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「無駄」と「遠回り」が川崎市の”まちのひろば”に新たな価値をつくり出す
~NEC未来創造会議・共創レポート~

 2017年度から始まった、シンギュラリティ以後の2050年を見据えて実現すべき未来を構想するプロジェクト「NEC未来創造会議」。2年以上にわたって多彩な有識者たちと重ねてきた”議論”を経て、その活動はいよいよ”社会実装”へとステップアップしていく。
今回、その第一歩としてNECの未来創造プロジェクトは川崎市と共創活動を実施。NEC未来創造会議で育んだアイデアをベースに、川崎市のコミュニティの「ありたい未来」、「今ある課題」、そして「その解決策」を議論した。

テクノロジーが進化した先に”幸せ”を提供するために。まちには「ひろば」が必要だ

 現代のまちはテクノロジーの進化により利便性や効率性が高まっている。しかしその一方で人々が気軽に集える場、コミュニティが生まれる場としての「ひろば」が失われつつある。近年指摘されることの多い社会の「分断」も、人々が出会いコミュニケーションをとれる場がなければ解消されないだろう。だからこそ、誰もが気軽に集える場としての「ひろば」がいま改めて求められている。

 「従来の行政サービスは単に足りないものを提供すれば機能していましたが、今後社会のあり方が変わるなかで、”行政”や”公共”の存在価値も揺らいでいます。これからの自治体は市民一人ひとりがより豊かに、幸せになれる環境を積極的につくらないといけない。だからわたしたちはただ”箱物”をつくるのではなく、人と人の新たな絆やつながりをつくりたいと思っています」

川崎市 市民文化局コミュニティ推進部長 中村 茂 氏

 そう語るのは、川崎市のコミュニティ推進部長を務める中村茂氏。これからのコミュニティ施策を考える川崎市は、地域課題の解決に取り組み、市民のつながりを向上させるべく「まちのひろば」なるコンセプトを今年3月に打ち出した。これは、その名のとおり川崎市のなかに新たなひろばを生み出そうとするものだ。それは狭義の「ひろば」ではなく、カフェやマルシェ、音楽フェスティバル、商店街、河川敷…と、さまざまなやり方で多様なつながりを生む次世代型の「ひろば」でもある。

 市民一人ひとりの思いが地域に広がり川崎市全体の豊かさを実現する「まちのひろば」は、NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」とも大きく共鳴している。実現すべき未来とその課題を解決する方法を構想するNEC未来創造会議は、2050年をひとつのターゲットとしているため「未来」の話と捉えられることも少なくない。しかし、現実の都市やコミュニティにそのビジョンや施策を落とし込んでいくうえで、「まちのひろば」のような取り組みとNEC未来創造会議の実践が近接していくことは言うまでもないだろう。

NEC未来創造会議がいよいよ”共創の場”へ

 「最近わたしたちは、『自助・共助・公助』について議論しています。自助は自らによる自己実現で、公助は従来的な行政のサービスを指す。現代社会はこのふたつの間にあるべき共助が抜け落ちているのですが、『まちのひろば』のように川崎市さんが取り組まれている新しいまちづくりは共助を担うコミュニティをつくろうとしているように感じます」

NECフェロー 江村 克己

 NEC未来創造会議を牽引するNECフェロー・江村克己はそう語り、「だからこそ、わたしたちもつながって一緒に議論できると面白そうだと考えました」と続ける。これまでNEC未来創造会議は、2年以上にわたって多彩な有識者とともにさまざまな議論を重ねてきたが、それがあくまでも「議論」の場に留まっていたことも事実。そのポテンシャルをさらに発揮するためには、ほかの企業や自治体を巻き込みながら共創の場をつくっていかねばならない。

 かくしてNEC未来創造会議が実施したのが、川崎市との共創プロジェクト「より豊かな『まちのひろば』にUPDATEする」だ。川崎市内に建てられたNECの玉川事業場を会場として川崎市の分断≒地域課題を解決する方法を探るワークショップが行なわれ、川崎市職員とNECの未来創造プロジェクトメンバーが参加した。

有識者カードは参加者に新たな気づきを与え、議論も白熱。新たなアイデアも次々と飛び出した。

 ワークショップでは参加者がいくつかのチームに分かれ、そもそも豊かな社会とは何か議論する。議論には、これまでのNEC未来創造会議で有識者から飛び出したアイデアをまとめた「有識者発言カード」を活用。スプツニ子!氏の「無駄のバリューアップ」や大阿闍梨・塩沼亮潤氏の「足るを知る」など、有識者が生みだしたキーワードは参加者の発想を刺激していく。

 つづいてのフェーズでは実際に川崎市が直面している課題を「分断」というかたちで指摘し、これらの分断をいかに超えられるのか、NEC未来創造会議が提唱するビジョン「意志共鳴型社会」のメソッドに沿って「人の意識」「技術」「倫理/制度」という3つの観点から課題解決方法を導きだす。各チームは、世代間のギャップや利己精神、無関心などさまざまな要因によって実際に川崎市内に生まれている分断を指摘。さらにはVR(仮想現実:Virtual Reality)によるイベント参加や顔認証技術を活用したコミュニケーションの活性化といったようにテクノロジーを活用したものから挨拶の再評価、市内の公園を”セントラルパーク”化するものまで、多彩な課題解決方法が提案された。

 有識者発言カードを使ってあるべき未来を考えるバックキャスト思考と、いまある課題に向き合いながら意志共鳴型社会を実現する方法を考えるフォアキャスト思考──ふたつの方向から実現すべき未来を問うのがこのワークショップだったといえよう。川崎市職員とNEC社員という、普段は異なる立場で異なる働き方をしている人々が一同に会してさかんに議論する空間は、それ自体が新たな「ひろば」のようでもあった。

 現場にいるからこそわかる知見を川崎市職員が挙げ、技術のことはNECのメンバーが積極的にアイデアを出すなど、それぞれの強みを生かしながらワークショップは進んだ。

他者を巻きこんだ「化学反応」

 中村氏は、今回のワークショップを受け「今日がスタート地点になるのだと思います」と語る。「NECはテクノロジーの知識やノウハウなど、わたしたちにないものをたくさんもっている。自分たちだけでなくNECという”他者”を巻き込んで新たな仕組みづくりに取り組む必要を感じます。NECと川崎市、生い立ちもミッションも異なる存在だからこそ切り開ける可能性があるはずです」

 江村も中村氏の発言に賛同し、社内の閉じた空間で議論するのではなく外に出て都市とかかわりながら関係性を広げていく重要性を説く。

 「今年度第1回有識者会議で情報学者のドミニク・チェンさんが『現代は都会の方がコミュニティをつくりやすいかもしれない』と仰っていた。NECは川崎市の向河原に玉川事業場を構えていて、川崎市とのつながりも非常に深いです。今回の取り組みは新たな場をつくる第一歩になったのかなと。ただ2050年の話をしているだけでは、何も起きませんからね」

 川崎市による「まちのひろば」は、ときにNECのような企業を巻き込みながら多面的に新たなコミュニティやまちの可能性を探っていく。それはともすると「遠回り」を伴うものでもあるだろう。川崎市コミュニティ推進部協働・連携推進課長の藤井氏が「”行政”らしくないアプローチかもしれません」と語るとおり、従来の行政的なやり方であれば予め決められた「目標」に進むべきだと考えられていたはずだ。しかし、藤井氏は次のように続ける。

川崎市 市民文化局 コミュニティ推進部協働・連携推進課長 藤井 英樹 氏

 「一見課題を解決するように思えるアクションが、新たな課題を呼び込んでしまうことはままあります。逆に、いま現在、正しいとされている価値観に照らすと無駄に思えるものも環境が変われば課題解決につながることもある。社会は相互に影響し合い、常に動的変化をしつづけるものであるとすると、最初から固定的にゴールを決めて可能性を狭めてしまうのではなくて、そこからこぼれ落ちてしまうものの可能性に目を向けられたらと。わたしたちが『市民創発』というキーワードを設定しているように、人と人の”化学反応”の創出へ積極的に挑戦していきたいと考えています」

「事なかれ主義」ではなく「事つくり主義」

 藤井氏の言葉と呼応するように、ワークショップのなかでも多くの参加者が「無駄」や「遠回り」、「面倒くささ」の価値に惹かれていた。参加した川崎市の職員も「有識者発言カードを通じていわゆる”役所”的ではない多様な考えを示していただけたと思います。役所って概して面倒くさいことに踏み込もうとしませんが、むしろ面倒くささによって波風が立ったほうが深い絆が生まれるのかもと感じました」と語った。

 NECの未来創造プロジェクトメンバーも「面倒くさいことにこそ価値があるのだと思います」と賛同する。「今回、多くの川崎市職員の方にスプニツ子!氏の『無駄のバリューアップ』という言葉が響いていたように思います。テクノロジーはいままで効率化を求めてきましたが、いまはむしろ寄り道にこそ価値がある時代。『事なかれ主義』という言葉がありますが、これからはむしろ『事づくり主義』に価値が生まれていくのかもしれません。われわれのようなICT企業と川崎市さんのような行政がこんなワークショップを行なうなんて、事なかれ主義からは絶対に出てこない発想でしょうから」

川崎市とNECの「化学反応」は想像以上の熱気を生みだし、両組織の距離もグッと縮まった。その熱気は原動力となり、アイデアは実現にむけて動き出している

 東京都と横浜市の間に細長く横たわる川崎市は、いくつもの異なる文化を取り込みながら広がってきた歴史をもつ。それは、このまちが異なる人々が集まることによってつくられたものであることを意味している。中村氏が「いろいろな人が集まるからこそ、常に変革が求められているのかもしれません」と語るとおり、多様であるためにはより柔軟に変化していくことが重要だ。そんな川崎市が、さまざまな人が自由に集まり交流できる「ひろば」という概念に着目したのは必然といえるのかもしれない。

 川崎市の構想する「まちのひろば」は、官民を問わずさまざまな関係性を生みだしながら広がっていく。NEC未来創造会議による共創ワークショップは、その広がりをさらに加速させるものだった。重要なのは、これが単なる「議論」では終わらないことだ。今回のワークショップで生まれたアイデアのなかには、すでに川崎市とNECの間で協議が始まったものもある。これまでひたすらに議論を重ねてきたNEC未来創造会議が、そこで育んだアイデアを社会に実装するときが訪れはじめているのだ。