルティングの取締役編集担当に。日経BPコンサルティング時代には、ANAやカード会社、金融機関などのプレミアム会員向け定期刊行物の制作を指揮。2016年に独立し、株式会社 コンセプトブルーを設立。趣味は、自転車、カヌー、パラグライダーなど。好物は、ウイスキー、ワイン、日本酒、ビール、紹興酒など、アルコールの入っているものなら何でも。日本初のハードリカーの大規模品評会「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)」の実行委員も務める。現在も『日経トレンディ』などに寄稿中。

フロント係はタブレット端末

 浅草寺から徒歩7~8分のところにある東京・台東区の「&AND HOSTEL ASAKUSA(アンドホステル浅草)」。今年2月に開業したばかりだが、すでに訪日外国人に人気の宿だ。施設の名称は、”ホテル”ではなく”ホステル”。旅館業法上は「簡易宿所」に分類され、レストランや宴会場は併設していない。館内には、個室とカプセルホテルのようなドミトリーとを備えた宿泊特化型の施設だ。

 一見すると、最近急増しているインバウンド向けのシンプルでスタイリッシュな宿泊施設だが、実は、この小さなホステルには、日本のホテル業界を先取りするようなICT化、IoT化の試みが詰め込まれている。

 宿泊客を最初に迎えるフロントは、紙の宿泊カードを廃したスマートチェックイン。カウンター内にスタッフはいるものの、チェックイン手続きは、カウンターに置かれたタブレット端末で行う。日本語、英語、韓国語、中国語の多言語対応なので、外国人でもスムーズ。パスポートはタブレットのカメラにかざして、読み取らせる。

スマートチェックイン機もホテルなどで見かける大型なものでなく、タブレット端末。署名もタッチペンで楽にできる

ルームキーも室温調節も、スマホひとつで

 チェックインが済むと、ルームキー代わりの専用スマホを受け取り、客室フロアへ。部屋のロック解除はもちろん、室内設備のコントロールも全てスマホで行う。カーテン、エアコン、テレビ、照明、アロマディフューザー、空気清浄機が、スマホ画面から操作できる。

 専用スマホには、あらかじめ「おはよう」「おやすみ」「リラックス」「シアター」「集中」「おでかけ」の6つのモードが設定されていて、ワンタッチでシーンにあった状態へと機器の一括切り替えが可能。スマホの「おやすみ」アイコンを押せば、自動的にカーテンが閉まり、テレビを消し、ライトの照度を落とし、エアコンを微風運転にしてくれるといった具合だ。ベッドでテレビを見ていて、さあ寝ようと、カーテンを閉めにベッドから降りたり、消灯スイッチを探し回るといった、従来のホテルではありがちの手間とは無縁だ。

 面白いのは客室に備わるスマートスピーカー。天気や交通案内など旅行者への情報提供はもちろん、「チェックアウトは何時?」といったフロントマンがよく聞かれるような質問は、あらかじめ情報をインプットしてある。館内のラウンジの利用状況を人感センサーで常時モニターしていて、宿泊客で賑わっていると、スマートスピーカーから「人が集まっています。遊びに来ませんか」とお誘いが流れたりもする。

専用スマホで室内の家電をコントロールできるほか、タブレット端末「tabii」では近隣のグルメ・観光情報、音楽や動画なども楽しめる。また共有のシャワーブースの人感センサーと連携し空き状況も教えてくれる

館内で働くスタッフは1~2名

 このホテルを運営するのは、東京・目黒区のand factory(アンドファクトリー)。”スマートフォン・アイデア・カンパニー”との企業コンセプトを掲げ、2014年に創業した若いITベンチャーだ。

 「私たちが目指しているのは、社会の課題をスマホで解決することです。ちょうどIoT事業への展開を考えていた時に、インバウンドでのホテル不足が話題になり始めました。ならば、自分たちでそれを何とかしたいと、2016年から取り組みました」と同社取締役の梅本 祐紀氏。

and factory株式会社 IoT Div取締役の梅本 祐紀氏。IT企業が宿泊事業を展開することで「面白いことへの挑戦、社会課題へTRYをしたい」という

 2016年に、福岡で「&AND HOSTEL」の第1号店を開業してシステムを検証。その後、上野、秋葉原、神田など、成田空港、羽田空港からアクセスのいい東京の東エリアに次々と開業してきた。現在は8店舗を展開する。

 「&AND HOSTEL」では、館内のIoTシステムに加えて、自社で開発した宿泊管理システムのinnto(イントゥ)、客室に設置したタブレットへのエンターテイメントサービスであるtabii(タビー)の3本柱で、効率化と顧客サービスの向上を図っている。浅草店であれば、9階建て、全56人収容の施設に対して、「時間帯によりますが、飲食部門がないので、基本的にスタッフ1名か2名で回している。ただし、清掃作業は別です」(梅本氏)と、人手はミニマムだ。

 さらに、館内で使用している専用スマホは、将来的には、顧客のスマホにアプリをダウンロードしてもらい、予約はもちろん、どこの「&AND HOSTEL」へ行っても自分のスマホで操作ができ、好みの室内環境をワンタッチで再現できるようにすることも視野に入れているという。

ネット時代こそ、顧客を呼び込むブランド力を

 もうひとつ、現在のホテルビジネスにとって重要な課題は、自社ブランドの固定ファン層をいかに構築するかだ。Booking.comや楽天トラベルといったネット上の旅行予約サイト、OTA(Online Travel Agent)の浸透は、宿泊当日でも空室が売れるなど、稼働率向上に大きく寄与した。

 半面、数多くのホテル横並びの中から、その時々に、価格をはじめとして、条件のいいホテルを消費者が選ぶ仕組みであることから、なかなか”指名買い”には結び付きにくい。予約と同様にキャンセルも簡単なため、常にキャンセルとの戦いを強いられる。

 しかも、OTAの手数料は10%弱から15%程度と決して安くはない。多くのホテルが、自社専用の予約サイトを持つようなった現在、できればそちらに誘導したいと考えるのは当然だろう。そのために、斬新な手を打つ施設も現れてきた。

 今年8月、東京・港区に開業した「HOTEL TAVINOS Hamamatsucho(ホテルタビノス浜松町)」。ホテル椿山荘東京、ホテルグレイスリー、ワシントンホテル、箱根小涌園 天悠など、様々なタイプの宿を運営する藤田観光の新カテゴリーホテルだ。

 ターゲットは、やはり訪日外国人。宿泊特化型のシンプルな施設ながら、内装デザインに日本の文化であるマンガの世界観を取り入れ、ロビーラウンジに大画面のAIコンシェルジュ「TAVINOSHIORI」を設置するなど、従来のホテルとは違う新しい仕掛けが盛り込まれている。ゆりかもめの竹芝駅前というアクセスと、一部の部屋からは東京湾を望める眺めのよさも売り物だ。

自社サイト予約なら、部屋そのものを指定可能

 斬新なのは、藤田観光がこのホテルから「事前客室選択サービス」を導入したことだ。ホテルの専用サイトで予約を入れると、宿泊の1カ月前にホテルから案内メールを配信。メールから誘導された客室選択画面では、宿泊を希望する階数が選べ、さらにフロア平面図が表示されて、好きな部屋が選べる。航空会社ではお馴染みのサービスだが、ホテルのネット予約では、部屋タイプを細かく選べるサービスはあっても、ピンポイントで部屋の位置を指定できるのは非常に珍しい。

 「自社サイトで予約いただいたお客さまに、旅の前に提供できるサービスとして取り入れました。客室数188の比較的小さなホテルですし、内装デザインには3パターンあっても、部屋の造りは同じであることから可能になりました。通常は部屋のバリエーションが多いうえ、日々、各部屋の清掃状況などを見ながら、スタッフが割り振っていきますので、なかなか事前の部屋指定はできないですね」と、ホテルタビノス総支配人の芳賀智氏。

 ちなみに、同ホテルのフロントには自動チェックイン機が備えられ、そこにも部屋指定の機能が盛り込まれている。なるべく人手を介さずに、顧客の満足度を上げていこうという試みだ。こうした省力化、効率化を積み重ねていった結果、スタッフ数は、「フロント部門だけで比べると、同規模のホテルの約3割減」(芳賀氏)に抑えられている。

部屋指定の機能を盛り込んだ自動チェックイン機
「HOTEL TAVINOS Hamamatsucho」の内装は、日本の文化「MANGA(マンガ)」がコンセプト。室内もそれぞれ朝を感じさせるマンガがデザインされた

「お客さま同士の交流」を新たな価値に

 自動化できる部分はなるべく自動化して人手を減らし、スタッフは顧客サービスの方に手厚くしていくという戦略だ。それが端的に表れているのが、ロビーに設置された「TAVINOSHIORI」。巨大な画面に周辺の地図が表示され、ゆりかもめの車両の位置まで反映される。

背後に見えるのが「TAVINOSHIORI」。スタッフが独自に収集したグルメ情報や夜景スポットなども提供される

 そこで提供する情報には、既存の情報サービスのデータに加え、ホテルのスタッフが手分けして収集してきたグルメ情報や観光スポットなどが登録されている。そのため、開業前の3カ月間に月2回ほどのペースで情報収集の日を設け、14~15人のスタッフが3班に分かれて、一日中、街を歩き回ったという。

 「ゲストハウスに泊まると、よくラウンジに街の情報を書き込んだ手描きの地図が貼ってあって、そこで宿泊者同士が交流しているでしょう。あれをデジタルで実現しようと思ったんです。このホテルでも、お客さまが集い、交流する場があることを、サービスの柱にしていきたいと思っています」と芳賀氏はいう。

藤田観光、ホテルタビノス総支配人の芳賀 智 氏。多くのホテルに足を運び、ホテルに求められているものを凝縮して「ホテルタビノス」をつくりあげたという

QRコードで”スマートチェックイン”

 2020年4月開業を目指し、住友不動産は羽田空港の国際線ターミナルに隣接するエリアと、オリンピック会場にもなる東京・江東区の有明エリアの2カ所で、同時に大規模複合施設の開発を進めている。羽田エリアは、4万3035m2の敷地に1717室のホテル、商業施設、温浴施設、イベントホールなどを設置。有明エリアは、749室のホテルに1500戸の分譲マンション、商業施設、温浴施設、ライブホールなどがあり、開発面積は都内過去最大の10.7haだ。

羽田空港プロジェクトの完成予想図。ホテルだけでなく商業複合施設が揃う都心最大規模のビッグプロジェクトだ

 それぞれの核施設となるホテルは、住友不動産グループにとって7年ぶりの新設ホテル。しかも、既存の17ホテルよりランクを上げたラグジュアリークラスとするため、システム開発にも力が入る。新しいホテルに合わせて、既存ホテルの基幹業務システムを一新した上で、利用者へのサービスを目的としたオリジナルの「会員アプリ」を導入。会員向けサービスで固定ファンの拡大を目指していく。併せて、「会員アプリ」と連携する「NEC Smart check-in」も導入する。「NEC Smart check-in」によって、顧客は到着時にスピーディにチェックインができる仕組みだ。

 「フロントにはチェックイン機を置き、お客さまは、アプリにQRコードを表示させて手続きをしていただきます。ただし、省力化を目的とした無人チェックインではなく、あくまでもお客さまの手間を軽減するためのもの。フロントでお迎えするのが、スタッフであることには変わりありません。従来のカウンター越しのチェックイン手続きより、お客さまと近い距離感で、きめ細かなサービスが可能になります」と住友不動産ヴィラフォンテーヌの統括部長、村田 尚之氏。

 課題は、いかに多くの顧客にアプリを入れた会員になってもらい、スマートチェックインの利用率を上げていくかということ。リピーター層には利用してもらえる可能性が高いものの、OTAから入ってくる一見客にはハードルが高い。そのためには、「ポイント還元やアップグレードなど、会員ならではの特別感あるサービスを仕掛けていきます。新たな形でOTAと連携していくことも考えています」(村田氏)という。

顔認証で”キーレスホテル”が実現!?

 さまざまな先進技術がホテルを変え始めた今、これからのキーテクノロジーとして注目されるのが、「ロボット技術」と「顔認証技術」だ。ロボット技術は、ルームサービスや部屋の清掃業務など、いまだマンパワーに頼らざるを得ない部門で期待が大きい。

 「羽田という多数の従業員を確保するのが難しいエリアに大規模ホテルを開業するわけですから、ルームサービスや清掃のロボット化には関心があります。ただ現時点では、実用性や費用対効果の面で、弊社から見てリーズナブルなものはない。まだまだこれからです」と村田氏。

住友不動産ヴィラフォンテーヌ株式会社 統括部長の村田 尚之氏。IT活用は費用対効果を考慮しながら展開を考えていきたいとする

 もうひとつの顔認証技術も、不特定多数の顧客に対し、密度の濃い接客サービスを期待されるホテルビジネスにとって、大きな可能性を感じさせる。一人ひとりの顧客を自動識別し、顧客に応じた的確なサービスを提供することで、省力化・効率化と、サービス向上とが狙えるからだ。

 例えば、顧客がフロントに近づいてきただけで、スタッフには誰が到着したのかが分かる。部屋のロックは顔認証で解除、館内レストランでの食事も、顔認証で支払い可能。好物や苦手な食材のデータも蓄積する。売店での物販、施設利用はすべて顔認証で決済。ホテルが大規模複合施設の中にあれば、施設全体で顔認証が使える──そんなことも、すでに技術的には可能だ。問題は、費用対効果がどこまで見込めるかだろう。

 かつて、ある一流ホテルの玄関には、政財界のVIP2000人の顔、名前、クルマのナンバーを記憶しているという名物ドアマンがいた。現在では、そんなスキルを持ったスタッフを養成することはまず不可能だし、そこに大きな人的リソースを割く意味も薄い。しかし、デジタル技術を使えば、実現は難しくない。

 ホテルをはじめとするサービス業において、これまでは特権的な人のみに許されていた”顔パス”が、当たり前の顧客サービスとして根付く日は意外に近いのかもしれない。