空飛ぶクルマとは?デザインやメリット、実用化に向けた課題、ロードマップをご紹介
Text:小池 良次
空飛ぶクルマ最新動向ホワイトペーパー
「空飛ぶクルマのエコシステム3」と題し、次世代空モビリティを開拓するAerial Innovation社 小池良次氏に空飛ぶクルマの開発、ビジネスの最新動向をまとめていただきました。ぜひご確認ください。
これまで空想の世界のものであった「空飛ぶクルマ」は、今や数年以内に商用化される段階に来ています。様々な課題があるものの、近い将来、多くの人が空飛ぶクルマを日常的に乗るようになるでしょう。
この記事では、空飛ぶクルマの概要やメリット、実用化に向けた課題など最新の動向をご紹介します。
小池 良次 氏
商業無人飛行機システム/情報通信システムを専門とするリサーチャーおよびコンサルタント。在米約30年、現在サンフランシスコ郊外在住。情報通信ネットワーク産業協会にて米国情報通信に関する研究会を主催。
- 商業無人飛行機システムのコンサルティング会社Aerial Innovation LLC最高経営責任者
- 国際大学グローコム・シニアーフェロー
- 情報通信総合研究所上席リサーチャー
空飛ぶクルマとは?
国土交通省の資料によると、空飛ぶクルマとは「電動化、自動化といった航空技術や垂直離着陸などの運行形態による空の移動手段」を指します。つまり、モーターとバッテリーで推進する都市交通に適した小型航空機です。諸外国ではAAM(Advanced Air Mobility)とも呼ばれ、日本もふくめ世界各国で機体開発や地上設備、飛行ルールづくりが進んでいます。
「クルマ」といえば道路を走るイメージですが、空飛ぶクルマは道路を走行する機能はありません。高く遠く大量輸送を目指す既存航空機とは違い、日常的に利用する印象を広く認知してもらうために「空飛ぶクルマ」と愛称されています。
ヘリコプターとの違いは?機能面でのメリットとは?
空飛ぶクルマは、狭い場所でも離発着できることが特徴です。狭い場所での離発着といえばヘリコプターを思い浮かべる方も多いでしょう。両者の違いは、主に以下の4点だといわれています。
- 多様な機体デザイン
- 電動分散推進による安全性の向上
- 都市部で運用可能な低騒音
- 環境に優しい交通機関
■多様な機体デザイン
従来の航空機では、固定翼機と回転翼機(ヘリコプター)という2種類の設計デザインしかありませんでした。そのため航空機の安全性を政府が審査する耐空/型式証明の手法もその2種類に限られてきました。
近年、モーターとバッテリーによる電動推進技術の進歩により、固定翼機とも回転翼機とも違う自由な航空機の設計が可能になったのです。
この電動垂直離着陸機や電動短距離離着陸機などにより、長い滑走路や広い空港に依存しない運航形態も可能になりました。
ビル屋上の離発着など、都市上空の再開発が可能になる一方、多様なデザインに対応する新しい耐空/型式証明の制度整備も大きな課題となっています。
■電動分散推進による安全性の向上
ヘリコプターは、ギアーボックスと呼ぶ装置でブレード(回転翼)を機械的に制御して操縦します。ギアーボックスの故障は致命的で、このように1ヶ所が故障すると制御を失う設計をシングル・フェーリュア・デザイン(単一故障設計)と呼びます。
航空機メーカーは、こうした設計にならないように工夫します。たとえば、空飛ぶクルマでは、複数のプロペラとモーターを使うことで、ひとつの推進系が故障しても安全に不時着できるように設計されています。
■都市部で運用可能な低騒音
長いヘリコプターのブレード(回転翼)は、先端部分が音速を超え激しい騒音を発生させます。また、ブレードの角度を変えるためパタパタという独特の音響パターンも嫌われる要因です。
一方、空飛ぶクルマでは、多数の短いプロペラを低速で回すことでプロペラ・ノイズが低くすることができます。また、複数のプロペラ・ノイズを打ち消し合う工夫などもあります。これにより市街地での離発着が可能な低騒音を実現しています。
■環境に優しい交通機関
空飛ぶクルマは、電力(バッテリー)を使って飛びます。これにより、CO2を排出せず環境に優しい交通機関として注目されています。また、近い将来、水素を燃料とする空飛ぶクルマも開発中です。
一方、ヘリコプターは内燃機関を使用し、多くのCO2を発生させます。近年ではヘリコプターを含め既存航空機の電動化研究も進んでいますが、技術が成熟し広く普及するには長い時間がかかります。空飛ぶクルマは既存航空機でもっとも先に環境改善に役立つと期待されています。
空飛ぶクルマのモデル
国土交通省によると、空飛ぶクルマは規制ルール上「飛行機」と「回転翼航空機 」に分類されます。
定義については、固定された翼により主な揚力を得て飛行するものを「飛行機」、ヘリコプターのように回転翼により主な揚力及び推進力を得ているものを「回転翼航空機」としています。
ここからは「飛行機」「回転翼航空機」それぞれのモデルをご紹介します。
SkyDrive社:SKYDRIVE
日本のSkyDrive社が開発するSKYDRIVEは、コンパクトな3名乗り(パイロット1名、乗客2名)の空飛ぶクルマです。日本製として初めての型式証明取得を目指しています。
機体上部にドーム状のフレームを展開し、12基のプロペラを装備するデザインです。日本では回転翼機に分類されます。
最大離陸重量は1,400kgで巡航速度は時速100km、航続距離は約15kmです。
Vertical Aerospace社:VX4
日本で航空機に分類される英Vertical Aerospace社の「VX4」は、主翼に8つのプロペラを搭載した機体で、5名(パイロット1名、乗客4名)、航続距離は約160km、巡航速度は約240km/hとなっています。総合商社の丸紅と業務提携契約を締結しており、日本航空も支援しています。
Joby Aviation社:Joby S4
日本で航空機に分類される米Joby Aviation社の「Joby S4」は、米国で型式認証の取得を目指す量産可能な機体です。航続距離は約240km、5名(乗客4名)、最高速度は約322km/hとなっており、米Uber社やトヨタ、全日空と連携しています。
Volocopter社:Volocity
日本で回転翼機に分類される独Volocopter社の「Volocity」は、2人乗り(乗客1名)で小型の機体です。欧州での型式認証取得を目指しています。航続距離は35km程度、最高速度は110km/hとなっており、パイロット1名と乗客1名の二人乗りです。日本航空が支援しています。
空飛ぶクルマの市場規模
空飛ぶクルマは世界各国で開発が進んでおり、日本においても都市部での送迎サービスや離島・山間部での新たな移動手段として期待されています。今後空飛ぶクルマは全世界的に普及すると予想され、国土交通省の資料によると、2040年までに市場規模が約160兆円にものぼると予測されています。
空飛ぶクルマの実用化への動き
空の移動革命に向けた官民協議会から、直近の2022年から2030年にかけての空飛ぶクルマ実用化に向けたロードマップが公開されています。ロードマップの軸は、「利活用」、「環境整備」、「技術開発」の3点です。
利活用面では、2025年の大阪・関西万博に向けて2022年から試験飛行や実証実験が進み、2020年代後半から商用運行の拡大、2030年代以降からサービスエリアや路線・便数の拡大が進む見込みです。環境整備面では、2020年代後半までに安全性や技術証明などの基準整備、離着陸場などのインフラ面の整備、社会に受け入れられやすくなる取り組みが必要になってきます。技術面でも、安全性・信頼性の担保や自律運航、電動推進技術の開発などが進められていく見込みです。
空の移動革命に向けた官民協議会では、2025年の大阪・関西万博前後のユースケースを紹介しています。飛行環境や制度の整備が進む中、各地での実証実験が行われる一方、大阪・関西万博では「認知度の向上や商業レベルでの物流・旅客輸送の実現」が目標となっています。2025年以降も、サービス拡大や救急輸送サービスの実証実験が進み、2030年には都市部での旅客輸送が本格化する見込みです。
空飛ぶクルマが実用化されるメリット
空飛ぶクルマが実用化されると、私たちの生活にどのような変化が起こるのでしょうか。主なメリットを解説します。
交通手段の多様化
バスや鉄道、フェリーボードなどによる山間部や離島向けの移動は不便が伴います。空飛ぶクルマが実用化されれば、こうした既存の交通機関に大きな多様性をもたらすと期待されます。離島の方が簡単に本土に通勤や通学ができたり、過疎地の方々に都市生活者と同じような介護医療を提供できると期待されています。2040年以降には、空飛ぶクルマと既存交通機関が相互に補完し合いながら生活を便利にする時代がくるでしょう。
渋滞のない都市を切り開く
現在の交通機関は市街地に大量の人を運ぶ鉄道やバス、高速道路などで構成されています。そのため都市部では交通渋滞による弊害がありますが、一極集中型の都市は経済効率が高いため、こうした都市モデルが続いています。空飛ぶクルマでも、このような一極集中の交通手段として使えば、空の渋滞が引き起こされます。
しかし、空飛ぶクルマによって地上交通機関にない高速移動が可能になれば、一極集中型の都市設計自体が変わってゆくと考えられています。住みやすく渋滞の少ない中規模の都市を空飛ぶクルマが高速で結ぶ「分散型都市モデル」が経済効率的にも理にかなうからです。
このように空飛ぶクルマは、交通機関の多様性を生み、長期的には渋滞などが少ない都市構造へと社会を変えると期待されています。
災害・事故対応を経済的に効率化する
空飛ぶクルマの短期的なメリットとしては、緊急対応が期待されています。たとえば、現在緊急対応に利用されているドクターヘリは、ある程度出動回数が多いエリアでは経済性が確保されていますが、人口が少ない地域では負担が大きすぎるという課題を抱えています。
空飛ぶクルマは、量産により価格が安くなると期待されており、現在のドクターヘリが抱える経済的な課題を解決できると考えられています。
観光客を集められる
空飛ぶクルマを使った遊覧飛行は、大きな観光資源と期待されています。空からの景色を気軽に楽しめるようになることで観光地の活性化につながるとともに、一般の方が空飛ぶクルマの楽しさを実感できる大きな機会となるでしょう。
空飛ぶクルマ実用化に向けての課題
空飛ぶクルマには大きな期待が集まる一方で、解決すべき課題も多数あります。実用化には、以下のような課題の解決が必要です。
制度が整っていない
空飛ぶクルマは、航空法の規制対象となるため、耐空証明(安全に飛行できる証明)や型式証明(安全な航空機を製造できる証明)が必要です。国土交通省は関連省庁と協力しながら、空飛ぶクルマに合わせた制度設計を進めています。また、機体だけでなく、離発着場や運航ルールなども整備していかなければなりません。米国や欧州の空飛ぶクルマ制度とのハーモナイゼーションも欠かせません。日本で空飛ぶクルマを普及させるためには、十分な安全を確保しながら積極的な制度設計が望まれます。
インフラを整える必要がある
空飛ぶクルマを日常的に利用するためには、離発着場や充電ステーションなどが必要です。また、空の交通ルールともいえる運航規則にそって、通信システムや監視システムが必要となります。現在、主要国では空飛ぶクルマ専用の空路(UAMコリドー)整備が議論されています。日本でもこうした議論が進んでいますが、適切な政府・自治体による支援制度が必要となるでしょう。
莫大な開発費が必要になる
空飛ぶクルマには数百億円から数千億円規模の莫大な開発費が必要となります。単独でそれだけの費用を捻出できる企業は限られています。公的な支援制度の整備や企業間協力の推進など、企業が研究を続けやすい体制を整備することが大切です。
地域社会との融和
空飛ぶクルマへの夢やロマンはあるものの、実際に離発着場が近くに整備されるとなれば騒音や事故などを懸念する方も多いでしょう。空飛ぶクルマは、一般の航空機と同じ事故率(60年間乗り続けると事故に合う程度)で、ヘリコプターに比べ100分の1の騒音です。とはいえ、十分に生活面や経済面でのメリットを地域社会に提供できなければなりません。
諸外国の空飛ぶクルマの最新動向
最後に、諸外国における空飛ぶクルマの最新動向をご紹介します。
米国
米連邦航空局(FAA)はAAM(空飛ぶクルマの総称)振興を行う連邦政府省庁間協議会を準備しており、空飛ぶクルマに関して国際競争力の強化を狙っています。
FAAには、世界中から空飛ぶクルマの型式認証の申請が殺到しており、その対応に追われる一方、米Joby Aviation社とArcher Aviation社が米国初の型式取得で激しい先陣争いを展開しています。
ダラス・フォートワース空港やロサンゼルス空港などは、空飛ぶクルマの受け入れ準備を本格化させる一方、米航空業界では2028年のロサンゼルス・オリンピックでの本格的な定期運行の準備を進めています。
欧州
欧州では、欧州航空安全機関(EASA)を中心に「U-Space」を進めています。U-Spaceとは、商業ドローンや空飛ぶクルマなどが利用する低空域の交通管理やサービス開発を進めるプロジェクトです。欧州各国ではU-SpaceのAAM実証プロジェクトが展開されており、2024年パリで開催されたオリンピックでは、ドイツ製Volocityを使って空飛ぶクルマのテスト飛行が行われました。乗客を乗せての飛行はかないませんでしたが、今後の動向には注目です。
一方、イギリスでは、Vertical Aerospace社のVX4が2026年、ロンドンでの就航を目指し、EASAからの型式証明取得を進めています。また、都市間の旅客輸送を狙うドイツのLilium Jet社は、スペインで試験飛行を続けています。
北米ドローン・コンサルタント