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「空飛ぶクルマ」の時代はやって来る?
移動や物流に大変革をもたらす空飛ぶクルマのイマ
電車やバスを利用するように、誰もが気軽に空を飛んで移動する──。そんな世界を実現する立役者が、世界中で研究開発が進められている「空飛ぶクルマ」だ。さまざまな社会課題の解決や新たなビジネスの創出など、空飛ぶクルマには大きな可能性が秘められている。その現状と将来について、CARTIVATOR/SkyDriveの代表を務める福澤 知浩氏と、NECの山下 敏明、船公 久直が語りあった。
SPEAKER 話し手
NEC
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山下 敏明
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
シニアエキスパート
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船公 久直
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
マネージャー
有志団体CARTIVATOR
株式会社SkyDrive
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福澤 知浩 氏
有志団体CARTIVATOR
共同代表
株式会社SkyDrive
代表取締役
「空飛ぶクルマ」の実現に向けた動きが本格化
──次世代の交通や物流を担う新たな移動手段として「空飛ぶクルマ」への関心が急速に高まっています。まずはその背景について伺えますか。
山下:空飛ぶクルマの構想自体は古くから存在しており、以前にも何度か盛り上がりを見せたことがあります。ただし当時は技術的に未成熟だった部分も多く、なかなか実用化にまでは至りませんでした。現在の動きがそうした過去のブームと大きく違うのは、自律飛行などの技術が飛躍的に進化しているという点です。小型無人機(ドローン)の現状などを見てもわかる通り、今では機体を飛ばすことに対する技術的ハードルが大幅に下がりました。これにより、実用化に向けた検討が一気に加速することになったと考えられます。
福澤氏:そうした技術的な視点に加えて、都市交通の進化という面でも空飛ぶクルマへの期待は大きいですね。車輪や蒸気機関の発明によって、鉄道、船舶、自動車などさまざまな交通機関が生み出されてきました。しかし、これらはいずれも地上での移動であり、空については長距離移動以外の用途ではあまり活用されていません。とはいえ、過密な都市空間の空を移動するのに、航空機のような大型の乗り物は不向きです。そこで空飛ぶクルマのように比較的簡単に、しかもリーズナブルに空を移動できる手段が求められているのです。
船公:日本でも、経済産業省/国土交通省が事務局となって「空の移動革命に向けた官民協議会」を設立しました。ここでは、2023年以降でのモノの輸送の実用化、2020年代半ばでの地方での人の移動の実用化、2030年代以降での都市での人の移動の実用化拡大というロードマップも策定されています。
この取り組みで画期的なのが、「いつまでに何を実現する」ということを官民で協議し示した点です。空飛ぶクルマはどちらかというと欧米先行で進んできましたが、5年後にはモノの輸送、10年後には人の移動と、これだけはっきりと期限を切って目標を示した例はほかに類を見ないと思います。空飛ぶクルマの実用化に取り組むベンチャーやスタートアップ企業にとっても、非常に心強いことだといえますね。こうした取り組みを着実に前に進めることで、都市部や地方における新たな移動手段の確保、物流・配送の効率化といった分野に加え、災害対応、救急医療、エンターテインメントなど、さまざまな分野で今までにないサービスが生まれるのではないでしょうか。
2020年のデモフライトを目指すCARTIVATOR/SkyDrive
──福澤さんは有志団体「CARTIVATOR」と、空飛ぶクルマによるビジネス創出を目指す企業「SkyDrive」の2つの組織を立ち上げられています。両組織を設立された経緯や、それぞれの役割の違いについて教えていただけますか。
福澤氏:まずCARTIVATORに関しては、自動車メーカーの若手エンジニアを中心とした課外活動です。各メンバーが自分の会社で開発の中心に入れるようになるには、一定の年次にならないと難しく、その前に何か自分たちで作ってしまおうというのがこの集まりの主旨ですね。そうした中で、空飛ぶクルマを作ろうという話が持ち上がり、実際に1/5スケールや1/1スケールの試作機も製作しました。この反響は非常に大きく、プロジェクトへの参加を望むエンジニアの数も大幅に増加。また、NECや自動車メーカーをはじめとするさまざまな企業からのスポンサーシップも獲得できました。現在は2020年に実機のデモフライトを行うことを活動目標として掲げています。
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──2020年ですと、まさにもう間もなくデモフライトという段階ですね。
福澤氏:そうですね。ただ活動を続ける中で、デモフライトで終わらせるのではなく事業として、多くの人の日常生活に使ってもらいたいとの声がメンバーから挙がってきました。そこで新たに設立したのがSkyDriveです。こちらはモノづくりの有志団体であるCARTIVATORと異なり、実際に空飛ぶクルマを使った新しいビジネスやサービスの創出に取り組んでいきます。ロードマップも2020年のさらに先を見据えており、2023年に機体の販売を開始、2026年に量産開始、さらに2050年には、誰もが自由に空を飛べる時代を創り上げるというビジョンを描いています。
──事業化の勝算についてはいかがでしょうか。
福澤氏:これは十分にあると思っています。例えば、成田空港から横浜駅に行くのに、現在は電車で約1.5時間、バス/タクシーで約1.5~2時間かかります。これが空飛ぶクルマなら、直線的に移動することで30分程度にまで短縮できます。また、機体コストも高級車より安くできると見込んでいますので、サービスフィーも抑えられます。こうした空飛ぶクルマのメリットを最大限に活かすことで、人の移動にイノベーションをもたらしていきたいですね。
航空機と同等レベルの安全性をいかにして実現するか
──とはいえ、空飛ぶクルマの本格的な実用化に向けては、クリアすべき課題も少なくないと聞きます。具体的にはどのような点がネックとなっているのでしょう。
福澤氏:まず機体についていえば、現在広く利用されている航空機やヘリコプターなどと同じレベルの安全性を確保しなくてはなりません。また、国土交通省や海外の監督官庁の認証もきちんと取得する必要があります。ここまで持って行くのはかなりハードルが高いと思っています。機体が大型になるほど安定性の確保が難しくなりますし、プロペラから発生する騒音やバッテリーの容量などにも改善の余地があります。既存の機体のような飛行実績やノウハウもまだまだ少ない中で、どう機体の完成度を上げていくかが大きな課題です。
船公:もう1つ挙げるとすれば、機体を飛ばす場所の問題ですね。NECでは、空飛ぶクルマの管理基盤の構築に向けた取り組みの第一歩として、試作機の浮上実験を行いましたが、これも許可が必要なのでどこでも飛ばすという訳にはいきません。そこで当社我孫子事業所内に、20m四方×高さ10mのエリアをフェンスで囲った専用実験場を新たに設置しました。
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山下:空飛ぶクルマの実用化においては、運行を支えるインフラや管理基盤作りも大きな課題となります。空には既に有人航空機やドローンなどの様々な機体が飛行しているわけですから、これらと共存していくためには空域の利活用を安全性と関連付けながら改めて総合的に検討していく必要があります。加えて、飛行の安全という意味では、サイバーセキュリティ対策も重要なポイントとなっていくはずです。
船公:既存の有人航空機と空飛ぶクルマには、その飛行方法に大きな違いがあります。航空機は基本的に管制からの指示を受けて飛行しますが、空飛ぶクルマは狭い空域に多くの機体が飛び交うため、管制の指示を受けていたのでは間に合いません。
それぞれの機体の特性なども考慮した上で、この機体はあちらへ、別の機体はそちらへという制御をリアルタイムに行わなくてはならないのです。今回当社が浮上試験を行ったのも、きちんとした運行管理基盤を作るためには、機体そのものの飛行制御についても深く知っておく必要があると考えたからです。
福澤氏:最近では、自動車の自動運転機能が話題を呼んでいますが、前後左右にしか動けない自動車と違って空飛ぶクルマは3次元的な運動を行います。これをそれぞれが制御していたのではキリがないので、本格的な実用化に向けては、空域全体を制御する管理基盤はなくてはならないものだといえるでしょう。
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誰もが空を飛べる時代を目指して今後も開発を推進
──そうした課題の解決に向けて、CARTIVATOR/SkyDriveとNECではどのような取り組みを行っているのでしょうか。
福澤氏:我々は年内に有人試験飛行を予定していますので、そこに向けて安全性のさらなる強化に取り組んでいます。もちろん、これまでの無人機でもさまざまな事態を想定したテストを繰り返してきましたが、これをさらに突き進めていきたいです。また、飛行についてはある程度わかった部分も多いので、操縦者がコックピットに乗った状態での操縦性はどうかなど、もう一歩先のステップに進めればと考えています。
山下:NECは航空・宇宙分野でも事業を展開しており、管制技術や無線通信技術、無人航空機の飛行制御技術など、さまざまな基盤技術を有しています。また、重要インフラの安心・安全を守るサイバーセキュリティ対策についても豊富な実績があります。これらの知見をフルに活かすべく、それぞれの技術を持つ社内の各事業体と空飛ぶクルマの管理基盤構築に向けた体制づくりを進めているところです。機体と管理基盤が密接に連携し、しっかりと飛行の安全を担保できるような仕組みを作り上げていきたいですね。
──将来的に空飛ぶクルマの商用利用が実現した暁には、新たなビジネスチャンスも生まれてきそうです。
福澤氏:気軽に空を飛べるようになれば、私たちの生活そのものが大きく変わると考えています。例えば、ドクターヘリはヘリポートやパイロットが必要となるためコストが高くなりますが、空飛ぶクルマならその1/5くらいに下げられるという試算もあります。それは、将来的にパイロットが不要になる上に、エンジンがモーターとバッテリーに変わるため、機体コストも下がるからです。
山下:ムダな移動が無くなれば、浮いた時間やエネルギーをもっと仕事や余暇に活用できますし、離島や過疎地の交通といった社会や地域の課題解決にもつながります。空飛ぶクルマが当たり前になれば、山間部の道路維持管理に向けた財源で悩んでいる自治体にも大きなメリットがあるでしょう。
船公:移動手段や物流に加え、観光などに空飛ぶクルマの利用が広がっていけば、そこにサービスが生まれ、新たな経済圏が生まれます。NECとしても、CARTIVATOR/SkyDriveをはじめとした機体メーカーやほかのさまざまな業種のパートナーと力を合わせ、事業開発と技術開発を着実にステップバイステップで進めていきたいと思います。安全な飛行とセキュリティを高いレベルで両立させるべく、NECの持つ強みを最大限に発揮していきたいですね。
──さまざまな課題をクリアできれば、近い将来、夢のような世界が広がっていくのかもしれませんね。本日はありがとうございました。
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