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5Gで拡大する XR 市場。臨場感ある6DoF が生み出す新たなエンタテイメント体験

 日本では、5Gによって4Kビデオから8Kビデオへ移行するという話題が主なトピックになっている。しかし、メディア・エンタテインメント市場が急拡大するのは8Kビデオだけが理由ではない。コンサルティング企業や通信デバイス企業などから発表されている調査結果や予測資料から、5G環境でのメディア・エンタテインメント市場が、今後どのように変革するのかを解説したい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

5Gのメディア利用におけるメリット

 すでにアメリカでは十数都市で5Gサービスが始まっている。通信会社「Verizon」は、2019年中に5Gサービスを30都市で展開すると発表。またアジアでは、韓国、中国などで展開が始まっている。日本ではNTTドコモが9月からプレサービス展開を始めて、2020年に本格的に展開する予定のようだ。

 5Gのメリットは、4G/LTEに比べてトラフィックスピードが100倍、遅延が従来の10分の1となる1ミリ秒以下、そして同じ広さの地域で同時に接続できるデバイス数が10倍になることなどがある。当然のことながら、メディア企業にとって大きなメリットがある。大容量データを送る必要のあるビデオ配信や、プレーヤーの反応の速さが重要となるゲーム配信などにおいて大きなブレークスルーとなる。

 また、同時に接続できるデバイス数が増えるということは、スタジアムや劇場、公園などたくさんの人が集まる場所やイベントでメディアサービスを提供したり、5Gによる低電力消費のIoTデバイスを設置し、それらを利用した新たなサービスやプロモーションなどを展開したりすることが可能になるということだ。

 さらに、ユーザーの通信ネットワークに近い場所でデータ処理などを行う、モバイルエッジコンピューティングの技術を利用することで、さらに反応速度を向上させたり、通信ネットワーク上で擬似的な優先トラフィックチャネルを構築するネットワークスライス技術を使って、映像やゲーム、3Dコンテンツなどの配信を安定的に提供したりすることが可能になる。

 同時に、5G技術によって自動運転技術が向上し、自動運転車の普及が進むと予想される。これが副次的に車内でのメディア消費時間を増加させたり、自動運転車による物流コストの低下からEコマース市場が拡大し、今までの買い物時間がよりメディア消費時間にシフトしたりするのではないかと考えられている。

5Gで拡大するメディア市場

 昨年10月、インテルとイギリスのメディア・テクノロジー分野に特化したコンサルティング・調査会社「Ovum(オーバム)」が、メディア・エンタテインメント業界予測レポート「How 5G Will Transform The Business of Media & Entertainment」を公開した。

 その中で、これから10年後の2028年まで、5Gにより世界のメディア収益が追加で7650億ドル伸びると予想している。下図の薄い青の棒グラフで示されたものが5Gによる収益向上で、3G/4Gから市場を奪うと同時に、市場を大きく拡大させることがわかる。

5Gによる世界のメディア収益の増加
出典:インテル・Ovum

 さらに、そのメディア収益の内訳を示したのが下図である。

サービス別収益トレンド
出典:インテル・Ovum

 「没入型メディア」とは仮想現実(VR)、拡張現実(AR)などを含めて、今ではミックスド・リアリティ(MR)と呼ばれており、現実と同様のリアルさを持っているメディア群やクラウドゲームを指す。

 「拡張型メディア」は音楽、ビデオ、ゲームなどを含めたメディアを示す。

 「拡張型モバイル広告」はそれをサポートする広告を含めたもので、ディスプレー広告だけではなく、リッチメディアやゲーム内の広告・製品プレースメントなども含まれる。

 「ニューメディア」は、現状ではメディア事業として存在していないものを指し、自動運転車内向けのエンタテインメントや3Dホログラム、触感をコミュニケーションするハプティックスーツ、スポーツスタジアム内でのメディア体験構築などが含まれている。

 「設置型ブロードバンドTV」は、携帯通信ネットワークを利用して家庭にブロードバンドTVサービスを提供することを示している。

 「5G拡張型モバイル広告」「5Gモバイルメディア」が2028年に大きなシェアを奪っていくことが分かる。だが、それらの分野と「没入型メディア」「設置型ブロードバンド」は、いずれも3G/4Gと同等の市場を5Gが侵食し、さらにそれぞれの市場を拡大させることが分かる。今までVR・ARは非常にニッチな小さな市場であったが、5Gの登場により市場が一気に拡大する可能性が示されている。このレポートによるとVR分野では、2021年から2028年までの7年間で1400億ドルの追加売上が想定されている。

 また、この図で今まで存在しなかった「ニューメディア」が10年で合計430億ドルの売上になると予測されており、そうなればまったく新しい市場が生まれることになる。

エコシステムプレーヤーの短期・中期・長期戦略

 同時にこのレポートでは、エコシステム内のプレーヤー別の戦略を短期・中期・長期で分けて解説している。プレーヤーは「5G通信会社」「コンテンツ制作・配信社」「クラウドゲーム・ゲームプラットフォーム」「AR・VRコンテンツ製作社」であるが、下図のようにコンテンツ制作・配信社であれば、短期的にはコンテンツ制作企業が5Gを使ったモバイルビデオ配信事業を立ち上げることが可能となり、中期的には枝分かれするストーリーなどインタラクティブ性を大きく取り込んだエンタテインメントの制作、長期的には3Dビデオ配信やVR・AR・MR・触覚(ハプティック)を使った、今までにはないコンテンツのあり方を考えて行くべきとしている。

各業界プレーヤーの短期・中期・長期戦略
出典:インテル・Ovum
(筆者が日本語化)

VR・AR・MR・XR

 最近ではVRとAR、MRやバーチャルな触覚を感じられるハプティックスーツやグローブ、歩行デバイスなどを含めたXR(エクステンデッド・リアリティの略)などを含めて、リアルとバーチャルを織り交ぜた、複雑な体験を示す言葉での表現が増えているが、これも5Gの普及による遅延の低下でよりリアリティの高い体験が可能になるからだろう。

 通信チップメーカー「Qualcomm Technologies」は、数年前から5G環境を想定して、VRやARヘッドセットをPCやモバイル端末を介さず、直接通信ネットワークにつなげるチップを提供している。彼らは「VR and AR pushing connectivity limits」という5G環境でのXR利用の状況を予想したレポートを発表、メディアやエンタテインメントにおける利用についても予想している。

 その中で、未来のXRグラスの機能を示したものが下図である。実際に回りが見える半透明ディスプレーにバーチャルな情報をプロジェクションする技術や様々なセンサーやカメラ、ハプティックや方向性スピーカーなどのフィードバック技術などが搭載されており、リアルとバーチャルを統合する体験を想定している。

将来的なXRグラスの機能
出典:Qualcomm Technologies

 このXRグラスや他のデバイスを使ってどのような体験を構築できるのかということもいくつか想定している。

 その一つがスポーツスタジアムでのソーシャルビデオ共有である。5Gを使い、ここでは1キロ平方メートルの敷地で12.5Tbpsのアップロードのキャパシティを提供することで、会場に設置された多数のビデオカメラからゲーム中継できる。加えて、参加者から様々な角度からのビデオを集めることも可能だ。参加者からアップロードされたビデオは、会場の観客、あるいは家庭やスポーツバーで観戦している観客に向けて、最も良い、あるいは興味深いアングルからのものをAIなどで自動選定し、パーソナルな中継を行ったり、ほぼリアルタイムで選手の活躍をリプレイしたりできるというものである。

スタジアムでの参加者からのソーシャルビデオ共有の想定図
出典:Qualcomm Technologies

 同じくXRグラスを利用した臨場感を感じられるものとして、選手がプレイしているのを、観客の自分が近くで見ているかのごとく感じられる体験を提供することも想定している。6 DoF(6 Degrees of Freedomの略。6つの自由な動きという意味)で、XRやVRグラスの上下、左右、前後、見上げ・見下げる、首を傾げる、首を横に振るという6つの方向の動きを、遅延が非常に低い環境で行えるため、現実のように感じられるというものである。動きの速いサッカーやラグビー、バスケットボールなどで、選手のスピードを感じることができるような、新たなエンタテインメント体験になるだろう。

6DoFコンテンツ体験で、臨場感が高まる
出典:Qualcomm Technologies

クラウドゲーム

 多くのユーザーを持つ市場であるが、Googleもクラウドゲームへ参入する。同社はクラウドゲームサービス「Stadia」をこの6月にゲーム業界カンファレンスE3で発表し、11月にローンチする。

 ゲーム用の専門コンソールが必要なく、PCやモバイル端末へゲームをストリーミングするサービスである。専門コントローラーを利用し、毎月10ドルほどのサブスクリプションか、ゲーム自体を購買するプラットフォームを提供する。これも5Gの普及を見越しての参入と考えられる。

Google Stadiaのゲーム。11月ローンチ予定でプリオーダー段階である https://store.google.com/us/product/stadia_games?hl=en-US別ウィンドウで開きます (同社サイトより)

 Nvidia傘下のGeForce NOWや、Electronic Arts、Sony、Microsoftなどもクラウドゲーミングプラットフォームを提供しており、デバイスをまたがってゲームをプレイし続けられる環境を提供している。クラウドゲームのモバイル利用が高まっており、5Gで利用が一気に広がることが予測されている。

ニューメディアを育てる大手企業

 3Dビデオやハプティック機能を持ったXR、枝分かれするストーリーのビデオなどがインテル・Ovumのレポートでは紹介されていたが、ここに新たなエンタテインメントやまったく新しいメディアスタートアップが登場してくる可能性がある。

 このメディア・エンタテインメント市場の成長を見越して、大手企業も積極的にスタートアップ企業に投資を行い、育てる環境を準備している。アメリカのトップ通信会社VerizonはVerizon 5G Labというインキュベーターと同社のコーポレートVCであるVerizon Venturesを通して、5Gを利用した新たなテクノロジーやメディア、体験提供のスタートアップを支援している。全米5カ所に設置された5G Labでは定期的に特定の課題に対応するスタートアップを集め、同社の5G環境を利用し、製品の市場導入をサポートしている。

 例えば、ニューヨークの5G LabでインキュベートされたEvercoastは、コンピュータービジョンと3Dセンサーを使って、5G環境と3Dビデオを利用してビデオキャプチャーを行い、3Dホログラムコンテンツ制作を行うプラットフォームを提供している。まだ4人ほどのスタートアップ企業であるが、すでにプロトタイプもできており、将来のホログラムコンテンツ制作に貢献する企業になることを目指している。

3Dホログラムコンテンツを、5G環境でレンダリングすることでリアルタイムに作成するEvercoast
https://www.evercoast.com/別ウィンドウで開きます
(同社サイトより)

 日本でもいよいよ2020年に5Gサービスのお披露目の場になるという予測が野村総合研究所から発表されている。メディア・エンタテインメントサービスも新たな展開が見られるようになるだろう。