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「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート
2020年を超えていく~世界が憧れる日本の「まち」を創るには~
2020年は、日本にとって大きなターニングポイントになる。世界的なスポーツの祭典を終えた後、2020年を超えて、日本が持続的な成長を遂げていくためには、ビジネスや暮らしの基盤となる持続的なまちづくりを見据えておくことが必要となるからだ。それでは、これからの日本のまちづくりに重要な視点とは何か。都市デザイン、デベロッパー、ICT分野の各専門家たちが考察する。
次世代のまちづくりに必要なのは「ボーダレス」の視点
デジタルテクノロジーの進化に伴い、人の行動や社会が大きく変わりつつある。働き方が変わり、ライフスタイルが変わり、遊びの楽しみ方も変わる。このように、多様な価値観が共存する時代になれば、当然、暮らしやビジネスの舞台である「まち」も、大きく変わっていく必要があるだろう。
「旧来のオフィス・住宅・商業・ホテル・文化・交通のように”箱”を組み合わせるまちづくりでは、この変化に対応できません。『働く・楽しむ・住む・泊まる・動く』がボーダレスになるまちづくりへの転換が必要です」。こう話すのは東京都市大学 教授の山根 格氏だ。山根氏は、教鞭を執るとともに、yamane design directionsの代表取締役も務める「教育」と「実務」の二刀流をこなす都市空間の専門家である。
次世代のまちづくりには社会的価値、経済的価値、環境的価値を組み込んでいくことが求められるという。慢性的な交通渋滞やフードロスの解消を図り、多様な価値観を持つ人・組織の交流を促してイノベーションを加速する。さらに地震や水害に強いまちづくりを目指す。それがビジネス開発を促し、同時に生活の豊かさ・楽しさを創造するサステナブルな社会の実現につながるという考えだ。
これは行政や企業単体の挑戦では達成できない。「技術・デザイン・マネジメント・オペレーションを統合し、領域・組織を超えて多様なパートナーが手を組む共創活動が欠かせません」と山根氏は訴える。
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都市生活学部 教授
yamane design directions (ydd) 代表取締役
山根 格 氏
渋谷を”再創造”し、イノベーションが生まれる街へ
こうした先駆的な取り組みを進めている企業の1つが、東急である。創業時から公共交通機関に基盤を置くTOD(公共交通指向型都市開発)を軸に、「路線拡充」と「沿線開発」をセットにした事業展開を推進してきた。まち全体の価値が上がって消費が高まれば、新しい人や資本を呼び込み、さらなる発展につながる。「こういう好循環を生み出す”日本版TOD”が、東急のまちづくり戦略の原点です」と同社の東浦 亮典氏は述べる。
加えて、近年は「職・住・遊のミックス化」にも力を入れている。「職・住が分離する形ではオープンイノベーションは起きにくい。『働く・学ぶ』『暮らす』『遊ぶ』という都市機能をミックスし、都市が人を惹きつける魅力を持つことが重要です」と東浦氏は話す。
この戦略に基づいて進められているのが、渋谷の”再創造”プロジェクトである。プロジェクトは渋谷区が策定した指針などに沿って、自治体や地域と一体になって進めている。2012年に開業した「渋谷ヒカリエ」を皮切りに、原宿と渋谷の中間地点に「渋谷キャスト」、渋谷と代官山の間に「渋谷ストリーム」が、2019年11月には駅直上に「渋谷スクランブルスクエア(東棟)」が開業した。2019年12月には東急プラザ渋谷跡地に「渋谷フクラス」も開業する。
これらのビルを「歩いて楽しい街のゲートウェイ」と位置付け、働く・学ぶ人、暮らす人、インバウンドを含む来街者の行き来を促し、新たな発見や出会いに触れるきっかけにしていく計画だ。その実現に向けてはスムーズな動線が欠かせない。そこで「アーバンコア」というコンセプトのもとで、渋谷の弱点である縦動線の空間開発にも取り組んだ。「地下・デッキレベルにはエレベータやエスカレータをふんだんに配置し、地上や高層階にスムーズに移動できる。駅周辺のビルや施設とは地下でつながり、地上にも歩行デッキを設け、エリアを移動しやすくしました」と東浦氏は説明する。
アーバンコアの拠点となるビルには、多様な交流・創発・発信の場が併設されている。渋谷スクランブルスクエアの15階に開業した産業交流施設「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」はその1つ。これは「渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」をコンセプトにした会員制の施設である。「肩書きも立場も分野も超えて、多様な価値観を持つ人々の交差・交流によるイノベーションの創出を支援します。路面沿いにも多くの場やスタートアップの拠点が生まれており、それらの知的対流によるイノベーションエコシステムの醸成にも期待しています」と東浦氏は語る。
都市の魅力を高めるには、安全・安心への配慮も必要だ。そこで、激化する台風や豪雨対策も強靭化している。渋谷はすり鉢状の地形で、雨水が貯まりやすいため、地下に巨大な貯水槽が整備されている。2020年上期中までには、この地下貯水槽につながる排水整備接続工事が完了するという。
渋谷”再創造”の本質は鉄道・都市基盤の整備であり、遊休地の活用や高層ビル化がメインではないという。「職・住が分離した二極化・機能分担型都市構造から、職・住・遊をミックス化した自律分散型都市構造へ転換を図っています。社会的価値、経済的価値、環境的価値を併せ持つ『WISE City(賢者のまちづくり)』戦略を推進し、渋谷を『SHIBUYA』に変えて、世界に発信していきたい」と東浦氏は期待を込める。
このWISE City戦略に欠かせないのが、デジタル都市基盤をベースに都市機能をサービス化する「City as a Service」である。一人ひとりのライフスタイルに合わせた最適な都市サービス、自律的な地域経済・コミュニティを支援する仕組みを提供する。「これを都心から沿線郊外へと広げていき、自律分散型都市構造への転換を加速していく。NECをはじめとするパートナーとの共創を通じ、東急ならではの社会価値提供を進め、世界が憧れるまちづくりを推進していきます」と東浦氏は前を向く。
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執行役員 渋谷開発事業部長
フューチャー・デザイン・ラボ
東浦 亮典 氏
街のデジタル化を未来志向で考えるNECのアプローチ
NECも強みであるAI/IoTなどのデジタル技術やICT技術を駆使し、スマートなまちづくりに貢献している。目指すのは「意志共鳴型社会」だ。「一人ひとりが自分の視点で夢や未来を発見し、そこに向かう意志をもった仲間と共に活動することで、人が豊かに生きられる社会をつくりたいと考えています」とNECの榎本 亮は語る。
その実現に向けてさまざまな取り組みを行っている。国内外の有識者が集う「NEC未来創造会議」はその1つ。この会議ではシンギュラリティ以後の2050年を見据え、今後の技術の発展を踏まえながら「実現すべき未来像」と「解決すべき課題」、そして「その解決方法」を構想している。
東京と大阪に展開する「NEC Future Creation Hub」も顧客とNECが共に未来を描く場所として設置された。顧客の課題と、その先にある社会課題の解決にどう貢献できるか。NECの最先端テクノロジーを体感してもらいつつ、顧客とNECが「対話」を重ね、イノベーションを生み出す共創活動につなげている。
こうした取り組みの中で、NECが重要視しているのが、データの利活用と管理の仕組みである。テクノロジーの進化に伴い、交通、防災、金融など新しい市民サービスが次々と生まれてくる。「例えば、顔認証をはじめとする生体認証による入退管理や決済、人の行動情報を活用した最適な移動支援サービスや災害時の避難誘導なども可能になるでしょう。これらのサービスをいつでも・どこでもシームレスに利用するためには、領域や地域を越えたデータ活用が欠かせません」と榎本は語る。
しかし、すべての人が生体認証を利用したいとは限らない。「従来通り、人による対応を求めるニーズに応えることも、快適な社会の実現には重要な要素です」(榎本)。そこでNECは南紀白浜のサービス実証において、顔認証を利用したいお客様自身が選択する「オプトイン方式」を採用。テクノロジーありきの一方通行ではなく、すべてのお客様にご満足いただけるサービス提供を目指している。
生体認証によるデータの利活用と管理には、もう1つ重要な要素がある。確実に本人を特定できる認証の仕組みだ。これが不十分だとサービスの信頼性が揺らぐからだ。NECは世界トップクラスの精度を誇る生体認証技術をベースに、多様なニーズに対応したソリューションを提供している。開発途上国でのワクチン普及に貢献するGaviワクチンアライアンスにおいて、指紋スキャナーを提供する英シムプリンツ社と共に取り組む「幼児指紋認証」はその1つ。「指先が柔らかく照合が難しい幼児の指紋認証の課題を克服し、これまで見過ごされていた子どもたちへのワクチン接種率向上に貢献しています」と榎本は語る。
社会課題解決のカギを握る、個人の情報と権利を尊重したデータの利活用
個人の情報と権利を尊重したデータの利活用で社会課題の解決に貢献する――。これを実現するため、NECはスマートシティ向け「データ利活用基盤サービス」を2018年4月から提供している(図1)。これはEUの次世代インターネット官民連携プログラムで開発・実装された基盤ソフトウェア「FIWARE(ファイウェア)」を活用したもの。このFIWAREの開発に、NECは2011年から携わってきた。「IoT技術などを活用して収集したデータを、クラウド上で分析・加工・可視化することが可能です。都市経営やビジネスに利用可能な仕組みも実装しています」と榎本は説明する。既に複数の自治体で導入が進み、地域課題の解決とスマートシティの実現を目指しているという。
それではデータ利活用基盤サービスを活用することでどんなメリットが生まれるのか。その一例として、挙げられるのがゴミ問題だ。「ゴミがどこで発生し、どう回収され処理されているのか。この流れをデータで可視化することで、ムダのない効率的なゴミ回収・処理の方法を考えるヒントになります。住民の満足度が高まり、衛生・景観面もレベルアップするでしょう」(榎本)。
ゴミ問題は都市部でも深刻な社会課題だ。都市で発生したゴミは、エリアを越えてほかの地域で一括処理される。ゴミ処理を請け負う地域の負担の上で、都市の便利さと豊かさは成り立っているわけだ。果たして、このままでいいのか。「ゴミ回収の最適化という改善手法を超えて、都市のゴミは都市で処理する。破壊的な発想で、ゴミの地産地消のような仕組みを考えることも大切です。どこで、どんなゴミが、どれだけ発生しているのか。まず現状を知る上で、データの利活用は有効な手段です」と東浦氏は共感する。
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執行役員 兼 CMO(チーフマーケティングオフィサー)
榎本 亮
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防災、観光、交通、エネルギー、環境など、さまざまな分野のデータを統合基盤で一括管理する。このデータを活用し、モジュール構造のオープンソースソフトウェアを自由に組み合わせ、地域のニーズにマッチした市民サービスを開発・提供できる
エリアをまたいだデータ連携が進めば、人やモノの移動手段も高度化し、それをサービスとして利用する「MaaS(Mobility as a Service)」の実現も可能になる。「位置情報を基に最寄りの自動運転車がすぐに駆け付け、目的地までスムーズに移動する。宅配の荷物はドローンが家まで運んでくれる。ICT技術のさらなる進化や法整備は必要になるが、そんな未来も夢ではなくなるでしょう」と山根氏は見る。
MaaSは人・モノの移動を劇的に変え、まちを活性化していく。「City as a Serviceの実現を目指す東急でも、MaaSには大きな期待を寄せています」と東浦氏は話す。
デジタルおよびICTは、次世代のまちづくりに欠かせない技術要素である。これらを活用することで誰もが豊かさ・楽しさを実感し、イノベーションを生み出す自律的な都市基盤整備が進む。この取り組みを全国へ、そして世界へ広げていくことが、さまざまな社会課題の解決と人が豊かに生きる明るい未来の創造につながっていく。