本文へ移動

~wisdom特別セミナー「ピンチをチャンスに変える街づくりのヒント~日本や中国の実例に学ぶ2020年から先を見据えた未来の街~」~

日本屈指のクリエイティブ集団のトップが語る、ピンチをチャンスに変える街づくり

 街づくりはインフラを整備するだけでは成功しない。そこに暮らす人、集う人、一人ひとりの期待に応える価値を提供することが重要である。そのために欠かせないのが、多様な産業、人、テクノロジーの「つながり」だ。さまざまなものがつながることで、未知の可能性が広がり、そこに新しい文化が生まれる。クリエイティブ集団であるライゾマティクスの建築・都市開発チーム、ライゾマティクス・アーキテクチャーは、企画と表現の力で街を変え、新しい文化の創造に挑戦している。

つながれば、ピンチはチャンスに変わる

 日本社会は高度経済成長やバブル経済を経て、多くの人が物質的な豊かさを享受できるようになり、それが社会の豊かさにつながった。「これからは社会で生きる一人ひとりが豊かさを実感できるようにする。『人の豊かさ』に重きを置いた街づくりが必要です」とライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤 精一氏は話す。

株式会社ライゾマティクス
代表取締役社長
ライゾマティクス・アーキテクチャー主宰
齋藤 精一 氏

 同社は高い専門性を有する映像クリエイティブ集団。メディアアートと産業・企業とのコラボレーション、パリ・コレクションやミラノ国際博覧会のクリエイション、国内外のアーティストの大規模ライブ公演、中高生を対象としたメディアアート教育など多彩なプロジェクトを展開している。

 人の豊かさを重視した街づくりを進めるためには、産業が「つながる」ことが重要だという。1つの産業のリソースだけではできることに限りがあるし、市場も広がらない。「産業がつながっていない今の日本は、ピンチの状況にある」というのが齋藤氏の見立てだ。

 急速に進む少子高齢化を背景に、日本の人口は減少している。その一方で、規制緩和で建造物の容積率が上がったことで、都心には高層の建造物が立ち並ぶ。「数十年先を考えた時、本当にそれだけのインフラが必要になるのだろうか?」と齋藤氏は問う。「産業がつながっていないから、今、必要な産業がうまく加速していない。例えば、日本でスマートシティがなかなか実現しないのは、産業がつながっていないことが大きな要因の1つではないでしょうか」。

 つながっていないものは、つなぐしかない。それが齋藤氏の答えだ。産業にひも付く人、サービス、テクノロジーもつなぐ。バラバラだったものが整理され、互いにつながることで、化学変化が起こり、そこから新しいサービスやビジネスが生まれる。「つながっていないものがつながれば、ピンチは一転、チャンスになり得るのです」と齋藤氏は主張する。

「テクノロジーで何ができるか」を映像で表現する

 ライゾマティクス・アーキテクチャーはこの「つながり」を軸に、都市をメディア化するプロジェクトを数多く展開している。「テクノロジーでこんなことが可能になる。人や産業がつながれば、こんな未来が開ける。アーティストやクリエイター、大学・研究機関、企業、自治体の力を結集し、それを先進的な映像で表現しています」と齋藤氏は説明する。

 例えば、東京・港区芝の増上寺では商業広告イベントで著名なアーティストによるミニライブを開催した。2012年当時、先進のプロジェクションマッピングにより、増上寺は光と音が織りなすテクノロジーアートの舞台に変貌。自分のスマホを使って会場とシンクロできる仕掛けも用意した。会場は大変な熱気に包まれ、イベントは大成功を収めたという。

 大手通信会社の新サービスのプロモーションCMも、テクノロジーで何ができるのかを重視して制作した。若者の街・渋谷のスクランブル交差点を実際に”ジャック”できないため、CGを駆使して創り上げたCMは、今のテクノロジーでできる通信の可能性を映像化したもの。それがテクノロジーアートによる近未来の街のイメージとマッチし、CMは大きな反響を呼んだ。

 テクノロジーは新しいものだけが優れているとは限らない。今は古いテクノロジーでも当時は最先端だったはず。それにインスパイアされて、新しいテクノロジーが生み出される。テクノロジーの進化とは、そういう歴史の繰り返しだ。過去から現在へとつながる変遷を知ることは、新しい未来をつくる上でも大切な試みである。

 これを実践したのが、経済産業省委託事業「3D City Experience Lab.」だ。渋谷という街の変遷をアート化するプロジェクトである。3D都市データを計測・販売するパスコなどと共に取り組んだ。

 別のプロジェクト「1964 TOKYO VR」で表現したものは、1964年の東京オリンピックを契機に大きな変貌を遂げた渋谷だ。その当時の写真を集め、モノクロ写真はカラー化し、フォトグラメトリ(3点測量技術)で3D都市データを作成。1964年当時の渋谷の街を、立体的なカラー映像で蘇らせた。「若者には新鮮な驚きを与え、年配の人は当時の思い出が次々と溢れてきた。テクノロジーを駆使することで、世代を超えた『つながり』が生まれるのを実感できました」と齋藤氏は振り返る。

夜の新宿御苑も文化の発信地になる

 人やテクノロジーの「つながり」はこれまで活用されていなかった場を再生し、新しい文化の発信地に変える。新宿御苑・OPEN PARK プロジェクト実行委員会が2018年10月12日に開催した「GYOEN NIGHT ART WALK 新宿御苑 夜歩(よあるき)」はその好例だ。ライゾマティクスはこの企画・調整・空間演出を手掛けた。具体的には夜の新宿御苑を舞台に、自然とテクノロジーを融合させた光と音によるインスタレーションを展開。多くの来場者を幻想的な世界へと誘った。

 新宿御苑は都内でも屈指の巨大庭園だが、夜間は閉園される。このプロジェクトの狙いは、その有効利用を模索すること。インスタレーションを楽しみながら「歩く」ことで健康増進につながる。「幻想的な空間演出により、手付かずだった夜間の新宿御苑の新しい活用可能性を示すことができました」と齋藤氏は語る。

 社会デザインの変化に対応した取り組みも進めている。2018年グッドデザイン大賞を受賞した「おてらおやつクラブ」はその1つだ(図)。現在の日本は、子どもの7人に1人が貧困状態にあるという(※1)。おてらおやつクラブは、全国のお寺と支援団体、檀信徒および地域住民が協力し、貧困問題の解決を目指す活動。この活動はお寺だけでなく、ほかの宗教施設も参加しており日本ならではの宗教の違いを超えて広がりを見せている。

「おてらおやつクラブ」のマッチングの仕組み
お寺に「おそなえ」されるたくさんの食べ物を、仏さまからの「おさがり」として頂戴し、経済的に困難な状況にある家庭へ「おすそわけ」する。趣旨に賛同する全国のお寺と、子どもやひとり親家庭などを支援する各地域の支援団体とのつながりで成り立っている活動だ
https://otera-oyatsu.club/別ウィンドウで開きます
  • (※1) 平成28年 国民生活基礎調査(厚生労働省)

 街の主役は人である。街づくりには、この視点が欠かせない。多様な人が集まる街を起点として「つながり」を育む。それが新しい文化の萌芽になる。「世の中の文化・事象・興味・関心など人の営みを上空から見るべき。その上で行動を起こし発表し、創作の力で社会を変える道筋をつくる。そのためにも、まずは失敗を恐れずアクションを起こすことが大切です」と齋藤氏は話す。次世代の街づくりを目指す企業や自治体は、この提言を重く受け止める必要がありそうだ。