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2020年01月14日

人間中心のデザインが促す「意味のイノベーション」とは?

 モノづくりの分野で普及した、利用者の視点を中心に製品やサービスなどの開発を行う「人間中心設計(Human Centered Design=HCD)」の概念が、さらに他の分野にも影響を与え、イノベーションを促している。例えば、ビジネス分野では「意味のイノベーション(デザイン・ドリブン・イノベーション)」が提唱され、製品開発や事業開発における成果が期待されている。

 ビジネスに限らず、SDGsに代表される社会を変革するイノベーションにもHCDの発想を生かすことができる。HCD-Netフォーラム2019では、サステナブルデザインのヒントが示された。

“意味のイノベーション”がR&Dを革新する

 HCDの考え方は、すでにビジネスに多く取り入れられている。「デザイン思考(Design Thinking)」やユーザーの体験価値を重視する「UX(User Experience)」なども基盤にはHCDがある。そのほか、価値共創、サービスデザイン思考、デジタルトランスフォーメーション、ソーシャルデザイン、デザイン経営、デザインマネジメントの概念の中核にもHCDがある。

 ユーザー・イノベーションやマーケティングの研究者である静岡大学 学術院工学領域事業開発マネジメント(MOT)系列 准教授の本條 晴一郎氏は、HCDが普及する中で、その次のフェーズとも言える「意味のイノベーション(デザイン・ドリブン・イノベーション)」を企業の製品開発やマーケティングに取り入れることの重要性を述べている。

静岡大学 学術院工学領域事業開発マネジメント(MOT)系列 准教授 本條 晴一郎氏

 意味のイノベーションとは何か――。本條氏は「製品の意味を変化させることです」とし、意味のイノベーションの提唱者であるミラノ工科大学教授のロベルト・ベルガンティ氏の説明に倣い、具体例としてロウソク産業を挙げた※1。「明るくする」役割のロウソクは消えゆく産業と思われたが、アロマキャンドルの売上は1990年代に急上昇したという。それは、役割が「快適な空間やぬくもりを感じさせる」商品へと変化したからだ。

 「技術ではなく、意味をR&D(研究開発)の対象として扱い、革新を目指すことです。意味のイノベーションは価値の転換を促すことであり、問題設定に留まらず、実際に事業や製品を作るところまで鍛えるプロセスまで提示されています」と本條氏は語る。

※1 ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン—あふれるビジョンから最高のヒットをつくる』八重樫文、安西洋之監訳、日経BP社(2017年)

企業はアクターとして市場に参加せよ

 インターネットやAIなどの発達で問題の解決策が容易に得られるようになり、問題解決が差別化につながらなくなった。

 「消費者が得る便益には功利的便益と快楽的便益があり、機能性や実用性などに関わる前者は満足を、楽しさや美しさなどに関わる後者は喜びをもたらします。近年の実証研究によって高いロイヤルティは満足ではなく、喜びによって実現されることが分かっています※2。製品やサービスは問題解決によって満足をもたらすだけでは不充分なのです」と本條氏は指摘する。そして「『人びとはものを、それが意味することのために購入する』という消費文化理論(Consumer Culture Theory)の基本的な考えは、すでに議論の余地のないものになっています※3。企業の立場からこの考えを捉えると、意味のイノベーションを実践することは必然的なことです」と述べる。

 では、価値転換や意味の構築を企業が実現するにはどうするべきなのだろうか。本條氏は「意味は、ただ1つの原因によって生じるものでも、静態的なものでもありません。企業や消費者、製品など様々なアクターの相互作用によって立ち現れ、変容していくものです」と示す。動態的な市場において意味の構築を目指すためには、企業もアクターとして参加しなければならない。「その際、市場の意味を企業が支配・操作できるとは考えないこと。商品を投げっぱなしにしないことです」と本條氏は話す。

※2 Chitturi, R., Raghunathan, R., & Mahajan, V. (2008). Delight by design: The role of hedonic versus utilitarian benefits. Journal of marketing, 72(3), 48-63.

※3 Arnould, E. J. (2007). Service-dominant logic and consumer culture theory: Natural allies in an emerging paradigm. In Belk, R. W., & Sherry, J. F. (Eds.), Research in consumer behavior: Consumer culture theory (pp. 57–78). Oxford, UK: JAI Press, Elsevier.

本当の意味でユーザー視点に立ったデザイン

 企業の新規事業・新商品開発に数多く関わってきた、株式会社アイディアポイント取締役CIOの東 信和氏も次の通り語る。「本当の意味でユーザーの視点に立ったビジネスや商品のデザインが重要です。また、社会は生き物で、刻一刻と変化していくので、ユーザー視点のみならず社会を1つのユーザーとしてとらえた設計も重要になってきました」。

株式会社アイディアポイント 取締役CIO 東 信和氏

 そのうえで、東氏は「新規事業・新商品開発における10のツボ」を示した。その中から、HCDに関連するポイントと具体例をいくつか紹介しよう。

(1)ユーザーの目線で考える

 一般的に言われるユーザー目線は「みなしユーザー」でしかない。つまり、大人が見た子ども、企画者から見たシニアなど、本当のユーザー目線とは言えない。例えば、昭和の時代では子ども向け番組に登場するヒーローのベルトに比べて、発売された玩具のベルトは実物とかけ離れていたため、子どもは不満を感じていた。ところが、現在では番組内でヒーローが玩具と同じベルトを使用しているため、子どもたちは喜びヒット商品となった。これこそ真の子ども目線の商品化だと言える。

(2)現在のニーズか? 未来(想像)のニーズか?

 ニーズには2種類ある。目の前の事象への対処ニーズ、つまり空腹だったら食事、かぜをひいたらかぜ薬。一方、未来の出来事への想像ニーズは、健康のためのサプリメントや万が一の保険などだ。ユーザーのフィードバックは現在ニーズの方が厳しいため、未来ニーズとのいいとこ取りをすると強い商品が生まれる。例えば、特定保健用食品の飲料や、髪に水分を与えて潤いを持たせるドライヤーなど、日常的に使うものでも将来の健康や美容につながる商品はヒットしやすい。

(3)BtoBか、BtoCか(思い込みを外す)

 BtoCで開発した商品が企業向けのニーズを持つこともあるので、思い込みは厳禁だ。米テクノロジー企業が発売したメガネ型ウェアラブルコンピュータは、当初のC(消費者)向けには売れなかった。しかし、今は工場などB(企業)向けとして売れている。作業手順などがメガネに映し出されるのでエラーが起きにくく、厳密な作業が求められる飛行機整備場などでも使われている。

(4)自身のニーズ、使命感、情熱があるものは強い

 作り手側が世の中に提供したい、自分が欲しいモノなど使命感や情熱があるかどうか。新事業や新商品を軌道に乗せるには多大なエネルギーが必要なので、強い気持ちがないと続けられない。かつて、即席ラーメンや携帯音楽プレーヤーの開発は、いずれも周囲の反対を押し切った1人の情熱により誕生し社会に影響を与えた。いつの時代もイノベーションには使命感や情熱が必要となる。

サステナブルは新たな社会や経済の仕組み、文化を考えること

 HCDの考え方は、ビジネスのイノベーションだけでなく、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)に代表される社会を変革するイノベーションにも生かすことができる。インダストリアルデザイナーとして国内外のプロジェクトに関わっている、デザインコンサルタント/株式会社オープンハウス代表取締役の益田 文和氏は、サステナブルデザインの普及を推進している。

デザインコンサルタント/株式会社オープンハウス代表取締役 益田 文和氏

 「近代デザインはそもそも人々の安全と利便性を拡大するために考えられたものですが、そのことが未来にとって大きな問題を生じさせるとしたら、取って代わる生き方のデザインに取りかかることが必要です。それがサステナブルデザインなのです。サステナブルを持続可能性と訳した瞬間に手品のように意味が変わってしまった」と益田氏は指摘する。

 益田氏は、もともと環境負荷の高い事業を行っている会社の経営者から「当社を持続可能にしたい」という相談を受けることがあるという。「完全な誤解で、会社がそのままの状態で存続してはいけないし、できないということがサステナブルの前提なのです。現代文明はこのままでは持続できないので、持続できるように新たな社会や経済の仕組みと文化を考えることがサステナブルの意味です」と益田氏は強調する。

 そのための社会経済のキーワードが「sloc」だと益田氏は言う。small local open connectedの頭文字を取った言葉だ。つまり、なるべく規模を小さくして分散し、絶えず世界に向けて開き、常に世界とつながっている。「個人でも組織でもそれが基本だ」と益田氏。

サステナブルのためのデザインがSDGs

 サステナブルデザインは、「服や製品のデザインをする」といった従来の概念ではなく、「何のためのデザインか」を考えることだという。「私のためのデザイン」「コミュニティのためのデザイン」など、課題や論点のためのデザインだ。

 サステナブルのためのデザインの1つがSDGsである。「SDGsで17個のゴールを設定したことは漠然とした問題に目標を与えた意義はあるが、片方を立てると片方がダメになるということもあり複雑に絡み合っています」と益田氏は指摘する。

 「SDGsのような活動は何のためにあるのか、それは子どもたちのため。私たち大人に残された未来は少ない。だから、私はSDGsの18番目のゴールに『人類の未来そのものである子どもたちと話し合い、彼らに託せる社会を用意する』ことを掲げました」と益田氏は力説する。

 子どもの未来のためのデザインこそが、サステナブルな社会をつくるイノベーションにつながると言える。

高校生たちが投げかけたSDGs実現へのメッセージ

 益田氏はSDGsの究極の目標を「子どもたちのため」と位置づけた。その「子どもたちのため」に、大人ではなく子ども自身が取り組むSDGs実現に向けた活動の紹介として、HCD-Netフォーラム2019では、晃華学園(東京都調布市)の高校生がプレゼンテーションを行った。

晃華学園の高校生によるプレゼンテーション

 同学園は、2017年度から中学3年生を対象にSDGsに関する授業などを実施。2018年度には、6~7人で構成されたチームごとに、興味のあるSDGsゴールを選んで解決策を考え、その内容を1分間の映像にまとめるKOKA×SDGs国際映像コンテストが開催された。

 ICT教育も進んでいる同学園は、中高の生徒に1人1台タブレット端末を持たせ、授業で活用している。コンテストの動画制作に際しては、このタブレット端末のみを使用して、撮影から編集、英語の字幕やナレーションを入れることなどを条件とした。まさに、SDGsとデジタルを融合させた取り組みだ。

 最優秀作品に選ばれたのが、ゴール13の気候変動をテーマとした「Green Eyes」のチームだった。気温上昇のグラフなどを使って分かりやすく地球の異変を解説し、そのためにエアコンの温度設定を下げるなど私たちができる身近な対策を訴えた。

 現在は高校生となったメンバーの1人は、「これまでSDGsを遠くに感じていましたが、身近なところでも協力できるのだと気づきました。最も伝えたかったことは、誰でも簡単に温暖化問題解決に参加できるということ。1人ひとりの行動が大切だと思いました」と強調した。

 また、「GALAXY」というチームはゴール1の貧困問題に挑戦した。北海道や札幌市が共催する第1回「SDGsクリエイティブアワード」に応募したところ、内容が高く評価されJICA(国際協力機構)特別賞を受賞した。

 作品では世界の7人に1人が貧困による飢餓に苦しんでいることを訴えた。自分たちがお菓子を買うお金を寄付することで、ワクチンを受けられ、食料を手にすることができる子どもたちがいることを語りかけた。メンバーは「No one will be left behind(誰ひとり取り残さない)の気持ちが大切」と力を込めた。

 この受賞により、JICAが北海道で実施した国際協力の現場取材ツアーに招待され、そこでも彼女たちは日本の農業を学びに来たモザンビークの人たちと交流することで、SDGsの本質を理解することの重要性を学んだ。参加したメンバーは「国際的な課題を自分ごとと捉えれば、国際協力は身近なものになります。そして、国際協力は一方的な援助ではなく、対等の関係で向上するという、相互扶助が重要だと感じました」と話す。

 最後に、高校生たちは大人たちへ熱く問いかけた。「SDGsが採択されて来年で約5年です。私たちの生活は変わったでしょうか。地球環境は改善されたでしょうか。飢餓に苦しむ人は減ったでしょうか。SDGsの目標達成の期限は2030年までです。あと10年しかありません。今、行動しないと世界は変わりません。この場から皆さんでSDGs達成の行動を起こしましょう」。

 高校生たちの純粋な声に耳を傾け、真摯に受け止めることが社会のイノベーションへの近道となるはずだ。

HCDの力で社会課題解決のイノベーションを起こす

 フォーラムを主催した特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)の活動には、NECも深く関わっている。フォーラムの実行委員長を務めたNECマーケティング戦略本部クリエイティブマネージャーの河野泉は、HCDへの想いを次の通り語った。「NECグループには数十名のHCDの専門家がいて、製品開発に始まり、近年ではビジネスやサービスデザイン、マーケティングなどさまざまな分野でHCDに取り組んでいます。NECも社会課題を解決するイノベーションを起こすために、『意味のイノベーション』や『SDGsに貢献するデザイン』につながるHCDの力を発揮していきたいと感じました」。

 NECが目指す社会は「Digital Inclusion」という、"デジタルのチカラで、ひとりひとりが輝く社会"だ。その実現のためにも、HCDの取り組みは不可欠と言えるだろう。

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